■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
短期集中連載(全4回)「来襲した地球温暖化」(1)
世界を異常気象が襲う/日本近海でも台風が続発
( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)11月号所収)
(2016年11月2日)
何を意味するのか 8月の奇怪な台風
地球温暖化がもたらす気象異変が猛威を振るいだした。8月に日本を直撃した四つの台風は、普通はあり得ない発生水域と進路で、気象庁を驚かせた。とりわけ反時計回りに迷走して東北に初上陸した台風10号は、地球温暖化の爪痕をくっきり印した。 世界と日本にいま、どんな環境異変が起こっているのか―。
気象庁によると、8月の台風はいずれも発生の場所と進路が普通でなかったという。発生した7個中6個が日本に向かい、うち3個が北海道に、1個が東北に上陸し大被害をもたらした。 台風は通常、赤道に近い北緯10度から15度付近の熱帯の北西太平洋上で発生する。ところが8月の台風はそれよりずっと北の日本列島に近い海上で発生し、カーブせずにほぼ北進して日本を襲った。
中でも稀な発生と進み具合を見せたのが、台風10号だ。突然、発達して東京・八丈島付近に現れ、海上を南西に九州沖に進んでから北東に向きを変えて東北を縦断した。
発生当時、日本近海の海面水温は異常に上昇している。水深2メートルで計測された紀伊半島沖の海面水温は実に(摂氏)30度Cに上った。平年なら8月下旬の同海域の平均海面水温は27〜28度。この平年値より2〜3度程度も高かった。
気象庁によれば、台風は海面水温が28度以上になると発生する。海水が盛んに蒸発して上空に積乱雲をつくり、熱い上昇気流が働いて風を呼び込み、渦巻く台風を生み出す。
海面水温は8月中旬に東シナ海北部、日本海南部でも平均それぞれ30.6度、28.4度と、かつてない高温となったことが観測されている。
この海面水温のただならない上昇が、東日本太平洋岸のすぐ近くで台風10号を発生させる引き金となったのだ。
とにかく8月は異常だった。北日本太平洋側の記録的な多雨、西日本の2010年に次ぐ猛烈な暑さに加え観測史上2番目の少雨と、散々だった。異常高温、異常多雨、異常少雨―天候と海に極端な現象が多発していることが分かる。
しかし、この極端現象こそが、地球温暖化に付きものの異常気象だと、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は指摘する。気象の極端化は日本だけではない。まさしく地球全体に広がる温暖化のもたらした産物、というのである。
IPCCは地球温暖化の研究・解析に国際的に取り組み、原因追究と解決法を主導してきた。その地球監視役としての貢献によって、2007年にはノーベル平和賞を著書『不都合な真実』などで温暖化に警鐘を鳴らしたアル・ゴア元米副大統領と共同受賞した。
温暖化の最大の要因は工業化 パリ協定批准に後れを取る日本
ここでIPCCの最新の活動と報告内容をみてみよう。
IPCCは、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が1988年に設立した国連の組織だ。各国の政府の推薦を受けた科学者が参加し、地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、得られた知見を政策決定者をはじめ広く一般に利用してもらうことを目的とする。
最高決議機関は総会で、三つの作業部会(WG)とインベントリー・タスクフォース(TFI)から構成される。 第1作業部会は、自然科学的根拠を扱い、気候システムと気候変化についての評価を行う。第2作業部会は影響、適応、脆弱性を扱い、生態系、社会・経済など各分野における影響、適応策についての評価を行う。第3作業部会は温暖化の緩和策を扱い、緩和策についての評価を行う。TFIは、各国における温室効果ガス排出量・吸収量の目録を策定するための方法論の作成、改善を行う。
2013年から14年にかけ公表されたIPCCの第5次評価報告書は、地球温暖化の状況を評価し、その影響、将来見通し、適応策と緩和策を示している。
評価報告書は1990年に第1次をまとめて以来、5〜7年ごとに公表し、今回が5回目となるが、回を追うごとに、地球温暖化の進行と生態系を破壊する脅威が明らかにされている。さらに、これが自然現象ではなく、主に工業化以降の人間活動により増大した温室効果ガスのせいであることが、動かぬ証拠となって示された。かつて勢いづいた懐疑論はもはや根拠を失ったと言っていい。
第5次評価報告書の眼目は、国際社会が一致して緩和策を強化しないと、21世紀末までに温暖化が「深刻かつ広範にわたる不可逆的な影響」を世界全体にもたらす、と警告したことだ。 これが産業革命前に比べ温暖化を「2度Cより十分低い水準」に保つため、1.5度Cに抑える努力を各国に求めた温暖化対策の新たな枠組み「パリ協定」を導き出したのである。
危機認識を踏まえ、国際社会は昨年末に2020年以降の対策を定めた「パリ協定」に合意、署名した。米中両政府は今年9月、パリ協定をいち早く批准して流れをつくった。米中で世界の温暖化ガスの約4割を排出する。
米中に刺激されたインド、EU(欧州共同体)などが相次いで10月はじめまでに批准した。こうして見るまに、条約の発効条件(温暖化ガス排出量の55%以上、55カ国以上の批准)が満たされ、今年11月4日の発効が決まったのである。
だが、日本は批准に後れをとった。11月7日から開かれるパリ協定締約国会議までに批准できなければ、参加しても発言権のないオブザーバーにとどまる。最初の温暖化対策の枠組みを決めた1997年の京都議定書の時とは打って変わり、国際的な発言力を大きく後退させた。
熱波と大雨が頻発 二酸化炭素が主犯
国際社会を動かした第5次評価報告書のインパクトは強烈だった。
人間活動を主な要因とする気候温暖化には疑う余地がなく「1950年代以降、観測された変化の多くは数十年から数千年間にわたり前例のないものだ」と認定した。
報告書は「地球の北半球では1983〜2012年は、過去1400年において最も高温な30年間だった可能性が高い」と指摘。 その結果、気象変化が極端になり、世界規模で寒い日が減って暑い日が増え、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの大部分で熱波の頻度が増す一方、ゲリラ豪雨のような大雨の頻度や強度が増している現実に言及した。
世界の平均地上気温は、1880年から2012年の間に0.85度C上昇(図表1)。日本の平均気温は1898年以降100年当たり1.15度の割合で上昇した。
地上気温の上昇は、海水の温暖化につながる。報告書によると、海面水温は1971年〜2011年の間、10年あたり平均して0.11度C上昇した。 海水の温暖化は海面水位の上昇も引き起こす。海洋の熱膨張に加え、氷床や永久凍土の融解、氷河の世界的な縮小、グリーンランドと南極の氷床の質量の減少、北極海の海氷面積の減少などが要因だ。
報告書では「世界の平均海面水位は、1901年〜2010年までの1世紀余に0.19メートル上昇し、過去2000年にわたる比較的小さな平均上昇率から、より高い上昇率に移行した」と警告する。
地球温暖化の元凶は、温室効果ガスとされる二酸化炭素(CO2)をはじめメタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)など。報告書は、これらの温室効果ガスのすべてが「過去80万年間で人間活動により前例のない水準にまで増加している」と指摘する。
とりわけ温室効果ガス全体の8割を占めるのがCO2だ。しかもCO2の排出量は累積されていく。その結果、「CO2の累積排出量は世界平均地上気温の上昇と、ほぼ比例関係にある」との新見解を報告書は打ち出している。 報告書は、工業化以降の温室効果ガスの増加は、主に経済成長と人口増加からもたらされた、と断じた。つまり、温暖化を緩和するには、CO2の排出量を減らさなければならない。
しかし、大気中のCO2濃度は増加し続けている(図表2)。 米海洋大気局(NOAA)は今年6月、南極で測定した大気中のCO2濃度が、史上初めて400PPMを超えたと発表。聖域だった南極までがついに“危険水域”に入ったことが判明した。 主犯格のCO2の暗躍で地球温暖化が進み、いまや南極さえもCO2に汚染されてしまったのだ。
2014年の世界の大気中のCO2平均濃度は397.7PPM。前年比1.9PPM増えた。工業化以前の1750年頃は約278PPMとされ、工業化以降43%も増加したことになる。
CO2は季節変動を伴いながら長期にわたり年々増え続ける。日本も同様だ。CO2濃度は、北半球の中・高緯度で比較的高く、南半球で低い。これは燃料生産のようなCO2の放出源が北半球に偏っているためだ。
濃度は春から夏に減少し、秋から翌春にかけて増加する。この季節変動は、主に陸域生態系の活動(植物の光合成や土壌有機物の分解)による。 濃度が増加する一因にエルニーニョ現象がある。これが熱帯域を中心に高温と少雨をもたらし、植物の光合成活動を弱めて、陸域からのCO2放出が強まるからだ。日本ではエルニーニョが発生した2009〜2010年にCO2濃度が大きく増加した。 こうしたCO2の働きが分かってきた。
異常気象と深刻化する被害 喜べない早まる桜の開花
温暖化の影響を受け気象災害は、21世紀に入ってから一層頻発するようになった。
2002年8月には、降り続く大雨でヨーロッパ中東部のエルベ川、ドナウ川流域で記録的な洪水が発生、チェコのプラハの地下鉄駅も浸水した。2005年8月に米国ニューオーリンズをハリケーン「カテリーナ」が襲い、1300人以上の死者を出した。 2010年夏には熱波が日本やロシア西部を襲い、モスクワで史上最高気温38.2度Cを記録、死者多数を出した。2011年夏にはタイの洪水で多くの日系工場が操業停止となり、サプライチェーンの寸断で世界経済を揺るがした。
昨年も、世界は異常気象に見舞われた。気象庁の監視レポートによれば、インドとパキスタンは熱波と大雨で合わせて5000人ほどが死亡。米南西部では干ばつと森林火災が重なった。中国では南部を中心に大雨で300人以上が死んだ。 西シベリア北部は、異常高温で4〜6月の平均気温が平年値より5度近くも跳ね上がった。
今年6月には、米ウェストバージニア州で大雨による大洪水が発生、24人の死者を出した。
日本でも人びとが異常高温を年ごとに体感する状況だ。日最高気温が35度C以上の「猛暑日」は増加傾向にあり(図表3)、最低気温が25度以上の「熱帯夜」も増えている。
逆に日最低気温0度以下の「冬日」の日数は減少、「夏が長く、冬は短い」状態が進む。
そういえば、桜の開花も早くなった。気象庁によると、2010年までの30年間の開花は1990年以前の30年間に比べ東京、仙台で平均3日、名古屋、大阪で4日、福岡で5日早まった。 結果、開花日の平均値は東京、名古屋で3月26日、大阪が28日、福岡23日、仙台4月11日だが、来年はもっと早まる可能性が高い。温暖化で花見の予定も繰り上がってきたわけだ。 日本の夏も、ますます我慢ならない酷暑が続く。2013年夏、全国の20都市などで熱中症患者1万4000万人以上が救急車で病院に運ばれた。 農作物にも被害が広がる。暑さで米が白濁するケースが頻発するようになった。
今は「秋の味覚」シーズン。ここにも地球温暖化の影響が忍び寄る。サンマ漁が振るわないのだ。水揚げ量が少なく、消費者価格も割高が続く。不漁の原因の1つに、海水の温暖化がある。
「暖水塊(かい)」と呼ばれる10度C以上の暖水の塊が、いつもはない漁獲期に黒潮から発生しているのが一因、と毎日新聞が報じた。この暖水塊が、産卵のため日本近海を北から南下してくるサンマの群れをブロックし、迂回させているという。
暖水塊の出現は昨年、北米の西岸沖の海域でクジラやラッコ、アシカなどを大量死に追いやった。その出現が日本近海にも及んで、サンマの不漁につながった。
地球温暖化が、いよいよ人間の生活を脅かしてきたのである。
(2)に続く
(図表1) 出典: IPCC第5次評価報告書
(図表2) 出典: IPCC第5次評価報告書
(図表3) 出典: 気象庁「気候変動監視レポート2015」