■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全4回)「企業の公益性とは何か―東芝不正会計事件の検証―」(2)

(共著東日本大震災後の公益をめぐる企業・経営者の責任』(文眞堂)所収 第II部第8章より)

(2016年10月6日)

(1)から続く

3.利益水増しの巧妙な手口

東芝は2015年4月3日、会計処理に問題があったと公表し、事実関係を調べるため社外の公認会計士らを含む特別調査委員会を設置した。これは内部通報を得た証券取引等監視委員会(証取委)から同年2月にインフラ関連の工事進行基準案件で開示検査を受け、会計処理に疑義が浮かんだからだ。
特別調査委の調査で、一部インフラ関連工事で工事原価総額が過小に見積もられ、工事損失が適時に計上しないケースが判明する。さらに、これ以外にも更なる調査を必要とする事案が浮上し、事実関係の究明に時間を要する見込みとなった。
これを受け、東芝は同年5月15日、調査結果の信頼性を高めるため、日本弁護士連合会のガイドラインに沿った、中立・公正な外部の専門家から構成する第3者委員会(委員長=上田広一・元東京高検検事長)を立ち上げる。委員の2人を含む弁護士20人、委員の2人を含む公認会計士79人の総勢99人が2カ月かけて調査を実施した。特別調査委から引き継いだ証拠資料に加え、東芝の役職員210人のヒアリングなども広く行った。
その調査報告書が同年7月20日に公表される。これにより、歴代3社長が部下にプレッシャーをかけ、2009年3月期から14年4〜12月期までに計1562億円に上る利益水増しを行ったことが明らかになった。経営トップが主導する形で組織的関与があった、と認定したのである。

利益隠しの実態は、工事損失引当金計上の先送りからパソコン事業で繰り返された「バイセル(Buy-Sell)」と呼んだ手口に至るまで、あの手この手が使われた。「バイセル」とは、下請けの委託組立子会社に部品を高く売り、その分を上乗せした価格で完成品を買い取る。その際に買い取る時期を遅らせて、一時的に利益をかさ上げする方法だ。
佐々木則夫元社長(就任期間0 9年6月〜13年6月)は「チャレンジ」の掛け声でパソコン事業部門に「3日間で120億円の利益改善」を要求して、追い込んだ。ちなみに佐々木は事件発覚前の2013年には経団連副会長の要職にあり、安倍首相が議長を務める経済財政諮問会議の民間議員に選ばれている。
利益操作は、調査したほぼ全事業に及んだ。その後の調査で利益水増し総額は、2015年9月にはさらに2248億円に膨らむ。これはオリンパスの1300億円余を2倍近く上回る過去最高額である。
発表の翌7月21日、不正会計の責任を取り、田中久雄社長と歴代3社長を含む取締役8人が辞任した。不正会計に関与したとされる歴代3社長とは、田中社長と前任の佐々木副会長及び前々任の西田厚聡相談役である。ただし室町会長は不正会計に関わっていなかったとされ、社長を9月に開く臨時株主総会まで兼務することとなった。

報告書には、歴代3社長が「社長月例」などの会議でカンパニー社長(東芝は各事業部門を独立させたカンパニー制をとっている)らに生々しく「チャレンジ」を迫った様子が描かれている。たとえば― 幹部はこのような脅迫もどきのプレッシャーを、トップから受け続けたのである。


4.迷走の真因

第3者委員会の調査報告書によって、不正会計の具体的事実が暴かれた意義は大きい。関与した取締役8人が引責辞任し、経営陣が一新される。これで日本を代表する名門企業が再出発に踏み出すかに見えた。形骸化が指摘されたガバナンス体制を立て直し、構造改革が実現する期待が高まった。 しかし、現実は2015年8月に、9月の臨時株主総会以降の続投が決まった室町社長体制の迷走が続く。
室町正志は半導体部門出身。不正会計が行われた当時、副社長→顧問→会長(2014年6月〜15年9月)の要職にあり、不正会計に関与していたのは疑いない、との声が市場関係者に高まっていた。ところが、第3者委員会は室町社長の関与を認定せずにお墨付きを与えた。結果、社長続投となり、事態の収拾を図るが中途半端にしかできない。
このトップ体制が、経営の完全な刷新を妨げた、と見る向きは多い。しかも、室町が東芝の顧問に退いたあと、異例の会長就任に至った背景に、トップの佐々木社長(当時)を嫌った実力者の西田相談役の働きがあったことが判明する。 西田―佐々木不仲説は、噂として流布されたものではない。公知の事実だった。2人は2013年2月の社長交代の記者会見の席上で言い争いをする醜態を演じている。
西田の懇請を受け、東芝のトップOBで強い影響力を持つ西室泰三相談役・日本郵政社長(当時)が佐々木の社長退任後の東芝会長就任を阻止するため、穏健派の室町を起用したのが、真相のようだ。西室はメディアに対し、次のような内情を明かしている。 佐々木の社長就任から1年後の2010年当時、会長だった西田が西室に相談を持ちかけた。後継者選びに失敗したと。西室は知恵を出した。「社内でやるとゴタゴタする。指名委員会をちゃんと活用すれば、やることは全部できる」(『週刊東洋経済』2015年9月26日号)。

東芝はそれまで「ガバナンスの優等生」と評価されていた。2003年に改正商法により導入されたばかりの委員会等設置会社(現在の指名委員会等設置会社)へ移行。社外取締役が過半数を占める「指名」「監査」「報酬」の3委員会を設置していた。経営トップの指名は、指名委員会でなされる仕組みである。西室は、この指名委員会に佐々木を副会長、室町を会長に指名させる筋書きを演じさせたわけだ。 そして、不正会計発覚後の田中社長辞任に伴う室町の社長兼任とその後の続投というトップ人事を計った。三菱ケミカルホールディングス会長の小林喜光をはじめ大物経営者ら7人を社外取締役に導き入れたのも、財界に顔が利く西室相談役の働きかけによるものだったとみられている。
西室は1996年〜2000年に東芝の社長、2005年まで会長を務めた。この間、社外取締役を活用するガバナンス体制が確立される。他方、西室は相談役に退いたあとも、隠然と力を振るい、トップ経営に関与した(2016年3月に相談役を退任)。
記者会見の場でも取り繕えないほど、西田と佐々木の対立は、なぜ決定的に深まったのか。その背景に「財界の総理」の椅子を巡る2人の権力抗争があったといわれる。

「財界総理」とされる経団連会長に、かつて東芝から石坂泰三、土光敏夫〈いずれも故人〉の2人が務めた。近年では不正に関与した「歴代3社長」を含む4代連続で、経団連副会長を務めている。西室の後を継いだ岡村正社長も会長を経て日本商工会議所会頭を務めた。
東芝は戦後の財界を新日鉄と並んで担ってきた。2010年春当時、東芝会長で経団連副会長だった西田はこの「財界総理」の座に最も近づく。2010年5月まで経団連会長だった御手洗富士夫の有力後継候補に浮上したのだ。
しかし、そこには障害が横たわっていた。西田の先輩の岡村が務めていた日本商工会議所会頭を辞める必要があったからだ。岡村が会頭のままだと財界3団体のトップ3人のうち2人を東芝が占めることとなり、財界から受け入れられないのは明らかだった。
ところが岡村は会頭を辞任せず、2013年11月まで務める。他方、西田の後継社長だった佐々木は13年1月に政府の経済財政諮問会議の民間議員となり、のちに経団連副会長にも内定する。
経団連会長の就任には社長・会長出身者が必須条件とされる。佐々木が経団連会長の座に就く機会が到来したのだ。
しかし西田は東芝指名委員会の委員の立場から13年6月、佐々木を東芝の会長にではなく、副会長に指名する。結果、2人の対立は決定的となり、東芝の経営に深い影を落とした。
このような歴代社長の「財界の総理」を巡る暗闘が東芝の舞台裏で繰り広げられ、これがガバナンスに亀裂をもたらしたのである。
だが、第3者委員会の調査報告は、この歴代トップの争いの影響に関してはひと言も言及していない。

このような経緯から出来上がった室町体制は、歴代社長OBによる“談合の産物”と言ってよい。経営の第一線を退いた相談役が、社内のトップ体制を決めるという東芝の異常な長老支配の慣行が、新経営体制の生みの親だった。当然ながら、長老から任された室町社長の舵取りは翻弄される。
室町体制の迷走ぶりは、再三にわたる決算の発表延期と情報の不開示、米原子力事業子会社ウエスチングハウスの「減損処理」隠し、わずか1カ月余りで大幅に下方修正した2016年3月期の業績見通しなどとなって表れる。
第3者委員会は、経営者の責任について単に「適切な会計処理に向けての意識または知識の欠如」と片づけた。表面的には、その通りだろうが、利益至上主義に走り、業績を粉飾した経営者のモラルについては深掘りしていない。長老が、ガバナンスの要諦となる社内の指名委員会を使ってトップ人事を工作した重大事実には触れていない。司令塔内の確執と不和が経営を歪め、内部統制を壊した事実に対しては見逃したか、目をつぶったのだ。

第3者委員会のもう1つの落ち度は、米ウエスチングハウス(WH)の会計処理に全く触れなかったことだ。なぜ触れなかったのかといえば、東芝が調査の委託対象から外したからである。原子力発電システムは、東芝の主力事業分野の1つだが、これが調査対象外となり、全く調査されなかった(図表1)。
ところが、東芝はWH単体での減損処理情報を隠蔽していた。東芝はこの“不都合な真実”が明るみに出るのを防ごうと、委託調査の対象から外したとしか考えられないが、不正会計の発覚から半年以上も経ってようやくこの隠していた真実を認めたのだった。
不正会計事件の発覚に続き、室町体制の迷走が与えた社会的衝撃も甚大だった。東芝への信頼は失墜していった。


(3)へ続く



(図表1)東芝の事業概要(不正会計事件発覚当時)
(出典: 第3者委員会調査報告書)