■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第94章 社会保険庁を解体し、国民年金制度を抜本改革せよ
(2006年6月26日)
国民年金保険料の不正免除問題は、社会保険庁の底なしの機能マヒをみせつけた。と同時に、それは保険料未納問題の深刻ぶりをさらけ出したといえる。国民年金制度を立て直すには、財源を含む制度全体を設計し直すしかない。
政府法案は看板の掛け替え
国民年金保険料の不正免除問題は、二つの問題を浮かび上がらせた。一つは、社会保険庁に代わって安心して保険料の徴収を任せられる新たな機関の設置だ。
二つめは、保険料未納問題に歯止めが掛からないことだ。もはや解決不能の状況といってよい。国民年金のこれ以上の「空洞化」を避け、制度への国民の信頼を取り戻すには、制度全体の抜本改革しかない。
政府の社会保険庁改革関連法案では、2008年10月に同庁を解体し、「ねんきん事業機構」を新たに設立するとしている。 不正免除問題が広がるなかで法案成立は見送られたが、国民にとってこれはむしろ望ましい展開であろう。ねんきん事業機構は国の「特別な機関」とされるが、実態は社会保険庁と同じく厚生労働省の外局であり、事実上、同庁の看板掛け替えにすぎないからだ。政府は社会保険庁を文字通り解体・廃止し、本当に信頼できる新機関を設置する必要がある。
5割強が保険料未納
国民年金保険料の未納問題は、04年、年金改革が国民的論議の的となるなかでクローズアップされた。社会保険庁は当時、「保険料未納者は全国で327万人」と説明していたが、会計検査院が独自に調べたところ、過去2年間に1カ月以上未納の人は03年度末時点で約1129万6000人に上ることがわかった。3倍以上もの数字のズレは、社会保険庁が未納者を「過去2年間に全く保険料を払っていない人」と定義しているため。だが、この未納者数1130万人弱のうち未納期間が半年を超える人は74%に上り、この数字のほうが実態に近いことは明らかだ。
未納者は国民年金被保険者数の50.4%に当たり、2年前と比べ21.8%も増えていた。
こうした未納者の急増を映して、国民年金積立金は02年度以降年々急減し、空洞化が進んでいるのだ(表)。
未納者急増の大きな理由は“年金不信”の広がりである。毎月1万3860円の定額保険料を、年金受給資格が生じる最低25年間払い続けたところで、老後に果たしてそれ相応の年金が受け取れるのか、という将来の給付への不信がある。
筆者は、東京都心にカフェ・レストランを開業した知人の夫妻から「国民年金を払い続けたほうがよいかどうか」と相談を受けた。夫はサラリーマンを辞め、妻とともに勇躍、オーガニック野菜中心の健康食型レストランを開店したが、開店資金投資がかさむなどで「年金支払いになけなしのカネを回すメリットがあるのか」と思い悩んでいるという。
これはほんの一例にすぎない。サラリーマン時代は自動的に厚生年金に加入しており、保険料も給料から引き落とされていたため、年金について悩まなくてもよかった。だが、自営業になると国民年金に変わり、保険料も自分で払い込むことになる。
保険料の支払いに迷いが生じるのも、国民年金が保険料を支払った分以上を老後に必ず受け取れる「当て」がないからだ。将来、年金支給額はさらに減額され、支給開始年齢も先に延びるのでは―という不安から、自営業者らは保険料に支払いに二の足を踏むのである。
さらに、被保険者が納めた年金保険料を特別会計から引き出し、流用した年金行政への不信も大きい。
年金福祉施設などのハコもの事業をはじめ、「事務費」名目での公務員宿舎や社会保険事務所庁舎の新増築、公用車購入、果ては社保庁長官の交際費、職員の外国出張旅行費、テニスコート、バスケットボールコート整備、付属スポーツ施設のゴルフクラブ・ボールやマッサージ機購入に至るまで際限なくムダ遣いされていたのだ。
その上、国会議員やタレント、スポーツ選手ら有名人の年金情報の盗み見、年金冊子の監修料名目の組織ぐるみの裏金づくりと収賄も発覚した。このタガの外れた年金行政が、学生ら若い世代を反発させ、年金離れを加速させたのだ。
“年金流用法”を施行
こうした積もり積もった国民の不信を解消しない限り、納付率は好転しない。だが、政府はこれに逆行するように、ことし4月から「特例法」(平成十八年度における財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律)を施行し、国民年金事業の「事務費」を今年度もこれまでのように年金財源から使えるようにした。 つまり、年金保険料積立金から「事務費」名目で流用を認めたのだ。
政府は国民の理解を得るため保険料からの充当分は「事業運営に直接かかわる費用、徴収、給付、システム経費に限定する」とし、職員の福利厚生費などは国庫負担とされたが、それでも今年度の流用額は1004億円と前年度より81億円も増えている。
本来は、「年金事務費」は税金で負担していたが、橋本政権が財政再建のため1998年度から2003年度までの6年間に限り特別措置として、年金財源からの流用を決めた経緯がある。
しかし、それ以降も毎年、時限立法で流用が認められてきた。小泉政権は年金官僚による年金財源の流用に若干の条件を付けたとはいえ、“お墨付き”を与えたのである。しかも、今国会成立を目指した社保庁改革関連法案では、年金事務費に「恒久措置」として保険料を充当できるように計っている(07年4月施行予定)。これにより「事務費」名目で不祥事続きの社保庁職員の人件費も年金資金から賄われることとなる。年金財源のムダ遣いが永遠に続く恐れが出てきた。
このように政府が年金流用を承認している格好だから、国民の年金不信は今後も収まりそうにない。 だが、それにしても、なぜ社保庁のモラルは地に堕ち、不祥事が絶えないのか―。
規律がマヒする理由
いわゆる「3層構造」から社保庁に突出した無責任体質が、育まれ、全国に根を広げた、と不祥事が起こるたびに指摘される。
社保庁は、厚生労働省の外局として本庁を霞ヶ関の厚労省内に置き、ここで総務部と運営部が本省との連絡・調整、企画立案や経理、数理調査、微収対策などを担う。さらに施設機関として職員の研修機関である社会保険大学校、システム開発や相談指導などの年金業務を行う社会保険業務センター、地方支分部局として各都道府県に地方社会保険事務局、(計47カ所)、その出先機関として全国に社会保険事務所(計265カ所)が設置されている。
3層構造とは、常勤職員計約1万7千人が、1. 厚労省から出向するキャリア職員、2. 社保庁の採用職員(準キャリア)、3. 地方の社会保険事務局、事務所で働く地方採用職員 ― と、採用別に3層に分かれている構造を指す。本省からの出向キャリアは本庁で厚労省と連係して事務を統括するが、2年程度で本省に戻るので社保庁の業務に身が入らない。このキャリア官僚が全部で20―30人。
これに対し、本庁や施設機関で働く社保庁採用者は全部で約900人、残りの1万6千人余が地方採用者だ。地方採用組が全職員の94%程度を占める。
ところが地方採用者は、都道府県知事の下で地方事務官として社保庁からの委託業務を行っていた6年前に社保庁に編入され、国家公務員(厚生事務官)になっている。こういう経緯から、地方組の独立意識は強く、現場の第一線を担っているのはわれわれだ、という自負心も盛んだ。
そこから本庁の指示に逆らいがちな傾向が現れる。しかも3層の「長」は、社会保険庁長官のポストが改革のため民間から招いた村瀬清司・現長官の前までは厚労省採用のキャリア幹部、地方の社会保険事務局の局長が社会保険庁採用の準キャリア、社会保険事務所の所長は地方採用者が“相場”だった。
こうした「3層社会」では、本庁の指示が末端まで守られなかったり無視されるのが日常茶飯事となる。統制マヒから「首なし竜」とも呼ばれ、異常事態や不祥事が起こりやすくなるのも当然だ。この3層構造が不正免除問題の背景に潜み、国民の不信の温床となる。社保庁のモラルハザードの根は広く、深いのだ。
では、国民の“年金不信”を一掃する抜本改革の妙案はあるのか―。
スウェーデン・モデルがカギ
少子高齢化の先進各国をみると、スウェーデンの公的年金制度が重要なモデルを提供している、と思われる。1999年に行われた同国の制度改革の特色は、低所得者に対する税財源による「保証年金」と、所得(保険料額)に応じて「プラスアルファ」が支給される「所得比例年金」とを組み合わせた体系に再編したことだ(図)。つまり、低所得者に対しては税金で全額を国庫負担する一方、それ以上の所得者にはそれぞれの給付額に応じて支給額を引き上げてゆき、国庫負担はない。
会社員、自営業、公務員が受給対象。保険料率は職業を問わず将来にわたって18.5%に固定され、うち16%が賦課方式(現役世代の保険料で給付を賄う部分)、2.5%が積立方式(自らの過去の積み立てで給付を賄う部分)に充当される。
この制度だと、最低水準の年金は税金で保証されるから、低所得でも安心できる。スウェーデン方式を導入する場合、消費税をこの「保証年金」に充てる手立てが考えられるだろう。
もう一つ、急を要する課題が、社会保険庁の解体とこれに代わる新機関の立ち上げだ。
米英並みに社保庁と国税庁を統合して「歳入庁」とし、税と保険料を徴収すべし、とする民主党案は検討に値する。しかし、そのリストラの際、問題公務員を新機関に転任させないため、分限免職できるようにする何らかの措置が必要となろう。 過去の勤務評価から明らかな問題職員を解雇しなければ、行政のリストラは、そもそも達成できない。とりわけ社会保険庁の場合は、解体する以上、人員整理を行う必要がある。
国家公務員法78条の分限免職規程によると、勤務実績や職務遂行に問題がある場合のほか、官制や定員の改廃、予算の減少により解雇できる、とある。
だが、この条項が実際に適用されたケースは稀で、1965年以降はゼロ。活用されていない、に等しい。これを行政リストラを進めるために、法の解釈や手続きを明確にした上で政治決断することが必要だ。