■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全4回)「特定秘密保護法に公益性はあるか」(2)

(2015年4月27日)

(1)から続く


原発の真実を知らせない

特定秘密保護法のもたらす影響について、近年に発生した行政機関の情報隠蔽ケースから推し測ってみよう。
「特定秘密」の指定を盾に、施設や事業内容に関して情報公開をことごとく拒む懸念の強い分野が、原子力発電だ。原発推進に舵を切った安倍政権が、特定秘密保護法を利用して、国民に「原発の恐るべき実態」をますます知らせなくなる可能性が高まる。国策としての原発推進をテロ対策の面から支援する役割は秘密法制定を推進した公安警察が担う。 東電は元来、秘密主義に凝り固まっている。福島第一原発事故の発生直後、東京電力は必死で注水作業を急ぐ東京消防庁に対し、テロ行為に利用される恐れを理由に施設の構造図面の提供を拒否した。免震重要棟の場所すら教えなかった。
これは秘密至上主義の東電が行ったあまたの「情報封鎖」の象徴的な例である。

この東電の秘密主義が、政府の「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」の統治理念と結び付くと、重大事故ですら国民は何も知らされない危険が生じる。
現に福島原発事故で、周辺地域住民は刻々と広がる放射能汚染状況を伝えるSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の情報を知らされなかった。住民の避難は遅れ、この間、高濃度放射能汚染に無防備でさらされた。
全電源を喪失した2011年3月11日の夜から原子炉が次々にメルトダウン(炉心溶融)を起こすが、政府・東電は国民に重大事故と覚られぬよう、「メルトダウン」を「炉心損傷」と呼び変え、官房長官が「(放射能汚染が)人体に直ちに影響することはない」などと説明した。メルトダウンが公表されたのは後日、事故調査に入ってからだ。 東電の隠蔽体質は、事故から4年経つ今も変わらない。原子炉建屋の屋上などにたまった高濃度の放射性物質が雨に流され排水路を伝って、「ない」とされていた外洋にも流れ出ていた実態を隠していたことが、2015年2月末になって発覚している。
政府と電力会社は、そもそもこういう真実を隠す秘密主義で長い間「原発は安全」の神話を国民に繰り返し刷り込み、54基(福島第一原発事故前)に上る原発を全国に配備することができたのである。

未曽有の福島原発事故にもかかわらず、安倍政権は2012年12月の衆院選挙時に掲げた「脱原発依存」を政権を握るやなし崩しに「原発復活」に舵を切った。しかし、この重大な路線変更について国民に十分な説明はない。
政府の原発再稼働方針を受け、原子力規制委員会は2014年3月に九州電力川(せん)内(だい)原発1、2号機を優先審査することを決定。合格認定され、2015年夏にも再稼働する見通しとなった。2014年4月には政府は原子力発電を「重要なベースロード(安価で安定供給できる)電源」と位置付ける新たなエネルギー基本計画を経済産業省案をベースに閣議決定した。
ここで重要なのは、これまで10兆円を超える国費を注ぎ込みながら依然、実用化の見通しが得られていない核燃料サイクル政策の推進を明記したことだ。安倍政権は名実ともに、民主党前政権が事故後に打ち出した「2030年代に原発ゼロ」から転換した。 これを受け、自民党 原子力政策・需給問題等調査会は2015年4月、政府が検討している2030年の電源構成 ( エネルギーミックス)について原子力、石炭火力、水力、地熱から成る「ベースロード電源」の割合を現在の約4割から6割を目指すよう求める提言を行った。これを実現するためには、原発の比率が20%以上必要(事故前は29%)とみられ、原発回帰が鮮明になった。風力や太陽光を活用する再生可能エネルギーについて環境省は2030年に「最大約35%の導入が可能」との試算を発表していたが、「20%台前半」へと後退した。

核燃料サイクルの「不都合な真実」

核燃料サイクルとは、使用済み核燃料の燃え残りのウランや発電中にウランから生まれるプルトニウムを取り出し、再処理して再び燃料として利用するサイクルを指す。この循環プロセスを稼働させていけば、小さな核燃料から限りなくエネルギーを得られる、という。
政・官・業・学から成る「原発ムラ」が夢想する、原子力エネルギーの開発・解放計画の頂点に、この核燃料サイクルが位置する。
サイクル計画の中枢施設とみなされている高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)。これが原子力崇拝者から「夢の原子炉」と呼ばれたのには、理由があった。
核の高速増殖が成功すれば、エネルギー資源に乏しいとされるエネルギー問題は、核燃料サイクルによって難なく乗り切れると、原発ムラは期待したのだ。この一連のサイクル計画を推進するため、国が「特定秘密」のヴェールで「危険な真実」を覆っていく可能性が極めて高い。

国が進めた核燃料サイクル計画によると、使用済み核燃料からのプルトニウムの取り出しは、青森県六カ所村の再処理工場で行う。取り出したプルトニウムをウランと混ぜたMOX燃料として原発で燃やす「プルサーマル」も推進する。
津軽海峡に面した青森県大間町で建設中の大間原発は、このMOX燃料を100%使える世界初の原発として計画され、2008年に着工した。プルサーマル推進のシンボルだが、周辺住民から「ノー」を突きつけられる。
海峡を挟んで対岸の函館市は2014年4月、事業者のJパワー(電源開発)を相手取り、大間原発の建設差し止め訴訟を東京地裁に起こした。
函館市の一部は、原発事故に備えて避難計画の策定が義務付けられている原発30キロ圏内に入る。同市は「大間で過酷事故が起これば、27万人超の市民の迅速な避難は不可能」と訴える。
工藤壽(とし)樹(き)・函館市長は、原発建設問題についてこう語る―「廃棄物の処理もできない原発をこれ以上どんどん増やすのではなくて、反省も込めて30年、40年凍結して、もう一度冷静に原子力というものを考えてみよう。アメリカだって1979年のスリーマイル島の事故以来、原発はつくっていない。それぐらいの考える期間が、日本にだって必要だと考えました(注1)」

このように核燃料サイクル政策の一翼を担う「プルサーマル」計画は、福島第一原発事故の衝撃を受けてたちまち動揺した。周辺自治体による史上初の原発建設差し止め訴訟が立ち塞がった。
国としては何としても住民との摩擦を回避してサイクル政策を推進したいところだ。
このような国の推進政策と地元・周辺住民、市民との間の対立・抗争に際し、最重要の争点となるのは原発の情報公開だが、国は「特定秘密」を開示を拒む盾として使う恐れが強い。
その法的根拠に、テロによる安全保障上の脅威が挙げられよう。テロ対策上、原発の内容を極力外部に知らせてはならない、ことごとく「特定秘密」に指定しておかなければならない、となり、そのように法が運用されていくのは必至だ。

「特定秘密」で原発リスクを覆う

国が国民に真相を隠さなければならない理由は、ほかにもある。その1つは、国策事業の失敗である。莫大な国費を投入しながら、成果が得られないケースである。
「もんじゅ」が、まさにその典型例だ。
20年以上も昔の1992年に試運転を始めて以来、トラブルが絶えず、今なお運転停止が続く。この運転停止中も、毎年200億円規模の予算が維持管理費の名目で主に人件費に使われている。
もんじゅの失敗続きの歴史は、もんじゅを運営する独立行政法人の日本原子力研究開発機構の安全に対する取り組みに緊張感がまるで欠けていることを物語る。1995年のナトリウム漏れ事故で約14年間も運転を停止した。 2012年9月には約1万点にも上る機器点検漏れ、さらに2014年1月に点検計画見直しの虚偽報告、4月には新たな未点検機器と点検記録の100か所以上に及ぶ不正処理が見つかった。
2015年3月には、原子炉を発火の危険のある液体ナトリウムで冷やす一時冷却系などで、重大な点検漏れが見つかった。原子力規制委員会の田中俊一委員長はこれについて「一番、安全上重要な配管で点検の抜けがあったのは重症だ。…根本から姿勢を改められなければ、原子力事業をやっていく資格はない」とまで記者会見で批判した。
危険この上ない核エネルギーを扱いながら、当然行うべき日常の安全管理点検ができていない。規律は乱れ放題、勤労モラルはマヒ状態が依然として続く。

財務省は多額なもんじゅ予算の積算根拠も不透明で疑わしいと見た。2011年11月の事業仕分けでもんじゅを運営する日本原子力研究開発機構と監督官庁・文部科学省に対し「説得力ある形で国民に積算根拠を説明する必要がある」と異例の要求を行ったが、実現していない。
核開発先進国の米国、英国、フランスはすでに制御などの技術的困難と費用面から高速増殖炉の実用化を断念し、開発から撤退している。安倍政権はこうした「破綻同然のカネ食い虫」サイクル事業を反省することなく、莫大な国費を使う事業の継続にお墨付きを与えたのである。
もんじゅに対しても、看板を掛け替えて延命させた。「増殖炉」の看板を下ろし、国際的な研究機関として、新たに「核のゴミ専用の焼却炉」に取り組む、などとした。しかし、具体的な計画が出来上がっているわけではない。事業の延命を狙って急ごしらえした苦肉の策と見られている。

かつて原発ムラが世間に刷り込んできた「原発の安全神話」が、民衆の間で信じられてきた。「安全だから」、「安価でCO2(二酸化炭素)を出さないクリーン・エネルギーだから」と、原発の新増設すら当たり前のように受け容れられてきたのだ。
福島第一原発事故は、原発の恐ろしい真実を“水面下”から一挙に浮上させた。
事故の教訓は測り知れない。そもそも二度と起こしてはならない、と根本的に反省してかからなければならない。ドイツのメルケル首相が福島の事故を見て決断したように、当然「原発全廃」も選択肢として考えなければならなかったはずだ。
事故調査が政府、国会、民間でそれぞれに行われ、貴重なヒントや新たな発見も相次いだ。
にもかかわらず、安倍政権は事故を忘れたかのように、エネルギー政策の舵を切り替えた。そしてエネルギー基本計画の閣議決定後に国民各層の強い反対を押し切り、強行採決して成立させた特定秘密保護法が続く。
この一連の流れから秘密法が福島第一原発事故後の原発復帰政策と連動していることが、看て取れる。原発が首尾よく再稼働し、核燃料サイクル計画を軌道に乗せるためには、原発は「特定秘密」にすっぽりと覆われていなければならない―。政府中枢がそう考えても不思議でない。


(注1)後藤・安田記念東京都市研究所編『都市問題』2015年3月号


(3)へ続く