■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第91章 「特別会計改革」大幅後退 / 制度の廃止が抜本改革への道 / 抜本改革で消費税引き上げも回避
(2006年1月23日)
総選挙後、自民党主導の形で「5年内に原則全廃」を掲げて走り出した政府の特別会計(特会)改革が、大幅に後退し、抜本改革からほど遠い「部分手直し」で決着する見通しが強まった。だが、行財政改革の「本丸」として、特会を改めてマナ板の中央に乗せる必要がある。
政府が05年12月24日に閣議決定した「行政改革の重要方針」によると、行革の目玉の一つとされた特別会計改革の具体的方針は、31ある特会を「統合」や「独立行政法人化」で今後5年間に3分の1強に減らし、剰余金、資産・負債など計20兆円程度の圧縮を目指す内容だ。ただし、「民営化」については言及せず、小泉首相自身が打ち上げ、実現するかにみえた道路特定財源の「一般財源化」も具体化が見送られ、「見直しを行う」と後退した。当初方針は骨抜きにされ、改革の根幹部分は先送りされたのである。
他方、特別会計改革を最重要な改革テーマの一つに掲げた民主党は、どんな改革案か。
その骨子は、国債・借入金の償還・利子支払いと地方交付税の交付を経理する2特会を除き、残り29特会を廃止する、というものだ。政府方針よりは進んでいる。
とはいえ、いずれも特別会計の制度を廃止しないために抜本改革にはなり得ない。
特会はカネ余り
制度の問題に入る前に、まず、特別会計改革がなぜクローズアップされてきたのか、を考えてみよう。
ひと言でいえば、「行財政改革の本丸」との認識が、ようやく広がってきたためである。
財政面からみてみよう。国と地方を合わせ1000兆円に上る借金財政。この状況下で、特別会計予算は一般会計82.2兆円の5倍にも達する(歳出ベース411.9兆円、05年度)。会計間や会計内の出入りなどのダブルカウントを除くと、一般会計の純計は34.5兆円、特別会計は205.2兆円と実に6倍近い。06年度の政府予算案では、両会計の予算規模の格差はさらに広がる。
しかも、特会はカネがダブついている。05年度予算で、歳入449.2兆円に対し歳出は411.9兆円と、37兆円もの入超だ。個別特会をみると、予算では歳入と歳出が同額、実績ベースではひどい入超となる。道路整備特会の場合、歳入5兆4591億円に対し歳出4兆7019億円と、8000億円近い入超。電源開発促進対策特別会計も、歳入6479億円に対し歳出4252億円。労働保険特会の雇用勘定も、歳入3兆570億円対歳出1兆9855億円と、1兆円以上の入超だ(いずれも04年度)。
予算の約4割を借金で賄う一般会計のカネ不足に対し、特別会計はカネ余り状態にある。まさしく、“離れでスキヤキ”会計になっているのだ。財政改革を進めるために、特会改革は欠かせない。
官業の「汲めども尽きぬ資金源」
行政改革を進める上でも、特会改革がキーポイントとなる。なぜなら、特別会計は官業の「汲めども尽きぬ資金源」だからである。しかもその予算案と使い途は国会で事実上審議されず、財務省の予算チェックも働いていない。マスコミが報道することもほとんどない“沈黙の会計”だったのだ。
特会の財源は、各所管省庁が管理・運用しているから、省庁が外部からのチェックなしに実質、意のままにカネを動かすことができたのである。
その好例が、雇用保険料を財源とする労働保険特別会計だ。雇用勘定の雇用保険3事業(雇用安定、能力開発、雇用福祉)の法人向け05年度予算をみると、2600億円超の予算の88%が所管の独立行政法人である雇用・能力開発機構、高齢・障害者雇用支援機構、勤労者退職金共済機構、労働政策研究・研修機構に、残り12%が所管の34の公益法人に分配されている。労災勘定の労働福祉事業も同様の傾向だ。
これら補助金や委託費を受け取る法人は、いずれも厚生労働省や旧特殊法人、旧認可法人からの天下りを受け入れ、養う“行政密着法人”であることはいうまでもない。各省庁の管理下にある特会資金が、官業を行う天下り先法人に補助金などとして供給される構図が浮かび上がる。特会はまぎれもなく「官の聖域」の資金源となってきたわけだ。
「特会が主、一般会計が従」
特別会計が「沈黙の会計」であったために、その全体像はあまり知られていない。特別会計とは、いったいどんな実像なのか―。
財政法によると、国の会計は一般会計と特別会計に分かれる。特会は「特定の事業を行う場合、特定の資金を保有してその運用を行う場合」など、一般会計と区分して経理する必要がある場合に限り設置する、としている。
同法はさらに「各特別会計において必要がある場合には、この法律の規定と異なる定めをなすことができる」とし、一般会計と“同格の扱い”となっている。
しかし、もともとは特会は特別の必要があれば例外的に設置できるとされ(1921年制定の旧会計法)、「一般会計が主、特会は従」の性格が色濃かった。旧大蔵省編の「昭和財政史第17巻」(1959年発行)には、「もともと、わが国の特別会計は一般会計への従属性が強く、とくに戦時期には、特別会計所属資金は一般会計に繰り入れられる場合が多かった」とある。
ところが今では、特会が超巨大化したにもかかわらず、さらに足りない一般会計資金からガソリン税など計47兆7000億円相当が特会に繰り入れられている有り様だ(05年度)。国家予算までも官僚主導となった結果、「特会がむしろ主、一般会計が従」に逆転した格好となってしまったのだ。
財務省もノーチェック
この予算の倒錯ぶりを示す最近の例は、厚生労働省が独法の雇用・能力開発機構に建設・直営させた新たな施設事業「私のしごと館」だ。同施設は、若者が仕事を疑似体験できる場として京都に03年10月、本格オープンした。ところが、建設費580億円を雇用保険料から投じてフタを開けてみると、年間21億円かかった運営費を入館料など自己収入で賄えたのはわずか1億円余(04年度)。20億円相当の維持費が、雇用保険積立金から注ぎ込まれた。
雇用保険財源を使った2070に上る勤労者福祉施設事業で大失敗しながら、厚労省は再び特別会計を使って同じわだち轍を踏もうとしているのだ。厚労官僚は国会と財務省のチェックをすり抜けるため、特別会計を使ったのは疑いない。開設直後、厚労省職業安定局幹部は筆者に、こう内情を明かした―「しごと館の場合、資金を本来、一般会計から出すべきだとの意見は(局内に)あった」。だが、この少数意見は葬られた。
このように、省庁のムダ遣いがいっこうに止まらない背景に、自らの裁量で管理・運用できる特別会計資金がある。では、財務省の特会チェックの実情はどうなのか?
元財務省主計官として2001年度予算査定で総務省を担当した大串博志・衆院議員(民主)が明かす―「(予算査定は)一般会計はぎりぎりやるが、特会はやらない。省庁からペーパーが上がってこないし、手も足りない。当時、森内閣のIT予算を担当したが、一般会計関連は2から3分冊の分厚い資料が上がってきたのに、特会(当時は郵政事業の4特会)は全部でわずか数十ページだけだった」
明らかに、財務省の特会チェックの甘さが、省庁のルーズな資金管理・ムダ遣いを助長していたのである。
特会改革で消費税引き上げは不要
消費税引き上げ論議が盛んだが、筆者は可能性の高い初年度の引き上げ分3%相当の財源は、特別会計改革でゆうに捻出できる、と考える。
同時に、各省庁の特会資金のムダ遣いをなくすため、特別会計制度自体を廃止して一般会計に統合し、一覧性と透明性とチェック機能を高めるべきだと提案したい。
消費税に代わる財源の捻出についていえば、消費税を1%引き上げた場合、2.5兆円相当の財源規模を確保できる。3%アップだと、国庫収入は7.5兆円増える。これに相当する引き上げ分を特会資金から捻り出すのが、政治の一大課題である。
それには、特会資金を投じた官業の一つ一つを精査して特会純計額205.2兆円の圧縮を図らなければならない。
筆者は新財源として、まず、財務省の諮問機関である財政制度等審議会が05年11月に発表した、特会の予算削減の精査対象となる「17兆円」をベースに考えてみた。この17兆円は、31特会の歳出総額411.9兆円のうち、一般会計からの繰入れ(47.7兆円)や特会から一般会計への繰入れ(0.8兆円)などの重複計上分を除いた特会の純計額205兆円から、国債償還費・利払い費89兆円、地方交付税交付金19兆円、社会保険給付49兆円、財政融資資金への繰入れ31兆円という削減困難な資金を差し引いた「予算精査の出発点」としたものだ。
労働保険特別会計の場合、失業・労災保険給付金を除く1兆1500億円が、この「予算削減精査対象」となるが、ハコもの事業で大失敗した雇用保険3事業の廃止などでこれを大幅に減らす。年金2特会の年金給付以外の、同精査対象とされた5兆9000億円も圧縮する。道路整備特会のうち同精査対象の3兆7800億円を道路建設の抑制で縮減する。カネが余っている電源や石油などエネルギー関係特会の不用額5400億円の全面活用という手もある。これだけで、ざっと11兆円規模の財源となる。
さらに、国債償還や保険給付用などを除く一般会計からの繰入金や特定財源の一般財源化で計6.2兆円分、農水省が廃止を表明した食糧管理特会の3.3兆円分、事務費・人件費のカット、各種積立金や剰余金(計220.9兆円、04年度決算ベース)の吐き出し、特会事業の廃止・民営化・スリム化を加えれば、消費税15%への引き上げ相当分、25兆円規模の財源捻出も可能だ。
こうした個別特会の精査による廃止・民営化・合理化と並行して、特会の制度自体を廃止する抜本改革も実行しなければならない(図)。特会制度を温存することで、各省庁に引き続き制度を悪用させてはならないためだ。
特会制度を廃止して、国の会計を透明性が高く分かりやすい一般会計に統合し、一本化する。特会制度を持たない米国の会計制度を、さらに分かりやすいものに改良して、より良い日本版を作るのだ。
現行の特会の事業はゼロベースで見直し、国の関与がどうしても不可欠な事務・事業に限り、収支が分かるように一般会計上で経理区分する。いわば、トラックやフィールドの各種競技(個別ファンド型経理)をスタンド(納税者の側)から一覧できる「陸上競技場方式」にするのである。そして「官の聖域」向けに流れた国民のカネを特会制度の廃止で、永続的に民に向けて解き放つ。―こういう新会計制度を思い切って導入すべき時ではないだろうか。
(図)特別会計改革のシナリオ (出所:筆者作成)