■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
短期集中連載(全4回)「企業の公益性とは何か―東芝不正会計事件の検証―」(1)
(共著 『東日本大震災後の公益をめぐる企業・経営者の責任』(文眞堂)所収 第II部第8章より)
(2016年9月29日)
はじめに
あらゆる企業活動は、相互に依存し合い、助け合いの性質を持つ公益的活動である。合法的企業目的、資本の調達、生産・サービス拠点の確保、雇用の継続、設備・原材料等の購入、消費者への商品・サービスの提供など、広く公(市場)と関わり、社会の経済活動の「1つの環」を担うからである。企業本来の公益性は、コンプライアンス(法令順守)、コーポレート・ガバナンス(企業統治)をしっかり保つことで蓄積され、社会的信頼を得る。 この企業のあるべき公益性の姿を、日本を代表する名門企業とされた東芝の不正会計事件から照らし出してみる。
1. 「不適正会計」から「不正会計」へ
2015年4月に発覚した東芝の不正会計問題は、当初は単に不注意なミスに過ぎないのではないかとみられた。東芝自らが「不適正会計」という言葉を用いていたからである。
マスメディアも報道に際し「不適正会計」の用語をしばらく使用していた。しかし調査が進むにつれ、その実態は歴代3社長らトップによる組織的な不正会計であることが発覚する。
証券取引等監視委員会による3社長らの刑事告発は本稿執筆時点でまだなされていないが、必至とみられている。捜査のメスが入ることになれば、司法の場で「ガバナンスなき経営」の実態が解明される見通しである。
調査の進展と共に、あぶり出されてきた事件の特性が「ガバナンスの崩壊」だ。東京証券取引所が2015年9月、上場を維持しつつ管理体制の改善を促す「特設注意市場銘柄」に東芝株を指定したのも、なによりガバナンス体制に深刻な問題があるとみたからである。これをきっかけに、ガバナンス問題が時と共に浮き彫りにされていく。
近年の不正会計に、粉飾決算が発覚し、米国史上最大の負債を残して経営破綻したエンロンや、巨額の損失隠しが暴かれたカネボウ、オリンパスなどの例がある。しかし東芝のケースは、これらと比べ特性が2つの点で際立つ。
1つは、歴代3社長が「チャレンジ」を掛け声に各事業部門に対し、約7年にわたり強引に利益水増しに追い込んだことだ。関係部門の部下の幹部・社員や下請けの製造委託会社を巻き添えにし、トップダウンで不法な行為に手を染めさせていた。この3代にわたるトップ主導の利益水増し・粉飾会計は、過去に前例がない。
2つめの特性は、不正会計処理が1つの特定赤字分野ではなく、ほぼ全事業分野に及んだ規模の大きさだ。
東芝は内外で売上規模6.6兆円、従業員20万人(2015年3月期連結ベース)に上る世界的な巨大企業である。トップによる大きな決断の影響は世界規模に波及しうる。リーマン・ショックで急速に悪化した財務状況を背景に、トップ自らが利益かさ上げに走らせた結果であった。 この特異な事件はしかし、単にトップ3代の暴走結果と片づけるわけにはいかない。のちにみるように、東芝の会計を担う経理部や、独立した経営監視役であるはずの社外取締役らの働かなかったチェック機能。加えて東芝の監査に当たってきた新日本監査法人の目こぼし―といった内外の「監視機能不全」も、ガバナンスを無効にした。
仮に経営者が判断を一時的に大きく誤ったとしても、内外の第3者監視機関が働いていれば、軌道修正することができる。 しかし、東芝は経営者・幹部と監視機関双方に当然求められるガバナンス機能が欠けていたのである。その意味で、起こるべくして起こった巨大な不祥事と言える。
東芝は1875(明治8)年創業の名門中の名門であり、白熱電灯の日本での最初の製造・販売に始まり、近くは世界初のノートパソコン、DVDプレーヤーの発売など画期的な商品を生み出してきた。この「世界の東芝」が、なぜ利益水増しの不正行為に走ったか―。
2. 業績の急悪化
不正会計の影響から、東芝の経営は激しく揺らぐ。2016年5月に発表した同年3月期連結決算は、営業赤字が7191億円と、金融機関を除く事業会社で過去最大となった。最終損益は4832億円の赤字と同社の過去最悪。最終赤字は前期の378億円から2期連続となった。 発表内容をみると、不採算事業の見直しにより損失が大幅に膨らんだほか、ドル箱のスマートフォン(スマホ)向けフラッシュメモリーの市況悪化、巨額のリストラ費用が響いた。
財務内容は急速に悪化した。銀行などからの借金を除いた自己資本は激減し、自己資本比率はわずか5.8%へ急低下した。銀行の支援なしに資金繰りできず、収益を上げなければ、債務超過の危機が迫る。
注目された米原子力事業子会社ウエスチングハウス(WH)の減損処理(稼ぐ力のなくなった資産の価値を減らす会計処理)については、複数の監査法人による財務調査の結果「連結ベースでは必要なし」と判断していたが、約2600億円の損失計上に踏み切った。米司法省と証券取引委員会(SEC)はWHが減損を隠した疑いですでに調査に入っており、減損処理を迫られた。
原発を含む「電力・社会インフラ部門」の赤字がとりわけ大きい。海外で注力した送変電システムや太陽光事業の採算も悪化し、損失が拡大した。
不正会計事件後、東芝は虎の子の医療機器完全子会社「東芝メディカルシステムズ」の売却を余儀なくされる。さらに赤字続きの白物家電やパソコン事業の売却も迫られる。他方、2015年12月、内外で1万600人に及ぶ人員削減計画を発表した(その後1万4000人超に拡大)。経営トップが起こした不祥事のしわ寄せが社員に及んだのだ。
このように東芝の経営は火の車と化した。V字回復に向けた事業再構築(リストラ)の道は途方もなく険しい。なぜなら、有望な利益創出分野は一部に限られるからだ。
中枢事業の1つとされた医療機器分野では、前出の東芝メディカルシステムズを競争入札で売りに出し、2016年3月、キヤノンに6655億円で株式の100%を売却することが決まった。医療機器分野では国内最大級のM&A(合併・買収)となった。 同社はCT(コンピューター断層撮影)装置で国内シェアトップ、世界シェア2位の最先端技術を誇る。この想定以上の高値売却により2016年3月期の最終赤字は大きく改善された。とはいえ、売却によりその分の継続的な収益源は失われる。
さらに2016年3月、実質的に債務超過に陥った冷蔵庫や洗濯機などの白物家電事業を中国家電大手の美的集団に負債含め537億円で売却することで最終合意した。白物家電を手掛ける子会社「東芝ライフスタイル」の株式の約80%を6月に美的集団に譲渡する。赤字のパソコン事業も、再建は覚束ず、売却を目指す。不採算事業の切り売りである。
原発分野も心もとない。2006年に54億ドル(当時の為替レートで約6600億円)で買収した米WHについて、東芝は情報開示を行わずに「事業は好調」と説明してきた。しかし、実際にはこれまでの累積赤字が約2億9千万ドル(約330億円)に上り、WH単体で約13億2600万ドル(約1500億円)の減損処理を行っていたことが、2015年11月に経済誌の調査報道から判明する。滑り出しは好調だったが、東京電力福島第一原発事故で状況は一変したのだ。
その後、国内で2015年から原発再稼働が始まる一方、海外では政府の後押しを受けて原発建設の商談が動き出した。2030年度までに新興国などで45基の受注を目指すが、原発ビジネスの行方は依然、不透明で確実性に欠ける。
もう1つの主力事業、半導体メモリーは、柱のNAND型フラッシュメモリーが経営を支える。半導体のうち、アナログ半導体やシステムLSI(大規模集積回路)などの赤字事業は売却の方向。NANDは最大の収益源だが、スマホ向け需要の一巡から売価が低落し、苦戦状況だ。
東芝が2016年5月に発表した事業計画によると、2017年3月期には営業利益が1200億円、税引き後の純利益が1000億円の黒字に転じる計画だ。主力事業を原発などエネルギーと社会インフラ(エレベーター、水処理、空調、防災システムなど)、半導体の3分野に絞り込み、不採算事業を切り捨て、従業員を大幅に減らして実現を目指す。
こうした苦境の中、将来性が見込まれるのは3次元フラッシュメモリーだ。2016年度から3年間に約3600億円を投じる計画で、四日市工場を増設しライバルの韓国・サムスン電子に対抗する構え。しかし、自己資本不足からその巨額の設備投資資金を銀行に頼らざるを得ない。
再生を目指す東芝は、6月にトップ交代に踏み切る。綱川智副社長の社長昇格を正式決定し、空席の会長職に志賀重範副社長が就任。室町社長は特別顧問に退く。
以上が切羽詰まった東芝の状況である。このように信頼を失い、経営の大ピンチを招いた不正会計事件。その真因とは何なのか―第3者委員会の調査報告を基に詳しく検証してみよう。
(2)に続く