■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第89章 特別会計改革競争が加速化
      行財政改革の本丸攻防、いよいよ天王山

(2005年10月31日)

 総選挙後、与野党とも競うように、特別会計(特会)の改革に力を入れだした。特会は一般会計の5倍もの予算規模を持つうえ、官業の主な資金源であるため、特会改革こそ「行財政改革の本丸」ともみられる。改革はいよいよ天王山を迎えた、といっても過言でない。

与野党とも改革に本腰

 「母屋(一般会計)でおかゆをすすっているのに、離れ(特会)でスキヤキを食っている」 ― 塩川正十郎財務相(当時)が03年に財政予算の急所を突いたこの言葉から、特会改革は動き出した。郵政民営化に続く次の改革テーマとして、自民党は政府系金融機関の統廃合と並んで特会改革を据え、10月11日には党政調会が特会見直しに関するプロジェクトチーム(PT)の設置を決定、11月中に基本方針をまとめる意向だ。
 自民党では既に、行政改革推進本部が特別会計改革委員会を設置済み。同委員長の太田誠一元総務庁長官は「原則廃止」を小泉純一郎首相に提言しており、政府の経済財政諮問会議ともども改革を競い合う。民主党も特会改革を公務員制度改革などと並ぶ「改革の柱」と位置付け、「ゼロからの見直し」を総選挙マニフェストで主張している。長い間、放置された特会改革に、与野党ともようやく本気で乗り出した形だ。
 特別会計がいまなぜ、クローズアップしてきたのか―。

 理由は大きく二つある。一つは、財政改革のためだ。31ある特会の予算規模が一般会計予算の5倍(05年度)にも上り、しかも歳入が歳出を大きく上回る、カネのダブつき状態にある。他方、国の一般会計は火の車で、82.2兆円予算の約半分を借金(国債)で賄い、国と地方を合わせた借金は実に1000兆円にも上る。財政ひっ迫の中で国の特別会計だけが、離れでひっそりと“スキヤキ会計”の状況だ。財政改革を進めるために、特会改革は避けて通れない。
 もう一つの理由は、行政改革を進めるうえでも特会改革が重要なことだ。特会の財源は、各所管省庁が管理・運用している。そして、その多くは独立行政法人(独法)など官業向けに支出される。雇用保険料を財源とする労働保険特会雇用勘定を例にとると、05年度法人別予算の9割近くが、天下り先の独法である雇用・能力開発機構をはじめ、高齢・障害者雇用支援機構、勤労者退職金共済機構、労働政策研究・研修機構などに配分されている。各省庁の管理下にある特会資金を、官業と天下り先法人に補助金などとして供給する構図が浮かび上がる。いわば特会は「官の聖域」の資金源となってきたわけだ。

官の資金源

 特別会計とは、どんな全体像なのか―。
 財政法によると、国の会計は一般会計と特別会計に分かれる。特会は「特定の事業を行う場合、特定の資金を保有してその運用を行う場合」など、一般会計と区分して経理する必要がある場合に限り特会を設置する、としている。  同法はさらに「各特別会計において必要がある場合には、この法律の規定と異なる定めをなすことができる」とし、一般会計と並ぶ“同格の存在感”を示している。
 しかし、もともとは特会は特別の必要があれば例外的に設置できるとされ(1921年制定の旧会計法)、「一般会計が主、特会は従」の性格が濃かった。『昭和財政史 第十七巻』(大蔵省編、1959年発行)によると、「もともと、わが国の特別会計は一般会計への従属性が強く、とくに戦時期には、特別会計所属資金は一般会計に繰り入れられる場合が多かった」という。ところがいまは、特会が超巨大となり、さらに足りない一般会計資金から特会に年金の国庫負担分(7.7兆円)、ガソリン税(2.3兆円)など47.7兆円相当が繰り入れられている(05年度)。「特会がむしろ主、一般会計が従」に逆転した格好となっている。
 2005年度予算でみると、特会の歳出は一般会計82.2兆円の5倍に上る411.9兆円。一般会計から特会への繰り入れなど、会計間や会計内で出入りするダブルカウントを除くと、一般会計の純計は34.5兆円に縮む一方、特会の純計はその6倍近い205.2兆円となる。財務省によると、これを合計した239.7兆円が国庫から外に出ていく歳出予算額だ。
 このように、実質ベースでは特会は一般会計の6倍近い予算規模に上る。問題は、特会を管理する所管省庁がこの潤沢な財源を「自分たちのカネ」のように扱い、官業などに注ぎ込んでムダ遣いの温床になっていることだ。

ムダ遣い止まらず

 その好例が、厚生労働省が特殊法人に実施させた施設事業だ。年金積立金や雇用保険財源で、全国に2427もの「ハコもの」をつくった挙げ句、ことごとく事業を破綻させ、たったの1050円で売却(川越市の体育館)するなど、大量安値セールを余儀なくされた。これらは「福祉」や「保健」を名目に、グリーンピア(大規模年金保養基地)、サンピア、厚生年金会館、サンプラザ、プラウザ、ハイツ、テルサ、いこいの村、福祉センター、体育館などと、多種多様に量産された。しかし、いずれも特会の財源を使ったことから国会論議を呼ぶこともなく、事実上、「官の一存」で事業実施が決まっている。
 京都に2年前に本格オープンした人材開発施設「私のしごと館」。建設費580億円は、厚労省所管の労働特別会計の雇用保険積立金から支出された。建設・運営を任されたのは特殊法人(現・独立行政法人)の雇用・能力開発機構。04年度は運営費に21億円かかったが、入場料など自前収入は1億円余だから、20億円相当が雇用保険財源から注ぎ込まれている。
 厚労省は施設事業の大失敗にも懲りずに、若者向けにまた新しい施設をこしらえ、これが早くも多額の雇用保険財源で穴埋めしなければ、事業継続ができない状況になったのだ。過去の教訓を無視してムダ遣いを繰り返す、厚労省の体質がまたも表れた。
 しかし、こうしたムダ遣いが一向に止まらない背景に、自らの裁量で特会資金を管理・運用できる権限を所管省庁が握っている上、年金や雇用保険料を「国民から信託された資産」とみなさなければならないのに、「自分たちのカネ」とばかりに“私物視”する習性がある。加えて、財務省の特会チェックの甘さが、省庁のルーズな資金管理・ムダ遣いを助長している形だ。

特会制度の廃止も

 特会の問題をまとめてみよう。壮大な公費のムダ遣いをもたらしている、主に5つの要因を指摘できる。
  1. 一般会計は大変な借金財政なのに、予算規模が5倍に上る特会のカネはダブついている。
  2. 国会でほとんど審議されず、マスコミも滅多に報道しなかった“隠された不透明会計”。
  3. 一般会計の透明性の高い「表予算」に対し、所管省庁の「裏予算」となっていて、所管省庁の裁量で使い途を決めている。
  4. 天下り先となる官業の主要な資金源。
  5. 省庁の管理・裁量下にあり、財務省のチェックが甘い。―
 改革気運の盛り上がりで、長年放置された「特別会計の闇」にようやくメスが入る見通しだ。
 この特会の実像把握から始まる改革の道筋は二つある。一つは、経済財政諮問会議や財政制度等審議会などから、既に基本方針や対策案が提言されている、特会の実態に応じた個別対策だ。
 対策案は、事業や特会勘定の「廃止」や「整理統合」「一般会計化」「合理化」などを挙げている。しかし、個別対策の欠点は、01年12月発表の政府の特殊法人等整理合理化計画のように、個別調査と見直しに時間がかかるうえ、結果は「看板の掛け替え」や「まやかしの民営化」、「廃止」と称して「統合による組織の延命」などに終わる公算がきわめて高いことだ。
 特会の不透明な制度に問題があるのだから、制度自体を廃止するような抜本対策が、もう一つの本命とみえる選択肢だ。米国の会計制度は特別会計を持たない。抜本改革のために、この際、国の会計を、透明性が高くわかりやすい一般会計に統合し、一本化する。現行の特会の特定財源を持つ事業はゼロベースで見直し、国の関与が不可欠なものに限り、米国にならって収支がわかるように一般会計上で区分する(ファンド方式)。特定財源と予算執行状況に「イヤマーク」を付けて、監視する形だ。特会の“密室”を国民が外から見やすい“つい立て”に建て替えるのだ。
 こういう会計新手法の採用も、米国式をよく研究して、考えてはどうだろうか。