■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第76章 マンモス2頭を野に放つ ー 郵政民営化


(2004年10月4日)

  政府は9月10日、郵政民営化の基本方針を閣議決定した。小泉改革の「本丸」とされる改革だが、具体的な改革の内容はどうなるのか、国民生活にどんな影響を及ぼすのか、不透明な部分が多い。だが、この基本方針に沿って法案を作れば、改革よりもむしろ官業の自由度を増し、「官の焼け太り」を招く恐れが強い。道路公団民営化と同様の構図だ。
 基本方針の一体どこが問題なのか、どこに落とし穴が潜んでいるのか―。

郵貯の9割弱が財投と国債に

 郵政民営化を小泉首相が「改革の本丸」と位置付けたこと自体は、納得がゆく。財投と金融一体で官業を養う日本特有の「金融社会主義」に資金を供給する最大のプールが、郵政事業の郵便貯金・簡易生命保険資金だからだ。
 郵貯・簡保の国民経済に占める重みは途方もない。郵貯と簡保を合計すると約350兆円。民間の預金と保険の約六割を占め、個人金融資産全体の25%に上る。
 郵貯の使われ方をみると、実に88%が財務省への預託と国債購入に使われ、それらの資金は国や特殊法人、独立行政法人などの財投機関に投融資される。
 残高が国の一般会計予算の5倍近い約400兆円にも上る財政投融資。その半分以上の資金が、郵貯から供給されている(財投に占める原資の比率は、郵貯・郵便振替が最大で57%、次いで厚生年金資金の30%。03年度末現在)。
 現在、国と地方を合わせた長期の債務残高は国内総生産(GDP)の1.4倍の700兆円に達し、財源不足から毎年度40兆円規模の国債の新規発行を余儀なくされる見込みだ。
 この末期的な財政危機を支えているのも、郵貯・簡保だ。国債の約4割を郵貯・簡保が購入して、国に長期安定資金を供給する。国債を吸収させるため昨年3月から登場した、1万円から買える「個人向け国債」の販売の多くも、全国に約2万4700とコンビニの数より多い郵便局が手掛ける。

金融社会主義体制の支柱

 このように、郵貯・簡保事業はこの国の「金融社会主義体制」の支柱なのである。この超巨大な資金の扱いと流れを「官から民に変える」ことこそが、郵政改革の本旨だったはずだ。国民がコツコツと蓄えた貯金と掛け続けた保険を使って、公共事業などに分配する公的金融機能を肥大化させ、その大部分を天下り先の官業に費やす ― 民業を圧迫し、民間への資金の流れを妨げる、この閉ざされた国営金融システムを壊し、民間に開放することが、改革の原点であった。
 ところが、基本方針は後述するように、郵貯と簡保を縮小・消滅させるどころか、完全民営化さえ困難にした。「民営化」の衣を付けた特殊会社の事業を拡大させ、民業を圧迫する仕掛けが巧妙に作られた。郵政族議員と官僚を喜ばせる仕組みであるために、表向き不満や反発は出ても、法案は基本的に自民党に受け入れられる、とみてよい。いや、むしろ本旨から外れた「まやかしの改革」が、2017年3月末までの最長13年近くもある改革移行期に、さらに官僚に有利に手を加えられていく公算が大きい。
 そう断じる理由は、問題多い郵政民営化の「基本方針」を、府省から寄せ集めの官僚集団83人から成る首相官邸の郵政民営化準備室が、そっくり下敷きにして法案作りを進めるためだ。

 では、肝心の基本方針を立ち入ってみてみよう 。

地域分割に言及せず

 問題はまず、郵貯と簡保の「地域分割」が先送りされたことだ。
 渡辺好明・郵政民営化準備室長(首相補佐官)によれば、「(基本方針は)早く、はっきり(書かれてあること)が望みだった。(9月までの日程に)間に合わなかったり、玉虫色のような表現では困る。これがなく、早く、はっきりした。総理の決断がよく表れている」と、手放しの称賛を隠さない。受け皿側からみて「法案を作りやすい内容の方針」が早々と示されたことになる。
 2007年4月に日本郵政公社を民営化する、となれば、来年3月上旬までに法案を国会に提出しなければならない。この期限の前に、最後の「与党調整」という難関があり、これをクリアして法案上程に至る、と渡辺室長は予測する。準備室としては、メッセージの明確な基本方針を予定通りしっかり受け取った、と満足しているのだ。
 そして、今後は「閣議決定に忠実に法律案を作ること」だから、「郵貯会社や簡保会社の地域分割の可能性に言及することはあり得ない」と断言した。基本方針は「新会社の経営者に判断を委ねる、とある」ためだという。

 つまり、法案が地域分割について触れない以上、民営化の時点で地域会社への分割はあり得ず、「経営者の選択」を大義名分に、分割の可能性は2017年以後に先送りされることになる。
 ということは、基本方針通り貯金会社と保険会社が株式を売却し、「民有民営」を実現したときに、それは小さく分割されずに巨大なマンモス会社として市場に立ち現れてくることを意味する。
 郵貯はことし3月末時点で227兆円規模だから、メガバンク4行の預金量273兆円、全地銀の242兆円とほぼ肩を並べる。簡保の資金量も118兆円に上る。個人保険分野の総資産でみると、トップの日本生命の4倍弱、民間大手5社(日生、第一生命、住友生命、明治安田生命、朝日生命)全部合わせても、簡保に及ばない。
 こうした超マンモス会社2社が、民営化されて忽然と出現するのである。国家の規制(貯金と保険の限度額設定など)と庇護(政府保証、税金免除など)から解かれて、業容拡大が自由にできるようになるのだ。地域金融機関はもとより、メガバンク、民間保険各社などへの衝撃と圧迫は計り知れない。

弱肉強食の民業圧迫必至

 この十分に予期できる民業圧迫に歯止めを掛ける「地域分割」が法案に盛り込まれないとしたら、独占禁止法も有名無実になり得る。実に、民間業者からみれば郵政民営化は「民営化」の名の下に、檻からマンモスを広野に放つ所業に映ろう。
 現に、公社は民営化を先取りして、昨年1月から郵便分野を手始めに、相次いで市場開拓に乗り出した(第65章および第66章を参照)。
 コンビニ業界2位のローソンと組んだ公社の業容拡大に業を煮やしたヤマト運輸は、ついにことし8月、新聞各紙に全面広告を掲載し、政府・公社側との対決姿勢を宣言している。「クロネコヤマトは変えません」と題した全面広告(8月26日付)によると、ローソン本部はヤマトとの宅急便契約を中途解約する旨、通告してきたが、国から税制優遇などを受ける公社と公正な競争ができない以上、ヤマトの「宅急便」と公社の「ゆうパック」の両方を取り扱いたいとのローソンの希望には応じられず、解約もやむを得ない、というのだ。公社との競争条件の不公正さを訴えたのである。
 総務省は公社のローソンとの郵便小包の取り扱い提携を認可しながら、手紙やハガキへの民間からの参入は認めていない。公社は、民間と競合する「メール便」では、大口の顧客に大幅な料金割引制度を適用し、10月からは「ゆうパック」にゴルフバッグやスキー用具の配送も加え、料金も先行するヤマトより格安にする、と発表した。所管官庁の総務省は、税制優遇など「官業の特典」を与えながら、公社に対し民営化前から「大が小を飲む」事業拡大を認可し続けてきた。
 このティラノザウルスを思わせる弱肉強食の民業圧迫が、民営化後は大手を振ってまかり通るようになるのは必至だ。

実質は官が一体経営

 第二の問題は、窓口ネットワーク、郵便、郵貯、簡保の4つの会社を子会社とする純粋持株会社を設立することだ。「経営の一体性を確保するため」という理由だが、形は機能を事業別に分離しているものの、実質は一体経営を可能にする仕組みになっている。
 持株会社の株式は2017年3月末までの移行期間中に株式の売却を開始するが、「発行済み株式総数の3分の1を超える株式は保有する」と明記してある。
 他方で、郵貯会社と簡保会社の株式を移行期間中に売却して民有民営を実現するというが、持株会社が2社の株式を100%売却する、とは書いていない。持株会社が仮に3分の1超の株式を持ち続け、筆頭株主として居続けるなら、政府が間接的に郵貯会社と簡保会社の経営をコントロールできる。
 基本方針によれば、郵便、郵貯、簡保3事業の窓口業務を受託する窓口ネットワーク会社と郵便会社の株式については公開せず、持株会社が完全保有する。そうなると、国(総務省)が窓口ネットワーク会社と郵便会社の株式については全株式を保有して直接支配し、郵貯会社と簡保会社に対しては大株主として間接支配できる。
 しかも、郵便局に陣取る窓口ネットワーク会社が3事業を結び付け、郵貯会社と簡保会社の経営に介入することが可能だ。ここに持株会社を設立して、その翼下に新設の窓口ネットワーク会社を含む4会社を束ねたカラクリが垣間見える。
 民営化で自由な事業拡大を可能にしながら、官がさながら4頭立ての馬車の手綱を握って巧みに操る構図が、こうして浮かび上がる。

「特典」で事業拡大

 もう一つの問題は、郵便と窓口ネットワーク事業は国の関与を残したまま、ユニバーサルサービスを義務付け、必要な優遇措置を設ける、としたことだ。この基本線に沿って、信書事業への参入規制については当面は現行水準を維持するなど規制を続ける一方、「国際的な物流市場をはじめとする新分野への進出を図る」と明記された。
 渡辺準備室長によれば、国内では認められている物流市場への参入を「年間10-20%成長している中国や東アジアでいずれ行う」ため、法律改正する構えだ。
 加えて、窓口ネットワーク会社は窓口業務を広げ、民間金融機関からの業務受託のほか、小売りサービス、旅行代理店サービス、チケットオフィスサービスの提供、介護サービスやケアプランナーの仲介サービス等、地域と密着した幅広い事業分野への進出を可能にすることが閣議決定された。
 つまり、全国の郵便局は国の関与の下、「官業の特典」を受けながらコンビニ・プラスαのサービスが法律上可能になる。
 郵便局のコンビニ化は、竹中5原則の中の「利便性原則」と「(郵便局ネットワークの)資源活用原則」を生かした改革の目玉の一つだ。これを官業の面からみれば、業容の飛躍的拡大が約束されるため、結構ずくめの話となる。
 こうしてみると、郵政民営化の基本方針は、改革の本旨から外れる、道路公団民営化に続く「まやかしの改革」と言わざるを得ない。
 だが、政府は年間約1兆円に上る「官業の特典」(税金や預金保険料免除など)の解消、郵政職員27万人の非公務員化などの成果を喧伝し、「改革の矮小化」をカムフラージュすることは間違いない。