■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第66章 郵政公社、ATM提携で大攻勢

郵政事業改革2      
(2003年12月25日)

  政府の2007年4月の郵政三事業民営化方針をにらんだ日本郵政公社の業容拡大は、簡保分野の「定期付き終身保険」への新規参入にとどまらない。郵便、郵貯の分野でも急速進行中だ。郵政民営化の意義は「官業の民間開放」にあるはずだが、このまま官業の肥大化が続けば、民営化時点で双方の力は開きすぎ、民間と「公平な競争」は到底実現できない。分割民営化しても、とりわけ地域金融機関への衝撃は大きい。民営化に向け、むしろ新規事業の凍結、郵貯・簡保の「廃止」を視野に入れた縮小こそが必要だ。

ローソンと提携拡大

 まずは郵政公社の郵便事業における業容拡大ぶりをみてみよう。公社は11月、コンビニ大手のローソンと提携の強化で合意した。郵便小包を取り扱うローソンの店舗を増やしていき、最終的に全国約7700の全店舗に広げる、という内容だ。また公社の「ゆうパック」で地方の特産品を配送する通信販売「ふるさと小包」についても、12月からローソン店内のマルチメディア端末「Loppi(ロッピー)」でも申し込めるようにした。
 郵政事業庁(公社の前身)はことし1月、コンビニ業界で唯一全国展開しているローソンの全店舗に郵便ポストを設置、以後、阪神タイガースや福岡ダイエーホークスの優勝記念切手をローソンで販売するなど提携を広げてきた。
 今回のは、この提携をさらに「物流」に拡大した。赤字に陥った郵便事業を立て直すため、郵貯小包の配送チャンネルを増やしたい公社が、店の集客力を高めたいローソンと協力を深めた形だが、むろん民営化後の「ユニバーサルサービス」を目指す事業展開に布石を打つものだ。
 ローソンは既に郵便局内(東京・代々木と横浜・青葉台)に2店舗を設置したほか、後述するように、郵貯事業でATM(現金自動預け払い機)提携を結ぼうとしている。いわば「提携先の要」である。
 だが、公社の業容拡大は対ローソンに限らない。ことし5月には民間の物流会社「日立物流」とも同社の小包を郵便局が引き受け、全国に向け配達する提携で合意している。結果、公社は西濃運輸など民間運送業者16社、物流会社三社の計19社と、保冷荷物や一般小包を全国や各地域に引き受け・配送する提携を結んだことになる。

業界2位以下を取り込む

 公社はさらに、もう一つのT隠し玉U― 宅配便業界二位の佐川急便ともメール便(企業のチラシ、商品カタログの類い)の一般向け配送で提携する方向と伝えられる(ただし公社、佐川とも「現時点では検討していない」と否定)。宅配便最大手のヤマト運輸などによれば、郵便局のネットワークを使ったメール便の配送で「配送の質」を上げ、通販業者の注文を増やすのが佐川の当面の狙いではないか、という。これに対し公社側のメリットは、受託手数料だ。
 いずれにせよ、郵便行政に異議申し立てを繰り返したヤマトを孤立させつつ業界2位以下を取り込む、公社のしたたかな戦術が見え隠れする。だが、民営化前の公社の激しい民間攻勢が放置されれば、民間業界は否応なく大きな変動にさらされる。
 他方、こうした公社の業容拡大に対し、民間業者は公社が独占する全国向け一般信書(はがき、手紙など)集配業務に参入できない。法律上は03年4月から参入が許可される(民間事業者による信書の送達に関する法律)ようになったが、事実上は総務省の規制からできないのだ。官は「公平かつ対等な競争」を省令で阻止しているのだ。
 この省令(03年1月24日制定)は、都市や市町村の人口に合わせて郵便ポスト(信書便差出箱)を一定比率で設置することとする。しかも「公道上、公道に面した場所その他の常時利用することができる場所又は駅、小売店舗その他の公衆が容易に出入りすることができる施設内であって往来する公衆の目につきやすい場所に設置すること」(同法律施行規則第9条3)と定めてある。
 これにより、全国に10万本(総務省見解)の郵便ポストを人目につきやすい場所に満べんなく設置しなければならない。参入に意欲を見せていたヤマト運輸さえ一般信書集配業務への参入を断念せざるを得なくなった。法律でいう許可基準を省令で一々厳しく定め、民間参入を実質的に不可能にしているためだ。

郵貯でも盛んな対民間工作

 郵政三事業のうち、業績を引き上げる役の郵貯事業。ここでも簡保と同様に、民間に比べケタ違いの巨人像が浮かび上がる。
郵貯残高は233兆円(03年3月末現在)。4大銀行グループ(みずほ、三井住友、東京三菱、UFJ)の預金残高総額(262.5兆円)とほぼ肩を並べる。郵貯の個人金融資産残高に占める比率は25%近くにも上り、英独仏の各5%未満(米国、カナダは郵貯を60年代に廃止)に比べいかにも異様だ。
 しかも官業の特典として、貯金元利の支払いの「政府保証」、法人税、事業税、固定資産税などの国税、地方税および預金保険料が免除される。信書便事業や印紙販売を独占しているうえ、国の支払い保証から生まれた「定額貯金」(払い戻し自由・半年複利で利息)のようなユニーク商品も販売し、もともと「絶対優位」の立場なのだ。業容が拡大すれば「民業圧迫」の度合いが一層強まるのは必至である。
 であれば、民営化前の公社の肥大化には厳格な歯止めを掛けておかなければならない。
 だが、現実は郵貯事業でも公社の盛んな対民間工作が進行中なのだ。焦点となるのは、郵貯のネットワークを使ったATM提携の拡大である。

東京三菱ともATM提携

  公社はことし9月、東京三菱銀行とATM提携で合意した(04年12月に開始予定)。郵貯の民業圧迫に批判的で、提携に抵抗していた東京三菱との合意により、公社は全都市銀行グループとATM提携ネットワークを完成させることになった。
 郵貯と都銀のネットワークの相互接続は、99年1月に旧東海銀行および旧大和銀行と同時に行ったのが始まり。その後、各行が合併・統合され、メガバンクとなったUFJ、みずほ、りそな、三井住友銀行と相次いでATM提携業務を開始している。
 東京三菱銀行によれば、顧客が郵貯とのATM提携を希望していることがマーケティング調査で判明したことから提携に動いた。ATMの拠点数が多くなれば、入出金の利便性が増すために決断したという。ただし、公社が全国銀行との決済システムが可能になる「全銀システム」への参加を求めてきた場合は、了承するわけにはいかない、とする。顧客のニーズから公社の軍門に下った形だが、「ATM提携止まり」にしたい、と苦渋の判断だ。
 公社のATM提携実施金融機関は、計1884社(03年11月4日現在)。内訳は、都銀5行のほか信託5行、長期信用2行、外銀2行、地銀54行、第二地銀50行。続いて信用金庫312、商工組合中央金庫1、労働金庫13、信用組合124、信用農協連合会43、農協863、信用漁協連合会32、漁協297、水産加工業組合1。さらに証券会社13、生命保険会社10、信販会社46、銀行系カード会社7、ネット専業バンク41などだ。
 つまり、東京三菱とのATMの相互開放で、地銀の一部などを除き全国の民間金融機関のネットワークとほぼ全面提携することになる。民間金融機関(115社)との提携第一号は99年1月だから、わずか4年余りで漕ぎ着けたわけだ。これに伴い、利用者は銀行などのキャッシュカードで郵便局のATMを使って普通預金の引き出しや、逆に郵貯のキャッシュカードで銀行のATMから通常貯金の払い戻しなどが可能になった。

ATM提携に照準

  ATM提携が郵貯にとって非常に重要な理由は、顧客を獲得する一番の近道だからだ。どの金融機関のATMとも接続できるようになれば、郵便局の利便性は一挙に高まり、収益をカサ上げする。
 郵政公社によれば、ATM提携サービスの相互利用状況は、02年度には前年度比28%増の7900万9千件、金額で同25%増の4兆7624億円に急増した。
 利用を加速させるため、公社はATMの「24時間利用体制」の導入を02年2月から全国5カ所の郵便局で開始、ことし4月には全国計17カ所に拡大している。他方、海外で発行されたVISAやマスターカードなどのクレジットカード、デビットカード、キャッシュカードを使って郵便局のATMで現金の引き出しができるサービスも開始した。
 コンビニチェーンとのATM提携も、急速に進んでいる。ローソンとは目下折衝中で、提携実現は時間の問題。既にことし5月にイトーヨーカドーが設立したアイワイバンク銀行とのATM提携で、系列のコンビニ最大手セブン-イレブンとの提携に道を開いた。七月にはATM提携先の三井住友銀行を通じてコンビニ大手、エーエム・ピーエムとも接続できるようになった。
 5000台超のATMを持つパソコンや家電、ゲームソフト販売のイーネットとも提携交渉に入っている。近く、いずれも交渉成立が見込まれるから、公社のATM提携の拡大は順風満帆だ。
 こうした顧客サービスの向上の延長線上に、民間金融機関との相互送金サービスがある。郵便局と民間金融機関との送金ネットワークを相互接続し、郵便振替口座と民間金融機関の預貯金口座との間で相互に送金を行うサービスだ。
 送金サービスは2000年3月の実施以来次第に増え、相互送金の実施機関は現在、住友信託銀行、米シティバンクなど計30社に上る。送金手数料も割安に設定し、郵便局から民間金融機関に送金する場合、送金金額とは無関係に一件290円(ATM利用の場合は280円)としている。
 まぎれもなく郵貯の金融サービスは民間金融機関やコンビニとの提携を通じて着実に向上しているのだ。今後は郵便局による投資信託の販売も検討されている。
 そうなると、民営化前に郵政事業の拡大をこのまま見過ごしておいてよいのか、という根本問題が浮上する。放置して官業を肥大化させれば、これが既成事実化して民営化問題は一層厄介になる。
 民営化移行期の公社の事業のあり方を巡り、「政治」の見識と決断が一段と問われる。