■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇>日本の工作機械生産世界一から凋落/迫られる海外戦略の練り直し

(2010年4月19日)

1982年以来、世界一を誇った日本の工作機械生産額が、2009年に前年比56.5%減と不振を極め、トップの座を中国に明け渡した。 切削したりレーザーで金属を加工したりする工作機械は「モノづくり日本」の象徴だったが、躍進する中国に一気に倍近い差をつけられ、日本の製造業の落日ぶりをまたしても印象付けた。 背景には何があったのか―。

中国が世界一に

日本の生産額は58.8億ドル(約5400億円)に急落したのに対し、中国は前年比8.9%増の109.5億ドルに急増。前年2位のドイツは減少幅が35.2%と日本より小さかった結果、日本はドイツにも抜かれ3位に後退した。
この交代劇には二つの要因がある。一つは、中国の国内市場がすそ野の広い自動車産業の急発展などから順調に拡大したことだ。これには08年秋のリーマン・ショック直後に中国政府が打ち出した総額4兆元(50兆円超)規模の大型経済対策の効果が大きい。 需要最大の自動車産業で盛んな投資が続き、米国を抜いて生産台数で世界一にのし上がったことで活況が続いた。

中国市場の高度化する需要に応えた中国の工作機械メーカーの技術進歩と生産規模の拡大も見逃せない。 例えば、台湾の郭台銘最高経営責任者(CEO)が率いる鴻海精密工業(英名、フォックスコン社)。世界長者番付に名を連ねる立志伝中の実業家で、1974年に台湾で10人の社員で操業を開始。白黒テレビ用のプラスチック部品製造が主だったが、台湾でのコンピューター産業の隆盛に伴い、コンピューター部品の製造で業容を急拡大、90年代後半には中国に工場進出した。 現在、同企業グループ全体の従業員規模は60万人超、最大の工場が中国・深センにあり、従業員約27万人を抱える(09年1月時点)。
現地を視察した社団法人・日本工作機械工業会によると、深センの同工場は3キロ四方の土地に製造品目ごとなどに分類された4階建て以上のビル工場群が並ぶ。敷地内には郵便局や銀行、レストラン、スーパーマーケット、ネットカフェまで備え、「まるで都市の街中にいるようだ」という。
グループ全体の工作機械設備数は、日本ブランドの成形平面研削盤だけで6000台以上に上る。これらの設備を自社内の金型製造用などに使い、中国全土向けの工作機械・金型の製造にフル稼働させている。

低迷の日本経済

交代劇のもう一つの要因として、日本経済の低迷による日本メーカーの凋落(ちょうらく)がある。 日本の工作機械の強みは、かなり高い加工精度をこなせるところにある(図)。しかし、リーマン・ショック後いち早く立ち直った中国では、産業界の工作機械への要求精度が低く、低価格帯が求められるため、成長する国内メーカーの製品で需要のほとんどが賄える。
時計の場合、日本なら3次加工まで行い精度を上げるべきところを1次加工で済ませ、その分、価格を安くして大量生産できる。 中国の工作機械メーカーは国内の需要増を増産で賄ったが、日本の対中輸出向け増産効果は意外に少なかったわけだ。日本の技術水準は高いが、中国をはじめ新興国はそれほど高精度の工作機械を求めていなかった、ともいえる。
日本のメーカーにとって頼みの綱は、あくまで需要の6割近くを占める自動車産業など国内の設備投資。これがトヨタをはじめ急減したことが、09年の生産額が急減した最大の要因だ。 受注減から09年の工作機械の設備投資は、過去最大の8割減となった。自動車動向を左右した“トヨタショック”の影響は予想以上に大きかったのである。

10年は2位に?

今年は一転して立ち直りが期待できるか―。中国の工作機械生産額トップの座は、経済成長に沿って今年も揺らぎそうにない。日本工作機械工業会は「今年は生産額でドイツには勝てるが、中国には勝てない」(田中一彦・調査企画部長)と分析している。 最大需要を占める自動車産業の生産台数で中国はすでに米日両国を抜き、なお増産の途上にある。そのほかの製造業も堅調とみられる。GDP(国内総生産)の10%近い高成長が今年も可能とみる観測が大勢だ。 他方、ドイツは09年のユーロ安を背景にした輸出増に歯止めが掛かる見通しに加え、日本は円安傾向と産業界の設備投資増、新興国向け輸出増などを見立てると、先の「1位中国、2位日本浮上」の見通しが出てくる。

しかし、国内需要がようやく反転してきたとはいえ、業績を本格回復させるには海外に活路を求めないわけにはいかない。とりわけ急成長を続ける中国やインドなどの新興国がターゲットになる。 現在、工作機械メーカーの海外での現地生産企業は約30社に上り、米国、欧州、アジア、南米など12カ国・地域に及んでいる。

今年に入って中国などからの受注で賑わう大手の牧野フライス製作所の場合、中国、インド、シンガポールに生産拠点を持つ。同社によると、10年度の海外戦略は、上向いてきた中国、インド市場にさらに食い込むため、上海近郊の生産工場を含む、北京や天津などにある中国内5拠点およびインド・バンガロールの拠点のショウルームなどを充実させ、同社製品の売り込みに力を入れる計画だ。
シンガポールにある子会社が、その子会社(本社の孫会社)に当たる中国とインドの2社を指導・監督する役割を担う。シンガポール子会社は工作機械の高性能な基幹部分を日本から輸入し、現地で組み立てる一方、本社はここを“司令塔”にして中国とインドの現地生産の指導・調整に当たらせている。
同社はこうした国際分業を生かして、高性能なNC(数値制御)機械などの販路を中国、インドなどで一層広げたい、としている。このように、日本の工作機械メーカーは09年をどん底に、必至の巻き返しに動き出した。




主要工作機械生産国の国際的位置付け
(イメージ図)
参考)機械振興協会経済研究所