■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
連載(全3回)メタバースの至福と脅威」(中)

(2022年4月25日)

(上)から続く


メタバースはなぜ「次世代の仮想現実(VR)」と期待が膨らむのか。理由の一つは、NFT(非代替性トークン)の存在である。
これが2003年に始まった前回のブームにはなかった特徴だ。03年6月に米リンデン・ラボが運営を始めた仮想空間「セカンドライフ」。メタバースの先駆けとされ「早すぎたメタバース」とも言われる。「セカンドライフ」内の土地を売って、米国で1億円以上稼ぐ人も現れた。日本でも関心を呼び、個人だけでなく電通や日産自動車、マツダなど大手企業も、仮想店舗の設置やマーケティング活動に参加した。

NFTの登場

だが、利用者数は100万人に達した07年をピークに下火となり、企業の多くも撤退した。その要因の一つが、NFTの不在だ。NFTとは「Non-Fungible Token」の略。「非代替性トークン」と訳される。ブロックチェーン(分散型台帳)のデジタル技術を使い、アートや音楽、ゲーム、動画などの原作が唯一真正であることを証明するデジタルデータのことだ。作成者、作成時期、保管場所、所有権履歴などのオリジナル情報が印され、偽造やコピーが不可能となる。ブロックチェーン上で「一点もの(コンテンツ)」をトークンで表現し、暗号資産(仮想通貨)で取引する。

NFTの存在価値が急浮上したのは、21年3月のこと。ネット上で「ビープル」として知られるアーティスト、マイク・ウィンケルマンの「Everydays―First 5000 Days」と題されたコラージュが、オークションで6900万ドル余(当時約75億円)の高値を付け、落札されたのだ。英競売大手「クリスティーズ」の異例のNFTデジタル作品で、NFTアートの高評価と暗号資産を使った取引を印象付ける歴史的な出来事となった。
クリスティーズのオークション記録によれば、ビープルはこの落札で世界で最も評価価値が高い存命アーティストトップ3に入ったという。このように、NFTは「OpenSea」などのマーケットプレース(取引サイト)やオークションに出品すると、買いたい人と取引できる。
非デジタルの現実の市場では、絵が本物であると証明するには鑑定人が必要だが、NFTならブロックチェーンが真贋(がん)を証明する。ブロックチェーンから発行されるNFTはコピーできないため、その絵は唯一無二の本物とみなされる。NFTの画期性は、ブロックチェーン技術と結び付いているところにある。

NFTとブロックチェーンを用いて販売実績を伸ばすデジタルゲーム。「The Sandbox」に市場は急反応した。運営するSANDは、NFT関連銘柄として21年はじめからほとんど値動きしなかった価格が、21年11月に10倍以上に跳ね上がった。サンドボックスは、プレイヤーが自由に目的を決めて遊んでいくスタイルのブロックチェーンゲーム。特徴は、ゲーム内にデジタルな土地を持ったり、新たなゲームを作ったり、ゲーム内やマーケットプレイスでゲーム内通貨である仮想通貨「SAND」を稼ぐことができる(図1)。見るからに異次元のゲームである。
若い女性のイラストも、21年にNFT作品に登場した。イラストレーターの「onigiriman」が200点以上を出品販売する「onigiriman’s cute girl Collection」。1イラスト当たり数10万円の値を付け、取引総額は今年1月までに8000万円をゆうに超えた。

経済価値観が一大変化

経済学的に見れば、NFTは経済価値の定義を変え、ビジネスチャンスを拡大する。アートや音楽、画像、動画、映像、ゲーム、土地などのオークション取引が拡大し、その価値評価が決まり、定着する。NFTは作曲、演奏の音楽や絵画、彫刻、文筆など全ての文化活動をはじめ、スポーツやファッション、不動産、建築などの分野に及ぶ。メタバース世界では、NFTを使って価値ある高額の買い物やユニークな芸術作品の取引を個人も企業も容易に行えるようになる。ブロックチェーン上で第三者への転売や貸し出しも可能だ。人気のプロ野球やサッカーゲームの観戦や選手の名場面の画像などを売るビジネス計画も浮上する。現にプロ野球パシフィックリーグ関係者の間で検討が進む。

2021年11月、米暗号資産交換所(取引所)大手のFTXは、米プロ野球チーム、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手と「グローバル・アンバサダー」の長期契約を結んだ。アンバサダーにはこれまで、米スポーツ界のスーパースターが務めてきたが、大谷がこれに名を連らねる。米CNNは、FTXが大谷を「世界的アイコン」と評価していると報じた。アンバサダー料は暗号資産で支払われ、FTXの株主にもなる。

NFTの普及がもたらす経済価値の変化の影響は計り知れない。商品価値が二極に分かれるかもしれない。一般の生活向け汎用品とNFTのデジタル情報が示す付加価値品とにである。この付加価値品は、希少なモノから独自性のある商品まで様々だが、いずれも固有の文化的、個性的価値が認められる。社会に文化的財産、知的財産の価値認識が深まり、広がっていくだろう。
この経済価値観の一大変化で、埋もれたり抑えられていた個人の才能や技能が突然掘り出されて認められ、開花するチャンスも到来する。NFTは人間の創造性を刺激し成功に導く、まことに有難いデジタルシステムとなる。

ウクライナに暗号資産で寄付

NFTは数ある暗号資産の一つだ。この暗号資産が、思いがけずロシアによるウクライナ侵攻でその活用に突然、火が付いた。
ウクライナ中央銀行は、世界中から暗号資産のビットコイン、イーサリアム、テザー、ポルカドットなどの寄付を受け付けた。ロシアの侵攻が始まった直後からウクライナを支援する暗号資産の寄付が世界から殺到した。暗号資産を含むSNSでの寄付総額は、3月半ばまでに約1億600万ドル(約130億円)に上ったとされる。
暗号資産でたちまち1億ドル超に上る寄付金を集めた事実は、従来の寄付の構造を一変した。法人や団体からだけでなく、世界中の多くの個人から寄付がインターネットを通じ即座に集まった。
寄付の即効性を見て、法定通貨に代わり暗号資産を活用する機運が盛り上がる。メタバースにつながる暗号資産の利用が、ウクライナ危機を引き金に急展開するのは必至の見通しだ。メタバースの未来を輝かしく照らし出したかに見える。

(下)に続く。




(図1) OpenSeaが販売するThe Sandboxの土地(LAND)
出所: OpenSea