■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
<番外篇>昭和世代からの伝言/僕たちの失敗
(2019年6月27日)( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)7月号所収に一部加筆)
「近い将来、全都道府県で単独世帯が最多となり、高齢世帯主の30%超が1人暮らし」、「10代―30代の若い世代の死因のうち自殺が第1位」、「国際通貨基金(IMF)の今年の実質経済成長率見通しで、日本は先進7カ国(G7)中最低の1.0%」―今春、相次いで発表された統計、推計は、日本社会の行き詰まり感を色濃く映しだした。背景に、長期にわたる経済停滞と、かつての高度経済成長時代に企業が主役を務めた「コミュニティ」の衰退が浮かび上がる。
加速する高齢化・独居化
数字の背景にある意味を探ってみよう。2011年から始まった人口減少社会。世帯数は減少を続け、世帯主も高齢化する。 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計発表によると、世帯数が減少する都道府県数は今後次第に増え、2035年までに沖縄県を除く46都道府県で世帯数が減少。40年の世帯数は、42道府県で2015年よりも少なくなる(図表1)。
平均世帯人数は15年に2人を割った東京都に続き、2040年にはすべての都道府県で減少する(図表2)。さらに25年には全都道府県で1人暮らしの単独世帯が最多になり、最大の割合を占めるようになる。
世帯主は一段と高齢化する。65歳以上の世帯主の1人暮らしの割合は、2040年に全都道府県で30%以上となる。
(図表1) 一般世帯数の増減率(2015〜2040年) (図表2) 平均世帯人員(2040年) 出所: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計」(都道府県別)2019年推計
他方、総務省は5月、子ども人口が38年連続で減り、14歳以下の人口(外国人を含む)は1533万人と過去最少を更新した、と発表した。総人口に占める割合は12.1%と45年連続の低下。少子化に歯止めが掛からない。
このような社会の高齢化・独居化の進行から生まれてくるのは、衰退しつつあるコミュニティの希薄化であり、喪失だ。
東日本大震災の津波で家を流され、マンション型の復興住宅に住むようになった石巻市のある高齢者は「復興は逆に(地域社会のコミュニティを)壊した」と語った。
むろん今後、適切な人口・移民政策が打ち出されれば、この推計通りの暗転した姿にはならない。新たな政策の手を加え、日没の美と来るべき清々しい朝を準備しなければならない。このことを胸に置いて、目下の日本社会の厳しい現状レポートをさらに注視してみよう。
先進国中最悪の若者の自殺率
日本の自殺者の数は世界的に見て相当に高い。その国民の人口当たりの自殺者水準は、国際的に最悪クラスの韓国とほぼ肩を並べる。自殺多発の背景には、社会の閉塞状況がある。
日本の自殺者数が3万人を超えたのは、金融危機が深まった1998年。この年、前年の北海道拓殖銀行、山一證券に続いて、長期信用銀行と日本債券信用銀行が経営破綻した。 日本経済は以後デフレ不況の泥沼に入り、自殺者は2011年まで14年連続して3万人の大台を超える。
近年、自殺者全体の数は減ってきたが、見過ごせない特徴が現れてきた。15〜39歳の若い世代で、自殺が死因の第1位を占めるようになったことだ。これは先進国で他に例を見ない。
厚生労働省の「自殺対策白書 平成30年版」によると、2016年に夢多いはずの10代後半15〜19歳の自殺は死因の36.9%を占め、他国に多い「不慮の事故」を上回った。青年期の20〜24歳では、自殺の死因に占める割合は、じつに半数近い48.1%。
このような自殺志向は30歳代末まで続き、15〜34歳で人口10万人当たりの自殺による死亡率は、死因中最大の17.8%に上る。欧米では、いずれも事故が死因の第1位だ。
若者の自殺率の高さは、将来に希望が持てない状況を示す。アウシュヴィッツ収容所から生還したオーストリアの精神科医で『夜と霧』の著者、ヴィクトル・フランクルは、どんな悲惨な状況でも希望さえあれば生き延びられる、と自ら証明した。 妻はすでにガス室で殺されていたが、フランクルはそうとは知らない。共に生還して新しい生活を始める希望を胸に、「もう少しの辛抱だ」と耐え抜いたのだ。
自殺は通常、あらゆる希望が潰え、絶望に囚われた時に駆り立てられる。そのお膳立ては、家庭や職場などの社会環境が作り上げる。自殺者の多くは、社会とはなじめず適応できなかったが、それでも将来に希望を見出していたら、自殺を思いとどまるか、その考えを払いのけていたことだろう。
若者の自殺の多発は、日本社会の深い病巣を浮き彫りにする。希望を与え損ない、コミュニティに十分な「支え」が欠けているのだ。
自殺者を絶望に追いやった原因を、単純に「希望を失ったから」と片付けるわけにはいかない。絶望状態から脱しきれない背景に、「支えの基盤」の喪失が浮かび上がる。家族、友人、恋人、愛する対象―といった社会的に自分を支えてくれる基盤の消失である。孤立する中、ことに良心的な人は自責の念に駆られ、自分自身を責めて、自殺願望をますます強めてしまう。
こうした負の精神状態は、社会のコミュニティの喪失問題につながる。自殺は、人知れずこの世を去る高齢者の孤独死に似ている。コミュニティの支えを失って居場所がなくなったと感じ、絶望に陥ってしまうのだ。
アリストテレスは「人間は社会的動物」とみなした。人間は生まれ落ちた時からそもそも家族の、社会の一員であった。人間は最初から社会的動物だったのだ。そこから他者への共感が生まれ、ある種の連帯感で結ばれる、と社会学者らは指摘する。
しかし、現代資本主義がもたらした生存競争のグローバル化で、人びとの多くはストレスにさらされて不安を深め、自信をなくして孤立感を抱きやすくなる。希望は脆く、挫かれやすい。環境次第で、希望の芽は早々と摘まれる。
希望が胸中に輝き続けるとすれば、確たるコミュニティの土台の上にであろう。かつて日本社会の主たるコミュニティは、企業の中で形成された。そこでは一般的な人間像は「モーレツ企業人間」であった。彼らの多くは、しばしば夜遅くまで企業に身を捧げ、“午前様”となって帰宅した。企業の多くも、モーレツ社員の献身的な働きに給与、待遇、福利厚生面などで応えていった。
膨大な数の専業主婦が、家庭にあってもっぱらこうしたモーレツ企業人間の夫を物心両面から支えた。
この国際的に例のない企業人間ネットワークとライフスタイルが、長期にわたり経済成長を推進した昭和世代の一大産物であったことは間違いない。そしてその反動として、いまコミュニティの衰退と崩壊が、そこかしこで起こっているのだ。昭和世代の僕たちの失敗は、何より企業内成功と充足に甘んじてひたすら“企業内人間”をつくってしまった企業第一主義にある。
だが、かつては称賛もされた日本型経営は、グローバル競争下で大修正を余儀なくされてきた。いまでは企業は、“生活保証”の役目を果たした終身雇用制も放棄せざるを得なくなった。令和の新時代、昭和世代は、自らの経験から得た知恵を集め、なんとしても普遍的で多様なコミュニティを創造していかなければならない。
可処分所得がキーポイントに
昭和世代のもう一つの反省点は、長期のデフレ型経済停滞だ。
政府が1月に発表した「戦後最長の景気拡大」は、庶民の生活実感によって否定される。一部の富裕層を除けば、暮らしはよくなっていないからだ。この長期経済停滞こそが、日本社会を閉塞状況にはまらせ、コミュニティを壊し、将来への希望を奪っている主因と言ってよいだろう。
昭和世代の失敗とは、主流派経済学とその理論を鵜呑みにした経済・金融政策の誤りが正せなかったことではないか。
経済を占うキーポイントの一つは、実質可処分所得の動向である。日本のGDPの約6割を占める個人消費が伸びることで、経済の好循環がもたらされる。そうなるためには、実収入から税金や社会保険料を差し引き、物価変動下で「自由に使えるお金」となる実質可処分所得が増えなければならない。
ところが近年、「女性の働き方」が変わった世帯以外では、これが減少していることが判明した。大和総研の調査によると、2011〜18年の間、実質可処分所得は14年まで下落したあと増加傾向を辿り、18年は設定した五つのモデル世帯全てで増加した(図表3)。だが、この増加は、専業主婦だった妻がパートや正社員として働くなど「女性の働き方」が変わった少数の世帯により、大幅にもたらされたためという。
逆に「女性の働き方」が変わらない多数の世帯では、実質可処分所得はむしろ若干減少している。女性の就職増で、世帯の可処分所得がようやくプラスに転じた形だ。事実、働く女性の割合は2018年平均で51.3%と5割を超え、女性就業者数は前年比87万人増の2946万人に達した(総務省「労働力調査」)。非正規雇用が圧倒的に多いが、ともかく低迷していた世帯の可処分所得を押し上げたのだ。
(図表3)モデル世帯別の実質可処分所得の推移(2011年=100とした指数) 出所: 大和総研「家計の実質可処分所得の推計(2011〜2018年)」
とは言え、可処分所得の水準は2017年時点でリーマンショック時の2008年を8000円近く下回る。2人以上の世帯のうち勤労者世帯の一世帯あたり1ヵ月間の可処分所得は、17年平均で43万4415円(総務省「家計調査」)。08年当時は、44万1928円で、3年連続して上昇していた。
女性就業世帯の増加で家計は持ち直してきたものの、なお広がりに欠け、経済の好循環をもたらすに至っていない。
家計の負担が軽くならなければ、内需の拡大はあり得ず、GDP成長も見込めない。そうなると、膨らむ社会保障費や少子化対策費、教育費などの財源を賄う税収も増えない。
IMFによる世界経済見通しで、日本は19年に実質GDP成長率が1.0%、20年に0.5%と先進国中最下位。経済の勢いは再びゼロに近づく。長い間、経済政策の基本設計を誤っていたのではないか。昭和世代の最大の失敗の一つと言えるかもしれない。政策の重心を可処分所得―個人の豊かさの増大に移す必要があるのだ。
“隠れ税金”が家計負担を増す
家計の実質可処分所得が、経済のカギを握る。これを増やすには、収入増のほか家計の負担を減らす必要がある。
家計の負担となるのは、税金と社会保険料だ。収入に占めるこの負担率が高まるほど、生活が厳しくなる。税・社会保険料の負担率は、次の数式で表される。
税・社会保険料負担率=(直接税+間接税+社会保険料)/勤め先収入(実収入)
ここで注意しなければならないのは、社会保険料は毎月、強制的に徴収される点で、“隠れ税金”にほかならないことだ。この隠れ税金の負担が、増大し続け、家計を圧迫しているのだ。
社会保険料は被保険者とその事業主が納入する負担金。税と共に社会保障給付費の主要財源となる。勤労者が月給・ボーナス(標準報酬月額)に応じた保険料から毎月、厚生年金や健康保険、雇用保険、介護保険(40歳〜64歳の人の健康保険料に上乗せ)などが、会社との折半負担で支払われる。
年金保険料のうち厚生年金と自営業者や非正規雇用者らが納入する国民年金は、2004年から17年9月まで毎年段階的に引き上げられ、厚生年金保険料率の場合、現在18.3%の高水準に張り付いた(図表4)。
保険料が目下、急上昇中なのが、高齢化に伴う介護保険。協会けんぽによると、今年5月の納付分から適用される介護保険料率は前年比10%増の1.73%。10年前に比べ45%急増した。 大企業の会社員らが加入する健康保険組合の被保険者が1年間に負担する1人当たり平均保険料は、19年度に49万5732円。平均保険料率は過去最高の9.218%に引き上げられた。3年後には同保険料は5万円以上増え、約55万円になる見通し。
大和総研の家計負担調査によると、「平成の間の家計負担増は、ほぼ社会保険料の増加によってもたらされた」ことが分かった。税・社会保険料負担率は平成の間に20.6%から25.7%に上昇した。しかも、その上昇率5.1%ポイントのうち4.2%分は直近10年間(07〜17年)に生じたという。これが急速に家計負担を増やした要因だ。
家計を豊かにするためには、政府・議会は“隠れ税金”の膨張抑制と財源創出の再設計に本腰を入れなければならない。旧来の社会保障制度の微調整ではない、全面的な制度設計と、所得の二極化が進む中、消費増税よりも超富裕層への課税を柱とする税制改革が必要だろう。
まずは2019年度政府予算が34兆円規模の社会保障関係費のうち12.1兆円と最大を占め、問題が多い年金の抜本的な制度改革に取りかかる。 制度の不備から全就労者の4割近い非正規雇用者らの無年金者、低年金者が年々増え、生活保護になだれ込む状況になっているからだ。30歳代後半〜40代までの就職氷河期世代の非正規問題はとりわけ深刻だ。 夫婦の老後資金として公的年金以外に「約2000万円が必要」との試算が金融庁から発表され、国民の年金不信・不安は深まった。
日本の公的年金に対する評価は、国際的に依然かなり低い。世界最大級の米年金コンサルティング会社、マーサーの2018年度の評価で日本は世界34カ国中、なんと29位。とくに持続可能性が問題視されているのだ。
評価のトップはオランダ、2位デンマーク、以下フィンランド、オーストラリア、スウェーデンと続く。上位の多くは、若いうちに年金資金を積み立て、老後にこの積立金を運用益と共に自分の生活資金に充てる積立方式を基本にする。
政府は、年々改良を重ねる海外先進国の優れたニューモデルを取り入れ、現役世代の負担を減らすと共に老後の希望を持たせる責任がある。
「令和」を迎え、旧来の失敗続きの慣行的思考と制度を改める時だ。この国の形をつくり直す新時代の始まり、と心すべきである。
(図4) 出所:厚生労働省