■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第65 章 郵政公社が民営化にらみ暴走を開始
郵政事業改革1
(2003年11月27日)
小泉内閣の2007年4月からの民営化方針をにらんだ日本郵政公社の民間市場参入が、一段と活発化してきた。今秋9月以降の主な動きをみても、東京三菱銀行とATM(現金自動預け払い機)提携で合意し全都市銀行とのATM提携に成功した(9月)のに続き、郵便小包取扱いでコンビニ大手ローソンと提携強化(11月)し、保険分野でも国内の生命保険各社の主力商品「定期付き終身保険」に新規参入(参入認可は11月)した。この調子だと、2007年までに官業の肥大化がますます進み、民営化時点で突出したマンモス企業が出現して民業圧迫の問題を大きくするのは必至だ。
政府が公社の業容拡大を放置し続ければ、民間各社との「力の格差」は一層広がる。民業圧迫の弊害をこれ以上広げないために、政府は公社のスリム化と事業抑制、法人税の免除など公社への「事業特典」の撤廃、郵貯・簡保事業の監督官庁を総務省から金融庁に移し替える改革に即刻取り掛かる必要がある。
生田総裁が変わり身
公社が発足した03年4月1日からの足取りを振り返ってみよう。小泉首相のトップダウンで初代総裁に就任したのは、生田正治・商船三井会長(経済同友会副代表幹事)。「小泉改革」の支持者として知られ、郵政事業民営化を準備する総裁として適任、とみられていた。
たとえば2001年4月には、日本経済新聞の取材に対し、生田氏はこう答えている―「郵政3事業、政府系金融機関は民営化すべきだ。金融の3分の1が官業であること自体がおかしい」。
ところが公社の「足跡」をみると、総裁の言っていたこととやることが違ってきた。ここにきて、総務省と公社の役人の先頭を切って、業容拡大に向け遮二無二走り出したのだ。民営化の議論が始まる前に、既成事実を作り上げようという魂胆が見え見えである。
自民党は選挙向けマニフェストでは、民営化自体にあいまいな表現を使いながら次のように言っている。「郵政公社の経営努力をみながら国民的論議を行い、04年秋頃をメドに結論を出す」と。公社はこの公約を逆手にとって、新商品・新サービスの業容拡大に乗り出した形だ。
ピッチをますます上げてきた公社の対民間攻勢。どんな実態か、はじめに生保業界から「民業圧迫」と批判を受ける簡保の新保険を取り上げる。
新保険を「駆け込み認可」
総務省は11月14日、公社が申請した「定期付き終身保険」への参入を認可した。翌週17日に始まる日米両国の日米保険協議、18日に再開され郵貯・簡保の縮小が議題となる政府の経済財政諮問会議直前のタイミングを狙った「駆け込み認可」だ。日米保険協議には、米国から米通商代表部(USTR)などの課長級(日本側は金融庁、総務省)が出席し、簡保の新商品がヤリ玉にあがる。その前に決めておこう、と総務省と公社がつるんだ「申請・認可劇」といってよい。
この簡保新保険をひと言で言えば、民業圧迫型商品の典型だ。生命保険協会によると、民間生保で競合することになる定期付き終身保険・医療保険が新規契約件数の52.5%、保有契約件数の50.7%(02年度)を占めるから、簡保は民間の主力商品分野に突破口を開いたことになる。事実上「民間とのすみ分け」を拒否した形だ。
簡保の新保険は死亡すると死亡保険金が受け取れる「定期保険」と、死亡保障が生涯続く「終身保険」を組み合わせた。定期保険の保障額を一定期間後に5割か2割に減らして終身保険に移る仕組みで、「第三分野」と呼ばれ、外資系が得意とする成長分野の医療保障にも対応できるのが特徴。公社は、加入限度額を1000万円としているため、「それほど民業圧迫にならない」(簡易保険事業本部)と弁明する。しかし、民間生保各社の新契約の約75%が「簡保の限度額1000万円以下」でせめぎ合っている現実をみれば、予想される民業圧迫の衝撃は大きい。
ここで二つの問題が浮かび上がってきた。一つは、絶対優位に立つ簡保が、足元をさらに強化し、業容拡大に大きく踏み出したこと。
もう一つは、民営化を準備するはずの公社総裁と監督官庁の総務省トップが官業を肥大化し、民業圧迫を強める拡張路線を是認し、推進していることだ。
激ヤセを止めるため?
第一の業容拡大路線が、民業圧迫の進行をもたらすのは疑いない。公社はしかし、今回の新保険(来年1月実施)を「簡保の激ヤセをなだらかにするための措置」という。生田総裁の言い分を聞いてみよう。10月15日の定例記者会見で、生田総裁は次のように語っている。
「今度の定期付き終身保険について(中略)肥大化なんか、何も考えてないわけです。今、放っておくと毎月20%以上、逆に、激やせ化していって、どんどんどんどん、やせてきているわけです。このままだと、一応事業をやっているわけですから、あんまり急激に事業が縮小に向かうと、これは事業が非常に困った状態に財政的になるわけです。そんな状態で、今後、公社をどうするかなんて議論をいただくというのは、国家的にみても、私は問題あると思います。だから、急激に事業が縮小に向かうのではなくて、なだらかに、健康を維持しながらスリム化を図っていくと。・・・・」。
つまり、4月の公社化以降、新契約高が前年同月比20%以上マイナスを続けている、この「激ヤセ」を改善するための自衛策だというのである。
しかし生保協会によれば、保有契約高ベースでみると、状況は様変わりする。簡保の保有契約高は前年同月比マイナス1.0%なのに対し、民間生保会社は計マイナス1.4%(ことし6月末時点)。マイナス幅は民間のほうが実は簡保よりも大きく、経営悪化は深刻だ。
簡保の資産、10年で倍増
官民の差は、総資産を比較すると明らかだ。簡保が参入している個人保険分野で比較すると、簡保の総資産は125.7兆円(昨年度末)、10年間に2倍弱増加し、民間生保会社の総資産の九割弱の規模にまで肥大化している。
民間大手5社(日本生命、第一生命、住友生命、明治生命、朝日生命)と比べても、トップの日生の4倍、大手5社全部合わせても簡保の資産規模にかなわない。この10年単位でみると、「激ヤセ」どころか、民間生保の経営不安のなかで簡保だけが「超肥満化」してきたのが実態なのだ。
簡保の絶対優位は「資産」にとどまらない。法律によっても手厚く優遇されている。郵貯が貯金全額と利子の払い戻しを「政府保証」されていると同様に、簡保も保険金の支払いを経営破綻した場合でも国が保証している。これに対し、民間の生保には「政府保証」は付かない。そればかりか、日産生命をはじめ経営破綻が相次いだことから、保険業法が改正され、破綻前に生命保険の予定利率の引き下げが可能になった。つまり、民間生保の場合、経営危機に陥れば利用者は保険金の予定額を引き下げられてしまう可能性が高いのだ。
このように、「政府保証」がない民間生保は軒並み不利な競争を強いられる。
もう一つ簡保の「絶対優位は」、税の支払い免除措置が引き続き郵政公社に講じられていることだ。国税では所得税、法人税、地価税、印紙税、登録免許税が非課税。地方税では法人住民税、事業税、事業所税が非課税。さらに郵便局や事務センターが直接その本来の事業に用いる資産については、不動産所得税、固定資産税、特別土地保有税、都市計画税の支払いが免除される。
というように、簡保はどだい、民間の生保と競争条件で段トツに有利なのだ。その絶対優位に立つ簡保が、民営化を前に民間の主力商品分野にとうとうクサビを打ち込んだのである。
監視機能働かず
第二の問題、監督官庁と監視機関の機能不全に移ろう。簡保の新保険を認可したのは総務省で、民間の保険事業を監督する金融庁はカヤの外に置かれた。郵政三事業(郵貯、簡保、郵便)を一体で扱う郵政公社の監督官庁が総務省のためだ。金融行政を担う金融庁は関与しないフリーゾーンで、公社は総務省と一心同体で動いているのだ。民間の金融行政からみて問題をはらむ今回の簡保新商品も、生命保険協会などの反対にもかかわらず、郵政行政審議会(委員30人)の全会一致による「問題なし」の結論を受け、総務省がたちまち販売を認可した。ここには御用機関化した審議会を活用して、監督官庁が意のままに許認可権限を行使して方向を決めるパターンがみられる。
監督官庁が生保事業全体を監督する立場になく、郵政公社の事業の監督者であれば、身内意識から公社びいきに傾くのは、自然な流れといえる。だからこそ、内閣、とりわけその長である小泉首相が自ら乗り出し、民営化前の「駆け込み新商品」にT待ったUをかけなければならなかったが、担当大臣に丸投げしたまま、そうはしなかったのだ。
小泉首相は11月18日の経済財政諮問会議で次のように語って、問題意識がまるで欠落していることを示した。
「一商品をめぐってガタガタ言わせないためにも民営化が必要だ、私は一商品のことでとやかく言うべきではないと思う」(産経新聞)。
担当大臣の麻生太郎総務相には、狭い「おらが村意識」しかないようなのだ。認可当日に、記者会見で次のように発言している。
「民間生保は新商品が出る前から大変だと言っている。眉につばして聞かなければならない」(日本経済新聞)。
官尊民卑も、はなはだしい。
こういう大臣では、総務省・公社一体の暴走を止められないどころか、その御先棒をかつぐことは目に見える。
このような大臣・行政の応援のもと、公社が血眼になって業容拡張に突っ走るとき、一体誰がブレーキを掛けるのか。まずは存亡の危機感を抱く生保業界が、外資系を代弁する米国政府などと手を組んで、外圧がらみで政府、国会を動かすほかはないかもしれない。
しかし、民営化移行期の公社の暴走を抑制するため、政府の早急な制度設計が必要だ。政府は郵貯・簡保への政府保証の廃止、税金免除など公社への事業優遇措置の撤廃、新規市場参入の凍結、監督官庁の金融庁への切り替えをただちに、実行に移さなければなるまい。
監督・監視機能が働かず、タテ割り行政から各省庁がてんでんに自己の利権を追求する。民営化を前に、大義名分(「経営の健全性保持」)を掲げ、官はその聖域を拡張しようとあの手この手で狂奔する。― 霞ヶ関お馴染みの風景が、大きく変化する兆しは、まだない。