■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全3回)「脱炭素化・SDGs・コロナがもたらす社会変革」(2)

( 現代公益学会編『SDGsとパンデミックに対応した公益の実現』(文眞堂)所収・2022年1月刊行)

(2022年2月10日)

(1)から続く

3. 水素とアンモニアで新エネルギー

次にグリーン成長戦略のもう一方の柱、水素とアンモニアについて見てみよう。グリーン戦略は、脱炭素電源として水素・アンモニア発電の比率目標の参考値を10%程度とする。そして熱需要には「水素化」「CO2回収」で対応すべき、とし、水素を燃料とする燃料電池自動車(FCV)やFCバス・FCトラックの普及を押し出す。
世界のエネルギー需要は増加していくが、他方でCO2ゼロへ脱炭素化を進めなければならない。この相反する課題に応えるキーテクノロジーが、燃焼させてもCO2を排出しない水素エネルギーの活用だ。水素が燃える時に出るのは水だけなので、有害な窒素酸化物(NOX)も出さず、クリーンこの上ないという特性がある。これを化石燃料に代わる新エネルギーとして普及させる。

ただし水素には扱いにくさとコスト高の難点がある。燃焼性が高く激しく燃えやすいため、コントロールが技術的に難しく、コストが相当にかかる。水素を燃料に電力を起こすには、どうすればよいか。
三菱重工業系列の三菱パワーは、水素発電の商用化に向けた技術開発を進める。日本の電力の供給量割合で約75%(2020年)を占める火力発電。世界トップ級の技術を持つ同社は2020年、火力発電の主要燃料となるLNG(液化天然ガス)に水素を30%混ぜて燃やすガスタービン用燃焼器の開発に成功した。谷村聡・大型ガスタービン技術部主管技師によれば、これにより従来型に比べCO2排出を約10%削減した。水素の混焼率を30%まで高め、安定的にコントロールできることが、CO2フリーの水素エネルギー社会を開くカギになるという。同社の最終目標は、水素100%専焼技術の実現だ。

グリーン成長戦略では、水素をゼロカーボンへの新たなエネルギー資源と位置付ける。すでにトヨタの乗用車MIRAIに採用され販売されているFCV用途を超え、産業用に幅広く拡大する戦略だ。
問題のコスト高に対し、導入量拡大を通じて水素発電コストをガス火力以下に低減し、2050年に化石燃料との競争力を十分に有する水準を目指す。導入量の目標は2030年に最大300万トン、50年に2000万トン程度。
現状の水素利用状況は、日本企業が水素発電タービンやFCVで世界に先駆けているものの、大規模利用による大幅コスト低減が課題となる。政府はFCVの燃料を補給する水素ステーションを2030年までに現在の6倍強の1000基整備する計画だ。
水素の利用に関し水素還元製鉄、水素運搬船、水電解装置などの技術も、日本企業が世界に一歩先んじているとされるが、ドイツ、英国、米国、韓国などの追い上げが急だ。

燃えても水しか排出しない性質に加え、水素が注目されるもう一つの理由は、太陽光発電や風力発電など再エネの難点である電力の変動性を吸収する力があるためだ。太陽光や風は気まぐれだ。快晴だったり、風が強ければ発電量は大きく増し、その逆だと減少する。天候がもたらす厄介な電力変動は水素によって調整できる。水を電気分解して水素をつくり、水素の形でエネルギーを貯蔵し、必要に応じて再び電気に変換する、という方法だ。
再エネの変動性という弱点を補い、余った水素はボンベなどに詰めて保管したり、液化したり、パイプラインで需要地に輸送できる。再エネが生んだ電力を水素に変換することで「貯めやすい」「運びやすい」「使いやすい」エネルギーになる。このように水素の製造から貯蔵・輸送・利活用へと波及させ、水素産業の創出につなげるのが、グリーン戦略のシナリオだ。 水素エネルギーを移動手段に使うFCVの普及には、FCVの水素燃料充電を行う「水素ステーション」が欠かせない。これなくしてはFCVの普及は進まないため、国の政策としてこのインフラを急速かつ大幅に拡充する必要がある。

水を電気分解して水素をつくる水電解装置では、旭化成が世界最大規模の大型アルカリ水電解システムを東芝エネルギーシステムズから受注し、福島復興事業のシンボルの一つ、福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」で2020年3月に稼働させた。年間900トンの水素を生産できる。FH2RはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が建設、敷地内の太陽光パネルで発電した電力で水素を製造し、需要地にパイプラインで運ぶプロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」に取り組む。
アンモニアも、新たな燃料として急浮上してきた。
化学肥料や合成繊維など世界で広く使われるアンモニアは、水素と同様、燃やしてもCO2を排出しない。アンモニアを火力発電に活用すれば脱炭素に生かせる。水素にアンモニアを加えることで、2050年ゼロカーボンの目標達成への追い風となる。

この狙いから、政府はグリーン成長戦略でアンモニア燃料の活用を掲げる。再エネの比率を2050年に50〜60%に高めるのに伴い、水素とアンモニアを使う発電を計10%程度とする目標を参考値として示した(残り30〜40%程度は原子力とCO2回収を前提の火力発電)。
CO2を多量に排出する石炭火力発電所で、燃料アンモニアを混ぜた分だけCO2排出量を減らせる。年300万トンのアンモニアを使い20%で混焼した場合、100万キロワットの大型発電設備6基分相当の四国電力並みの発電容量を賄える、とされる。
アンモニア燃料の問題は第一に、水素と同様にコストがかかることだ。その解決法として、一つには低温・低圧でアンモニアを合成できる触媒の開発成果を踏まえ、現行の巨大プラントによる製法ではなく、再エネを利用した小規模設備でアンモニアを製造する手がある。現に秋田県大潟村は、秋田県立大学などと連携し、この方法を導入。太陽光エネルギーでつくったグリーンアンモニアを近辺の有機栽培の農家などに供給する計画を進める。地産地消で輸送費がかからず、アンモニア価格の大幅引き下げも可能となる。

もう一つの問題は、石炭火力への混焼時に起こる窒素酸化物(NOX)の発生だ。NOXの排出を抑えたアンモニア混焼率を向上させる技術が確立すれば、東南アジア各国が広く使う石炭火力に、日本の混焼技術を活用できる。政府はそれが実現した場合、5000億円規模の投資が可能になるとみる。
政府は2021年2月、ゼロカーボンを達成するため火力発電所の燃料に混ぜる方法で、アンモニア燃料を2030年に国内で年300万トン、50年に3000万トンの消費を目指す目標を決めた。
50年にゼロカーボンにするには、太陽光や洋上風力を最大限伸ばすだけでは足りない。増大する電力需要に応えるため、火力発電をCO2低減対策を講じながら一定程度使い続けなければならない、とする。そこで、燃やしてもCO2を出さない水素と共に日本企業が比較優位にあるアンモニア燃料の出番となった。
アンモニア燃料の普及に向け、東京電力ホールディングスと中部電力が出資するJERAは、アンモニアの生産に乗り出す。マレーシアの国営石油大手ペトロナスと提携し、水力を使って生産する計画だ。2040年代には、アンモニアだけを燃料に発電設備を稼働させたい考え。燃料がアンモニアだけであれば、CO2 ゼロ電力が実現する。
JERAは国内最大の発電事業者。2050年までに「CO2排出量を実質ゼロ」の目標を掲げ、火力発電の燃料としてアンモニアと水素を段階的に活用していく方針だ。

4. 激変する自動車環境

こうした世界をあげての脱炭素化の影響をもろに受けるのが、自動車産業である。石油から得たガソリンを使えなくなるからだ。その受ける衝撃度は全産業の中でも最大級だ。自動車のCO2排出量は産業別で電力に次いで大きい。国内の車が2019年度に排出したCO2は国全体の16%、約1億8000万トンに上った(環境省調べ)。
自動車産業は雇用人口と産業規模、輸出額において製造業で抜きん出ている。その盛衰は、日本経済の浮沈を左右する。
日本の場合、トヨタ自動車を筆頭に自動車産業は関連産業を含め最大の雇用力を有し、その影響力は膨大な数の従業員の生活に直接及ぶ。ここが、人のいない省力型の装置産業との違いだ。国の失業率、就業者の給与と生活レベル、国民生活の安心感・安定感に直結する雇用人口を抱える。自動車産業人口は製造、販売、給油サービス、点検・修理、レンタル、部品製造、タクシーやバスサービスなど関連を含めると、日本の全就業人口最大規模のじつに8.2%、546万人に上る(2018年時点。日本自動車工業会調べ)。

輸出への貢献度も産業中最大だ。輸出総額の20.5%、16.7兆円を占める。GDP(国内総生産)に関しても産業別最大の3.3%、18.1兆円に上る。トヨタ自動車グループの2020年の世界販売台数は952万8000台余と独フォルクスワーゲン(VW)を上回り、トップの座を奪還した。世界に冠たる自動車産業が傾けば、日本の貿易収支も傾く、国際競争力を増せばたちまち貿易収益を押し上げ、外貨を稼いで国富を増す。
この日本最強の自動車産業がいま、産業構造の大転換を余儀なくされ、必死の対応を迫られている。日本ばかりでない。世界の自動車産業はいまや否応なく転換点(Tipping Point)に立たされた。
なぜ転換点なのか。歴史的な背景の移り変わりを見てみよう。デジタル技術化とAI(人工知能)化が進む中、地球温暖化の危機が促した脱炭素化。そのさ中、コロナパンデミックが世界の人々の環境意識を一段と高め、バイデン米政権の誕生を機に「パリ協定」の厳格遵守を国際社会に強いる形となった。

パリ協定は、21世紀末までの気温上昇を産業革命前に比べ2度以下に、できれば1.5度に抑える努力目標を掲げる。それには、2050年に世界の温暖化ガス排出量を実質ゼロにしなければならない、と国際社会に強く求める。
国連によれば、途上の2030年時点では2010年比で45%程度の削減が必要になる。従来の削減目標のままでは仮に各国がそれを達成できたとしても、産業革命前に比べ現在1度余となった気温上昇が3度を上回ってしまう恐れがある。そうなれば、ここ10年来激しくなった集中豪雨や洪水、熱波や山火事の頻発、農作物の壊滅、海面の上昇による浸水などの被害がさらに深刻化する。政情不安、移民や難民の増加リスクも一層高まる。地球温暖化の加速で、地球がいよいよ壊されていく。

最悪事態の回避に向け、米政府は2021年4月、気候変動に関する首脳会議(サミット)をオンラインで主催した。ここで、2030年までの具体的な温暖化ガス排出削減目標を各国で見直し、発表した。その結果、日本は2030年度の排出を13年度比46%減らす、との目標を表明。米国が30年に05年比50〜52%減、英国が35年に1990年比78%減にする、と公表した。いずれもハードルを一段と上げた目標だ。
ドイツのメルケル首相は翌5月、慎重な姿勢を一転した。2045年までに国内の温暖化ガスを実質ゼロにする方針を表明、従来の目標を5年前倒しし、主要国の先頭に出た。背景に、ドイツの連邦憲法裁判所がその1週間前に気候対策の強化を促した判決があった。それは「(現状では)将来世代の基本的な権利が侵害されかねない」との判断を示していた。
しかし、温暖化ガス排出量で世界最大の中国は、2年前の排出目標「2060年までに実質ゼロ」を変えようとしなかった。2030年については数字を掲げずに世界の約半分を占める石炭消費量について「20年から30年かけ徐々に努力する」と述べるにとどめた。

この世界の脱炭素化のプロセスで、最大級の焦点になったのが自動車産業だ。日本政府は2020年10月の「2050年ゼロカーボン」宣言に基づき、2035年までに全ての新車販売車を電動車とする方針を明確にした。ただし、それは全てを電気自動車(EV)に切り替える、という意味ではなく、動力に電気とガソリンを使うハイブリッド車(HV)も電動車に含まれる。
これにより、2030年代半ばの日本ではガソリン中古車を除きEV、HV、プラグインハイブリッド(PHV)、燃料電池車(FCV)と、トヨタが開発途上の水素エンジン車など新テック車しか走っていない風景になる。世界最大市場の中国は35年までに全自動車の電動化の方針を決めているが、電動車の中にはHVなど低燃料車も含まれる。割当てはEVをはじめFCV、PHVが50%超、残りがHV。

日本メーカーが得意とするHVは、日本と中国市場においては30年代半ばまでなお通用するが、欧州ではHVはポルトガルを除けば締め出され、30〜40年にクルマはほぼEVのみとなる。米国はカリフォルニア州においては35年時点でHV、PHVを認めず、全車をEVに切り替える方針だ。
欧州では、フランスと英国がHVを含む全てのエンジン車の販売をそれぞれ40年と30年までに禁止する措置をとった。米国はバイデン政権の発足で、カリフォルニア型のEVシフトが全米に広がる方向だ。

この流れを受け、米自動車最大手のゼネラル・モーターズ(GM)は2021年1月、35年までに全乗用車をEVとし、ガソリン車やディーゼル車の販売中止を決めた。当面必要なガソリン車の開発は、提携先のホンダに委ねる。GMは、韓国の電池メーカー最大手のLG化学と米国内に合弁の電池工場を完成させ、EV電池の開発に集中する。メアリー・バーラ会長・CEO(最高経営責任者)は「環境に優しい、よい世界を実現するため」とその理由を語った。
GMの決断は世界の自動車メーカーの流れをひと押しした。ホンダは21年4月、HVを含むエンジン車との決別を宣言。2040年までに世界で販売する新車の全てをEVかFCVにする、と発表した。

2030年代半ばに欧米の新車が全て「脱ガソリン・EV主流」の流れになることは、もはや疑いない。ソニーグループもEV開発を進め、21年3月、試作車を発表した。自動車産業が世界的に再編される。
日本自動車工業会会長の豊田章男・トヨタ自動車社長が「日本のモノづくりの技を用いて雇用を増やし税金を納めるという自動車業界のビジネスモデルが崩壊する恐れがある」「100万人の雇用をなくしてはいけない」と危機感をつのらせたのも当然であった。トヨタのお家芸というべきHVは、バッテリー残量が不足すると走れなくなるEVの欠点をガソリンエンジンによって補う技術を持つ。「環境に配慮した高性能」のHVは、日本のモノづくり文化の真骨頂を示すものだった。


(3)に続く。