■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
連載「生きがい年金」への道(10)/制度内手直しで幕引きか―黄信号が灯った年金改革

(2013年6月10日)


改革不要論に傾いた要因

社会保障制度改革国民会議の年金論議が置き去りにされている。医療と介護問題に論議が集中しているが、その背景に“年金は現行制度でやっていける”といった楽観の広がりがあるようだ。 このままでは制度改革に踏み込まずに「支給開始年齢の引き上げ」のような“制度内手直し”で幕を引く公算が強まってきた。
国民会議の年金議論は、昨年11月の初会合以来、具体的討議を欠いたまま低調に推移してきた。4月19日の第9回会合でそれまでの主な議論が紹介されたが、年金については素っ気なかった。 事務局作成の資料には、「主な議論」として次のように紹介されただけだ。
・まずは、どのような年金の将来像を描いたとしても対応すべき現行制度の改善に取り組むべき。
・年金財政を健全化する改革に早く着手して、年金制度を長持ちさせ、将来世代に財政的なツケを残さないようにすべき。
―以上を意訳すると、現行制度の改善を優先して抜本改革など後回しにしろ、年金財政健全化を急いで現行制度を長持ちさせろ、というに等しい。足元にある現行制度路線の堅持である。
議論も4月一杯まで医療と介護に集中した。年金はもはや関心外となったのか。「国民会議の大勢は年金改革不要論に傾いている」と日本経済新聞(4月28日付)は書いている。

なるほど、改革不要論が今になって出てくる要因は2つ考えられる。委員の1人、権丈善一・慶応大商学部教授は、国民会議の取り組みについて経済誌にこう書いている―
「年金と子ども・子育てについては(衆議院の)解散直前に、すでに各種の法律が成立し、公費追加に具体的道筋が確保されている。それとは対照的に、消費税率引き上げで得られる財源を用いて医療・介護分野でどのような改革が成されるのかは、いまだ法的・制度的な道筋が立っていない」
権丈委員が指摘するように、年金改革消極論の背景には法律の成立があった。これは「もらい過ぎ年金」の段階的解消などの法律を指す。
4月に入ると安倍内閣は、今国会での成立を目指す年金関連法案を閣議決定し、年金の法的整備をさらに進めた。国から預かった厚生年金の積立金が足りなくなった厚生年金基金に、5年内に解散を促す法などだ。
このような現行制度の不備などを正す法律が相次ぎ成立したことを受け、委員の間に「現行制度が持ち直す」感触が強まったようだ。これが抜本改革への意欲を鈍らせたことは疑いない。
自公が与党となった今、かつての与党時代に作って「100年安心」を謳った2004年改革プランをこの先、長持ちさせたいと思うのは、当然かもしれない。今度は最大野党となった民主党や超党派の国会版国民会議が持続可能な新制度への抜本改革を働きかける番になるが、これまでのところ国民会議の検討状況を変えるような影響は見られない。

国民会議事務局の官僚や委員に“年金パッシング”を促しているもう一つの要因は、アベノミクス効果だろう。
安倍首相が提唱した大胆な金融緩和政策は、日銀の黒田東彦新体制の発足で本格軌道に乗り、大幅な円安・株高をたちまち実現した。さらに来年4月から消費税の10%への段階的引き上げが予定されている。
政府・日銀一体の量的金融緩和、輸出産業を中心にした景気の上向き、消費増税に伴う物価値上がりなどで「2年内に2%上昇」の物価目標は達成される可能性が高まってきた。
こうした中、「年金財政が安定するようになる」との見方が広がり、年金の改革論議にも影響してきたのである。

現状維持に与したアベノミクス

「年金財政が安定する」と見る理由は何か。カギとなるのは、04年年金改革で導入が決まった、「マクロ経済スライド」という年金給付の自動調整装置にある。
マクロ経済スライドとは、厚生労働省の作った長期経済前提に基づき物価上昇率(年金を初めて貰う人は賃金上昇率マイナス0.9%)から毎年0.9%マイナスして年金を減額支給する仕組みである(図表1)。このように「物価上昇分よりも0.9%低い水準に年金額を留める」仕方で納付水準の上昇を抑制しようという狙いだ。
厚労省は「現役世代の賃金上昇は通常、物価上昇よりも上回る」との経験則に基づき、このマクロ経済スライドを使えばある程度のインフレ経済なら年金生活者は年金収入を毎年少しずつは増やしながら、現役世代の収入の5割以上の年金額を確保できる、と試算したのだ。
このマクロ経済スライドは12年度から発動される予定だったが、インフレどころか想定外の経済のデフレ化で実施が見送られた。
そもそも年金財政の経済前提にムリがあったのだ。09年時点で厚労省は「物価上昇率1.0%、賃金上昇率2.5%、年金積立金の運用利回り4.1%」を前提とした。「運用利回り4.1%は、とりわけ無茶苦茶に高い。あり得ない願望の数字だ」と金融関係者は指摘する。

ところが、アベノミクス効果で「物価2%上昇」が実現する見込みがにわかに強まった。となると、休眠していたマクロ経済スライドがようやく働きだす。仮に2%の物価上昇率なら賃上げで現役世代からの保険料収入が増える半面、年金支給額は前年比1.1%増に抑えられる計算になる。年金財政は経済が安定成長する中で物価より低めの上昇率で、回り始めることとなる。
「物価2%上昇」は、年金財政を改善する上で、実にありがたい目標だ。100年安心プランは、そもそも2%程度のインフレはないと困るのだ。この物価目標が、2年内に達成できる公算が強まってきたのである。 厚労省と現状維持派学者にとって、アベノミクスは“干天の慈雨”になった、と言えるだろう。

「短期・中期・長期」で考える

こうしたことから、国民会議の議事日程は医療・介護問題で埋まり、年金問題は端に寄せられてしまったわけだ。
だが、一部委員の中から年金の制度改革に関し注目すべき提言も出されている。
たとえば、慶応大経済学部教授の駒村康平委員が4月に提出した意見書だ。中身は「制度横断的、短期・中期・長期の視点から改革議論を行うべき」との主張である。
これは「マクロ経済スライドで低下する年金を考慮し、今後、平均額では上昇が不可避な後期医療、介護保険料、本人負担への配慮をする必要がある」「生活保護への流入を避けるためには、低所得高齢者に公費財源を重点化し、最低生活保障を行う」というものだ。
さらに、国民会議では今後、次のような3つの時期を考えた議論をすべきだと強調した。第1は、消費税が10%となる15年10月まで、短期的にどんな改革を行うか。第2は、25年までに完成させる中期の改革だ(社会保障給付費の総額が現在の年約110兆円から25年には医療・介護費の急増から約150兆円に増大すると推計されている)。地域医療と介護の供給体制の再構築が大きな課題となる。
そして第3は、25年以降の長期展望に立った社会保障の将来構想だ。この将来構想議論こそが、これまで最も欠けていた、と。

この「短期・中期・長期」の視点で社会保障の各制度を横断的に考え、社会保障制度の持続可能性を高めることが可能になるという。
こうした真っ当な主張が国民会議で議論されるかどうか。窮屈な日程だが、何とか「時間軸ごとの横断式議論」に踏み込みたいところだ。
この政府の国民会議と並行して、国会版国民会議も抜本改革に向け議論を進めている。その中で、小黒一正・一橋大経済研究所准教授、加藤久和・明治大学政治経済学研究科教授らによる積立方式の採用を含む制度改革案が紹介された。
一方、社会保障制度改革を巡る自民、公明、民主三党の実務者協議では、改革内容について三党間合意に向けて協議していくこととなった。テーマは「雇用形態の多様化と未納・未加入問題」「低年金・無年金者の増加」など。将来世代のために持続可能な制度改革案をまとめ上げられるかどうか、が問われる。

加速する少子化と老人大国

5月5日の「こどもの日」。連休をのんびり楽しんでいた人びとに、衝撃が走った。朝の新聞やテレビで、15歳未満の「子ども人口」の想像を超える減少ぶりを知ったからだ。
子ども人口は前年より15万人減って1649万人(4月1日総務省推計)。32年連続の減少で、総人口に占める割合は世界最低水準の12.9%までに落ち込んだ。 歴代政権は少子化対策を掲げてきたが、依然、減少に歯止めが掛からない。
一方、総務省が発表した2012年10月1日現在の人口推計によると、外国人を含む総人口は前年比0.22%、28万4000人減の1億2751万5000人。マイナスは2年連続で、比較可能な1950年以降、減少率、数とも最大となった。

半面、高齢者人口(65歳以上)は前年比104万1000人増えて初めて3000万人を超え、3079万3000人に。総人口に占める割合は24.1%と、過去最高を更新した。高齢化も、相当のスピードで進んでいるのだ。
日本人人口の減少を埋める役割を果たす外国人も、入国者より出国者が5万6000人も上回って減少した。これで4年連続の減。東日本大震災・福島原発事故や経済低迷の影響で、外国人労働者や専門家らが出国した影響が大きい。外国人の“日本離れ”も、止まらない。
他方、海外移住などで、帰国者よりも出国者が上回り、結果、2万3000人の日本人が減少した。これには円高や企業の海外進出の影響もある。タイ人女性と結婚した筆者の友人も、「近い将来、タイに移住したい」と語る。
総じて人口減と少子高齢化の進行で現役の生産人口が細り、活力が低下している構図が浮かび上がる(図表2)。

「人口減社会」へのリスポンス

将来人口は、どのようになりそうか。国立社会保障・人口問題研究所の今年3月推計によると、2つの大きな特徴が表れる。
1つは、2040年の総人口(外国人を含む)はすべての都道府県で2010年水準を下回ることだ。 これまでの傾向が続けば、自然減、社会減(移民など)から総人口は2020〜25年以降、全国的に、例外なく減少していく。
2つめは、65歳以上の人口比率の急増だ。大都市圏と沖縄県で大幅に増え、とくに埼玉県と神奈川県は顕著で、75歳以上人口となると両県とも2040年に2010年の二倍以上になる。 同時に住民人口の4割以上を65歳以上が占める自治体も、半数近くに上ることだ。最もその割合が大きくなると見られる秋田県では2040年に43.8%にも達する見込みだ。

このままでは急激な少子高齢化で人口が縮小し、働き手が減り続けるのは必至だ。「人口減・老人社会」に一段と近付いていくことになる。 政治はこの「少子高齢化・人口減社会」の挑戦に応答しなければならない。有効な中長期対策を今すぐにも打たなければならない。
人口減社会は、それ自身固有の厄介な問題を生み出す。「人口」という資源は、労働力とそれが生む価値(生産物、サービス、文化)と富、購買力がもたらす市場の大きさ、これに裏付けられた外交・軍事力、社会保障制度など、全体としての「国力」を左右する。
日本社会が到達した「世界一の長寿国」の冠は、これまでの経済成長、富の分配、食文化、医療などの成果を示すものと言えるだろう。
しかし、4年ほど前から「人口減社会」へと歯車が逆回転。年金、医療など社会保障制度を支える働き手たちの減少は、制度の持続可能性に黄信号を灯している。
歯車を正回転に戻すには、何としても人口の増加策が必要だ。その中核になるのは、子どもが欲しいという希望をかなえる=出生率の向上だ。 そして、それを実現するには女性の雇用・労働環境や子育て環境の改善、企業やNPOの子育て支援、待機児童問題の解消、残業時間制限、有給休暇制の完全活用、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)に向けた仕組みなどを組み合わせる。
フランスのような、先進国でありながら出生率が高い国の施策から見習うべきものを吸収するべきだ。

もう1つ、労働力人口を増やす移民の受け入れ増も考えなければならないだろう。ただし、これには新来者の受け入れに国民の間で拒否反応が広がらないよう、政治的な配慮と入念な受け入れ準備とが要る。「反移民・反ガイジン・ポピュリズム」の波を起こしてはならないのだ。
前WTO=世界貿易機関総裁、ピーター・サザーランド氏によれば、スペインでは2002年から08年にかけ、移民の流入により同国の人口は毎年70万ずつ増えていた。 ところが、経済困難などで09年から移民の流入よりも流出の方が増えだし、今や同国では2020年までに少なくとも50万の人口の減少が見込まれている。 欧米諸国の多くでは09年以後、こうした移民の逆流現象が生じているという。
欧米の先例を学習しつつ、日本も良質の移民導入に向け次第に“開国”していかなければならない時期を迎えている。






(図表1)
出所)厚生労働省「平成21年財政検証結果レポート」

(図表2)我が国の人口ピラミッド(2012年10月1日現在
出所)総務省統計局


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