■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第209章 日本経済の 「失われた30年」/成長を取り戻す新処方箋(下)

(2022年2月28日)

信用創造の正体

銀行の「信用創造」のカラクリに再び立ち入ってみよう。それが借金マネーが実体経済を超えて回転・拡大していく現代金融の仕組みだからだ。
公共貨幣理論では、現行のマネーシステムは銀行が企業や個人に「利付き借金(債務)」として貸し出し、利息を取ってお金の価値を増やす「信用創造」のメカニズムで動く、とする。『公共貨幣入門』(山口薫・山口陽恵共著)によれば、この銀行の貸出システムで日本のマネーストックのじつに99%が利付き債務として経済に供給されている。読者は「預金」をてっきり「銀行に預けた自分のお金」と思っているが、実際は自分の預金残高は銀行の金庫にあるわけではなく、銀行の預金勘定元帳でコンピューター管理されているデータにすぎない。

「それらの預金は、顧客から見れば貨幣の機能を有する金銭債権(資産)であり、銀行からの借入金という金銭債務(負債)でもある」という。銀行にとって貸付をするということは、「貸出金」という金銭債権と「預金」という金銭債務を同時に発生させることになる。銀行は貸付により新たな預金を増やしていく「信用創造」で、業容を拡大していくわけだ。
これが「信用創造」のカラクリである。金融政策の行き着いた先が、法定通貨に担保されない度外れの信用供与(貸付)だ。その結果、バブルと崩壊を引き起こし、以後の「失われた30年」をもたらしたのも必然の流れだった。借金マネーを回転させて成る現行の「債務貨幣システム」にそもそも根本的な欠陥があり、空前の異常事態を生んだと、公共貨幣理論は指摘する。

実態は「30年不況」

「失われた30年」と言われるが、日本経済はこの30年の間、弱い経済成長の波は時折り生じたものの、全体の名目GDP成長率は先進国中最低、平均賃金はほぼ横ばい、経済格差は拡大し、かつて「1億総中流」と誇った中間所得層は減り貧困層は増えた。「30年不況」と呼ぶ方が、実態をよく表わす。
米経済学者のアーヴィング・フィッシャーは、世界大恐慌さなかの1932年、著書『Booms and Depressions(好況と不況)』 で、「不況の9要素」を明らかにした。それらは、1.負債の返済・清算、2.貨幣量の収縮(カネづまり)、3.ドルの価値上昇(デフレ)、4.純資産の減少、5.利益の減少、6.生産、取引、雇用の縮小、7.ペシミズムと不信、8.資金循環の遅延、9.金利の低下、しかし実質金利高、の9つだ。
その多くが、日本経済の現状に当てはまる。日本経済はコロナ禍でさらに苦境を深めた形だ。日本経済を復活反転させるには、マネーシステムの根本改革が重要な選択肢となることは疑いない。現行の債務貨幣システムの欠陥は、富の格差拡大となって現れた。借金マネーを持つ者と持たない者の格差の拡大は貧困を広げ、社会を不安定化するだけでない。カネがモノを言うとばかり人々を「お金第1」に走らせ、倫理観や自制心をマヒさせかねない。お金が果たす経済力は社会的政治的な権力、他者の支配手段にも転じる魔物だからだ。

『公共貨幣』(山口薫著)によると、お金の持つ機能には3つある経済的機能(価値尺度、交換手段、価値の保蔵手段)に、「権力の支配機能」が加わる(図1)。お金の力は政治的権力にも及び絶大だ。

〈図1〉貨幣の4つの機能 
出所:『公共貨幣』


同著が引用したスイス・チューリッヒ工科大学の研究者3名によるグローバル企業の支配に関する研究調査。2011年の発表によれば、多国籍企業グループのグループ企業と系列企業の世界取引の80%を、わずか0.7%のオーナーグループが株式所有で支配している構造が浮かび上がった。ネットワークを支配している企業トップは英国の金融会社・バークレイズ、日本からは三菱UFJフィナンシャルグループが22位に付ける。上位25社の中にGMやトヨタ、エクソンモービル、デュポンなど製造企業は1社も入っていない。銀行や投資銀行など国際金融資本が名を連ねる。マネーシステムを活用した金融資本の支配力が、国際産業資本を上回る。国際金融資本が実質、世界支配する驚くべき構図である。
マネーのこの恐るべきパワーを引き出す信用創造の仕組みを撤廃し、マネーを暴走させずにコントロールできる仕組みに替える―これが公共貨幣理論の核心だ。

現行マネーシステムとMMTの誤り

公共貨幣理論では、現行の欠陥マネーシステムを生んだ主流派経済学とMMT(現代貨幣理論)を理論的に誤り、と退ける。「自国通貨を発行する政府のデフォルトはありえない」とするMMTに関しては、「借金地獄による破局は不可避」とし、虚偽の貨幣論と切り捨てる。
現行システムに対しては、以下の4点の特徴を挙げる。1. 中央銀行(日銀)は民間銀行にすぎないが、貨幣発行権を持ち、銀行券(お札)を発行している、2. 民間銀行は「無から預金(信用)」を内生的に創造し、利付で民間や政府に貸し付けている、3. 中央銀行はベースマネーを制御できるが、内生的に創造・破壊されるマネーストックは制御できない、4. 政府は補助貨幣としての硬貨(法貨)を小額発行するのみではなく、あらゆる貨幣を発行する権能があり、国債の発行(借金)によって資金を調達する必要はない。
このような考えから公共貨幣システムでは、貨幣のほとんど全てを占める債務貨幣は法定通貨の公共貨幣に置き替わる(図2)。

〈図2〉公共貨幣システム(数値2018年時点) 
出所:『公共貨幣入門』

公共貨幣に移行した場合、経済システムの根幹はどのように変わるのか。1つの重要な変化は、債務貨幣のように利付き借金として信用創造されない。利子のない社会を目指し、複利制度はなくなる。公共貨幣は経済成長や社会保障、起業など必要用途に向け適正な貨幣量で発行され、配分される、とする。
では、公共貨幣システムに移行させるには、具体的にどうするか。公共貨幣の実現を目指す推進母体「公共貨幣フォーラム」(山口薫・代表理事)は、3つの目標を掲げる。まず、国会の監督下に「公共貨幣委員会」を設置し、日銀を「公共貨幣省」へ統合する。2つめは、決済性預金に対し法定準備率100%を適用する。3つめが、物価安定のために、公共貨幣委員会がマネーストックを調整する。構想はこの上なく壮大で、経済構造の変革性が際立つ。