■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第95章 政策金融のカギは中小企業と地方経済への影響だ

(2006年7月18日)

  中小企業の対立と地方経済への影響を考慮して、政策金融のあり方を考える―。政策金融機関の統廃合などの基本方針を盛り込んだ行革推進法が7月、公布された。政府は年内にも、各機関の具体的業務などに関する関連法案を国会に提出する。この関連法案作成の段階で、「政策金融のあり方」がしっかりと認識され、制度設計がなされなければならない。コンセプトとなるのは、中小企業と地方経済への影響である。

「小泉改革」の副産物

  「小泉改革」が推進された結果、その副産物として「格差社会」と呼ばれる弊害がさまざまな形で表面化し、論議を呼んでいる。その背景には、小泉首相と腹心の竹中平蔵総務相らが拠って立つ市場原理主義の改革思想と手法とがある。自由競争と規制緩和が看板の市場原理主義は、国際競争力で優位に立つ米英にならって取り入れた形だが、この原理に立って改革を進める場合、一般に二つの相反する傾向 ― 善と悪とが立ち現れるのは必至だ。
  さまざまな保護的な規制が緩和・撤廃され、競争が促進されて消費者が利益を受ける「良い面」と、強者はますます強く、弱者はまずます弱くなって追い込まれる「悪い面」とである。この傾向を是正するには、改革の実行から生じると考えられる弊害 ― 例えば失業者やニートの大量発生を予期して、改革と並行してセーフティネットを構築しておく必要がある。だが、小泉政治はセーフティネット作りを怠り、事実上、自然の成り行きに委ねた。

  結果、弱肉強食、それもしばしば一強多弱型、弱い者いじめ型の物騒な社会風潮を増進させてしまったのである。企業の廃業が起業を上回っていることや自殺者が8年連続で3万人超に上っていることは、その表れだ。
 現在、年金などの社会保障、老人などの医療・介護問題、若者などの雇用問題に改革のしわ寄せが生じているのは、先進国中最悪の国と地方あわせて1000兆円にも上る借金財政を背景に、政府がセーフティネット作りを後回しにしたせいである(その一方で、改革のほうは本丸とされた郵政民営化でさえ、株式持ち合いなどを通じた「官業の実質焼け太り」と民業圧迫をもたらす「イカサマ改革」となっているが、ここでは触れない)。
  重要なことは、弱肉強食により社会の隅々まで2極化が進んだことだ。この中で、政策金融の見地から、とりわけ次の2極化現象の構造的是正を図らなければならない。

政策金融の重点課題

  取り組むべき重点課題とは、1. 大企業対中小企業の収益格差、2. 東京対地方の経済格差 ― の適正化である。中小企業と大企業の収益格差はむろん、今に始まったことではない。が、この格差がここ数年、急テンポで拡大しているのが問題なのである。 例えば東証1部上場企業のことし3月期決算は4期連続の増収・経常増益となり、全体の経常利益額も3年連続で過去最高を更新する見通しだ。とくに利益を伸ばしてるのは自動車、電機、鉄鋼など。これに対し、中小企業金融公庫などによると、中小企業の業況感が改善してきたのは、ようやくここ数ヶ月のことである。

  他方、地方経済はどうか。筆者が教える大学のある山形県庄内地方をみると、昨年までは経済・社会動向指標は総じてむしろ悪化している。すなわち、1. 若者の県外流出による人口減少、2. 大型小売店(百貨店、スーパー)の売上減少、3. 駅前商店街(酒田、鶴田)の空洞化、4. 自殺者の急増 ― などである。地元の若手経営者によると、ことしに入って業況にやや回復感が出てきたものの、なお低迷から脱け切れていない。東北、北海道、四国に共通する状況だ。

  トヨタ自動車グループが本拠地を置き活況の続く名古屋圏を別とすれば、断トツに景況感が良くなった東京に対し、地方の諸都市は、いずれも沈んだまま好況を実感できないでいる。この点、ITや自動車関連を除く、伝統型産業に従事する中小企業の立場と共通している。政治は、この日陰部分に光を当て、中小企業と地方の状況を好転させる政策を考える必要がある。

商工中金を完全民営化

 ここで、完全民営化が決まった中小企業向け総合金融サービス機関の商工組合中央金庫(商工中金)を軸に、政策金融のあり方を考えてみたい。商工中金が完全民営化される大きな理由は、実質債務超過状態にある他の中小企業向け政府系機関と異なり、国から補助金を受け取ることもなく、資金の9割以上を自己調達するなど健全経営を維持しているためだ。同金庫の柔軟な取り組みの一例を挙げれば、秋田県の養豚業者に対しことし3月、ICタグを付けて管理しているブタを担保に、2億円の融資枠を設定している。

  周知の通り、政府系金融機関のうち中小企業向け融資機関は農林漁業向けを含め4行ある。このうち、中小企業金融公庫、国民生活金融公庫は、国際協力銀行の国際金融部門、農林漁業金融公庫と共に新政府系金融機関に統合される。日本政策投資銀行は電力会社など大手のほかに中堅企業にも融資してきたが、商工中金と共に完全民営化される。(ただし移行期間中は「政府保証」を継続)。地方自治体向け融資の公営企業金融公庫は廃止され、業務は地方に移管される。

  政府の「行政改革の重要方針」(昨年12月閣議決定)をみると、商工中金は、1. 所属団体(協同組合など)中小企業向けのフルバンキング機能を行う機関として完全民営化する、2. 財務基盤整備等のため最低限の移行措置(移行期間5年から7年をメド)を講ずる ― とある。これを受け、行革推進法案には「中小企業に対する金融機能の根幹が維持されるよう必要な措置を講ずる」と明記された。

 これにより、完全民営化したものの、収益追求や自己資本比率向上のため、本来の中小企業融資から外れる行動に走らないよう、制度化しようとしたわけだ。きちんと制度化されれば、「ものづくり融資制度」など地域活性化に向けた自治体への制度融資も安定的に継続できる。
 「必要な措置」とは、所管官庁の天下り介入などに利用されやすい、設置目的や政府出資を定めた根拠法にとって代わる法律の策定を示唆している。商工中金の5172億円(05年3月末現在)ある資本金のうち4000億円余が政府出資、残りが中小企業の協同組合など民間からの出資金だ。関係者によれば、この政府出資金の3000億円相当を資本剰余金として内部留保化し、残り1000億円を民間に売却して完全民営化に備える方向だ。

「必要な措置」の中身

  問題は、必要な中小企業向け融資に事業を特化し続けるために、法案にある「必要な措置」がどんな中身になるか、である。法律でしっかり担保されていないと、結局は民間銀行と同様の「儲け主義」に走って本来の軌道から逸脱しかねない。そうなると、企業数が全企業の99%を占める中小企業の多くが資金調達を断たれて揺らぎ、突然死するケースが相次ぐ事態も起こり得る。

 だが、マスメディアは一般に弱者側にいる中小企業の運命に冷淡だ。日本経済新聞は、商工中金の完全民営化が政府関与の存続から看板倒れになることに懸念を志明した(同紙5月13日付)のに続き、社説でも「不良債権処理に追われていた民間金融機関も体力を取り戻し、政策金融の役割は薄れた」(5月21日付)と、あたかも民間銀行で十分やれるかのように強調した。同社説は冒頭で「抵抗勢力を抑えて、いかに(改革を)内容のあるものにするか」と述べているが、筆者はこれをみて小泉首相のキャッチフレーズをそのまま記したかのように思えた。現実から目をそらした「観念論」と言うほかない。数年前の金融危機下の経験に学ぶことなく「完全民営化万能説」に立っている、とみられるのだ。

  たしかに根拠法をつくれば所管省庁の天下りを生むのは必至だとして「政府関与抜き」を支持する議論がある。なるほど商工中金は歴代、旧通産省幹部(現・経済産業省)の天下り機関だ。現理事長は、元資源エネルギー庁長官の江崎格(ただし)氏。
 だが、仮に根拠法をつくって法律で中小企業金融の政府関与を定めたとしても、「天下り」を切り離せばよいのだ。理事長と理事の一定数に対し所管省庁からの天下りを禁止すれば済む話である。
  一方、肝心の中小企業金融機能の根幹を維持するための「必要な措置」は、きっちり実行する必要がある。なぜ、そうしなければならないか―。

都合で手の平を返される危険

  中小企業の現場では、数年前の民間大手銀行による「貸し渋り・貸し剥し」の記憶がなお生々しい。東京の中心部、千代田区にある中小企業が集う法人会。銀行の貸し渋り全盛時(1998-99年)と、その後のデリバディブ(金融派生商品)の不公正取引が横行した時期(2001-04年)に、筆者は法人会の会員らに、独占禁止法違反に相当する「優越的地位を乱用した」銀行の生々しい取引勧誘例を取材した。
 いずれの会員も、金融行政が米国流の「金融検査マニュアル」を手に銀行の検査を行う方針に転じた1998年以降、銀行から強引な勧誘で取引をのまされた“被害例”を語ってくれた。

 その中に、外為の先物予約の不明朗デリバディブが3件(みずほ銀行2件、三井住友銀行1件)、9階建の賃貸ビル建築用に融資した資金の早期回収を求めるようになり、断ると担保としていたビル(債権)の譲渡を迫ったケース1件(旧UFJ銀行)、海外リゾートへの不動産投資を勧誘され応じたが、損失を出して借金の返済が困難となり、悩んだオーナー経営者が失踪したケース1件(複数の都市銀行)などがある。
 いずれも資金繰りの道が断たれると「万事休す」となる中小零細企業の弱みにつけ込んだ悪質な不公正取引だ。銀行からデリバティブのリスクや高額な「解約金」についての説明もない。解約しても、解約金の計算根拠を示さない(みずほ銀行)。

  銀行側が自分たちのノルマや選別基準に沿った融資を通じて相手先企業の生死のカギを握るのだから、銀行から圧迫された中小企業側が続々と政府系金融機関に駆け込んだのも必然であった(図)。ある法人会の役員が現在の心境をこう語る ― 「いまは銀行に資金の余裕ができて去年から中小に対し「貸し起こし」に走るようになったが、いつまた自分たちの都合で手の平を返されるか分からない。安定した経営には安定した資金供給が欠かせないから、民間金融だけに頼るのは危険すぎる」

  中小企業にとって起業とか設備の新増設の際に資金融資を受けるほかに、民間銀行が自分の都合で不公正取引や貸し渋りに奔走した時も、緊急に調達できる安定資金の供給パイプを別に持っていることが重要だ。このセキュリティの観点から政治は、中小企業向け政策金融のあり方を制度設計しなければならない。




(図) 中小企業向け貸し出しの増加率 (前年同期比%)
(資料)日本銀行「金融経済統計月報」