■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第90章 郵政民営化の真実
       ― 実態は「民業圧迫と官業焼け太り」

(2005年11月21日)

  郵政民営化関連法の成立で、郵政民営化が2017年10月までに実現する運びとなった。郵政民営化法案の実現を掲げて総選挙で圧勝した小泉内閣だが、特別国会で民営化日程を半年遅らせた以外は同じ法案を再提出した結果、「民業圧迫」と「官業の焼け太り」をもたらす恐れが強い内容となった。民営化スキームは、日本郵政会社(持ち株会社)とその100%子会社の郵便局会社(窓口会社)が、ドル箱の郵貯と保険事業を支配できる仕組みだ。いわば、インフラは官が押さえて、事業展開のギアを握る“上下分離”方式を採用している。

新規事業を拡充方針

 郵政民営化のプロセスと概要は〈図〉のようになる。政府は昨年9月、民営化の基本方針として「民間とのイコールフッティング(競争条件の同一化)」と「事業間のリスク遮断」を必要条件に挙げた。
 この必要条件を満たすには、肥大化した事業の「地域分割」、事業間の「分離独立」が不可欠だが、まず「地域分割」は基本方針の段階で「新会社の経営者に委ねる」として棚上げされている。
 結果、民営化が開始される2007年10月時点で郵政事業は資産残高が209兆円(05年8月末)と、世界最大規模の三菱UFJフィナンシャルグループの総資産を上回る一方、簡保事業の資産残高も119兆円と、日本生命保険など民間の生保大手4社を合わせたくらいあるマンモス金融2社が一挙に出現する。
 これ自体、民間金融業界にとっては脅威だが、政府は民営化移行期に新規業務を段階的に拡充する方針だ。外貨預金にとどまらず、「医療保険」など付加価値保険分野への参入、中小企業や個人向けの貸出業務も認めていく、とみられる。政府はマンモスを野に放った上、さらに餌を与え続けて強大化する構えなのだ。

持ち株で民営2社をコントロール

 民営化のもう一つの必要条件とされた「事業間のリスク遮断」のほうは、どうなったか。郵政事業の赤字を郵貯事業の大幅黒字で埋め合わせる「3事業一体」では財政規律が失われ、国民負担も増える。この懸念から、3事業の分離・独立の必要性が叫ばれたはずだ。
 ところが、結果は、政府(総務省)が民営化以後も常時3分の1超の株式を持つ持ち株会社を軸に、グループ会社の株式の相互保有を可能にした。すなわち、日本郵政会社は子会社である郵便貯金銀行と郵便保険会社の株式を2017年9月末までに完全売却後、ただちに買い戻しが可能となり、議決権の行使も従来通り支障なく行えるようにしたのだ。これにより、合併とか定款変更のような重要経営事項に対し、拒否権の発動が可能となる。
 その際、日本郵政会社が全株式を保有する完全子会社の郵便局会社が、親会社と協力して貯金銀行と保険会社の株式を購入する公算が大きい。そうすれば、持ち株会社がいったん株式を完全処分しても、完全子会社による株式購入で、合わせて「3分の1超」の大株主になることが可能だからだ。

 ここで、「窓口会社」が担う独特の役割に触れておこう。窓口会社は全国の特定郵便局約1万9000局を拠点とし、郵便、郵貯、保険の3社から窓口業務を受託して、3事業のサービスを提供する。従来の郵便局と同様のユニバーサルサービスを全国的に行うわけだ。いわば、地域の郵便局そのものであり、郵政事業の全国ネットワークを結ぶインフラ部分ともいえる。
 この窓口会社は、民営化後も郵便事業会社と共に、持ち株会社の100%子会社にとどまる。そして、地域の有識者などから意見を聴き、これをもとに地域貢献業務計画を策定し、新設する「社会・地域貢献基金」(貯金銀行、保険会社の株式売却益、配当収入などを原資に1兆円の積立を義務付け)から資金の交付を受け、地域貢献業務を行う。総務省は窓口会社を実働部隊に使い、貯金銀行と保険会社の株式購入の際も活躍してもらう算段と読める。

市場参入、拡大の一途

 「民間とのイコールフッティング」の発想を、政府は初めから持ち合わせていなかった。早くも公社設立後の2003年秋から、民営化をにらんだ市場参入が始まっている。全都市銀行とのATM(現金自動預け払い機)提携完了、小包取扱いでコンビニ業界2位、ローソンとの提携強化、国内生保各社の主力商品「定期付き終身保険」への新規参入、証券投資信託の販売などと続いた。この間、ヤマト運輸が公社との競争条件の不公正さを訴えて、新聞各紙に全面広告を出したのに続き、独占禁止法違反(不公正取引)の訴えを東京地裁に起こしている。
 しかも、政府は民営化移行期に新規業務を段階的に拡充していく、という。当然、民業圧迫の「弱肉強食」が一段と進む危険がある―。

 民営化法案成立後の10月14日、参議院の郵政民営化に関する特別委員会で次のような付帯決議がなされた。
 「持ち株会社について、移行期が終了した後は、特殊会社としての性格を考慮しつつ経営判断により他の民間金融機関と同様な株式保有を可能とし、その結果、株式の連続的保有が生じることを妨げないこと」
 同様に、郵便局会社に対しても貯金銀行、保険会社の株式を保有し、グループ経営が可能となるよう注文を付けている。持ち株会社と窓口会社で民営化2社の株式を保有し、「郵政グループ」の維持を訴えたのである。
 同決議はさらに、国の財政体質を早急に改善する必要から「国債の消化に支障を生ずることのないよう対応すること」も要求している。「新会社の資金運用は国債で」というのだ。
 「形ばかりの民営化」というほかない。いやむしろ、民営化のふりをした「官業の自由化・焼け太り」というほうが、一層的を射ているかもしれない。

 もう一つ、「郵政民営化」には新聞やテレビに報道されなかった「官の仕掛け」がある。07年10月に設立され、郵貯と簡保の資金のほとんどを引き継ぐ独立行政法人だ。定額貯金など「定期性の貯金」約150兆円と簡保の約110兆円、計260兆円もの民営化開始前の国民の資産を独法の「郵便貯金・簡易生命保険管理機構」が受け継いで管理することになる。
 官製法人がまた一つ増えるばかりでない。財務官僚が考え出したこの独法スキームで、郵貯と簡保資金が「政府保証」されることになる。だが、それは特殊法人や第3セクターなどに貸付けた郵貯・簡保資金の多くが焦げ付いて回収不能の事態になっているのに、その実態を隠したまま、丸ごと国民の税金で穴埋めすることを意味する。つまり、「政府保証」によって過去の財務官僚の財投の失敗を隠ぺいして、国民の税で不良債権を尻ぬぐいさせるわけだ。
 この「官の仕掛け」が国会論議された形跡はほとんどない。わずかに社民党の保坂展人議員から疑義が出されたくらいだ。官僚が主導する法案作りが、ここでも浮き彫りにされた。




〈図〉郵政民営化の道程
 (クリックすると、大きな図が開きます)
出所:筆者作成