■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第63章 資金運用が大失敗した理由

公的年金改革7      
(2003年9月25日)

 公的年金を考えるうえで、忘れてはならない視点がある。国民にとって「強制徴収」されることだ。結果、年金保険料の負担の重みは税金と全く変わらない。違いは、年金を含む社会保険料の負担のほうが国税総額よりも大きいことだ。年金保険料は、じつに所得税の倍近くも支払っているのである。このことから年金保険料の引き上げが、国民に所得税の引き上げに勝るとも劣らない深刻な衝撃を与えることがわかる。
 われわれの年金は一体どうなるのか ― 5年に1度の年金改革が予定される来年に向け、ことし10月にも厚生労働省案が発表され、論議は大詰めを迎える。既に年金積立金の取り崩しを柱とする坂口力厚労相試案に続き、財務省も給付の大幅削減を求める対案を出した。
 改革論議で一つ、新たに押し出されてきた要素がある。給付額の5年分に相当する年金積立金約150兆円の取り崩しだ。計画的に取り崩せば、「保険料アップ・給付金ダウン」の従来型シナリオを国民負担軽減に向け大幅に書き換えることは可能だ。積立金取り崩しを少子高齢化の進行に合わせて計画的に行えるなら、重要な財源ねん出の解決案になる。
 もう一つ忘れてならないのは、積立金の運用収益の活用だ。年金給付は 1. 将来の保険料収入、2. 保有積立金、3. 国庫負担(現在は基礎年金給付に必要な費用の3分の1)、4. 積立金の運用収益、で賄われる。ところが厚労省が年金資金の運用を任している特殊法人「年金資金運用基金」(旧年金福祉事業団)は、運用で利益を出し積立金をプラスするどころか、昨年度まで累積で6兆717億円もの“大穴”をあけてしまったのだ。3年連続して赤字、しかも昨年度の損失は過去最悪の3兆608億円に上った。
 なぜ、年資基金は性懲りもなく運用の失敗を繰り返すのか?今回は、このナゾを取り上げる。

金利負担の遺産

 年金資金運用基金といえば、グリーンピア(大規模年金保養基地)にせよ住宅資金融資事業にせよ、ことごとく失敗している。とくに全国に13基地あるグリーンピアは、軒並み経営破綻して廃止が決まった。グリーンピア事業に投じられた年金積立金は、建設費だけで元利合計3508億円。さらに施設修繕、森林維持費、固定資産税などに233億円。これら一切の経費と役員、職員の人件費を含む運営費が毎年、年金積立金から支出されている(2003年度実績699億円)。
 そのうえで、肝心の巨額の年金資金運用にも連戦連敗なのである。ことごとく失敗する理由は何なのか―。

 年資基金の幹部が明かす。
 「(旧年金福祉事業団の)“負の遺産”が続いていることが大きい。その遺産の中でも、真っ先に挙げなければならないのが財投からの借り入れの金利負担です。これがなければ損失を相当軽減できた」
 どういうことか、若干の説明が要る。旧事業団は年金積立金の自主運用が認められる01年度まで、旧大蔵省資金運用部への預託義務によって年金積立金をそっくり旧大蔵省資金運用部に預けていた。旧大蔵省は、この年金資金を郵便貯金、簡易保険の資金と共に、政府の公共事業などの財政投融資に使ってきた。そのうち全体の6割の資金が特殊法人への融資や出資に回された。
 旧事業団は86年以降、このいったんは預託した年金資金の一部を、旧大蔵省から財投金利で借り戻して国債の購入などに運用してきた。年資基金の運用資産の構成状況をみると、国債(財投債を含む)を中心に国内債券がいまなお全体の運用資産額50兆円超の約7割を占めるのも、旧事業団から引き継いだ「遺産」のせいだ。その借金が累計で20兆8293億円、金利支払いが5893億円に上った(02年度末)、というわけである。この金利支払いは2010年度まで続くから、経営を圧迫し続ける、と幹部は強調した。

運用の「手法」と「実績」に問題

 たしかに6000億円近い利払いは、べらぼうだ。それは、まぎれもなく前身の特殊法人のデタラメ経営のツケといえる。しかし、財投資金に預託せずに自主運用が認められ、旧年金福祉事業団が「年金資金運用基金」と名を変えた2001年度以降も、運用のT出血Uは止まっていない。昨年度単年度の金利支払いを除く運用損失は2兆4715億円だから、赤字の主因は金利負担よりも運用の失敗にあるのは明らかだ。
 では、どんな運用で失敗したのか?
 旧大蔵省への預託の廃止と自主運用の開始に伴い、01年度から年金積立金の運用方針と手法を大きく変えている。これが、うまく働いていないのだ。

 厚労省年金局運用指導課によると、運用の新方式は―
 「それまでのバランス型運用(各委託運用機関が株式や債券の運用割合を自ら決め、運用する方式)をやめ、市場に連動して運用しつつ、ベンチマーク(市場の基準指標)収益率の確保を目指す」
 年資基金企画部によれば、考え方は「短期の収支にこだわらず、長期トレンドとして資本主義経済は成長すると想定して、ハイリスク・ハイリターン型運用を避ける。市場連動型の運用によって、長期的に安定した収益を確保する狙い」である。
 問題は「手法」と「実績」だ。本当に市場連動型の運用をしていたら、これほど巨額の損失は避けられたはずだ。

国内信託銀行が失敗の主役

 年金資金運用基金がまとめた「年金運用業務概況書」をみると、資産運用の結果、前述したベンチマークを上回らなければならないが、国内株式と外国債券についてはベンチマーク収益率を下回った。とくに国内株式で手痛い失敗をしている。パッシブ運用(市場平均の収益を目指す、国内株式に特化するなどの特化型運用)はそうでもなかったが、アクティブ運用(市場平均を上回る収益を目指す特化型運用)で大きなミスを重ねたのだ。
 この失敗の主役が、日本の信託銀行であった。
 03年度でみると、年資基金は年金資金運用を内外の48に上る金融機関に委託している(うち資産管理委託が4社)。基金は、これら委託機関に計176億3700万円に上る運用手数料を支払っている。多額の手数料を払って、年間3億円超の大穴をあけたわけである。
 これらの委託機関のうち国内信託行は計8行に上る。住友信託をトップに、三菱、UFJ、三井アセット各信託銀行の順で運用手数料が大きいから、年資基金は「運用に大きく失敗した信託行に、比較的多額の運用を委ねていた」ことになる。先見の明がなかった、といえる。

 年資基金幹部が説明した。
 「よく政府のPKO(株価維持操作)による大量買いが損失につながったのではないかといわれますが、PKOはやっていません。(失敗の)原因の一つは、委託した国内の信託銀行(8社)などが成長株に偏重しすぎた運用をしたことです。これが損失を大きくした・・・」
 具体的にはどういうことか。
 「値の下がるもの(株式)を多く持っていた。急落したIT関連中心の電気機器が多く、電力・ガスが少ない。ところが昨年度は、IT不況でIT株は大幅に値下がりし、電力・ガス会社などの株式は堅調だった。IT中心の成長株に偏りすぎていた。こうした運用の主役が国内信託だった」(年資基金幹部)。
 信託各行は市場平均からかけ離れた資金運用を続け、市場の動向を読み違えたのだ。株式ばかりではない。債券でも、国債ばかり運用して、収益の高い事業債を見損じた。市場のベンチマーク収益率はプラスにもかかわらず、マイナスの実績となった。

IT株に偏り過ぎ

 年資基金の資料によると、昨年度までの直近3年間に国内株式のアクティブ運用で市場平均よりも損失を出した委託運用機関は、三井住友アセットマネジメント(投資信託)、三菱信託、シティトラスト信託、UFJ信託、ドイチェ信託各行など。これをみると、必ずしも国内信託銀行が「失敗の元凶」とはいえないが、昨年度の実績をみると「総じて海外の投資銀行系のほうが成績がよい。とくに日本の信託銀行に成長株偏重が目立った」と年資基金幹部は指摘する。
 これも、実質経営破綻した旧年金福祉事業団の運用委託体制をそのまま引き継いだ結果でもある。三菱、住友、UFJ信託各行は、旧事業団時代から運用を委託されてきた。いわば運用先のリストラをせずに、前身の遺産 ― ズサンな手法を引き継ぎ、惨敗したのである。
 しかし、日本の信託銀行が、海外の投資銀行のようにはうまく行かない理由があった。なにより、年資基金から自主運用を委託される以前、信託各行は旧大蔵省の護送船団式制度と規制によって、巨額資金を自主運用した経験に乏しい。「信託」といっても「不動産信託」が中心で、「貸付信託」(多額の委託者から集めた資金を長期貸し付け中心に運用)を財源にふつうの銀行業務も行っている。自主運用のノウハウの蓄積を持っていないのだ。
 このことを考えれば、年金官僚と特殊法人の実行部隊は機敏な外資系にもっと早く、より多く、資金運用を委託すべきだったのだ。
 為替変動リスクをヘッジするデリバティブについても、もっと活用してリスクを極力減らすノウハウを身につけ、運用収益で年金積立金を増やすようにすべきである。それには海外で年金資金を運用する、リスクヘッジにたけたヘッジファンドの成功例の研究・応用が欠かせない。
 過去最悪の赤字で尻に火がついた年金資金運用基金は、失敗続きの運用委託機関を解約し、新たな運用先を公募して選抜した。結果、今年度には国内信託行を中心に7行ほどが、公募総数29社から選ばれた7社と入れ替わった。新しい選定機関のなかに信託銀行は一行も含まれていない。すべて投資顧問会社だ。遅ればせながら、ようやく「官業」が市場の実勢に対応する態勢を整えたかにみえる。

 ともあれ、これまでの失敗を繰り返さないために、ここで根本的に原因を考えてみる必要があろう。この壮大な運用の失敗は、つまるところ、一つの原因に帰することができるのではないか。
 それは厚労省とその下請けの特殊法人がわれわれの年金資金を管理・運用していることだ。役所主導では計画がT現実離れUし、事業に取り組んでもマーケットの動向に鈍感すぎて即応できないばかりか、巨額の損失を出しても責任を問われず、失敗をいよいよ大きくする。年金資金運用基金は、民間会計基準によれば債務超過に陥って、事実上経営破綻している。実際、グリーンピア事業にしても資金運用事業にしても、官僚トップの誰一人として破綻の責任を取らなかった。こうした官業の失敗が残した重大な教訓を国民は今後、きっちり生かしていかなければならない。
 もはや年金積立金の管理と運用を、無責任体制の厚労省と特殊法人の手に委ねておくべきではない。情報公開を大前提に、実務にたけた民間の第三者機関が行うべきなのだ。



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