■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第62章 積立金取り崩しを厚労省が渋る本当の理由

公的年金改革6      
(2003年9月8日)

 147兆円(2001年度末)に上る厚生年金と国民年金の積立金を取り崩すことで、年金の給付水準を一定程度に維持する―この現実的な考えが、来年の公的年金改革に向け急浮上してきた。坂口力厚生労働相が積立金取り崩し構想を表明したためだ。
 もちろん積立金を取り崩せば、厚生労働省が描いてきた「保険料アップ・給付金ダウン」のシナリオを大幅に書き替えることが可能になる。だが、事はそう簡単に運びそうにない。厚労省の抵抗をはじめ波乱含みとなるのは必至なためだ。背景に、年金積立金を元手に自ら福祉施設事業などを展開している厚労省が、財源の取り崩しに消極的になる事情や、過去に郵貯・簡保や年金を財源とする財投資金に預託し、特殊法人などに貸し付けた年金積立金の大部分が不良債権化している財投の問題がある。

声高に「国民負担増」を主張

 公的年金の給付は、1. 保険料の積立金、2. 将来の保険料収入、3. 国庫負担(現在は基礎年金給付に必要な費用の3分の1)、4. 積立金の運用収入 ―で賄われる。
 問題は、この4要素のうち厚労省が「年金危機」を叫んでことさら強く主張しているのが、国民負担に直結する2と3の増加であることだ。つまり、現役世代の保険料引き上げと給付水準の切り下げ、国庫(税金)負担増(同2分の1に引き上げ)の実行ばかり押し出し、運用の大失敗(02年度末までに累積赤字6兆円超)には触れずじまい。積立金の取り崩しについても、明確な意思を示さなかった。自らの運用責任は棚に上げ、「国民負担やむなし」の方向に、世論を誘導してきたのだ。

 だが、約150兆円に上る積立金は約5年分の給付費を賄える、先進国中段トツの水準にある。フランスの場合で積立金の水準は2、3カ月分。英国、ドイツでも、それよりやや多い程度だ。この巨額の積立金を数カ月分を残すまでに年々取り崩して給付費の一部に充てれば、現役世代の将来の負担がかなり軽減されるのは明らかだ。
 しかし、厚労省は積立金の取り崩しには消極的だ。年金局数理課の佐藤裕亮課長補佐は言う。
 「取り崩しは意図的にやるものではない。単年度で赤字になったときに、結果として取り崩す。(いわば)財布にたまっているカネが積立金です」
 この説明からすると、積立金を戦略的に、年金財源の補てんに活用する考えは事務局にはない、とみてよい。実際、国民年金の積立金を過去2度(83年と84年)にわたって取り崩した前例はあるが、当時の取り崩し理由は年金財政の赤字に加え、保険料の引き上げが間に合わなかったためだ。赤字財政の穴埋めのため、やむなく取り崩したのである。


取り崩しを嫌がる本当の理由

 だが、厚労省が積立金の取り崩しをできれば避けたい本当の理由は、次のようなものではないのか。
 一つは、厚労省自らが厚生年金保険法を根拠に、「福祉施設」の整備・運営などの事業を年金積立金を使って行っていることだ。そして、事業を実施している所管の特殊法人、公益法人の理事長ら役員ポストに厚労官僚が大挙して天下っているという現実がある。
 これらの施設事業のうち、グリーンピア(大規模年金保養基地)は経営破綻し、既に廃止が決まっている。グリーンピア事業に投じられた年金資金は、建設費だけで元利合計3,508億円。このほか固定資産税や施設修繕、森林維持管理などに233億円を費やした。グリーンピアを手がけた特殊法人「年金資金運用基金」(旧年金福祉事業団)の事業費は役員、職員の人件費を含め、丸ごと年金積立金から支出されてきた(01年度実績699億円)。
 グリーンピア以外の「福祉施設」は、厚生年金会館など全国に265施設。傘下の公益法人が実施するこの施設事業にも、年金積立金が使われている(03年度予算計1892億円)。こういう状況だから、仮に手元の年金積立金がなくなれば、これら「官業」の財源もいっぺんに干上がることになる。厚労省が取り崩しに消極的になる理由だ。

 もう一つ、取り崩しに伴う波乱要因に、財投事情が考えられる。積立金約150兆円は帳簿上はあるが、実態は融資先で焦げ付いて不良債権化している。日本医師会総合政策研究機構の報告書などによれば、2000年度まで続いた財投への預託で、年金積立金の8割近い112兆円(02年度)が主に特殊法人に貸し付けられているが、融資先法人の大部分が実質債務超過で回収不能の状態にある。
 年金積立金を取り崩そうとすれば、貸付先のこれら財投機関の危い財務実態が日本道路公団のように明るみに出て、国債暴落などの引き金にもなりかねず、取り崩しまで一筋縄で行きそうにはない。


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