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<番外篇>“腰砕け”のEU離脱派 独仏は強硬/現実味帯びる英国解体
(2016年7月11日) (山形新聞「思考の現場から」7月11日付掲載記事に加筆)
世界を揺るがした英国の欧州連合(EU)離脱の影響は、どこに行き着くのか―。大混乱が収まりつつあるいま、EU崩壊の可能性は薄れ、英国解体の可能性の方が現実味を帯びてきたかに見える。
EU残留か離脱かを懸けた英国の国民投票は、過半数が「離脱」を選んだ。その直後、EUの危機が広く伝えられ、EU崩壊の可能性さえ指摘された。背景には、EU加盟国の選挙が2017年に相次ぐため、EU離脱派政党が力を得て次々に英国に追随するかもしれないという不安があった。
EUが解体するようなこととなれば大事である。世界の金融・株式市場は、たちまち急反応した。英ポンドは暴落し、6月27日には対ドルで31年ぶりの安値をつけた。安全通貨とされる円は急騰し、一時1ドル=99円台をつけた。
株式市場でも、離脱判明直後の6月24日に東京市場で日経平均株価がリーマンショック時を上回る下げ幅を記録、1万5千円の大台を割った。ニューヨークダウも急落、たちまち世界同時株安に連鎖した。
しかし、翌週から次第に落ち着きを取り戻し、市場の目は冷静になって英国とEUの対応に注がれる。
目立ったのは、独仏の英国に対する強硬姿勢と英国の離脱主導勢力の“腰砕け”だ。
EUは6月29日、英国以外の加盟27カ国の首脳会議を急きょ開き、英国がEU市場に参加することを希望した場合、移民の受け入れ制限など例外を認めない、との条件を打ち出した。英国が離脱して「いいとこ取り」ができないよう釘を刺したのだ。
一方、英国では事前予想を覆した離脱派の思いがけない勝利に、離脱派グループにむしろ戸惑いすら広がり、分裂気味となった。 主導役のジョンソン前ロンドン市長が批判を浴びてキャメロン首相辞任後の与党・保守党の後継者選びレースから降りたのに続き、もう1人の離脱派の顔だった英国独立党(UKIP)のファラージュ党首も、公約を撤回して辞任に追い込まれた。同氏は、EUに払ってきた拠出金を国民の医療保険資金に充てる公約を「間違いだった」と翻した。
こうした目まぐるしい動きから浮かび上がってきたのが、離脱決定の「負の影響」が何よりも英国自身に降りかかってきそうな見通しだ。
英国はEUに脱退通告し、その後の取り決め交渉をEU側と行って貿易投資協定を結ぶ必要があるが、その交渉期間は2年が期限。交渉がまとまらないまま2年が経過し、EUが期限の延長に同意しなければ英国は加盟国の地位を失う。 この間、すでに始まった英ポンド危機に歯止めが掛からず、ニューヨークと並ぶ世界金融の中枢としての機能の衰退は必至だ。すでに米最大の投資銀行ゴールドマン・サックスのCEO(最高経営責任者)は欧州戦略上、英国の拠点機能を他の欧州域内に移す選択肢も検討する旨表明した。多くの海外企業もEU市場への足場とした英国を見限り、撤退する恐れが強い。
英国最大の産業は伝統のある金融業だ。為替取引高では米ウォールストリートを上回り、世界最大。この金融パワーがEU離脱によって低下するのは不可避で、国際的政治発言力も弱まる。
離脱決定で将来の不透明感が広がり、家計の買い控えも目立ってきた。ローンを使った家や自動車の買い控え、ポンド安が日用品の価格を押し上げる不安感が、消費抑制となって表れ始めた。 金融市場や個人消費への影響が、英国経済を冷やし、これがグローバルに波及するリスクがあぶり出されてきたのだ。
加えて、国民投票でEU残留票が大きく上回ったスコットランドと北アイルランドが、EU残留を求めて独立する動きが活発化してきた。 離脱決定後、スコットランドではすでに独立運動が再燃し、独立派のスコットランド国民党が2014年に続いて2度目の独立を問う住民投票の実施を目指す。
北アイルランドも歴史的な英国からの分離・独立気運を強めてきた。1922年にアイルランドが英国から独立した際、スコットランドからの移民流入でプロテスタント系住民が6割を超えた北アイルランドは、英国に残ることを選択した。 北アイルランド住民は今回、6割近くがEU残留に投票した。離脱決定を引き金に、英国からの独立とアイルランド統一を問う住民投票実施の動きが浮上した。
英国としては幾つかの選択肢から、EUと最上の貿易投資協定を結びたいところだ。ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインの3カ国が94年にEUと結んだEEA(欧州経済地域)協定が格好のモデルとなる。 これだと、引き続きEU単一市場に参加でき、外交・安全保障、農漁業、司法などに関するEU法の適用を除外される。しかしその場合でも、移民を制限できず、EU拠出金負担も継続するなど条件は相当に厳しい。