■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第64章 小泉改革は「苗木」にしかならない      
(2003年10月30日)

 4月以来7回にわたり公的年金改革について連載してきたが、今回は目を「小泉改革」に転じてみよう。
 それは既に2年半に及び、その成果はいよいよ11月9日の総選挙で問われることになる。これまでの実績に照らして、また民主党の掲げるマニフェストに比べ、「小泉改革」はなおも、期待できるかどうか ―。

「苗木の改革」

 さる10月18日、自民党は主要日刊各紙の一面をぶち抜き「自民党は変わった。改革政党になった。」と宣言する全面広告を打った。
 たしかに党の形は変わった。派閥の力は消失し、「抵抗勢力」とされたグループは四分五裂となった。最大派閥「橋本派」の事実上の解体、実力者だった野中広務元党幹事長の政界引退がその象徴だ。「自民党をぶっ壊す」と政権掌握前に叫んだ小泉純一郎首相の公約は、実質的に実現した、といえる。
 では、「小泉改革」は総選挙に勝って、公約通り、出始めた「芽」から「大きな木」に力強く育っていけるのだろうか。
 答えは、「苗木にはなるが、大きな木には育たない」。理由は、「小泉改革」の手法にある。改革は引き続き、掛け声倒れになるのは必至だ。
 「小泉改革」の一体どこが問題なのか ― これまでの「改革」の足跡を検証してみる。

改革の中身とスピードに問題

 「小泉改革」のプログラムは多彩をきわめる。首相の古くからの持論である「郵政3事業の民営化」も、自民党内の抵抗を押し切って、今回の改革宣言に盛り込まれた。利権の巣窟である郵政事業にメスを振るう首相の公約自体、歴史上異例だ。
 「官から民へ」「国から地方へ」を目指す方向性も、評価できる。
 問題は、改革の具体的な中身とスピードだ。キャッチフレーズとプログラムは揃ったものの、肝心の「改革」は遅々として進まないか、実質骨抜きにされている。
 〈資料〉を見てみよう。小泉政権が「改革」を叫ぶ割に、いまだに実りのないことがはっきりする。実態は「改革看板政権」と呼んだほうがよい。以下、改革プログラムごとにその証拠を示そう。
 表のうち特殊法人、認可法人の計163法人を対象とした「特殊法人等改革」、約2万6000法人を対象とした「公益法人改革」、国家公務員の一般行政職(教員、医療職員などを除く)を対象とした「公務員制度改革」の上段三つは、森喜朗前内閣から引き継いだ課題だ。すなわち、森政権時の2000年12月に閣議決定した「行政改革大綱」に盛られた制度改革である。
 この改革三本柱のうち、小泉首相が力を注いだのが特殊法人改革。なかでも国民生活に影響が大きい道路4公団改革を最重視した。半面、残りの二本柱、公益法人と公務員制度改革は、官僚から成る政府の行政改革推進事務局に丸投げしている。
 この背景を踏まえて、まずは特殊法人改革を取り上げてみよう。

「道路改革」国交省が骨抜き

 大きな問題が二つある。一つは、小泉首相が力コブを入れる道路4公団改革の民営化の中身が依然不透明なことだ。公約通り2005年度に民営化を実施するとすれば、来年1月から開かれる通常国会に法案を提出しなければならず、民営化作業を進めて法案の骨格はとっくに出来上がっていなければならない。
 ところが、小泉内閣は国会答弁でもウソを繰り返した疑惑の藤井治芳総裁を更迭せずに居座らせ、公団内の改革派潰し・「幻の財務諸表」隠しを放任してきた。長い「不作為」のあと、官邸はようやく腰を上げる。自由党と合併した新・民主党の党大会の門出の日にぶつけて、監督官庁のトップで総裁の任免権を持つ石原伸晃国土交通相に辞任を迫らせようと、総裁との二者会談に持ち込む。だが、意外にも辞任を拒否され、やむなく解任するが、藤井側は行政訴訟などで抵抗し続ける構え。改革を妨害する役人のクビを取ろうにも、逆にほんろうされ、民営化作業を絶望的に遅らせてしまったのだ。
 小泉首相が真剣に民営化を考えるなら、自ら収拾に乗り出して次の二つの措置を即刻取るべきであった。一つは、藤井総裁の早期更迭と公団混乱の打ち切り。二つめは、新民間人総裁による民営化作業の推進と透明化だ。
 ところが、小泉首相は直接介入を避け、国交相に任せる姿勢に終始した。内閣の長なのに、傍観の態度である。これでは実のある改革が実現できるわけはない。このまま「2005年度実施」に間に合わせようとするなら、民営化の骨抜きを企む国交省に民営化作業を丸投げするほかない。国交省の意図は単純だ。4公団を「特殊会社」(100%政府出資の国営会社)に衣替えし、従来通りの仕組み(国からカネを借り入れ50年かけて通行料金で返済していく償還主義)で道路を建設していくことだから、そうなる公算が高まる。

独立行政法人のまやかし

 特殊法人改革のもう一つの大きな問題は、「独立行政法人」化だ。
 小泉内閣は2001年12月に「特殊法人等整理合理化計画」で特殊法人と認可法人(実態は特殊法人と変わらない)を 1. 統廃合、2. 民営化・民間法人化、3. 独立行政法人化 ― の三通りで改革する、と閣議決定した。
 うち新たな手法と期待された独立行政法人化は38法人(実数は統合して36)。この決定に基づき、今年10月1日には34の特殊法人が独立行政法人に移行した。
 だが、これら32独立行政法人のトップの8割強の26人が、官僚OBの天下りであることが判明した(毎日新聞社調べ)。うち22人は前身の特殊法人からの横滑り。改革の実態は、看板が「特殊法人」から「独立行政法人」に変わっただけだったのだ。
 独立行政法人は運営の自律性が法律(独立行政法人通則法)で認められているだけに、官がこの自律性を悪用する恐れがあったが、それが現実となった。
 役員報酬を手前勝手に高め設定したケースも目立つ。たとえば、経済産業省所管の産業技術総合研究所。同研究所は2001年4月にスタートした第一陣の独立行政法人57の一つ。職員数3200人超、役員14人のマンモス法人だ。
 この理事長(吉川弘之・元東大総長)の役員報酬が年収で2650万円(月給が165万円超、賞与金が年間662万円超)に設定されていたことが、のちに民主党の追及で明るみに出る。退職金も一期二年勤めただけで1192万円余と内規で決められていた。
 この役員報酬は、同研究所の前身である通産省工業技術院の院長の指定職9号俸よりも遙かに高額だ。いや、各省庁の事務次官が受け取る11号俸を超え、東大と京大の学長のみが得られる国家公務員の最高俸給である12号俸さえ上回る水準である。
 これがわれわれの税金から丸ごと「運営交付金」として支出される。しかも、役員と職員の人件費を含む独立行政法人の「運営交付金」の予算を財務省は積算方式で項目ごとにチェックしないから、大筋で予算の要求が通る仕組みになっている。
 さらに、独立行政法人化によってポストも収入も増える。たとえば「日本貿易保険」のケース。前身の旧通産省内の「貿易保険課」は行政組織の幹部である指定職(審議官以上)がゼロだったのに、「日本貿易保険」に移行して理事長1、理事2、監事2人(うち非常勤一)の役員5人体制になった。結果、ポストも収入も急増した。
 独立行政法人化で官は天下り先と利権を失うどころか、実態は「焼け太り」したわけである。だが、官僚の奸計やごまかしによる「焼け太り」を小泉内閣は見て見ぬふりをしてきた。改革は悪用され後戻りしているのに、事態を放置し続けた。

公益法人改革は再三先送り

 「廃止」が決まった特殊法人にしても、独立行政法人化して看板を変え、失敗業務は切り捨て、うま味のある業務は存続させる方向で進んでいる(都市基盤整備公団、石油公団、住宅金融公庫、年金資金運用基金など)。このように、「独立行政法人」はいまや官の格好の隠れミノになっている。
 公益法人改革は、どんなか? ねじ曲げられた特殊法人改革に比べれば、少なくとも国の検査や認定業務を請け負う行政委託型法人に関しては、事務局主導で「部分改革」に漕ぎ着けた。だが、日露戦争以前の1898(明治31)年に施行された民法に基づく古い公益法人制度の抜本改革は再三先送りされた。
 法律を改正して公益法人制度を廃止し、NPOや法人格なきボランティア団体を含む包括的な新制度を創設して税制優遇を行う、というような21世紀型解決に「政治」が道筋をつけることはなかった。なにより小泉首相の関心が低く、石原前行革担当相の消極姿勢が災いしたのだ。

 もう一つの行革の柱、公務員制度改革に至っては、小泉内閣は行革事務局任せにして失敗している。行革推進事務局が作成した、批判に耐えない「公務員制度改革大綱」を鵜呑みにして閣議決定したためだ(01年12月)。
 この「大綱」には行革の方向に逆行する危険な罠が仕掛けられていた。外部(第三者中立機関である人事院)の人事管理のチェック機能を外し、民間企業向け天下り承認の権限を各省の大臣(実質は各省庁の人事部局)に移すなどをして、各省の行動を自由にしよう、という罠だ。一見「政治主導」を装っているが、実は府省庁の人事裁量権の拡大が狙いである。
 ところが、この官の陰謀(立案者は経済産業省グループ)を内閣側は見抜けずに「大綱」を閣議決定したのだ。03年内に法案の国会提出を目指したが、幸いにも、与党内で合意が得られずに土壇場で見送られた。人事院や連合、ジャーナリズムの反対を無視できなくなったためだ。だが、石原前行革担当相に至っては、「大綱」の法制化を熱心に推進したT前歴Uがある。

 りそな銀行への公的資金2兆円の注入で、金融不安もようやく鎮静化したが、これは政策的な予防注入の結果ではない。りそなの経営危機に直面して、経営者責任の追及など原則抜きで「その場対応」した結果だ。急迫した事態が起こらなければ、政府は何一つ思い切ったことができないことを実証したともいえる。
 したがって、りそな対応をきっかけに一段落した不良債権処理は、政府の前向きの勇断ではない。金融危機に波及することが必至の事態の急変にやむなく動いた本能的な対応だ。10年来の先送りされ続けた不良債権問題は、この大手銀行危機をきっかけに、解消に向け一歩前進することとなった。だが、それはあまりに遅い後ろ向き対応であった。公的資金の予防注入のルールを含む不良債権処理のグランドデザインは、まだ描かれていない。政権発足時に小泉首相が公約した「2年内の処理」は、道なお遠い。

郵政公社化は官の焼け太り

 こうした経緯をみると、小泉内閣の改革は掛け声は勇ましいが、実質は進まず、内容も乏しい。独立行政法人化のように後退している面さえある。
 今回の郵政事業の民営化公約も、国民の多くの目には新鮮に映る。
 だが、道路公団民営化で見せた改革内容の「お任せ主義」とそこから生まれる官僚への「丸投げ手法」では、これも先送りされるか「官僚好みの改革」になるのは間違いない。小泉首相は内容については何も言っていないからだ。自民党のマニフェストでは、「郵政公社の経営努力をみながら国民的議論を行い、04年秋頃をメドに結論を出す」となおあいまいだ。真の改革には、関心の持続と改革をフォローする体制づくりが必要だが、「小泉改革」は言いっ放しで、フォローが欠けているのだ。
 このことは、昨年7月に成立した郵政関連4法を見ても明らかだ。法案づくりを丸投げされた監督官庁の総務省は、外局の郵便事業庁が手がける郵政3事業(郵貯、簡保、郵便)を03年4月に発足する日本郵政公社が引き継ぎ、封書やはがき(信書)の集配事業に民間が参入できる仕組みをこの法律で整えた、とされる。
 ところが、実態は総務省はこの法律で「焼け太り」したばかりでない。ヤマト運輸のように民間業者が長い年月をかけて営々と築いたビジネスに、逆参入して圧迫する法律の後ろ盾を手に入れたのだ。
 たとえば、郵政公社法は日本郵政公社が郵便業務に密接に関連する事業に「出資」することを可能にした。つまり、子会社、関連会社をつくって事業拡大することができるようになった。他方、信書便法で、民間業者の全国参入条件はポスト(差し出し箱)を郵政公社並みに設置すること(総務省見解によれば全国に10万個)とした。これにより、民間最大手のヤマト運輸でさえ、参入断念に追い込まれた。
 現に、日本郵政公社はこの9月から自己の優位性を背景に民業への「攻め」に転じている。保険分野で民間の生命保険会社が主力商品にしている「定期付き終身保険」を来年1月から発売すると発表し、民間の生保各社を仰天させた。
 郵便分野では、郵便行政に異議申し立てを繰り返したヤマトのライバルで業界2位の佐川急便との提携を決めた。企業の広告やチラシを一般消費者に送付するメール便の配送提携だ。佐川が集めたメール便を郵政公社が配送する。公社が家庭向けの配送を請け負うなら、メール便で信書を扱うことも可能になり、佐川側はヤマトを出し抜いて、例外的に信書配送サービスが認められる形になる。官の狡猾な陰謀というほかない。
 これも小泉流の「官僚丸投げ手法」がもたらした危険な副産物の一つといえる。総選挙で第一に問われるべきは、こうした「改革」の中身である。




〈資料〉「小泉改革」プログラム別経過

内実
特殊法人改革


 うち道路公団改革
政府系金融機関など一部を除き、独立行政法人化を軸に整理
独立行政法人が天下り機関と化し「第2の特殊法人」に。
廃止法人は単に「看板の付け替え」も
2005年度に民営化を公約
民営化の内容不透明。現4公団を特殊会社化し、建設を従来通り続行の公算大
公益法人改革
検査、国家試験などを請け負う「行政委託型公益法人」についてのみ一部前進
現行の問題多い公益法人制度は手つかず、抜本対策を先送り
公務員制度改革
各省庁の人事裁量権を拡大し、民間企業への天下りを容易にする法案作りを目指す
法案で与党内合意ができず、結論を先送り
金融改革
(不良債権処理)
りそな銀行への公的資金2兆円の強制注入で前進
先送りが続いた大手銀行の不良債権問題が、経営危機対応でようやく一段落
郵政3事業民営化
2007年度に民営化を公約
民営化の内容不透明。結論は参院選後の来年秋。
官(総務省)主導の法制化の公算大
「三位一体改革」
(地方自治体への国の税源委譲、補助金削減、地方交付税削減など)
「国から地方への権限委譲」を目指す方針を表明 具体的な数値目標を示さず、内容不透明