■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
連載(全3回)メタバースの至福と脅威」(上)


(2022年3月28日)

「メタバース」が次世代の仮想現実(VR)として脚光を浴びている。米フェイスブック(FB)が2021年10月、社名を「メタ・プラットフォームズ」に変更したことで、注目を集めた。「meta(超越)」と「universe(宇宙)」を組み合わせた新造語「メタバース」。メタバースをスマートフォンに次ぐ「次世代のITプラットフォーム」とみなすメタ(旧フェイスブック)は、その理由に「VRの臨場感」を挙げた。リアルに感じて没入してしまう新世界への期待が高まった。 しかし、メタバースがもたらすバーチャルな至福は、実生活を損なう脅威ともなる。

世界のIT各社相次ぎ参入

文明の曙以来、人間にとって生きる世界は夢見る時以外、すべてリアルだった。現実の世界で生活するしかなかった。貧困や虐待で、悲しすぎる現実も多かった。だが、人類は間もなく仮想現実の新世界という選択肢を持つようになる。
メタバースの完成イメージによると、その仮想空間に人々は自分自身の分身キャラクター「アバター」を使って入り込み、好きな人々と話したり、ビジネスを進めたり、学習や観劇、ゲーム、買い物などを楽しめる。異性や別の自分になり替わることも可能だ。

米メタは、メタバース用VR端末「メタクエスト」で使える仮想空間を開発、本格参入してメタバースに年1兆円超を投じる。米マイクロソフトは、拡張現実(AR)に現実世界との一体感を高めた複合現実(MR)の端末「ホロレンズ」を開発。会議アプリ「チームズ」で、参加相手の印象や感情をリアルに感じさせるなどの改良を急ぐ。海外とのやりとりで日本語で話しても、AIがリアルタイムで自動通訳し、必要な外国語に変換してくれる。1月に約8兆円で米ゲーム開発会社アクティビジョン・ブリザードの買収を発表し、メタバース開発を加速した。
メタバース先駆者の米エヌビディアは、世界の工場や建築現場を仮想空間で再現する「オムニバース」を提供、売上高・純利益とも過去最高を更新中だ。ゲーム分野では、マイクロソフトが手掛ける人気ゲーム「マインクラフト」、任天堂の「Nintendo Switch」向けに画像処理半導体(GPU)を供給する。いずれもメタバースへの応用を視野に入れる。

アップルも、メタバースに注力する。新規参入計画については黙秘を続けるが、メタ世界向けウェアラブルのメガネのようなスマートグラスを近く製品化する、との情報が駆け巡る。中国のテンセントは、開発したアバターを使ったオンライン接客システム「Live Call」の普及を急ぐ。日本では、VR・AR端末で先行するソニーグループに続き、パナソニックの100%子会社が、VRグラス(ゴーグル)「MeganeX」を1月に発表、軽量化に成功した、と報じられた。

NFTを使って名画購入も

このように世界のIT各社がしのぎを削るのも、メタバース事業は超巨大な市場に成長する、と見ているからだ(図1)。 実際、描かれたメタバース像は魅惑的だ。 メタバース世界を楽しむには、いまのところヘッドマウント・デバイス(HMD)を頭に装着して仮想空間に入り込むことから始まる。HMDの重さと高コストの低減が、当面の大きな課題だ。
バーチャルショップを訪れてみると―アバターの店員が現れ、にっこり微笑んで「お手伝いしましょうか?」と話しかけてくる。その店員のアバターは、リアルにある店舗のスタッフが操作して接客している。コンピューターグラフィックス(CG)で再現された商品を薦められ、手に取ってみる。そこへお店で会おうと約束していた友人がやって来る。商品は気に入った。友人もうなずいて「いいじゃないの」と薦める。こうして無事に購入し、買い物を終える。

メタバースで買い物をすれば、現実世界のように時間をかけて交通機関を使い、そこからショップまで歩いて行く必要はない。気に入った衣服や靴が見つかれば、着用して試してみることもできる。バーチャルに買い物をして仮想通貨を使って決済し、リアルに現物を購入することも可能になる。
名画や宝石のような高価な買い物も、オリジナリティを証明できるから心配ない。「非代替性トークン(NFT)」を使って、鑑定書のように唯一無二のものだと証明する。ブロックチェーン(分散型台帳)のデジタル技術で、画像や音楽などを作成した年月日や識別番号、所有者履歴などの原物情報を改ざんしたり、コピーできないようにする。このデジタルデータのお陰で、あなたはストラディバリのバイオリンやピカソの名画も、安心して買える。

素晴らしい新世界

世界旅行となると、リアルのものよりも素晴らしいツアーが簡単に楽しめるかもしれない。
メタバースにある世界遺産をアバターで巡り、その見どころをためつすがめつ眺められる。はじめに憧れのエジプトを訪れ、ピラミッドの内部にも入ってみる。日本語ガイドの案内で、抱いていたピラミッドの謎の多くが解けた。ツアーのお陰で発見を楽しみ、知識を増し、盗難や事故に巻き込まれずに済んだ。次は、夢だったエベレストに登るか、それとも南極大陸か―想像は尽きない。

さらにもっと凄いことが体験できる、とメタバース開発者らは胸を膨らます。自分が会いたかった歴史上の人物を他のゲームプラットフォームから呼び出し、会話を交わしたり、その冒険活動や歴史的戦闘に参加することもできる。シーザーとかナポレオン、あるいは武田信玄の軍勢に加わり、共に進軍するかもしれない。あなたがお菓子好きならルイ16世の王妃、マリー・アントワネットと歓談しながら、彼女の作ったケーキをおいしくほおばるかもしれない。
が、メタバースが一番役立ちそうなのは、身体障害者や身の不自由になった高齢者が活用する時だ。アバターの分身を使って仮想世界で存分に活躍できるようになる。「もう1人の自分」が社会参加し、発言し行動する。
複数のアバターへの変身も可能だ。自分がいくつもに分身して、異性の美少年や美少女に化けることもできる。
だが、開かれてきたこの素晴らしい新世界には、じつに恐ろしい落とし穴が潜む。

(中)に続く。




(図表1) メタバース(Metaverse) イメージ
<筆者作成>