■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
連載「生きがい年金」への道(4)/労働人口減と低所得化が脅威

(2012年12月10日)

国民年金の未納問題に象徴されるように、現行の公的年金制度はこのままでは持たない。制度を入れ替えない限り持続できない。なぜなら、現行制度は働き手の現役世代が保険料を納める年金で高齢世代の生活を支えるシステムである。労働力人口が減る現役世代の所得縮小が進む限り、財政が続かなくなるのは必至だからだ。

年金危機の二要因

「年金危機」には、主に二つの要因がある。労働力人口の減少と、低所得の非正規雇用者の急増だ。現行の賦課方式は、働き世代の収入から保険料を徴収して引退した老後の親世代に年金を支給する制度である。「世代間扶助」とされ、これが十分に機能すれば申し分ない助け合い・親孝行の制度といえるだろう。
ところが、この制度が持続するためには、働き世代が納める年金保険料が想定通りに確保されなければならない。収入を稼ぎ出す肝心の労働力人口が減っては困る。給与レベルも上がっていく必要がある。現にパートや臨時工だと国民年金保険料の月約1.5万円の納付さえままならない。

現行の賦課方式を持続させるには、常用雇用を増やす経済成長が前提条件だが、現実は非正規雇用を増やす長期デフレ不況なのである。非正規雇用の増大などにより、勤労者世帯の年間収入は一段と低下した。
家計の年間収入を1999年と2009年で比較すると、650万円台以上の割合が低下し、600万円台以下の割合が上昇した。低年金、無年金の人が増えているのに加え、生活保護の受給者が210万人を超え過去最多を更新したのも、根っこの日本経済の活力低下が背景にある。
このまま手を打たなければ、今後も少子高齢化が進み、労働力人口が減るのは必至だ。デフレ不況による給与減、円高による日本企業の海外進出が加速するようだと、日本経済は干上がってしまい、現行の公的年金制度は想像以上に早く自らの墓穴を掘ってしまうだろう。
公的年金制度を考える上で、この点をまず押さえておかなければならない。

給付面から見てみよう。年金給付水準が決まる高齢化状況はいま、どの程度進行しているのか。
厚生労働省の最新資料によると、65歳以上の高齢者人口は過去最高の2975万人と、全人口一億2780万人の23.3%に上る(2011年10月1日現在)。ほぼ4人に1人の割合で、男女比は3対4だ。
総人口が減少する中、高齢者率は上昇していき、高齢化率は2060年には2.5人に1人が65歳以上になる見通しだ。
高齢者一人に対し現役世代(20から64歳)2.6人だったのが、2060年には高齢者一人対現役世代1.2人になると予測している。人口減少社会の中、現役世代1.2人で1人の高齢者を支えなければならない構図となる(図表1)

平均寿命は2010年現在の男性79.64年、女性86.39年から、2060年にはそれぞれ84.19年、90.93年に延びる見通し。女性の寿命は90年を超える。
日本の高齢化は国際的に見て、どの国もかつて経験しなかった、世界一の猛スピードで進む、ということだ。
つれて年金が約半分を占める社会保障給付費も当然増える。2009年度は過去最高の99兆8507億円。国民所得に占める割合は1970年度の5.8%から5倍強の29.4%へ上昇した。社会保障給付費のうち高齢者関係給付費は09年度には7割近い68兆6422億円に上った。“高齢化最先進国”として、「年金をはじめ高齢社会モデル」を世界に示すべき立場となるわけだ。
こうした中、高齢者の生活の姿はどのようか。その実態に照らして年金政策を組み立てなければならない。

ポイントは5つある。
  1. 公的年金が高齢者世帯の所得の七割を占める(図表2)→年金頼みの生活
  2. 一人暮らし高齢者は増加傾向→孤立性深まる。男性1割、女性2割(10年)が一人暮らし
  3. 暮らし向きは安定的。「心配ない」高齢者は約7割、80歳以上は約8割→現行給付水準の充足度は高い
  4. 高齢者一人当たり支出、貯蓄は全世帯平均を上回る→消費力、貯蓄力の経済パワーを持つ。65歳以上世帯の平均貯蓄額は2257万円で全世帯平均1664万円の1.4倍。4000万円以上の貯蓄世帯は16.1%、全世帯の10.2%に比べ高水準。ただし貯蓄の目的は6割が「病気・介護の備え」
  5. 相対的貧困率(世帯一人当たり可処分所得が全体の4分の1以下)が女性を中心に高齢化とともに上昇する→貧しい高齢者と富裕な高齢者の格差拡大
この5つのポイントに、年金政策の重要なヒントが隠されている。

98年から労働力人口減

労働力人口はどんな推移か―。
総務省の「労働力調査」によると、15歳以上の就業者と完全失業者を合わせた人口を「労働力人口」と規定。いわば、職に就いているか、もしくは働いていないが働く意思を持ち、職を求めている人の総数だ。
日本の労働力人口は、戦後半世紀にわたり長い上り坂を行くように増加傾向をたどった。ピークに達した1997年6月には、6811万人に達した。20年前の1977年当時より1400万人も多い。
しかし金融危機が一段と深まり、デフレ不況の泥沼に踏み入れた98年から、労働力人口は徐々に下り坂を下って行く。九八年は消費税が3%から5%に引き上がられた翌年に当たり、以後、今日に至るまで「名目マイナス経済成長、物価下落」の続くデフレ不況にはまり込んだのは周知の通りだ。
労働力人口の低落も、この日本経済衰退の波と連動したのである。
人口減の背景の一つに、生涯未婚率の上昇が挙げられる。国立社会保障・人口問題研究所によると、1970年に生涯未婚率は男1.70%、女3.34%だったのが年々上がり、2010年には男20.14%、女10.61%に上昇した。男の「5人に1人」が生涯未婚の状態だ。

かつてT.R.マルサスは名著『人口論』の中で、こう述べた。
「結婚についての法律があろうとなかろうと、男性がひとりの女性に早くから愛着を覚えるのは人間の本性および道徳の命ずるところであるように思われる。選択を誤ったと思えば相手を自由に変更できるとしても、(中略)この自由は人口に影響を及ぼさないだろう」(斎藤悦則訳)
人口は、食糧不足とか中国の一人っ子政策のような格別の「抑制」がなければ、「等比級数的に増加する」とマルサスはみなした。食糧が十分手に入る社会では、若者は自然に結婚して子を生み、人口はひとりでに増えていく、と考えたのだ。

では、日本のここ十数年来の労働力人口の一貫した減少には、どんな「抑制」が働いたのか。給料の安さとか雇用の不安定さ、子供の養育費、ことに教育費がかかることへの不安とか、独身生活の気楽さ等々、結婚や出産への様々な「抑制」が複合した結果ではあろう。
問題は、急速な高齢化と労働力人口の減少とが日本経済と社会保障制度に及ぼす影響である。若者の減少はマイホームとかマイカーへの需要を減退させ、総需要を抑制する。半面、年金給付をはじめ社会保障費用は増え続け、その負担が現役世代に重くのしかかり、消費を抑制して経済の足を引っ張る。ではどうするか。
「社会保障・税一体改革」で本来なされるべきは、こうした日本社会の根本的な変化を見定め、対策をとることにあった。社会保障制度の見直しから始め、包括的な雇用対策、海外からの移民促進策が最優先で取り上げられるべきであった。だが、結局ろくに検討もされずに消費増税だけが切り離され、決まってしまったのだ。

増える生活保護と不正受給

社会保障制度の見直しについて考えてみよう。 問題が深刻化している生活保護制度を取り上げてみる。生活保護問題は、セーフティネットと社会保障財源の面から年金問題にも直結する。
生活保護制度は、あらゆる人びとに対する最低所得保障制度で、「最後のセーフティネット」とも呼ばれる。日本国憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とし、第二項で「国はすべての生活部門について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めている。

この憲法規定に基づき就労可能な人びとに対する最低賃金制、就労できなくなった老齢者、障害者などに対する公的年金制度と共に生活保護制度が整えられたわけだ。
うち生活保護制度に批判が高まるのは、給付総額が3兆7千億円(12年度)にまで膨らんだことや不正受給の急増だ。さらに生活保護の受給額の方が、働いて手に入れる最低賃金や自営業者、非正規社員などが保険料を納めて支給される国民年金より高く有利なためだ。生活保護の支給額は、最低賃金で働いた場合の収入を11都道府県で上回る逆転現象も起きている。生活保護費は、民主党政権に交代してから約1兆円も膨張した。

こうした状況下、「生活保護を受けた方が働くより得だ」という感覚が、低所得者の間で蔓延しかねない。これは危険なモラルハザードだ。
ここから導かなければならない結論が三つある。第一に、生活保護費の水準を最低賃金で働いた人の収入より低く下げる。
第二に、生活保護受給者のうち潜在的に就労可能な人びとに対し生活保護からの脱却を目指し、地方自治体と共同で就労支援する。
第三に、生活保護費のほぼ半分を占める医療扶助に対し現行の全額公費負担を改め、一部自己負担を求めることだ。

保護費の水準下がらず給付急増

生活保護費は国が4分の3、地方が4分の1を負担する。受給者は今年5月末時点で211万人超。国全体では12年度は3.7兆円と02年度に比べ10年間に68%急増した。なかでも大都市で受給者が大きく増えている。職が見つからない若者と、単身で身寄りのない高齢者が増大しているせいだ。
日本経済新聞社の集計によると、全国の20の政令指定都市と東京23区の2012年度の生活保護費は過去10年間に74%も増えた。08年のリーマン・ショック以降の急増が目立つ。勤労所得はデフレで約一割下がっているのに、生活保護費水準は下がらず受給者が増えているのだ。

予算に占める生活保護費の割合では、大阪が最悪の二割近くを占めるのをはじめ、東京、札幌など保護費の上位グループのほとんどが一割の大台を超える。税収が低迷する自治体財政をも相当に圧迫していることが分かる。
給付額は年齢、世帯構成、地域で異なる。自民党によれば、東京に暮らす生活保護の母子家庭で子供が2人いる場合、民主党が復活させた母子加算2万円がプラスされ、1カ月27万円になるという。
生活保護は自治体が申請を受け付け、資産・収入調査などを行って支給を決める。支給後は地域のケースワーカーが適正に受給されているかどうかを調査する義務があるが、実施度に地域格差があり、不正受給の監視が十分でないとの指摘がある。

生活保護の不正受給は10年時点で全国で約2万5千件、約128億7千万円と過去最多を更新した。これまでの事例の中には、政党や議員の口利きによる不正受給もある。熊本では投資勧誘で大きな利益を上げ年間所得1億4900万円を得ていた78歳の男が生活保護を受けていた。生活保護費約211万円をだまし取ったとしてことし5月、懲役3年、執行猶予5年、罰金3000万円の有罪判決を言い渡された。

こうした実態を背景に、政府はようやく生活保護費の増加を抑えようと本腰を入れだした。8月には2013年度予算の概算要求基準で「生活保護の見直し」を閣議決定した。しかし、震災復興が遅れている東北被災地で元の生活に戻れずに生活保護に入る人が増える可能性が高く、生活保護費の縮小は容易でない。
自民党は法を改正し、生活保護費水準の一割程度の引き下げや現物支給を検討している。現物支給とは、「米国のように現金を渡さずに食材をクーポンで行政が指定するスーパーマーケットで買ってもらったり、家賃も現金渡しではなく行政から家主への振り込み、衣服もリサイクル品の中から選んでもらう」(世耕弘成・党国対副委員長)ような方式だという。
財務省は生活保護(生活扶助、医療扶助、住宅扶助から成る)の費用の約半分を占める医療扶助を一部負担させ、価格が安い後発医薬品の使用を義務付けたい考えだ。30歳代の生活保護一人当たり外来医療費は年間12.7万円で一般の人の2.7倍に上る、との試算もある。
財務省は生活保護受給者の通院や入院の費用が全額公費負担で自己負担のないことが、“過剰医療費”につながっているとして効果を見込む。国に“オンブにダッコ”の甘えが、過剰医療の一因になっていることは否めない。

就労支援がポイント

とはいえ、生活保護対策の数ある中で大黒柱となるのは、受給者の自立に向けた就労支援であろう。キーワードは、「保護からの脱却」だ。各地の自治体は従来の受け身型の職業紹介から一歩踏み出して生活・社会訓練を行い、自立を力強く支援する必要がある。
厚労省によると、高齢者、母子、傷病、障害者世帯を除く生活保護の「その他世帯」の世帯数は約22万7000世帯(2010年)。10年前の4倍に急増した。うち20歳代は5.2%。この若年層を中心とした就労可能層に自立支援の焦点を当てるべきだ。支援の現状はどうか。
同省のプログラムによると、就労支援は福祉事務所とハローワークが連携して実施している。対象は就労可能層の中でも「就労能力・意欲があり就労阻害要因がない人」に限られる。
事業内容は、福祉事業所とハローワークとがチームを組み、就労支援プランを策定して支援のメニューを実行する、というものだ。予算は各種支援用のハローワークの予算を使う。
08年度の実績を見ると、就労支援対象となった10160人に対し就労・増収の成果を得たのが5209人、就労・増収率は51.3%と5割の大台を上回った。2年後の10年度には、さらに成果を高めた。支援対象者は17230人、うち就労・増収者数は9921人と57.6%に向上。結果、生活保護費の削減額は約33.1億円に上ったと推計された。
これに福祉事務所での就労支援員を活用した就労支援を加えると、就労・増収者は計1万4千人に達した。自立への足掛かりを得た形だ。保護費削減額は合わせて約46.7億円と見込まれる。

地方に目を転じると、たとえば横浜市中区では昨年10月から民間団体や地域と連携し、生活・社会・技術習得の訓練を一体的に一カ月程度実施している。結果は、終了した48人中27人、56.3%が就労に成功した。
生活保護行政がようやく動き出した感がある。
生活保護受給者のうち孤立した高齢者や働き世代の就労可能者は、年金未納者や低年金者・無年金者と同じような境遇にある。受給者に高齢者が年々増えていることも、年金の場合と共通する。生活保護の受給者中70歳以上は29.3%、60〜69歳は22.6%、合わせると半分を超える。
これは急増している高齢者を国としてどのようにケアしていくか、の問題である。
生活保護受給者の就労を支援し、社会活動に参加させ経済的に自立させることが社会保障の重要課題となる。同時に、制度別にバラバラに対応している高齢者へのセーフティネットの基盤づくりの観点から、基礎年金のあり方を考えなければならない。




(図1)年齢区分別将来人口推計  
出所)内閣府「高齢化の状況および高齢社会対策の実施状況」

(図表2)
出所)厚労省「平成23年度 年金制度のポイント」