■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全4回)「特定秘密保護法に公益性はあるか」(3)

(2015年5月11日)

(2)から続く


フクシマが見せた原発の地獄

「もんじゅ」が試運転を開始して2年後の1993年5月。国策の核燃料サイクル計画の問題点を指摘したNHK報道「プルトニウム大国・日本」に、原子力所管の科学技術庁(現在は文部科学省に統合)の原子力局長と動燃(動力炉・核燃料開発事業団=現・日本原子力研究開発機構)幹部(いずれも当時)らが猛烈な番組批判と抗議を行った。動燃は「核燃料サイクル」の研究開発などを行うため、1967年に国が設立した科学技術庁所管の特殊法人だ。
科学技術庁は抗議活動の一環として、動燃の管理職にNHKへの投稿や電話による「やらせ抗議」まで行わせた。「抗議」の例文マニュアルまで作ったが、その中には「30年かけて研究開発に取り組んでいることへの非難がおかしい」とか「日本がエネルギーを確保するために研究開発をすることがなぜいけない」、「他の国がやめたから、日本もやめるという理論はあまりに稚拙だ」、「料金不払いも考える」などの文言もあった(注2)。
こうした過去の事例を見れば、政府は「特定秘密」をむやみに増やし、ことごとく秘密のヴェールで覆うのではないか、という懸念が深まるのは当然だ。
原発再稼働と核燃料サイクル政策の推進を決めた政府が「特定秘密」を格別に重視すると見られる理由は、福島第一原発事故が原発のあまりに「恐ろしい真実」を予兆もなしに開示してしまったからである。結果、どの世論調査でも国民の大半は「原発への不安」を示すようになった。
フクシマが示したのは、地獄の黙示録であった。それは、次の様相を浮かび上がらせた。

・ 巨大な地震・津波で原発の苛酷事故はある日突然、起こりうる。
・ 事故は地球規模の広範な放射能汚染を拡散する。
・ 周辺地域は人の住めない“死の土地”となり、避難民の多くは住む家と生活を奪われ、帰るべき故郷を失う。
・ 事故に伴う汚染水処理が長引き、今なお解決の見通しが得られない。
・ 最終的な廃炉処理までに30〜40年もかかる。その間、放射能汚染の影響が続く。
・ 原発稼働で増え続ける使用済み核燃料が無害になるまでに10万年もの歳月を要するが、その間どのように安全に貯蔵・管理し、最終処分したらよいか、この解決法が世界的にもまだ見つかっていない。
・ 原発コストは安く経済性に優れていると政府は説明しているが、それは燃料費の比較の話であり、安全対策費や廃炉費用を加えると石炭火力や液化天然ガス(LNG)火力以上にコストがかさむ。

「原発は安全で安価」どころか、このような鳥肌の立つ「恐ろしい真実」が、突然出現したのである。
福島第一原発事故の結果、国と原発ムラは、原発を推進するために新たな「安全神話」を構築するほかない事情が突如として生じた。それには、せめて原発の真実を「特定秘密」で覆うに限る―これまでの隠蔽の歴史から国と原発ムラはこのように考えた、と見ることができるだろう。
ここから、特定秘密保護法の「反公益性」が明らかに読み取れる。

沖縄密約事件

本来の本丸とされる外交と防衛の分野では、所管省の情報秘匿は「特定秘密」を用いて、さらに存分に補強されていく可能性が高い。両省はこれまでに保有するはずの行政文書を公判で「ない」と否認して波紋を投げた“前歴”がある。
「ない」と証言するからには、「文書を廃棄してしまった」か「ウソをついているか」のいずれかである。廃棄にせよ虚偽証言にせよ国民としては政府の隠蔽工作を許すわけにはいかない。
国民の知る権利は、こうした役所の情報隠しで侵害され、国民は「国の不都合な真実」を知らされない。この「情報隠蔽」こそが、「お上」が国民を盲目的に服従させるための、国威宣伝と並ぶ重要な操作術となる。
特定秘密保護法の危険性を、元毎日新聞記者の西山太吉氏を巻き込んだ外務省沖縄密約事件からあぶり出してみよう(注3)。
1972年の沖縄返還に際し、日本側の巨額の財政負担を巡って日米間で交わされた「密約」。国権の最高機関とされる国会の承認を得ることなく、いや密約の事実すら隠して、極秘のうちに米国側に裏金が供与されていた。
沖縄返還に伴う対米支払いの密約は、1998年、2000年に我(が)部(べ)政明・琉球大学教授が明らかにした米公文書によって裏付けられる。これ以後、「密約」の存在を否認していた外務省のウソが暴かれ出す。
国会の承認案件である条約、協約の密約は、違憲・違法行為のはずだ。外交上、密約を秘匿しなければならない事情があったとしても、一定期間を経て密約の事実とそれに至った理由を国民に説明する必要がある。政府は密約の説明責任を果たさなければならない。
ところが、外務省はウソをつき通した。違憲・違法行為を続けて、国会でもシラを切ったのだ。のちにウソが判明したが、外務省は何一つ責任を取っていない。
米公文書により密約が発覚し、2006年2月にはとうとう密約に関わった吉野文六・元外務省アメリカ局長が、密約の存在を認めた。
にもかかわらず、1か月後の3月8日の参議院予算委員会で外務省は次のようにシラを切った。

福島みずほ(社民党)委員 …アメリカ側があるといって認めている。当時の日本の担当者も認めている、それが違うというのなら、どういう調査をしたんですか。
政府参考人(河相(かわい)周(ちか)夫(お)・北米局長) …沖縄返還国会当時から一貫して申し上げているとおり、沖縄返還に際する支払いに関連する日米の合意というのは沖縄返還協定がすべてであるという立場でございます。それ以外のいわゆる密約というものはございません。

西山氏らが起こした情報公開訴訟の一審東京地裁(2010年4月)は「行政文書の開示決定をせよ」との判決を下し、原告側の完全勝利となった。この密約開示命令に対し毎日新聞は「革命起こった」との見出しで報じた。
このように、外務省は動かぬ証拠を突きつけられたにもかかわらずウソを押し通した。先の裁判では結局、国の控訴を受けた高裁は密約の存在を認めながら「文書は存在しない」として請求を棄却、最高裁もこれを支持して、西山氏ら原告側の逆転敗訴が決まる。
文書が存在しないことには、理由があった。2001年4月から施行される情報公開法(正式名称は「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」)を前に、外務省は情報開示請求を避けるため密約関連文書を廃棄してしまったとみられるのだ。外務省の文書廃棄量は2000年度には他省庁より遥かに多い1283トンにも上った。NPO法人「情報公開クリアリングハウス」が情報公開請求により得たデータによると、外務省の文書廃棄量は1998年度520トン、1999年度1033トンだから2000年度は2年前に比べるとほぼ2.5倍に上る(注4)。
このような経緯を見ると、特定秘密保護法は、「国民の知る権利」にお構いなく無闇に情報を隠す行政機関にとっては、“まことに頼もしくありがたい法律”に違いない。「特定秘密」に指定さえすれば、国民から情報公開を請求されても合法的に拒否できるからである。
秘密法が、国民の知る権利を侵す行政の情報隠しを法律面から一層強化する反公益性が、この沖縄密約事件からも浮かび上がる。


(注2)今西憲之著『原子力ムラの陰謀』朝日新聞出版
(注3)西山太吉『決定版 機密を開示せよ―裁かれた沖縄密約』岩波書店および裁判資料、国会質疑資料


(4)へ続く