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連載「生きがい年金」への道(11)/出生率の向上とチェック機能
(2013年7月4日)
出生率が上昇するフランス
現行の年金制度は、現役の働き手が納める保険料でリタイアした高齢の年金世代を財政的に支える「賦課方式」だ。この方式を長持ちさせるには、年金収入を担う働き手の労働力人口が減少してはならない。 社会の超高齢化を前に、子育て政策で少子化・人口減に歯止めを掛ける必要がある。
少子化対策は、どうあるべきか―。それは子どもたちと、生まれ来る未来の子らを見すえた育児の将来対策であり、同時に生活を年金に頼る高齢者世代への財源対策でもあるのだ。対策先進国フランスと静岡県・長泉町(ながいずみちょう)の2つのサクセス・ストーリーを取り上げてみよう。
人口減少が続いた後、出生率を回復させた先進国の顕著な例にフランスが挙げられる。以下、主に縄田康光氏の調査研究の成果(参議院『立法と調査』2009年10月号)を基に、出生率向上をもたらした同国の手厚い家族政策をざっと辿ってみる。
フランスは日本と同様、1970年代から合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む平均子ども数。15〜49歳までの女性の年齢別出生率を合計した値)は減少傾向を続けたが、90年代から回復に転じ、2008年時点で2.02人と2.0台に達している。
これに対し、日本の出生率の減少傾向は2000年代まで続いた。2006年からやや持ち直し、2012年は1.41(人口維持には2.07程度必要)と2年ぶりに上昇したものの、出生数は過去最少を更新し、少子化に歯止めが掛からない(図1)。
意外なことに、かつてフランスはロシアを除く欧州諸国最大の人口大国だったが、19世紀後半に出生率が急低下して、総人口で増加を続けるドイツに追い抜かれている。欧州を支配したナポレオンの軍事力の背景には、欧州最大の人口規模があった。
1871年の普仏戦争の敗北とドイツ帝国の誕生で、人口減少への危機感を強めたフランスは19世紀末以降、家族政策を柱に様々な少子化対策を打ってゆく。今日に至る「少子化対策先進国」の道は、100年以上も続いてきたわけだ(図2)。
フランスの高出産率を支える柱が、30種を超えるとされる家族手当である。1939年制定の「家族法典」で家族手当が公的制度として定着する。以後、20歳未満の児童に対し第二子から家族手当を所得制限なしに支給するほか、「3人以上の子を持つ低所得家庭」、「片親もしくは親なし子家庭」、「母子もしくは父子家庭」向けに所得制限ありの養育手当を支給するなどの充実した内容を整えた。
出生率が全体の5割超を占める婚外子の子育てにも、支援の手を差し延べ、出産を促している。
近年は「認定保育ママ」を雇用する親への支援手当(1990年)、乳幼児養育給付(2003年)が導入され、異性または同性間の共同生活契約にも、結婚と同等の権利が認められるようになった(1998年)。仕事と育児の両立を可能にする育児親休業制度も改善された(2005年)。
財源は当初は企業からの拠出金が中心だったが、現在は個人所得に課される社会保障目的税、国庫支出などを加えて賄う。結果、長期にわたる子育て向けの「将来への投資」を続けて、出生率向上に成功したのである。 このフランスから少子化対策を学び取りたいところだ。
「出生率」日本一の秘密
「この町には日本一があります。出生率の高さです」―5月のある晴れた朝、会合で訪れた静岡県三島市近くで、タクシー運転手から走行中に思いがけない話を聞いた。誇らしげに語る彼の話によると、その町の名は静岡県東部にある駿東(しゅんとう)郡長泉町(ながいずみちょう)。 周辺地域は温暖で温泉も多く、のんびりと暮らすのにいいと聞いていた。筆者の友人も数年前、東京から三島市に移り住み、快適な農業生活に入った。
その長泉町の合計特殊出生率は2011年に1.81。全国平均が1.39だから際立って高い。「出生率日本一」のカギは、町が進める少子化・子育て対策だ。
同町子ども育成課の話では、町の二つの子育て支援策がとりわけ町民から喜ばれている。この2つは数ある施策の中でも出色だ。
一つは「こども医療費助成」。中学校3年生修了まで保険診療で支払った通院、入院費を入院時食事代も含め一切助成するというもの。所得制限、自己負担はない。15歳になるまで医療は完全無料というわけである。 子ども医療費助成は、近くの御殿場市でも行っているが、市町村では全国であまり例がないという。
もう一つが、第三子以降に対し保育園や公立幼稚園に通園する保育料の無償化(助成)だ。私立幼稚園や障がい児通園施設に通う子どもの保育料については、公立幼稚園保育料相当額を助成する。 2010年度から実施され、これを知った県内外からの同町転入者が増えている。子育て支援のお陰で、同町の人口は増加中で、全国的に下がっている地価もここでは上がっているのだ。
手厚い子育て支援メニューはほかにもある。
たとえば母子家庭への医療費助成。20歳までの児童を養育している母子家庭に対し通院、入院の保険診療で支払った自己負担額(入院時食事費は除く)を助成する。
これほど豊かな子育て支援を行うには、それなりの財源がいる。長泉町はどこから財源を得ているのか―。
財源の泉はあった。同町は税収の源となる企業誘致を昭和30年(1955年)代から進めている。
結果、これまで造成した3つの工業団地に加え「地元大手5社」が静岡県でもトップ級の経済・雇用効果を及ぼしてきた。
大手5社とは、東レ、協和発酵キリン、特種東海製紙、東邦テナックス、小糸工業である。地域の歯科開業医との連携など医療技術の先端を行く静岡県立静岡がんセンターの存在も大きい。
これら企業群の経済活動と雇用吸収力が生んだ実りある税収が、異例の少子化対策を可能にし、他地域からの住民の転入を促して4万2000人規模の町に毎年500人相当のめでたい出産をもたらすのだ。
このような財源に裏打ちされた子ども・子育て支援策が出生率を引き上げたわけだ。国やその他自治体は、長泉町の成功ケースからも見習う必要がある。
「マクロ経済スライド」の落とし穴
子ども・子育て支援と同時にもう一つ、現行の公的年金制度が長持ちするためには、物価変動に合わせて年金額が自動調整される「マクロ経済スライド」が、十分に機能しなければならない。
厚生労働省は1月、2000年度から02年度にかけ物価が下落したのに年金額を据え置いたため、実質2.5%高い支払い水準となっていた「特例水準」の解消を発表した。 今年12月の支給分から引き下げられる。想定外のデフレで実施が見送られていたマクロ経済スライドの発動に向け、地ならしされたのである。
だが問題は、肝心のマクロ経済スライドの基本設計が、万全からほど遠いものになっている点だ。そのため年金財政のシナリオが狂い、若者の負担増となってしわ寄せされることになる。
本連載の第10回で指摘したように、基本要素の「経済前提」がまず、間違っていたのだ。デフレ経済などは考慮の外、「物価上昇率1.0%、賃金上昇率2.5%、年金積立金の運用利回り4.1%」という空想の産物、いや願望の産物と言ってよい前提で、「100年安心年金」のシナリオが進行中なのだ。
年金改革を進める上で、まずはこの足元の、いい加減なシナリオを修正し、マクロ経済スライドがしっかり機能することから始めなければならない。
それにしても、前回2009年の財政検証でなぜかくも突拍子もない「(当局者の)願望の産物」のような経済前提にしてしまったのかだ。 政府委員は一般に政府権力に弱く迎合的だ。政府委員となれば、権威も与えられ、政府の情報も得ることができる。勢い政府の意向に迎合する意見を述べ、報告書をまとめられる。残念ながらこれが実情だ。 そこで来年に行う「財政検証」では、経済前提を政府見通しから切り離して、独立的に立てる必要がある。
社会保障制度改革国民会議の事務局が6月3日に資料配布した「年金分野のこれまでの国民会議における議論の整理」の中に、次のような記述がある。
「経済の実績が見通しを下回った場合、財政負担は将来世代が負うことになることを考えると、モラルの問題として、第2回財政検証の経済前提は、政府見通しと一線を画し保守的に置かれるべき」
政府見通しというものは、国民の期待をそそる狙いからいつも高めに設定されることは言うまでもない。 委員は政府の目標なり見通しとは別に、独自に客観的に慎重に経済前提を設定しなければならない、ということだ。 言い換えれば、政府に不都合な“慎重に低めの数字とすべし”となる。これが、この委員の言いたかった「保守的に置かれるべき」の真意であろう。
経済の現実は通常、政府見通しよりも低い水準で推移する。 しかし、委員が政府見通しと一線を画すためには、2つの仕掛け(制度)が要るだろう。
一つは、「経済前提」作成に当たり、アウトサイダーを起用すべきだ。年金審議会や年金関連部会から無関係の、年金ムラの外にいる専門家に、経済前提の設定を任せきることだ。 また、それを可能にするためには、委員の選任を当の厚労省事務局に一任してはならない。 委員を選ぶ機関も所管省庁から独立している必要があり、その所管外の完全第三者機関が「前提」を独自に調査研究し、設定する委員を選ぶのだ。 委員10人が一致して作ったデフレを想定外とした、間違いだらけの現行の「経済前提」をこの方法で改めるのである。
チェック機能の確立が急務
もう一つの仕掛けは、年金財政全般のチェックを、アウトサイダーの目で徹底して行う第三者機関を設置することだ。 現在は厚労省の社会保障審議会年金数理部会の専門家委員6人が厚生、国民、共済各年金の財政状況をチェックしているが、委員らは他の年金関連委員会にも委員として加わっているから、チェック役としては不適当だ。
年金制度改革に関わった当事者が、同時に監視役を務めるのだから「チェック機能不全」となるのは必定である。 自分たちが決めたことにはケチはつけにくいからだ。まるで福島第一原発事故で見た自己規制、自己チェックがもたらした大災害と重なり合う。
厚労省幹部はこの年金数理部会で「年金財政の第三者チェックはなされている」と主張するが、説得力は弱い。 現に厚労省は年金運用会社「AIJ投資顧問」による年金消失事件で、またも醜態をさらしている。
年金資産は巨額なだけに、チェック機能が働かないと悪知恵を使った途方もない流用とか損失を引き起こす。 旧特殊法人「年金福祉事業団」による年金積立金を流用したハコもの事業やAIJによる年金消失事件がその見本だ。
AIJは顧客の94の厚生年金基金(企業年金の一種で、全国に600近くある。国に代わって厚生年金積立金の一部を運用し、厚生年金給付を代行する)から集めた1458億円のうち1092億円をデリバティブ(金融派生商品)取引の失敗などにより消失させた。 昨年、年金基金と交わした契約に対し詐欺罪で起訴され、金融庁からは金融商品取引業者の登録を抹消された。
ところが、厚生年金基金を所管する厚労省は事件が表面化してから実態調査に乗り出す始末で、チェックの手抜かりが露呈した。 資金運用難に陥る基金が国から預かる年金資産に穴をあける「代行割れ」が増え、高利回り商品投資に走りやすい状況なのに、チェックを怠り、資金運用の実態を把握していなかったのだ。 この年金消失で被害基金が解散を余儀なくされると、代行部分の積立不足分を国に返さなければならない。基金が開けた損失で、中小企業が多い加入企業の企業年金の支給額が削減される可能性も出てくる。
AIJ事件を受け、厚生年金本体への波及を防ぐため「代行割れ」基金を5年以内に解散させ、存続が認められた基金は10年後までに廃止を検討するといった厚生年金基金の制度見直し法案が、6月に成立した。
AIJ事件は、「公的年金」の一部を「企業年金」が代行するという、財政責任が公私混然一体となっている厚生年金基金制度の問題をあぶり出した。 責任の不明確化という制度自体に、事件の誘因がある。ごちゃごちゃと分かりにくい不透明な年金制度は、責任の所在も分かりにくくし、無責任体制から財政の悪化と共に問題が噴出してくるのだ。
そして、ここでも「チェック機能不全」が、事件を大きく引き起こすのである。
(図表1)出生数及び合計特殊出生率の年次推移 出所)厚生労働省「平成24年人口動態統計月報年計(概数)の概況」
(図表2)フランスの合計特殊出生率の推移(1901〜2008年) 出所)参議院「立法と調査」2009年10月号
バックナンバー
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