■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第92章 防衛施設庁「官製談合」の教訓/『事件の温床「天下り」をなくす法』
(2006年3月8日)
防衛施設庁を舞台にした官製談合事件は、官僚の天下り問題の根深さを浮かび上がらせた。
今回の談合を民間企業側で仕切った担当者は同庁から天下りしたOBで、談合をまとめるに当たって“後輩”に当たる同庁幹部と綿密に相談。一連の談合に同庁ナンバー3でもある歴代の技術審議官が関わっていただけではない。 天下り受け入れの“実績”に沿って、同庁が民間企業に発注の配分を行っていたことも報じられた。さらに、天下りに際し、所管の公益法人(財団法人および社団法人)を天下り規制を回避するために一時的に天下る「待機場所」として使っていたことも判明した。こうした天下り規制の回避術は、他の省庁でも広範に用いているものだ。
なぜ、談合事件の背景にある天下りはなくならないのか。天下りを年々量産する構造的な仕組みとは何なのか。「天下り装置」の実体を検証した。
天下りと「カネ」の密接な関係
まず、国家公務員の天下り状況をみてみよう。
防衛施設庁事件発覚後の今年2月中旬、衆議院の調査で、国家公務員の公益法人などへの天下り役職員数が明らかになった。これによると、2005年4月時点で、公益法人や独立行政法人、特殊法人など各省庁の外郭団体役職員に計2万2093人が天下っている。天下りが最も多い省庁は国土交通省、次いで厚生労働省、文部科学省など。これらの団体への05年度の補助金は年間5兆5395億円にのぼった。
ここからいえることは、まず、カネと天下りの相関関係だ。公共事業を巡る工事契約が際立って多い国交省が天下り総数の4分の1強を占めた。また、補助金額で2兆1588億円と突出した文科省が天下り人数でも3位。契約と補助金という「カネの力」が天下りを生む現実を示しているといえよう。
天下りは、所管の公益法人数とも相関関係がある。公益法人数が最も多いのは文科省(04年10月現在、1930法人)で、天下り数2位の厚労省(同1177法人)がこれに次ぐ。このことは、公益法人が天下りの格好の「受け皿」となっていることを示唆している。公益法人は、所管省庁が「公益性と非営利性」がある、と判断すれば設立できる。結果、官の裁量で行政密着型の公益法人が量産された。
国家公務員法により、省庁を退職後2年間は、退職前に5年間在職していたポストと密接な関係にある民間企業には就職できない。その間の「腰掛け」として公益法人が使われることは、今回の防衛施設庁事件でも裏付けられた。
官僚の権力のベースは「規制権限」にある。規制権限が増えるほど官の権力は拡大するから、官が絶え間なく権限を増やそうとするのも不思議ではない。この規制権限は、主に次の3要素から成る。
1. 許認可、検査、監督などの行政権限
2. 補助金(補給金、委託費、交付金、負担金を含む)
3. 公共事業などに関わる契約(工事、委託、調達など)
天下り先の確保・拡大は、こうした規制権限の行使にかかわる「契約」や「補助金」を背景に実現していった。 したがって、天下りを規制するためには、官の「契約」や「補助金」の実態を明らかにし、公正かどうかを納税者が判断できるようにする必要がある。
次に、受け皿側から規制を考えてみる。先の衆議院調査で、外郭団体が広く受け皿になっている実態がわかったが、もう1つ、政府が昨年12月に発表した国家公務員の課長・企画官相当職以上の過去1年間の退職者1206人の天下り状況もみてみよう。
これによると、財団法人と社団法人から成る公益法人が天下り先として最も多く(36%)、次いで自営業(18%)、民間企業(13%)、独立行政法人(5%)―など。やはり「受け皿」としては公益法人が最大である。
防衛施設庁の場合、公益法人を「腰掛け」として2年以上過ごした後、“本命”の天下り先である民間企業へと移っていった。技術審議官ら幹部が「腰掛け」に使っていたのは財団法人「防衛施設技術協会」。同協会は、全国の防衛施設局・支局が発注する工事の技術監督や防衛施設絡みの調査研究を同庁から随意契約で請け負い、その収入でほぼ全コストを賄う、いわゆる「丸抱え法人」だ。同協会の理事長に歴代の技術審議官6人が天下り、おおむね2〜3年後、さらに建設各社に天下っている。理事長の下の常務理事には同庁局長クラスが天下り、やはりその後、建設各社に転じている。
このように、所管省庁が公益法人を「腰掛け」に使う例は少なくない。かつて国会でも問題になったケースに、財務省所管の社団法人「研究情報基金」がある。同基金は1986年に旧大蔵省主導で設立。海外の研究機関と共同でのセミナー開催や海外の金融事情の視察、金融システムなどの研究調査、などが表向きの事業だった。
「非公開の金融情報」を提供する、との謳い文句で各金融機関を会員に募り、1社当たり年間300万円の会費を納めさせていた。大蔵省に逆らえない金融機関は仕方なく会員になったが、金融危機の表面化で護送船団方式の金融行政が破綻した98年以降、「会費に見合うメリットがない」と相次いで脱会した。
この基金の理事長に、歴代の元大蔵事務次官が次々と天下り、そこから海外経済協力基金(現国際協力銀行)総裁、国民金融公庫(現国民生活金融公庫)総裁、日本輸出入銀行(現国際協力銀行)総裁、金融先物取引所理事長などに転じていった。
天下りを「受け皿」側から考えれば、公益活動を自発的に行うことが本来の目的である公益法人への天下りは、禁止するのがスジであろう。
元凶は早期退職慣行
次に、公務員人事の側から、なぜ毎年、天下りを量産するのか、を考えてみる。
「早期(勧奨)退職慣行」というものがある。国家公務員が、40歳代後半から順次、退職していく慣行である。ノンキャリアの職員も含まれるが、I 種採用試験合格の、いわゆるキャリア幹部が主な対象である。この慣行により、50歳代半ばまでに、キャリア官僚の半分以上が“間引き”される。同期入省組で最後に残るのは事務次官1人。この慣行が、日本の官僚組織のピラミッド型構造を維持するために必要とされてきた。
すでに40年以上も前の64年9月、第1次臨時行政調査会が最終答申で天下り対策に言及し、退職年齢の引き上げを次のように提言した。
「第二の人生を顧慮することなく生涯を公務に奉仕しうる体制を確立することが必要である。とくに、現在、割合早く離職する傾向のある高級公務員については、その退職年齢を漸進的に引き上げ、それに応じてその処遇をも改善し、その知識と経験を行政部門において長く発揮せしめることが必要である」
しかし、いまなお実態は変わっていない。早期退職慣行を維持するためには、大量の天下りを受け入れる、待遇のいい「受け皿」が必要だ。こうして官は、特殊法人、認可法人、公益法人、系列ファミリー企業、そして5年前からは独立行政法人を天下りの受け皿に次々と仕立て、ネットワーク化したのだ。
しかも、総務省は、早期退職者に退職金を割り増し支給する特例措置まで設けている(定年までの残り年数1年につき1-2%割り増し。割り増し率はポストによる)から、退職金は膨らみ、国民負担も増大する。
すなわち、天下りの“元凶”は、ピラミッド型の公務員人事制度にある。だが、この制度を保つためのツールである早期退職慣行は、どだい「慣行」にすぎない。「慣行」ならば、法改正の必要もないから、官が自ら止めてしまえば事足りる。「公務員制度改革」という大ナタとは別に、「公務員人事」の一環として古い人事慣行を廃止し、定年(60歳、事務次官は62歳、外務次官のみ65歳)まで働けるようにすればよいのだ。
すみやかに新人事制度をスタートさせよ
ピラミッド型組織は、古代エジプト同様、階級社会だから成り立つ。古代エジプトと違うのは、たった1回の採用試験で将来にわたる身分と待遇が決まってしまうことだ。I 種採用者のキャリア組はエリートとして、自動的に上級幹部への道が開かれる。審議官、局長、末は事務次官―と階段をを駆け上ることができる。これに対し、II 種採用者はせいぜい課長止まりである。
だが、このI 種採用者優先の人事システムも、法律にそう書いてあるわけではない。単に、昔からの人事慣行として続いてきたのである。官がこのシステムを「時代遅れの産物」と認定して廃止を宣言し、必要な措置をとれば、すみやかに改革できる。
必要な措置としては、現行の公務員採用試験制度・試験内容の見直しや、能力・実績給の導入、それに見合った人事評価、第三者機関の活用による定期的な能力査定と人事評価の組み替え、定年まで働くことを前提にした新給与体系、専門職位の新設、民間からの人材登用などが考えられるだろう。
政府は、各省庁の官房長と官房秘書課が手掛ける組織的な「天下り業務」を禁止することだ。同時に、従来の「天下り装置」に代わる新制度の設計を行う。たとえば、全省庁を対象とする再就職先の公開斡旋制度(対象・40代後半から)を人事院か内閣に設置し、透明な斡旋を大規模に行うようにしてはどうか。現在も人事院が「公正な人材活用システム」、総務省が「国家公務員人材バンク」の名の下に細々と斡旋を行っているが、いずれも「試み」の段階であって、効果を上げていない。
「天下り装置」が作動している限り、こうした斡旋制度にあえて手を挙げる職員はほとんど出ない。だが、天下り装置が壊れれば、話はまったく別になるだろう。