■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇>拡大するシェアリング・エコノミー/「私有」から「共有」「利用」へ資本主義の軌道を変える

(2019年4月4日)( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)4月号所収)

急進展するデジタル革命で、世界の経済や生活が瞬く間に変わりつつある。スマホがその情報端末だ。2007年に米アップル社のiPhoneが登場してから、わずか10年余り。日本でも、人とスマホとのやりとりが、すっかり日常風景になった。

シェアリングの衝撃 遊休資産を活用

AI(人工知能)、ロボットに象徴されるデジタル・イノベーション。ドイツでは「インダストリー4.0」、米国は「インダストリアル・インターネット」、中国は「中国製造2025」の名で、すでに数年前から官民挙げてこのイノベーションに乗り出している。 日本政府も「Society5.0」と銘打ち、昨年6月に実現推進を確認した。「Society5.0」とは「狩猟社会→農耕社会→工業社会→情報社会に続く人類史上5番目の新しい価値創出の社会」を意味する。
このほど開かれた世界最大のモバイル世界イベント「MWC2019バルセロナ」。従来の液晶に代わる有機ELを使い、その特性を生かした折り畳み式のスマホが、スマホ出荷額世界トップの韓国サムスン電子と3位の中国ファーウェイの手で華々しく登場した。 今年半ばにも実験が見込まれる次世代通信システム「5G」の普及をにらんだ同時発表だ。
5Gは、高速・大容量・低遅延で、通信速度は現世代4Gの100倍。しかも、大容量のため、あらゆるものがインターネットにつながるIoTの基盤となり、自動運転車など新イノベーションへの道を開く。

こうした大変革の中、とりわけ社会に重大なインパクトを与えるのが、シェアリング・エコノミーの拡大だ。
シェアリング・エコノミーとは、ライドシェア(車の相乗り)や民家、別荘のシェアのように、個人の「遊休資産」を共有して利用できるサービスを指す。いずれの分野も、スマホが利用者とサービスをつなぐ役目を果たす。
矢野経済研究所の調査によると、シェアリング・エコノミーの国内市場規模は2017年度の636億円から21年度には1071億円に拡大を見込む(図1)
内閣府が発表したシェアリング・エコノミーに関する調査報告書によると、サービスの対象は「モノ、空間、スキル、移動、お金」の五類型に分かれる。 モノでは、フリマアプリを使ってネット上で出品者と購入者がやりとりし、取引を成立させたり、あまり利用していない衣料や家具などを個人間で共有するレンタルサービスがある。 空間では、住宅の空き部屋を宿泊場所として貸し出したり、民泊サービスや駐車場、会議室の共有サービス。
スキルでは、個人に家事や日曜大工を依頼できるサービス。移動は、ライドシェアとか使用日時を予約してオーナーから自動車を借りられるサービスだ(図2)。 お金の分野では、新事業で資金を必要とする人がインターネット上でそれに共感した人から資金を募るウェブサービス。
いずれも利用者は増加の一途だ。例えばモノのサービスを13年7月から始めたメルカリの場合、フリマアプリで16年末までに日本で4000万件のダウンロードが行われた。


私的所有から共有へ じわりパラダイムシフト

シェアリング・エコノミーの社会への影響は、思いのほか大きい。それは単なる利便性の向上を超え、資本主義の前提である「私的所有」を否定する形をとるからだ。
米国のエコノミスト、フィリップ・コトラーは、資本主義の欠点として「個人主義と利己心を重視するため、共同体と共有資源を犠牲にする」と指摘した(邦訳『資本主義に希望はある』)。しかし、シェアリング・エコノミーはこの資本主義の歯車を逆回ししようとするのだ。
「持っている価値」よりも「使用できる価値」が、「私有」よりも「共有」「利用」の価値が、サービス拡大につれて広く認識されるようになる。そうなると、資本主義の伝統的な価値観に必然的に揺らぎが起きる。それは資産所有に関わる根本的な変化になりうる。
そもそも手に入れた資産が、当初見込んだ価値を長期にわたり維持することはない。価値評価は時と共に増減する。家や車のように、古くなって価値が減るケースも多い。優良資産が、いつしか売れない不良資産に変わり、想像もしていなかったコスト負担を増やし続けることもある。
つまり、資産を持つことは、半面でリスクを背負うことなのだ。管理の煩わしさに加え、税金や維持費などコスト負担のリスクを伴う。これが心配の種にもなって、ストレスを感じる。精神的な悪影響にも見舞われる。

ここにシェアリング・エコノミー登場の歴史的な意義が浮き彫りとなる。利便性と安いコスト、所有と管理に縛られない気楽さが、生活を快適にするという価値意識の高まりだ。
筆者は昨年夏、米国ロサンジェルスを訪れた際、国際空港から20キロほど離れたホテルに滞在した。帰国する朝、タクシーがなかなか来ないので、シェアリング・サービスのウーバーを呼んだ。すぐに現れたごつい中古車は、スマホのナビを頼りに無事に空港着。 料金はドライバーとの交渉で決まるが、30代と見える先方は「50ドル!」と勢いよく請求してきた。即座に「高い!」と断ると、「では20ドルでどうだ」とトーンダウン。結局、チップ5ドルを足して計25ドルで円満解決した。
ウーバーは移動シェアリング・サービスの世界最大手。総務省の情報通信白書によると、世界606都市で利用され、日本ではタクシーなどの配車サービスを提供する。
「私的所有」より「共有」「利用」が満足となれば、資本主義を駆り立ててきたグリードな所有欲に制御が掛かるのは必至となる。その結果、経済のパラダイムシフトが生じる。
個人消費は全体としてつつましくなって弱含みになり、その影響から国の経済成長も抑えられる可能性が出てくるだろう。
半面、人間同士の連帯感情とか共同体意識が高まり、古代ギリシャのアリストテレスが「人間は社会的動物」と言ったように、弱まっていた人間と社会とのつながりが深まっていく可能性もある。 経済効果としては、GDPの成長が行き詰まる代わりに、地球資源の効率的利用や浪費の抑制、環境の改善をもたらすだろう。


時間と空間の短縮革命 「空飛ぶタクシー」も開発途上

AIのパタン認識能力を活用する自動運転車開発は、新イノベーションの主戦場だ。自動運転レベルは0〜5の6段階に分類されている。一定の条件下ですべての運転を自動化するのはレベル4。限定条件が付かない全面的な自動運転は、レベル5の最高ランクとなる。
現状は日独米の主要自動車メーカーのレベルは、運転手の操作が必要な緊急時を除き、自動運転システムが速度やハンドル、ブレーキを制御する「レベル3」の段階。 先行するトヨタは2020年夏の東京五輪でレベル4の車を披露すると発表。ホンダも2025年頃にはレベル4の技術を確立すると明言した。ドイツではメルセデスベンツが23年までに、BMWとアウディが25年までにレベル4の達成を目指すという。
米電気自動車メーカーのテスラやグーグル、アップル、アマゾンなどの新興勢力も開発を急ぐ。試験走行によるデータ蓄積でグーグル系のウェイモが先行している、と伝えられる。

自動運転がもたらすものは、自ら運転せずにシステム側に自動運転させて実現する、目的地までの時間と空間の短縮だ。自動運転の間、乗っている人はその時間を「自分の時間」として比較的自由に使える。 時間を受け身で縛られるのではなく、その間「時間の支配」を実現できるわけだ。
20世紀に発達した自動車・鉄道・航空機産業は、遠い目的地への到達を一挙に早めた。このお陰で、人びとの時間と空間をかつてないほど短縮した。目的地までの距離が縮まり、時間が短くなり、その分「自分の時間」がつくられ、その活用が可能になったのだ。 車や航空機を利用すれば、海外を旅するにしても一日あれば、ほぼどの目的地にも行けるようになった。活動能力を著しく増したのである。
ところが21世紀は、この時空間体験がさらに一段と飛躍する。ITの発達は、まず「仮想空間」を広げた。リアルではないが、それに近い空間に入り込めるようになり、別の世界に行くことができる。 次世代通信技術「5G」がもたらす通信の高速大容量化で、ますます精細化した真に迫る映像を見ることが可能となる。これにより仮想空間はさらに多種多様に広がり、幾つもの疑似体験を繰り返し得られる。リアルと並んで“もう一つの人生”が可能になるのだ。

新時代が到来する中、誰の目にも時空間の短縮を実感させることになるイノベーションが、「空飛ぶタクシー」であろう。EV(電気自動車)、ヘリコプター、ドローンなどの技術をうまく組み合わせて作る。
1月、米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES2019」。そこに登場した米大手航空機メーカーのベルヘリコプターが映像で描いたビジョンは、まるで手塚治虫の世界を見るようだった。
スマホを使ってタクシーを呼ぶと、空の向こうから乗り物が現れ、みるみる近づいて来る。そして、獲物を捕えるハヤブサのように、拾い上げてくれた―。
直径244センチのローター(回転翼)と補助的な翼を使って、ローターを垂直もしくは傾けた状態で飛行させる。最高時速は約241キロ。
ウーバーも開発を急ぐ。電動垂直離着陸機(eVTOL=イーブイトール)によって東京・新宿から横浜までの30キロ間をわずか10分ほどで着く計画だ。20年に試験飛行、23年に運行開始を目標に据える。
フランスなど欧州4カ国のエアバス(写真)も、ウーバーなどに対抗し、eVTOLを開発して20年代初めにも実用化を目指す、と表明した。「空飛ぶタクシーは、ヘリコプター市場にプラスされる有望な潜在市場」と位置付ける。
ドイツの高級乗用車メーカー、アウディも、昨年末、空飛ぶ自動車のプロトタイプ(原型モデル)を初公開した。自動運転機能を備えたEVとパッセンジャー(乗員用)ドローンを組み合わせて作ると野心を明かす。
実用化すれば、われわれの今持つ時間と空間は一気に短縮される。途方もないSFのような未来が、数年内にやってくるかもしれない。





(図1)シェアリング・エコノミーの国内市場規模推移と予測

出所: 総務省「平成30年版情報通信白書」


(図2)カーシェアリング車両台数と会員数の推移

出所: 内閣府「平成30年度 年次経済財政報告書」


(写真)エアバスの垂直離着陸機(eVTOL)「Vahana」

出所: エアバス社ウェブサイト