■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
連載「生きがい年金」への道(14)/国民会議、議論を生かせず

(2013年10月2日)

社会保障制度改革国民会議の報告書は、国民の関心が高い年金改革を事実上、棚上げした。考え方と課題の提示にとどまり、「進めるべき」とした議論についても自らの具体案は示さなかった。
このことが意味するものは、3つある。1つは、長期化が予想される安倍晋三政権下で現行制度の限界を超える抜本改革を行う見込みは限りなくゼロに近づいたこと。 2つめは、現行制度内改良にとどまる限り、増え続ける無年金・低年金生活者、年金未納の問題解決は困難となる。3つめは、高齢化と財源問題から今後も「給付減・負担増」を続けるほかない―などの結果が明らかとなることだ。

腰が引けた報告書

国民会議は、社会保障給付が年間100兆円を超える中、自民、公明、民主の三党合意に基づき社会保障・税一体改革を目指して発足した。その議論の中では少子高齢化の進行に伴う具体的な改革案がやりとりされた。 たとえば給付抑制方法として米欧にならい年金支給開始年齢の65歳以上への引き上げが俎上に乗った。議論では、現実的な対応として67〜68歳までの引き上げ論が出された。
報告書では、引き上げスケジュールや引き上げに伴い、年金支給がなくなる67〜68歳までの高齢者の雇用・就労政策の必要性が明記されるかに見えた。しかし引き上げは、あっさり見送られた。 報告書には、こうある―「現在、2025年までかけて厚生年金の支給開始年齢を引き上げている途上にあり、直ちに具体的な見直しを行う環境にはないことから、中長期的課題として考える必要がある」

制度持続性のカギとされる、物価・賃金の変動に応じて年金給付を自動調整する「マクロ経済スライド」の見直しについても及び腰だった。同スライドはインフレを想定して設けられたため、デフレ下では適用できず、今なお発動できていない。 報告書は、マクロ経済スライドに関して「スライド調整を十分に進めるべし」としながらも、次のようにデフレ下での適用を明言しなかった。
「マクロ経済スライドについては、仮に将来再びデフレの状況が生じたとしても、年金水準の調整を計画的に進める観点から、検討を行うことが必要である」

もう一つの重要課題、無年金・低年金者を減らすための施策とされる「短時間労働者に対する被用者(厚生年金)保険の適用拡大」。これについても「被用者保険の適用対象外となる週20時間以上30時間未満で働く短時間労働者は全体で400万人いると推計される」と実態を指摘しながら、「適用拡大の検討を引き続き継続していくことが重要」と提言するにとどまった。
法令(年金機能強化法附則)に記載された検討事項の「高所得者の年金額見直し」も、同様に具体案を欠いた。報告書は三党協議を踏まえた検討規定に基づき税制での対応、各種社会保障の保険料負担、自己負担や標準報酬上限(厚生年金の月額上限62万円)、年金課税のあり方など、様々な方法を検討すべきである、と指摘したものの、独自の主張を打ち出していない。

長年の懸案、専業主婦(第三号被保険者)の優遇問題(会社員や公務員に扶養される配偶者は、保険料を負担しないのに基礎年金が貰える)も、棚上げされた。報告書は「多くの女性の生涯設計に影響を持つ制度となっており、国民の間にある多様な意見に耳を傾けつつ、方向性としては、短時間労働者の被用者保険適用を拡大していくことなど、制度の支え手を増やす方向で検討を進めるべき」と、現状維持にとどまった。
最大の問題の一つ、世代間の不公平論。その是正についても踏み込まなかった。
報告書は、諸外国の動向を紹介した後、「日本においても、次世代支援など未来への投資の拡充による『全世代対応型』への転換を進めるとともに、持続可能性と将来の給付の確保に必要な措置を着実に進めるメカニズムを制度に組み込んでいくことも求められる」と記した。 しかし、このような曖昧で抽象的な表現では、国民に分かりにくい。
総じて、報告書は改革に腰が引け、理念は立派に押し出したが、実質に乏しい。政権に復帰した自民党と官僚の主導のもと、委員がこれに従い報告書は骨抜きにされた感がある。

厚労省にゲタを預ける

今後の“制度内手直し”は事実上、厚生労働省に委ねられる。具体的には五年に一度、来年に実施される年金制度の「財政検証」で制度手直しのデザインが描かれる。報告書は最後に、財政検証で財政の現況と見直しを示すだけでなく、制度改正に向けた作業を要請した。自らは改革案を明示せず、課題のみ示して対策は、厚労省にゲタを預けた格好だ。 こうしてみると、国民会議の報告書は国民の年金改革への期待から大きく外れた。
「あなたは現在、将来への不安はどのようにありますか」 ― この問いに全国20歳以上の男女の各七割以上が「公的年金が老後生活に十分であるかどうか」と回答しているが、報告書はこれに具体的に応答していないからだ(調査は5000人を対象に調査員による個別面談法で昨年10月に内閣府が実施)。
この将来の不安に関する世論調査(複数回答)で、最も高かったのが「年金の不安」だった(男性71.8%、女性75.2%、総数で73.5%)。年齢別に見ると、年金不安を訴えたのは「20〜29歳」で57.5%、「30〜39歳」で66.7%、「40〜49歳」74.9%、「50〜64歳」81.6%。
年金不安度は、2位の「医療・介護負担増への不安」45.0%、3位の「給料・手当の減額不安」の25.3%、さらに「企業年金や退職金の減額や廃止不安」の23.8%、「子育てや子どもの教育費負担への不安」の21.5%より飛び抜けて高い。

国民の公的年金への深い関心は、年金が高齢者の生活の“命綱”になっているためだ。厚労省によれば、年金は高齢者世帯の収入の7割近くを占め、高齢者世帯のほぼ6割が年金収入だけで生活している(図表1、2)。そこから、高齢期の生活設計で年金を頼りにする人は7割に上る(図表3)。 知り合いの80歳になる、妻と2人暮らしの年金生活者が心境をこう語る―「今の(年金)水準で不自由なくやっていけるから幸せと思わないとね。でも将来、インフレになって年金が上がらないようだと生活は厳しくなる」
年金生活者にとって、これまでのデフレとは逆のインフレ環境下では、年金の受給額が実質減少していくことに不安感が頭をもたげる。
これが年金生活者の平均的な心境ではないか。2年内に2%のインフレを目指すアベノミクス。その「異次元金融緩和」が効果を及ぼしてくる来年の年金財政検証で、マクロ経済スライドを軸とする次期年金改正の内容が具体化するだろう。

アベノミクス効果

インフレは年金支給額を実質的に減らす―ここに年金給付額を抑制するアベノミクス効果がある。物価上昇率よりも低めの年金額上昇率に抑えるマクロ経済スライドが十分に機能しさえすれば、年金支給額は自動的に実質減少するから、現行年金制度は長持ちする。
こういう思惑が働く一方、株高を背景とした年金積立金の莫大な運用益と相まって年金財政は改善された。アベノミクスは一種の目くらましになったのだ。
しかし、年金事情が好転したとはいえ、制度の本質(構造)は変わっていない。この点で、国民会議は正面から切り込まず、事実上問題の矮小化に加担した。

だが、経験に照らしてみると、政府の有識者会議なるものは通常、ごく一部の高潔な例外者を除いて御用学者の集まりだ。政府の意向に沿って動きやすい。
今回も残念ながら例外ではなかった。国民会議は福田康夫政権下の2008年1月にも“消えた年金”の不祥事を受け、 「社会保障国民会議」の名で発足した経緯がある。今回と同様に10ヵ月にわたり協議している。 この時の同年11月に出された最終報告を見ると、皆年金制度を脅かす保険料未納の増加とそれによる無年金者・低年金者の増加問題に言及しているが、現行制度の運用の問題として片づけている。
2度にわたる国民会議だが、双方ともに現行制度内見直しだけに没頭し、根本的な制度改革は視野に入っていない。

今回は、報告書に民主党が主張する「最低保障年金」と言う語さえ出てきていない。世界最長寿の高齢化社会を可能にした「素晴らしい社会保障制度を必ず将来世代に伝えなければなりません。そのために社会保障制度改革が必要なのです」と、国民会議の清家篤会長は報告書の冒頭の「国民へのメッセージ」に掲げた。 ここから過去の成功体験により現行制度を肯定し、その維持にこだわる心情が読み取れる。 「基礎年金」制度が生まれ、現在の年金制度の基本的な仕組みが作られた「昭和60年体制」を、手直ししながらともかく堅持しようという考えと見える。これでは制度の抜本改革の意思も発想も、生まれようがない。
とは言え、国民会議の議論では報告書の内容とは異なる鋭い改革提案も出された。来るべき新制度のヒントとなる、同会議での提案の一部を紹介しよう。

改革提案の中身

 ―報告書にはないこれらの貴重な提案は、今後に生かされなければならない。




(図1)年金は高齢者世帯の収入の約7割
出所)厚生労働省「平成23年国民生活基礎調査」

(図2)約6割の高齢者世帯が年金収入だけで生活
出所)厚生労働省「平成23年国民生活基礎調査」

(図3)高齢期の生活設計で年金を頼りにする人は7割
出所)社会保険庁「社会保険事業の概況」


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