■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第61 章 年金「福祉施設」事業のデタラメ/ なぜ年金を使うのか
公的年金改革5
(2003年8月28日)
サラリーマンの厚生年金、自営業者や学生らの国民年金、さらに国民の健康保険の保険料を使って国が設置した「福祉施設」は、全部で265にも上る。これに事業破綻から廃止の方向が決まったグリーンピア(大規模年金保養基地)の13施設を加えると、年金官僚たちは全国に300近い施設を建設した。さらに、サラリーマンの失業手当の原資となる雇用保険や労災保険の保険料を使って設置した福祉施設を加えると、厚生労働省が全国に展開する福祉施設は何と約1800に及ぶ。こういう福祉施設にも厚労官僚が隈なく天下っていることはいうまでもない。
今回は、われわれの年金積立金を使って整備した、グリーンピアを除く265の福祉施設事業の実態について検証してみる。
運営は「国有官営方式」
まず、厚生年金、国民年金、健康保険の被保険者を対象に、国が「福祉」と「健康づくり」を看板にして設置してきた福祉施設の種類と数をみてみよう。厚労省が7月24日の第22回社会保障審議会年金部会に提出した資料によれば、厚生年金保険の福祉施設が計114施設、国民年金の施設が計59、健康保険と年金の被保険者を併せた保険制度共通の施設が計92を数える。
うち最多の厚生年金施設は戦時中の1944年から、国民年金施設は72年から、制度共通の施設は83年から、それぞれ設置・運営されている。いずれも、その事業財源に、われわれの年金が使われているのが特色だ。
運営方式は、「国有民営方式」をとっている、と厚労省はいうが、民営といっても官製法人で天下り先の厚生年金事業振興団のような公益法人に委託して運営しているから、実質は「国有官営方式」にほかならない。
施設の種類をみると、厚生年金施設で最も古い厚生年金病院が全国に10カ所、厚生年金会館が21、老人ホーム32、スポーツセンター4、総合老人ホーム(休暇センター)17、終身利用老人ホーム1、健康福祉センター(サンピア)25、保養ホーム4。国民年金施設は健康保養センターが47、国民年金会館2、健康センター・総合健康センター10。保険制度共通の施設は社会保険センターが48、社会保険健康センター44 、となっている。
だが、似たような施設を厚労省はなぜ、こんなに沢山つくったのか。
年金積立金をなぜ使うのか
厚労省と福祉施設を設置・運営する外局の社会保険庁によれば、福祉施設事業はいずれも法律に基づいて行われているという。どんな法律なのか。
根拠とされるのは、厚生年金保険法だ。それには「政府は、被保険者、被保険者であった者及び受給権者の福祉を増進するため、必要な施設をすることができる」(第79条)とある。国民年金法にも同じ主旨の条文(第74条)がある。「施設をする」という条文の意味はあいまいだが、年金官僚たちはこれを「設置・運営できる」と読んで実行してきた。施設事業自体は、このように法律に基づく合法なものだ。問題は、この先にある。―なぜ年金財源を施設事業に使うのか?
年金積立金を元手に福祉事業を行うに至ったいきさつは、厚生年金施設事業の当初からの実施機関だった「厚生団」(財団法人「厚生年金事業振興団」の前身)が編さんした『厚生団三十年史』(74年発行)に詳しい。やや長くなるが、引用してみよう。
「労働者年金保険は、長期保険としての特質上将来の保険給付の財源として厖大な積立金の蓄積が予定されているが、この積立金は被保険者の零細な保険料が累積したものであって、資金の性質上からも労働者の利益のために合理的に運用されなければならないものである。同時に積立金の運用によって生じた差益金(利益差)についても同じことがいえるわけである。当時は低金利時代であったが、実際には積立金の運用は予定利率三分五厘より上回って三分七、八厘程度になっていたので、この運用上の差益金も当然被保険者の利益のために還元する必要がある。簡易生命保険においては、この差益金を還付金の名目をもって契約者に還元し、また民間の生命保険においても同様に配当金として契約者に分配している。労働者年金保険の場合は立法上の沿革から差益金の還元方法として保険料率引き下げの財源に充当するか、あるいは保険給付の内容充実のために振り向けるか、もしくは被保険者にそのまま還元するか、いろいろと研究されたが、結局この差益金は福祉施設の財源に充当することが、労働者年金保険の本旨に合致する最も適切な方法であるとされた」
年金財源が使われた理由
「福祉施設事業を年金積立金で」の考え方には、養老年金を受けるまでの長期間、保険料を払い続ける現役組に対し、ずっしりくる保険料の負担感を和らげる“お返し”の意味があったわけだ。
このようにして福祉施設事業が始まったわけだが、問題は、設置根拠法とされる厚生年金保険法のどこにも「年金積立金を施設事業に使っていい」とは明記されてないことだ。この施設事業に年金積立金が2003年度予算だけで1892億円も注ぎ込まれたのである。明らかに、年金法で福祉施設を「することができる」と書かれてあるのを受け、官の裁量で「当然、年金積立金を使ってできる」とみなしたのだ。
これについて度山徹・厚生労働省年金局総務課課長補佐は「法律には“できる”という“権能”が書かれてあるから(当然)」と言うが、国民は納得いくまい。
法律にしっかり明記していないのに、年金積立金を年金給付以外の目的に使うのは、法的に問題があるのではないだろうか。
ともあれ、このような経緯から265ある年金関連福祉施設とグリーンピアの13基地に、われわれの貴重な年金資産が費やされてきたのである。
いまでは、経費のうちの運営費(人件費など)については、当たり前のことだが、各施設の収益により賄われる自己負担を原則に、「基本的に」国からの補助はしていないという。ただしグリーンピア事業を行う特殊法人「年金資金運用基金」に対しては、維持費、人件費を含め、事業費を丸ごと年金財源から賄っている。
厚労省によれば、グリーンピア13基地の建設費計1914億円を財投資金から借り入れたため、元利合計の返済額は3508億円(うち02年度までの償還済み額は2711億円)に上る。このほかにも固定資産税、施設修繕費、森林の維持管理費として、75年度から02年度までの間、233億円かかった(運営費は、施設を運営する財団「年金保養協会」や地方自治体が負担)。これらの支出一切に、われわれの年金積立金が使われたのである。厚労省の無責任行政を年金の被保険者が、事実上説明を受けることもなく、知らされないまま尻ぬぐいさせられたのである。
傘下・公益法人の高額人件費
厚生年金施設事業の実行部隊である公益法人の実態に目を転じてみよう。財団「厚生年金事業振興団」への天下り状況はどうか、補助金・委託費の形で年金積立金はどの程度注ぎ込まれているのか?
同財団の前身、「厚生団」の設立は戦時下の1943年にさかのぼり、職員数は約5400人というから、年金局傘下で最古最大級の公益法人である。厚生団の初代の理事長には厚生省保険局長が、常務理事には厚生省保険局年金課長が就任している。文字通りの「官製法人」であった。
施設は戦後、右肩上がりで増え続け、いまでは厚生年金会館や各種センターなど計91施設。このほか、全国に7つの厚生年金病院、看護専門学校3校も持つ。
施設事業は「それ行けドンドン」の感があった。なかには約9000万円かかる温泉掘削の認可を、泉脈の存在も確認しないまま社会保険庁が出したズサンなケースもあった。元「ウェルサンピア鹿児島あいら」センター長の畠山勇三郎氏はこう追想する―「(86年度)整備計画に温泉掘削工事をトップにあげ、(厚生省)保険課並びに社会保険庁に実行方を要望した。・・・本来は大学あるいは温泉研究所などの専門家が実地調査をし、泉脈があることが確認されなければ掘削をしないと聞いていたので、一発勝負はとても無理ではないかと半ばあきらめていた。ところが、8月初旬に保険課から掘削が申請通り認められた、との朗報があった」(『厚生年金事業振興団五十年史』)。
常勤役員・職員のうち、約120人が厚労省と社会保険庁からの天下りだ。吉原健二理事長は年金局長を経て元厚生事務次官、常勤3人の理事も医薬安全局長、国立医療・病院管理研究所長、社会保険庁地方課長を経験してきた厚労省OB。
この財団に投入された補助金・委託費は、02年度だけで約25億9000万円。補助金などの内訳をみると、適格な看護師を養成するための「厚生年金病院看護師養成所経営委託費」の場合、交付額1億1518万円のうち人件費が8割近くを占める。同財団の説明では、研修先の厚生年金看護専門学校で雇用したインストラクターの人件費だという。もちろん、これらの資金はすべて年金積立金を保有・管理する年金特別会計から供給されるのだ。
天下りした財団理事長の給与は、どのくらいか? 広報課長は「プライバシーだから給与は言えない」の一点張りだが、内規には「(国家公務員の)指定俸給表11号相当額の範囲内」とあるから、事務次官の月給を上限に決めていることがわかる。それだと推定120万円台となり、特殊法人の理事長並みだ。
しかもこのほかに月給(本俸)の12%相当額を「特別調整手当」の名目で受け取るから、実質的には特殊法人「年金資金運用基金」の理事長の収入を上回る。同振興団が経営する福祉施設の売上高に占める人件費の割合が、民間同業者より倍近い(財務省調べ)のも、納得がいく。
しかも月給の支給日は毎月20日と、民間の平均支給日より5日も早い。ボーナス支給も同様に、民間平均よりずっと早い。退職金は4年勤務しただけで、ざっと1900万円。
民業圧迫する一方で経営不振
なんとも民間とは別世界の話だ。同財団は「常勤役員4人への報酬、退職金及び職員の給与は(年金財源からでなく)事業収入で賄っています」と言うが、資金に使途別の印が付いているわけではない。要は、26億円近い事業資金を年金財源から賄っているという厳然たる事実だ。財団の年間収入は1038億1415万円だから、年収の2.5%を年金積立金に頼っているわけだ。
国や特殊法人が設置する公的施設(会館、宿泊施設、会議室、結婚式場、健康増進施設、総合保養施設、勤労者リフレッシュ施設など)に対し、民間旅館組合などの抗議を受け、施設の新増築の禁止が、これまでに何度も閣議決定された(最後のは4年前の99年5月)。度重なる閣議決定に及んだのは、官が施設事業の自己増殖を止めなかったせいだ。利権と天下りの拠点を増やし続けることに余念がなかったのだ。
厚生年金事業振興団の場合、「ウェルサンピア」と呼ぶ休暇センターの2施設を新設した98年まで、事業はひたすら拡大し続けた。現在の“公共の宿”のキャッチフレーズは「全国各地に91ヶ所。行きたいところにウェルがある」だ。
「ウェル」とはWelcome(ようこそ)、Well(満足)、Welfare(福祉)をもじった各ホテルの愛称である。だが、利用状況は総じて01年度から悪化しだした。これらの施設は、民間の同業者よりも2―3割安い料金設定をし、半分以上が累積赤字を出し、人件費も異常に高い。このことが財務省の調査で明らかになったことは、前回第60章で指摘した。
つまり、財団は民業圧迫をする一方、自らは年金資金をもらいながらひどい経営不振に陥っているのだ。こういう「官業」は、どうみても完全民営化もしくは廃止するしかない。