■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全4回)「来襲した地球温暖化」(2)

 世界の海に異変「右肩上がり」の海水温/異常な上昇を示す日本海中部

( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)12月号所収)

(2016年11月28日)

(1)から続く

世界平均2倍の海面水温上昇率 陸上気温の上昇率とほぼ同程度

地球温暖化が、海にも異変を起こしている。
「冬にハタハタが前のように冬に秋田県沖から南下して来なくなった」。知り合いの山形県庄内地方の漁師が数年前にこう嘆いた。かつて庄内の名物の一つは、ハタハタを味噌漬けにした田楽。このご馳走が食卓から消える…。
ハタハタの群れが産卵のため秋田沖から回遊して来なくなった要因として考えられるのが、海水温の上昇だ。あったかい海を嫌ってハタハタが回遊ルートを変えた可能性がある。
昨年、世界の年平均海面水温の平年差(1981〜2010年平均値との差)は+0.30度と、統計を開始した1891年以降最高値を記録した。長期的なトレンドは、100年当たり0.52度の上昇となった(図表1)。
陸上気温とほぼ同様に、海面水温もうねりながら上昇し続けているわけだ。ただ陸上の平均気温上昇率は、1880〜2015年までの100年当たり0.87度よりも低いが、この海面水温の継続的な上昇もまた、大気中の二酸化炭素(CO2)の増加などを招いた人間活動による地球温暖化が主な要因であった可能性が極めて高い、とIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は指摘する。

海水温の上昇は地球規模で生じているが、奇妙なことに日本近海の海面水温上昇率は世界平均よりもずっと大きい。日本近海における2015年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温は+1.07度と、世界平均0.52度のじつに2倍も高い。 しかも、世界平均より高い日本の気温の上昇率とほぼ同程度だ。
日本近海の海域の中でも突出して上昇率の高いのが、ハタハタ異変が生じている日本海中部の山形県沖である。 気象庁が発表した2015年の観測によると、同海域の海面水温上昇率は日本の気温上昇率を上回る+1.69度(100年当たり)にも上る。季節別にみると、冬季の上昇率はことさら高く、+2.30度にも達する。なぜ、日本海中部はこれほどまでに暖まったのか。
気象庁海洋部は「日本海中部がとりわけ高い原因はよく分からない。日本近海の上昇率が高いのは、高くなりやすい北半球の中緯度、高緯度に位置しているからではないか」と推定する。
ただ、同程度の緯度であっても海域別の温度差は意外に大きい。日本海中部と対照的に海面水温上昇率が日本の気温の上昇率よりも小さい海域は三陸沖、関東の東と南、沖縄の東および尖閣諸島周辺だ。潮が流れ、波が立つ海の水温の上昇率は、海域によって思いのほか異なるのだろう。
地球温暖化の影響は、このように陸上ばかりでなく海洋においても、海域ごとにまちまちに表れることが分かる。これが生態系に連鎖的な影響を及ぼすこととなる。

海の深層も水温上昇 サンゴの白化広がる

海は広く、深い。海面水温の上昇は確認されたが、その下の海の上層(水深700メートルまで)とさらに深層の水温状態はどうなっているのか。
水をたっぷり入れた浴槽に湯を注ぐと、湯の熱さは水の表層から下へ、底辺へと浸透していくことが分かる。気候の温暖化が海洋に及ぼす影響も同様だ。
IPCC第5次評価報告書によると、1971〜2010年の間に大気に蓄積されたエネルギーの90%以上を海洋が吸収・蓄積する。海が大気の熱を一挙に吸収して気候を冷やしている形だが、気候のエネルギー増加量の60%以上は海洋の表層(0〜水深700メートル)に蓄積され、約30%は海洋のそれより深層に蓄積される。
それでは海の深さのどこまで地球温暖化は浸透しているのか。

最新データによれば、2010年に海洋の表層は、1971〜2010年の平均から0.3度程度上昇したが、深層でも数千メートルの深さで温暖化していることが判明した。 1992〜2005年の期間でみると、水深3000メートルから海底までの層で温暖化した可能性が高く、最も大きな温暖化は南極海で観測された。 水深5000メートル以下の南極近くで水温が0.06度程度まで上昇している。海の最深層部に地球温暖化の爪先が伸びてきたことが分かる。
海水温の上昇と並んで懸念されているのが、海の酸性化だ(図表2)。世界気象機関(WMO)は10月、2015年の世界の大気中の年平均CO2濃度が観測史上初めて400PPMに達したと発表した。産業革命前の278PPMより44%も増えたことになる。
海の酸性化は排出された人為起源(原因が人間活動による現象)のCO2の約30%を海洋が吸収しているためで、CO2の排出が大気中に増えるにつれ海の酸性化が進む。 結果、海面付近の海水の酸性度を示すPH(水素イオン濃度指数)は、全球平均で産業革命前に比べ0.1低下した。海洋は弱アルカリ性で、PHが低下するほど酸性度が上がる。PHが1減少すると酸性度は10倍になる。PH7で中性とされる。

ここで地球温暖化の主役であるCO2の温室効果のメカニズムについて触れておこう。
地球の大気にはCO2などの温室効果ガスと呼ばれる気体がわずかに含まれている。これらの気体は赤外線を吸収し、再び放出する性質があり、太陽光で温められた地球の表面から熱放射として放出された赤外線の多くが大気に吸収され、再び射出された赤外線が地球の表面に吸収される。
この過程で、地表面及び地表面付近の大気を温めることを温室効果と呼ぶ。仮に温室効果がなければ地球の表面温度はマイナス19度と見積もられているが、温室効果により世界の平均気温はおよそ14度と推定される。 問題は、大気中の温室効果ガスが増えると温室効果が強まり、地球の表面の気温、海水温が高くなることだ。代表的な温室効果ガスには、CO2のほかメタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)がある。 水蒸気は最も大きな温室効果を持つが、地球温暖化論議の際は、人為起源の温室効果ガスとは区別して扱う。
IPCC報告書によると、大気中のCO2、CH4、N2O濃度は氷床コアが示す記録からみて、少なくとも過去80万年間で前例のない水準にまで増加している。 CO2は人間活動による化石燃料の燃焼、森林伐採など土地利用の変化、セメント生産等により工業化以降増え続け、その濃度は工業化前に比べ約40%高まった。 このCO2排出量のおよそ半分が大気中に残留し、残りは大気から取り除かれ、海洋や陸域生態系に蓄積されている。

海洋の温度上昇の影響は、サンゴ礁をみれば明らかだ。海水温が高すぎると、サンゴと共生する褐虫藻(かっちゅうそう)が高温水温(およそ30度)に耐えられずにサンゴから抜け出る。すると色が抜けてサンゴの白化が起こる。水温が低温化するなどで元に戻ることもあるが、長期化すると死滅する。 褐虫藻はサンゴの体内にいてサンゴが出す老廃物と太陽光のエネルギーを利用して光合成を行い、サンゴに光合成産物の栄養を供給したり、サンゴの石灰質から成る骨格を形成する役割を果たしているといわれる。
全長2600キロを超える世界最大のサンゴ礁、オーストラリアのグレート・バリア・リーフ。温暖化の影響からすでにサンゴの白化現象が進んでいる。海洋温度が上昇した2002年、06年の夏に大規模なサンゴ白化現象が発生。1500種以上ともいわれる魚や6種類にわたるウミガメが去って生息域を変えてしまった。 その結果、22種の捕食性海鳥が大量に死んだ、と報告されている。サンゴの死が、他の海洋生物の生存の危機に連鎖していく状況が確認されたのだ。
日本のサンゴも地球温暖化の影響から逃れられない。豊富な沖縄諸島に始まり九州、四国、さらに本州は太平洋側が館山湾海域、日本海側が金沢周辺海域にまでサンゴは分布する。 とりわけ沖縄諸島では海水の高温化から白化現象が広がる。IPCCは日本沿岸のサンゴ礁分布海域は、2030〜2040年代に消失する、と予測する。

酸性化で貝が消滅? 水位上昇の恐怖

海の酸性化がこのまま進むと、貝も生存が危なくなる。
貝はサンゴと同様、海でカルシウムイオンと炭酸イオンを結合させた炭酸カルシウムで自分の骨格や殻を作っているが、海水の酸性化が進むとカルシウムと結合できる炭酸イオンの濃度が減り、炭酸カルシウムをつくりにくくなる。貝の成長阻害要因となるわけだ。
地球環境研究センターの野尻幸宏・上席主席研究員によると、現状の海の酸性化状態にした実験結果から、サンゴやウニ、アワビのいくつかの種類ではすでに成長に影響が出始めたことが判明した。 エゾアワビの場合、卵からかえった貝を海水で飼育し、段階的にCO2濃度を1000PPM(2013年時点の海水中のCO2濃度は357PPM)に引き上げたところ、殻に穴があき始め、2000PPMになると殻の内側が溶けてボロボロになった。
「1850年頃は、北極と南極以外のほぼ全ての海域で、海は炭酸カルシウムがつくりやすい状態だった。危機感を持つべき状況といえる」と野尻氏は警告する。

また、温暖化は海面水位の上昇も招く。 IPCCの報告書によると、世界の平均海面水位は1901〜2010年の間、0.19メートル上昇。年当たり1.7ミリメートルだが、上昇は加速し1993〜2010年には年当たり3.2ミリ上昇した可能性が非常に高い。
21世紀中にどこまで水位が上がるのか。その予測は困難としているものの、21世紀末までに海洋面積の約95%以上で海面水位は上昇を続けるだろう、としている。
最も温暖化が進んだ場合のシナリオでは、今世紀後半の2081〜2100年平均の世界平均海面水位の予測上昇範囲は1986〜2005年平均より0.45〜0.82メートルとみる。最も温暖化を抑えたケースでは、0.26〜0.55メートルに留まる。

ゼロメートル地帯が5割増! 進む世界の氷河の縮小

もっとも、この抑制シナリオでも、海面水位上昇は一様でないため、海抜の低い島国や沿岸都市、河川のデルタ地帯は、浸水や水没の危機にさらされやすくなる。 太平洋の島キリバス、ツバル、マーシャル諸島やインド洋のモルディブ。ロンドン、ニューヨーク、マイアミ、東京、上海、コルカタ、アレキサンドリアなどの大都市。長江、メコン川、ガンジス川、ナイル川、ミシシッピ川などのデルタが危ない。 住む地を失った“環境難民”が大量に発生する恐れがある。

海面水位の上昇によって日本の3大湾(東京、伊勢、大阪)のゼロメートル地帯の面積は、5割も増大すると予測される(図表3)。
報告書は、海面水位の上昇要因として海洋の熱膨張をはじめ過去20年にわたるグリーンランドと南極の氷床の質量の減少、世界規模の氷河の縮小を重視する。例えば、海面水位は氷河の縮小による氷の累積損失量で1992〜2009年までに14ミリ程度、グリーンランドの氷床消失で2012年までに8ミリ程度、南極の氷床消失で同6ミリ程度押し上げられたという。
実際、氷河は目に見えて後退している。キリマンジャロ山の氷河は遠からずなくなる。ヒマラヤ、チベット、アルプス、ロッキー、アンデスなどの山岳氷河は縮小し続け、各地の農家は氷河の水を利用した灌漑用水に事欠く恐れが出てきた。
恐ろしいのは予期しない事態が突発した場合だ。世界の海面水位の上昇が「可能性の高い範囲を大幅に超えて引き起こされ得る可能性」を報告書は指摘した。それは「南極氷床の海洋を基部とする部分の崩壊が始まった場合」だとする。 その場合でも「21世紀中の海面水位上昇は数十センチを超えないだろう」と記しているが、「中程度の確信度」で言っているに過ぎない。大氷床の崩壊はあり得るのだ。
温暖化は化石燃料消費が活発な北半球に顕著だ。それも高緯度になるほど温暖化が進む。気温も水温も、高緯度になるほど上昇度が大きい。他方、北方の春季の積雪面積は減少し続ける。 ロシアやアラスカやカナダの永久凍土の温度は、ほとんどの地域で上昇し、一部は急速に融けだした。
地球温暖化の影響が最も表れているのが、海氷が減少し続ける北極域だ。北極でいま、何が起こっているのか。次回は北極の異変に目を転じてみよう。


(次回は1月上旬掲載予定)




(図表1) 海面水温の長期変化傾向(全球平均)

太い折れ線は5年移動平均値、直線は長期変化傾向を示す。平均値は1981〜2010年の30年平均値

出典: 気象庁地球環境・海洋部

(図表2) 海面の二酸化炭素とPH

注)二酸化炭素分圧とは、全体の気圧の中でCO2が占める気圧

出典: IPCC第5次評価報告書

(図表3) 三大湾の海面上昇の影響による災害ポテンシャルの増加

平均海面水位が59cm上昇した場合、影響を受ける日本の3大湾のゼロメートル地帯の面積は5割増大すると予測される。(国土交通省 地球温暖化に伴う気候変動について)

出典: 環境省