■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
連載「生きがい年金」への道(2)/未納の病根「非正規雇用」
(2012年10月1日)
社会保障・税一体改革は、消費増税を切り離し、先行させた。年金、医療、介護、子育てを柱とする社会保障の抜本改革は、先送りされた。制度改革のデザインコンテストが早速、始まらなければならない。
当然だが、急増する社会保障費を抑制すると共に、負担と受益の世代間不公平性を解消する社会保障改革が求められる。
政府・民主党は自民、公明両党との三党合意で「国民会議」を設置して改革の絵を描くこととした。しかし、「解散・総選挙近し」の思惑から、設置のメドは立っていない。
小泉政権退陣後6年余り続く政治の迷走が、実現までに時間を要する、あらゆる抜本改革を遠ざけた。どの政権も欠陥箇所を取り繕う弥縫策で、その都度しのごうとしてきた。専ら対症療法に終始したのである。
その結果、病原菌はますます蔓延し、手に負えなくなってきたのだ。
年金が、その典型例と言える。「消えた年金」問題で国民の間に一挙に広がった年金不信は、2004年の年金制度改革、いわゆる「100年安心プラン」で収まらず、さらに内向して若者の年金未納を招いたかに見える。
その都度しのぎの未納対策
今国会でようやく成立した社会保障・税一体改革関連法に、政府の苦しまぎれの弥縫策が垣間見える。それは紛れもなく若者の「年金不信・年金離れ」を反映している。
この法律(公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律)で、国民年金保険料の未納対策と、パートタイマーなど短時間労働者に対する厚生年金・健康保険の適用拡大が講じられた。
国民年金は会社員や公務員以外の自営業者や農漁業従事者、非正規雇用者、学生、無業者らが加入する公的年金。サラリーマンが加入する厚生年金、公務員や私学教職員が加入する共済年金の保険料が給与から天引きされるのに対し、国民年金は自ら保険料を納める仕組みだ。
国民年金保険料の未納者は、そのままだと将来「無年金者」か「低年金者」に行き着く。無年金となれば、職を持たない高齢者は単独では生活していけなくなる。この悲惨な状況を一変させなければならない。
そこで今度の法律で、老齢基礎年金の受給資格期間をこれまでの25年から10年に短縮した。3年後の2015年10月から施行される。
現在、65歳以上の無年金者は約42万人。そのうち「納付済み期間10年未満」の59%が「10年分まで払えば受給資格期間」を満たし、保険料納付済み期間に応じた年金支給が受けられるようになる。経済的理由や年金不信から保険料を納付していない若者も、「10年で受給資格が得られるなら考え直そう」となるかもしれない。
従来の国民年金受給資格の「納付期間最低25年」は長すぎた。新制度は一歩前進ではあるに違いない。
だが、マイナスに働く面もある。この受給資格期間10年への短縮で、月々いくらの国民年金が入るかといえば、40年間満額納付した人の定額受給額6.6万円に対し、納付済み期間4分の1と単純計算して、わずか月1万6000円余にすぎない。
月6.6万円の満額受給でも低すぎるのに、月1.6万円の年金ではどうやって食っていけるのか。
Better than nothing(ないよりまし)というわけだ。厚生労働省年金課幹部もこう解説した―「貰えないよりいいでしょうね」。つまり、この法律で長すぎた受給資格期間は短縮され、無年金者はたしかに減る。しかしその減った分、低年金者は増える。無年金者から低年金者へ―政府は、重大化する未納問題に、原因を取り除く抜本対策ではなしに、弥縫策で応えたのである。
「保険料は10年収めれば国民年金を貰える」というシグナルを発したものの、むしろ、年金納付へのインセンティブ(刺激となる動機付け)を削ぐ恐れもある。 というのも、人びとの多くが「保険料を10年支払えば満額の6.6万円(月)貰える」と誤解して、高齢の身になって受給額の少なさに呆然とすることもあり得るだろう。若い非正規雇用者らが、シグナルをミスジャッジしないよう、厚労省は「受給資格期間10年への短縮により保険料の納付済み期間が少なくなった分、年金支給額も減る」旨を具体的数字を挙げて国民に広く知らせる必要がある。
国民年金5人に3人が未納
国民年金保険料の未納状況は、1990年代以降で見ると、93〜4年当時は最も低い14.3%を付けていた。これが徐々に悪化し、ついに2割台に急落するのが2002年である。その急悪化の要因に、保険料の徴収事務の担い手が地元住民に密着した都道府県の市町村から執行能力に欠ける社会保険庁に代わったことが挙げられた。
むろん、それは徴収不足・未納者増加の引き金にはなったが、決定的な要因とは言えない。なぜなら、未納率はその後も一時は持ち直したものの低落し続けたためだ。
厚労省年金局の今年7月の発表によると、11年度の未納率は41.4%と過去最低となった。3年連続で4割台に落ち込んだことになる。これに経済的理由などによる納付免除者や納付猶予者を合わせると、実質未納率は被保険者(第一号)約1940万人の74%に達する。5人に3人強が収めていないことになる。なんとも異常な事態だ。
東京、神奈川など首都圏での納付率の落ち込みが目立つのも、若者の非正規社員が増えているせいだ。
国民年金制度は保険料の納付率が持続的な下落傾向にあり、もはや救いがたいほど空洞化が進んでいるのである。
では、なぜ国民年金は崩壊しないのか。なぜ納付者に対し約束通りに支給が続けられているのか。答えは、国民年金の名で支給される基礎年金のカネは、民間サラリーマンの給与から天引きされた厚生年金と公務員らの給与から天引きされた共済年金の原資から出されているからである。
ここで公的年金制度の骨組みを見てみよう。1986年の制度改正で導入された基礎年金制度を主に支えているのが、加入数で3400万人超に上る民間サラリーマンであることが分かる。(図表1)が示す通り、サラリーマンや公務員の拠出金が国民年金保険の主要財源なのである。国民年金保険料の未納部分は、事実上サラリーマン、公務員らが穴埋めしているのだ。
ここで、未納問題をもたらす背景要因について説明しておこう。それは国民年金保険料は厚生年金、共済年金と違って給料から天引き(源泉徴収)されないことだ。それぞれが自ら納付する、ということになれば、手続き上の面倒もあり、「払っておけば将来得する」という明確なインセンティブが必要になる。
ところが、所得が減って余裕がなくなっている上に「結局は払い損になる」「制度自体がこの先、続くのか」という不信・不安が若者らの間で広がっているのだ。
これでは未納は増え続けて当然である。
国民年金の空洞化が進めば、年金財政そのものが悪化してくる。だが、この悪化の傾向が好転する兆しは見えてこない。なぜなら、未納の直接の引き金となっているのは、国民の間の経済・社会格差の拡大と公的年金制度と運営する国への不信感だからだ。
未納者に対する厚労省の2008年実態調査が、未納の原因を物語る。それによると、64.2%(複数回答)と未納原因の最多を占めたのが「経済的に支払うのが困難」だ。次いで、「年金制度の将来が不安、信用できない」が14.3%、「(当時の)社会保険庁(現・日本年金機構)が信用できない」が7.0%。ズバリ経済的困難と年金制度・運営主体への不信感で未納が増え続けているのだ。
経済的困難を理由とするのは、すぐに理解できる。1990年代後半に始まった、日本型雇用システムの転換である。グローバル競争にさらされた大企業は、終身雇用・年功序列型人事から、正社員をコアに非正規社員を多数配置して人件費コストを引き下げると共に、労働形態を柔軟化する雇用システムに大挙して切り換えていったのである(図表2)。
それは「リストラ」と呼ばれる雇用削減策の柱だったが、同時に企業の「縛り」を嫌い、自分の時間をつくって楽しみたいという若者らの願望に合致する雇用形態でもあった。グローバリゼーション時代にふさわしいとされた雇用システムで、多様化する生活・労働意識にも応えた面があった。
とはいえ、それは労働側にとって大きな痛手を伴った。非正規社員の給与は専門的知識や技能を持たない場合、正社員の水準に比べ一段と低く抑えられ、昇給を伴わないからだ。
こうした非正規雇用者は昨年は全雇用者(役員を除く)の35%(総務省調べ)と、全体の3分の1を上回るまでになった。ここに、年金未納の最大の要因がある。
若者の生活が危機
文部科学省が8月に発表した学校基本調査(2012年速報)は、今春の大学卒業者約56万人の厳しい最新就職状況を明らかにしている。昭和の初め、「大学は出たけれど・・・」と嘆いた金融恐慌時を連想させるほど、由々しい問題だ。
同調査によると、非正規雇用やパートタイマーなど安定した仕事に就いていない大学卒業者が22.9%にも上っている(5月1日現在)。ほぼ4人に1人が、心もとない不安定雇用の状態にある。「正社員」の門戸を閉ざされれば、正社員に中途採用される道は険しい。将来の生活像はかなり不透明、不安定にならざるを得ない。学生らの不安は重い。
さらに要注意は、就職も進学もしなかった大卒者が約6%に当たる3万3000人以上にも上ったことだ。ニート(若者無業者)かニート予備軍と言える。就職率自体は63.9%と昨年を1.2%上回り、2年連続で改善したものの、その内実は不安定化を深めているのである。
ニートとは、通学も仕事もせず、職業訓練も受けていない若者を指す。「就職も進学の準備もしていない」大卒者が、これまで約60万人といわれるニート群に大量に加わる形となる。ニートはこれまで高卒者や学校中退者が多いとされていたが、大学新卒者の参入で新たな局面を迎えた。
30代半ばのある大卒は、有名電機メーカーに就職したが「自分に合わない」と一年で辞めた。その後は両親と同居したまま仕事に就かず、インターネットの画面と向き合う毎日だ。「(求職活動も)はじめはその気はあったが、面倒になったようだ。対人関係が苦手。近頃は他人と話すのも苦痛になったと言っている」と両親が筆者に打ち明けた。
人の生活は通常、仕事中心のルーティンワークから成る。勤め人は平日なら朝早く出かけて行き、8時間かそれ以上を職場で働き、帰宅後は食事や団らん、TVとか読書で過ごして眠りに就くだろう。日曜には、休養やスポーツ、趣味などを勝手気ままに楽しみ、明日からのハードワークに備えることだろう。
このルーティンワークは日々の「習慣の体系」なのであり、その日常活動の繰り返しから仕事の知識や技能、ノウハウを身につけ、やがて「プロフェショナルな能力」へと結晶させていくのである。
ところが、ニートとして閉じこもってしまうと、企業などの職業訓練も受けられず、仕事に沿って作られたルーティンワークを経験できない。代わって単調でリズムのない無為の日々が続くことになる。それが長く続くほど、職業的能力は開花しないまま就業機会からも遠のいてしまう。
ニートの身で運良く就職できたとしても、企業としては長続きするか不安だし、「質の高い労働力」は期待できそうにない。そこで割り当てられる仕事は単純作業に留まる確率が高い。転職するにもニートは著しく不利なのである。職業的経験を蓄積し生かすには、まず仕事に就くことが出発点となるが、ニートでいる限りこのチャンスから一切排除されてしまうのだ。
そうなると、就職した同世代との経済格差が拡大するのは必至である。いずれ結婚も困難となり、ゆくゆくは生活保護を受けざるを得ない可能性が高まる。
こうして見ると、今春の大卒者のほぼ4人に1人が「安定雇用」のない状況は深刻だ。彼らが格差社会の底辺部に沈殿しかねないからである。
国民年金の未納が増えた要因には、このように保険料の負担能力の低い非正規雇用者の増大が挙げられる。
厚労省の調査でも、このことが確認されている。08年時点で国民年金(第一号)被保険者のうち臨時・パートの割合は26.1%を占める。99年当時より10ポイント近く増えた。さらに保険料納付状況を見ると、臨時・パートは完納者の割合が最も低い。
事実、所得水準で臨時・パートは自営業者・家族従業者や常用雇用者に比べて低い。つまり、所得が低く未納率の高い臨時・パートが増えたことが、国民年金保険料の納付率低下につながっているのだ。
非正規社員は3分の1の低収入
経済格差の元になっている正規と非正規雇用者の収入は、一体どれだけ違うのか。非正規雇用の実態はどのようか―。正社員と、出向社員を除く非正規社員の生涯賃金の比率はざっと「3対1」と見られる。「非正規」の賃金は正社員の約三分の一の水準だ。
正社員の生涯賃金を2億4000万円と推定すると、非正規社員の生涯賃金は平均8000万円となる。22歳の大卒時から65歳の年金受給時まで43年間働くとして、正規社員の賃金は年平均558万円。これに対し非正規社員は平均一八六万円の試算となる。
ただし、企業間格差は大きい。国税庁によると、資本金10億円以上の株式会社の男性の場合、年間賃金は平均725万円(08年時)に上る。
非正規社員の平均賃金は「年200万円弱」と言われるが、このことは厚労省の調査からも裏付けられる。「平成22年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」(昨年8月発表)によると、2010年9月の1ヵ月間に支払われた賃金総額(税込み)は正社員では「20〜30万円未満」が36.6%と最も高い割合となった。 次いで「30〜40万円未満」が25.5%、「10〜20万円未満」14.3%の順だ。
一方、非正規の臨時やパートタイマーでは「10万円未満」が51.2%と最も高い割合。「20万円未満」を合わせると九割超に上る。パートで生活をつないでいる限り、年収100万そこそこが半分、年収200万円に届かないケースが大部分であることを物語る。
契約社員、派遣労働者、嘱託社員では、「10〜20万円未満」、出向社員では「30〜40万円未満」が最も高い割合を占める。親会社からの出向社員は、賃金が比較的高いが、出向社員を除いた非正規雇用の全分野で月給は大半が「20万円未満」だ。
ということは、非正規雇用者の平均年収は税込みで200万円程度、税引きで200万円を下回ると見られる。
「好きな彼女ができたけれど、今の収入では結婚できません」。東大を卒業後、いい就職先が見つからずにフリーターを続けた30代はじめの若者が、筆者に語った言葉だ。とうてい結婚や子育てができる収入ではない。
男女別に見ると、女性が一段と不利な立場に置かれている。厚労省によると、女性は2010年時点で非正規雇用が53.8%と正規雇用を上回り、過去最高となった。男性の非正規雇用者の18.9%と比べ、非正規雇用の分野に社会進出していることが分かる。
進出先は主に医療・福祉分野だ。介護の現場などで低賃金で頑張っている光景が浮かび上がる。女性一般の収入が低いのも、非正規雇用が多いのが一因だ。
国税庁が昨年9月発表した「民間給与実態統計調査」(08年分)。それによると、給与分布で最も多いのが男性では「年間給与額300万円超400万円以下」で501万人(全体の18%)、女性では「100万円超200万円以下」で488万人(同27%)。男女に雲泥の差がある。
2002年当時、非正規雇用者は全雇用者の29%を占めた。それが3分の1を上回るまでになったのは2011年(34%)からだ。その背景に女性の社会進出があった。
しかし非正規雇用の広がりに伴い経済格差が拡大し、一種の「新階級社会」が出現してきた。働く女性や非正規雇用者が格差社会の底辺を支える階級社会である。
増大する「非正規」は賃金が低く抑えられ、転職の壁もあって収入の向上が困難になっている構図が見える。
その半面、大企業の役員、起業に成功した一部企業経営者、国際的に投資するファンドマネジャー、スマホ関連の通信事業者などグローバル経営時代の少数の「勝ち組」が、格差社会のピラミッドの頂点を占める。
“生活の危機”を背景に、若者らの年金をはじめとする社会保障への負担感が広がる。
厚労省が今年2月に実施したアンケート調査によると、20歳以上の58%が「生涯の社会保障負担が給付を上回る」と回答した。うち30〜34歳は82%、25〜29歳は80%がそう答えている。若い層ほど負担感が重いことが確認されたのだ。
広がる不安定雇用と固定的な低収入―社会の中心軸だった中間層がやせ細り、底辺が拡大していく中、年金未納問題は一層深刻化する方向だ。しかし年金制度を揺るがしているのは、格差を拡大し貧困者を作りだした経済事情だけでない。根深い年金制度・行政への不信感が、若者らを保険料の未納へと駆り立てる。
(図1)年金制度の体系 (数値は2011年3月末) 出所)厚生労働省「年金財政ホームページ」
(図表2)「非正規」雇用者の概念 出所)厚生労働省「平成22年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」