■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全3回)「脱炭素化・SDGs・コロナがもたらす社会変革」(3)

( 現代公益学会編『SDGsとパンデミックに対応した公益の実現』(文眞堂)所収・2022年1月刊行)

(2022年2月17日)

(2)から続く

5. テスラの急台頭―アップルの参入

脱炭素時代を象徴する企業は、EVの世界最大手、米テスラであろう。株価の暴騰でテスラの時価総額は、2021年1月、自動車で世界の先端を行くトヨタのじつに約4倍の8000億ドルを超えるまでに急拡大した。
これは両社の業績の収益性から来たものではない。テスラの業績が黒字化したのは、2020年になってからであり、企業業績では純利益で2兆円超を稼ぐトヨタの足下にも及ばない。
テスラの時価総額が世界企業のトップ10内にのし上がったのは、実績値ではなく、将来への期待値からだ。投資家がテスラに巨額のマネーを投じるわけは、導入が急進展する電気自動車の市場制覇と、その先の自動運転車や宇宙旅行に期待してのことである。開かれゆく夢が、買われたのだ。

しかし、そのテスラも近づいてくる巨人の足音に脅える。GAFAの一つ、米アップルの足音である。アップルは公式発表をせずに沈黙を続けるが、すでにその触手を台湾や韓国などの車体メーカーに伸ばし、自動運転車の走行テストを繰り返していることが確認されている。自動運転車開発の中心地、米カリフォルニア州で目撃されるアップルの無人走行テスト結果は、先行組への激しい追い上げを物語る。先を行く米グーグル傘下の「ウェイモ」や米GM系列の「クルーズ」を追走し、その差を次第に詰めているかに見える。アップルの企業文化からすれば、自動運転車の設計を既存の枠を取り払ってゼロベースで行い、iPhoneのように最先端技術を集積した、真に革新的な製品を世に問うことは確実、と市場の期待が高まっているのだ。
この自動運転車に至って、グーグル、アップル、アマゾンらIT大手が揃って開発現場に登場してきた。「空飛ぶクルマ」の開発競争にも、関与を深めてくるだろう。

近未来の自動車開発競争において、従来の自動車大手対IT大手の対決構図が鮮明となる。ここで自動運転車にまで触手を伸ばすGAFAなどIT大手の経済・技術力の急拡大について一(いち)瞥(べつ)しておこう。脱炭素社会の経済を国境を越えて支配する可能性があるからだ。
日欧米の規制当局がGAFAへの警戒を強めるのも、その津波のような勢力拡大に国家が深刻な脅威を感じるからである。GAFAの背後には、国籍を超えた数10億人単位の利用者がいる。国家のコントロール力が、GAFAらによるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の急増する力の前に弱くなり、時に揺さぶられる。2020年の米大統領選挙に見られたように、ツィッタ―などのSNSが政治利用され、煽られた群衆が米連邦議会に乱入する事件さえ起きた。

GAFAはすでに国家を超えてほぼ世界中の人々を影響下に置く、恐るべきグローバルパワーに成長した。そして、そのパワーは経済力に裏付けられ、世界の未来に対しても影響力を及ぼす。
GAFAの2021年1〜3月決算は、その巨大化した経済力を示した。コロナ禍がもたらしたオンラインサービス需要拡大で収益を一層急伸させた。GAFA4社は全て売上高を前年同期比30〜50%台伸ばし、最終の純利益を約2倍から3倍に増やした。
ネット通販とクラウド事業最大手のアマゾン・ドットコム。在宅需要を取り込み、通販と配送増、クラウド利用増で売上高を前年同期比44%、純利益を3.2倍伸ばした。
グーグルの持ち株会社アルファベットは過去最高の増収増益を達成、傘下の動画共有サイト・ユーチューブの広告収入を急増させ、純利益は2.6倍。フェイスブックも、月間利用者を世界で28.5億人と1年前より10%増やし、オンライン広告収入を5割近く増やした。アップルはモデルチェンジしたiPhoneやパソコン・マックの好調で、純利益をGAFA中最高の236億ドル、前年同期比2.1倍に。コロナ禍で最悪の業績に見舞われる企業をよそに、過去最高の業績を謳歌したのである。
デジタル技術化とコロナ禍で、GAFAはますます情報支配力と経済力を増す。そして潤沢この上ない資金を自動運転車やAIのような将来事業の開発に注ぎ込む。このGAFAや米マイクロソフト、中国のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)の広大なすそ野に、半導体や電池、部品など世界のIT関連企業が群がり、受注競争を繰り広げる構図が出来上がった。

巨大IT企業による社会支配は今後どこまでどの程度続くのか―。各国の独占禁止法による規制強化で、その支配力はある程度抑制されようが、筆者は「巨大IT支配」は今後少なくとも数10年単位で続くとみる。GAFAにみられる、それぞれのネットワークは世界の人々の生活に根を下ろし、そう簡単に駆逐されるとは考えにくいからだ。たとえ独禁法訴訟で「優越的地位の乱用」や「不当買収」の罪で敗訴となり、事業分野の一部が切り離されても、本体は逞しく生き続けるだろう。
そうなると、多くの人々の日常生活を支える情報流通の根幹部分が、巨大IT企業の手に委ねられることになる。市民がそこから自由と独立を保つためには、自らの生き方を考え、工夫を凝(こ)らす必要が出てくる。
日本をはじめ各国政府とも、GAFAなど超巨大化したIT企業の暴走抑止を経済・社会政策の念頭に置かざるを得なくなった。近未来の自動車産業にも、GAFAを視野に入れた自由競争政策を貫く必要がある。

6. コロナで「地球環境意識」広がる

ここで脱炭素化と、それにつながる国連の目標SDGsに、新型コロナパンデミックが及ぼす影響について考察してみよう。 コロナの影響はむろん、プラスとマイナスの、ポジティヴとネガティヴの双極に現れる。コロナ禍がSDGsに与えた影響とはどんなものか―。 SDGsが掲げる17の目標(図表2)の多くが、コロナの影響を受けた。目を引く影響には、ネガティヴなものが多い。健康の悪化、所得や機会の格差と不公正の拡大、貧困や難民の増加、社会的分断など。その爪跡は成熟した民主主義社会に鋭く現れ、国民を分断し民主主義を揺るがした。民主主義に疑問符がつけられ、民主主義を一貫して先導してきた米国でトランプ大統領の下、米国民の政治への支持感情がほぼ真っ二つに割れたことは記憶に新しい。白人警官による黒人殺害事件で全米に巻き起こったBLM(Black Lives Matter 黒人の命は大切だ)運動が、分断社会の象徴となった。他方で、世界第2の経済大国・中国の習近平体制のここ数年の経済力伸長と強引な対外政策が、民主主義の国家・地域を脅やかし、民主主義体制の危機を引き起こした。
中国の海洋進出の矢面に立たされ、戦争リスクに直面した東南アジア諸国や台湾、日本は、重大な脅威にさらされた。共産党員9000万人に及ぶ巨大化した共産党独裁国家が、周辺の民主主義国に挑戦して勢力圏の拡大を図る企てを露わにしてきた。中国が国際社会に公約した「1国2制度」を守らせようと、市民が抵抗した香港が、真っ先に主権を奪われた。中国のむき出しの勢力拡張欲を前に、民主主義陣営は身構えた。

この「民主主義の危機」国際版もまた、コロナ下で加速されたものだ。なぜなら、国民を監視統制下に置き、デジタル化した監視カメラや通信傍受技術で新型コロナの感染拡大をいち早く封じ込めた中国が、周辺国・地域に対し一段と優位に立ったからである。コロナ禍は、全体主義的な統制国家に国民のデジタル監視支配を容易にし、統治に都合よく働いたのである。
コロナ禍はその意味で、国境を越え、国内外において富と力の格差を拡大した、と言える。コロナは国内的にも国際的にも平和と安全を揺るがし、既成秩序を壊して将来の見通しを一段と不確実・不透明にしたのである。
このことはSDGsの目標に照らしてみると、ネガティヴに働くことは言うまでもない。中国の覇権主義モデルは、SDGs目標17のうち16番目の「平和と公正をすべての人に」を無視して自国第一主義に走る威圧的な対外行動にとどまらない。戦争リスクを高める行為そのものであり、そもそも国連憲章第7章にある「平和に対する脅威」に該当する。

コロナ禍は、しかし、負の要素ばかりを含んでいるわけではない。その悪魔のささやきは、皮肉にも世界の人々にSDGsへの協力を促すという重要なプラスの影響をも及ぼした。人々の環境意識を深め、地球環境をより住みやすいクリーンなものに変えなければならないという考え方を広く浸透させたのである。いわば「地球環境意識」なるものが、恐ろしい疫病下で人々の心に芽生え育っていったのだ。
この高まった環境意識は、ウイルスとの共生を余儀なくされた人類が抱くようになった「地球大の意識」と言える。それは「われわれ(人類)の住む地球」をよくし、荒ぶれた気候を癒し、いい地球と共生したい、という意識なのだ。これが精神的パンデミックとなって、疫病と共に世界中に広がったのである。

地球環境意識はその性質上、狭い国家主義や民族主義とは無縁の地球主義に根ざす。それは排外主義、閉鎖主義とは反対の開放と連帯の色合いを帯びる。地球環境主義者たちの社会意識は「人類みな同胞」の仲間内意識、自然に対しては「親しみ」の意識が基調となる。
気候温暖化の影響は21世紀に入って地球の至るところに異常気象被害となって現れた。にもかかわらず、地球温暖化に対し米国ではトランプ前大統領自らが「フェイク!」と否定して、地球環境主義の高まりを抑え込んだ。だが、コロナ禍が2020年11月の米大統領選で米国民の多くをバイデン支持の投票に駆り立て、辛うじてバイデン氏を勝利に導いた。
コロナという疫病と共に広めた、この地球環境意識が、国連が持続的な開発目標としたSDGsへの関心を深めたのも、想像に難くない。SDGsの目標自体が、地球環境への配慮、人間と自然の相互の共生関係、自然の豊かさを増すことの喜びをベースに構築されているからである。そこには、われわれの地球を守ろうという「共生の理念」がある。
たとえば、目標の13番目はずばり「気候変動に具体的な対策を」と掲げる。これは地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に連なる目標だ。続く14「海の豊かさを守ろう」、15「陸の豊かさを守ろう」は、その延長上にある地球環境保護の呼びかけである。

こうしてみると、コロナは悪魔的所業を行いながら、他方でSDGsに味方しているかに見える。
これは『ファウスト』に登場する悪魔、メフィストフェレスの言葉を思い起こさせる。メフィストは「お前は何者か」とファウストに問われてこう言う―「常に悪を欲して、しかも常に善を成す、あの力の一部分です」(相良守峯訳)。コロナは皮肉にも、このメフィストフェレスの行動のように悪(疫病)を流布しながら善(SDGsへの貢献)を施すアンビバレントな存在ということか。
2021年に入ると新型コロナに背を押される形で、SDGsは産学官において将来目標を示す一種の流行フレーズになった。

学生の就職活動で人気度が毎年のようにトップグループに入る三菱商事。2021年度入社の新人向け教育研修プログラムに、新たに「SDGs」が加わった。前年までは語学やDX(デジタルトランスフォーメーション)を見据えたプログラミング言語「パイソン」が教材だった。
森和美・人事部人材開発チームリーダーはその理由を、SDGsは「いまやビジネスパーソンに必須の素養であり、共通言語」と話す。「変化への対応力」を重視する三菱商事にふさわしいという。教材のコンセプトについて「これからの企業は利益を追求しつつ環境・社会の価値も同時に向上させなければならない」と教材著者のピーター・D・ピーターセンは言う(日経電子版21年5月21日付)。

この地球環境意識の世界的広がりは、各国政府が進める脱炭素化を三つの方面で後押しした。金融・投資面とSDGs、さらに企業と投資家に行動規律を求めるESG(環境・社会・企業統治)の三つである。そしてコロナ禍が、環境意識を高めることで脱炭素化・SDGs・ESGの動き全てを加速したのだ。
その端的な表れは、CO2の排出量がとりわけ多い石炭火力発電所の設備の新増設に対するメガバンクの融資姿勢の転換だろう。大手メガバンク3グループ(三菱UFJFG、三井住友FG、みずほFG)は2021年春、融資の全面停止(みずほ、三井住友)もしくはCO2排出改善条件付き融資(三菱UFJ)に踏み切った。3メガバンクの石炭火力関連融資額は世界の最上位を占めていたが、海外動向や政府の脱炭素化政策、株主のNPOの提案に呼応した。
日本銀行によると、気候変動対策を求めるSDGsへの金融機関の取り組みも活発化してきた。具体例として、風力発電事業会社を設立して同事業に参入し、これにプロジェクト融資を行った、とか、環境対策に積極的な企業に対し金利を優遇した私募債の引き受けが挙げられる。
他方、ESGの分野でも改定されたガバナンス・コード(企業統治行動指針)に気候関連の財務情報開示を求めるなど、企業統治に環境と社会の要素をさらに具体的に取り入れた。環境(E)は「気候変動・脱炭素」、社会(S)は社外取締役の人数増や女性や外国人の幹部登用など「多様性」が重視された。

SDGsの17の目標

7. 新たな世界文化の誕生か

世界の主要国が足並みを揃えてきた脱炭素社会への移行。その本質は、人類が長い間、使ってきた化石燃料の石炭・石油・天然ガスがエネルギーの主役から降りることだ。
2021年に始まる劇的なエネルギー革命である。人類は石炭を燃やす蒸気機関を発明して18世紀後半の英国で産業革命を起こし、近代化の幕を開いた。石炭利用による第1次エネルギー革命だ。次いで19世紀後半の米国でジョン・D・ロックフェラーが石油精製を開始し、ドイツのゴットリープ・ダイムラーのガソリンを使った内燃機関の発明へと続く「石油時代」を切り開く。以後、石油は自動車、飛行機、船舶、発電所、あらゆる工業製品の燃料や化学繊維、プラスチックなどの石油化学製品として使われていく。石油の大量発見・産出で、エネルギー源の主役は石炭から安価な石油に替わっていく。日本で1960年代に起こった第2次エネルギー革命である。
そして水素エネルギー時代が到来した。ゼロカーボンの選択肢となる、もう一つのエネルギー源・原子力は、世界的にマイナーの位置に留まる。安全性の問題を解消できない上、増加する安全対策費や廃炉費用などコストが想定以上に高くつくためだ。
水素エネルギー時代は、進行中のデジタルICT(情報通信技術)革新時代と重なり合う。その象徴は、AIとロボットだ。いずれも人間の肉体・精神機能の延長・拡大である。AIは脳の、ロボットは手や足、眼の機能を代替したり、深め広げる。

デジタル技術化はスマートフォンの世界的な普及によって2010年代に加速した。中国をはじめ韓国、台湾など新興勢力がとりわけ急伸し、日本やEUが遅れをとったことは、周知の通りコロナへの対応ぶりに表れた。「2050年ゼロカーボン」への国際的足並みと共に、デジタル技術の国際競争は新たな局面に入る。新デジタル時代が要求する電力の大容量は、大規模利用で可能となる水素エネルギーで大きく賄われる構図となる。
この水素エネルギー時代は、しかし、デジタル技術とエネルギーの革新だけで収まりそうにない。人類にもう一つの、内面世界の「大変化」をも準備していくと思われる。本論の最後に、人間の心の進化の可能性について触れておこう。

その大変化とは、人間の個の「創造的自己表現」を目指す無数の羽ばたきと言ってよい。これが地球規模でそこかしこで生起してくるのではないか。西暦13世紀後半から16世紀末までの300年余り、イタリアを中心に文芸の花が開いた「ルネサンス」。ドイツではヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術を発明して書物の大量出版を可能にし、マルティン・ルッターが宗教改革を起こしてプロテスタントを誕生させた。
その21世紀版の新ルネサンスがある意味、再来するのではないか。14世紀半ばに欧州を襲ったペストは、伝染地域で市民の半分から3分の1の生命を奪った。この悲惨な疫病が、市民の死生観に大きな影響を及ぼし、「人間復興」とも呼ばれるルネサンスを呼び起こす一因となったのは疑いない。
今回はペストの役割をコロナが担う。コロナに支配され、ソーシャル・ディスタンスで相互に分離を余儀なくされた人間の側が、長かった巣ごもり生活とそれ以前とを見直し、自らの生のリセットを含め思いを巡らす。そして、ともかく何らかの形で社会活動を取り戻し、抑圧されていた自分自身をようやくの思いで解放し、自分の世界を表現しようとするだろう。この人類共通の人間解放の精神運動が、混沌の中から世界中に立ち現れてくるのではないか。
それは刷新された哲学、宗教や芸術・文化、科学、学術、教育、ライフスタイルの光輝く誕生の姿をとるはずである。