■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第58章 年金積立金がなくなって行く
        ― 特殊法人向けが不良債権化
公的年金改革3      
(2003年6月25日)

 われわれ国民の大事な資産である公的年金は、果たして約束どおり給付されるのだろうか?約150兆円にも上る年金積立金は、財投を通じた融資先の特殊法人が不良債権化して焦げ付くなどで、実体はかなり目減りしているのではないのか。年金自体の財政収支も、2001年度の厚生年金の場合、運用収入の急減などから1942年の制度発足以来初めての赤字に転落している。われわれの老後の生活が安心してできるように、年金の原資となる積立金はしっかり確保されているのかどうか ― まずは、ここから検証してみる。

貸付先で不良債権化

 この検証作業を進めるに際し、年金積立金の資金フローの実態をつかむことが前提になる。それには、1. 財政投融資資金として年金積立金を受け取った特殊法人に返済能力はあるのか(不良債権にならないか)、2. 財投先の特殊法人・年金資金運用基金(旧年金福祉事業団)は年金積立金の自主運用機関だが、その運用実績はどんなか ― を中心にみる必要がある。
 その場合、国民の税金からなる一般会計や特別会計から「補助金」や「交付金」の名目で資金が特殊法人に流れ込んでいるため、これらの国費により負債の元利返済が行われ、特殊法人の経営に一見問題がないかのようにみえる点に留意しなければならない。
 調査の結果、浮かび上がってきた資金フローの輪郭は次のようなものだ。

「運用基金」32兆円焦げつき

  以上について、さらに掘り下げてみよう。
 年金積立金はいま帳簿上は約150兆円ある、とされるが、特殊法人向けに財投を通じて貸し付けられた積立金の大部分は不良債権化している、ということだ。少なくとも、特殊法人向けのうち年金資金運用基金に融資された資金は、全額焦げ付いたということである。
 日本医師会総合政策研究機構の報告書『公的年金積立金の運用実態の研究』(第38号)によれば、32の財投機関(特殊法人)を格付けした結果、自力で債務の利払い・償還が可能な特殊法人は一つもなかった。補助金収入を得れば辛うじて賄える法人がわずかに2法人、残りは全部新規借り入れなどをしなければ賄えない財務状態(99年度末)であることが判明している。
 この少しは経営がましな例外的2法人とは、水資源開発公団と緑資源開発公団。年金資金運用基金の前身である年金福祉事業団の場合、負債の利払い・償還をするためには、補助金収入と増資(出資金の追加)に加え、新規借り入れをしなければ不可能、とされた。つまり、事実上の事業破綻認定だ。

 年金資金運用基金への焦げ付き債権は、どのくらい多額に上るのか。『財政金融統計月報』2002年7月号の財政投融資特集をみると、同基金の運用向けの融資残高に相当する32兆1669億円(2001年度末)に上ることがわかる。
 公的年金(厚生年金と国民年金)は郵貯、簡保などと共に、主要な原資として財政投融資に投入されてきた。2001年3月末まで年金積立金を旧大蔵省資金運用部に預託する義務が課されていたため、サラリーマンの厚生年金でみると、財投向けの同預託金残高は2001年度末で122兆2758億円と全積立金の89%を占めている。つまり、年金積立金の9割が財投に投入されているわけだ。そして、財投資金の全体は「特殊法人向け約6割、地方自治体向け約2割、特別会計向け約2割」の割合で投融資されてきた。
 公的年金は預託された全財投資金の31.7%(2001年度末)を占める。これは5割強を占める郵貯に次ぐ預託シェアだ(財務省による)。国民の「虎の子」の年金原資は、特殊法人などの、時には得体の知れない事業に使われていたことになる。
 いいかえれば、自立経営不能の特殊法人に財投から貸し込んだ結果、われわれの年金積立金の相当部分が焦げ付いて大きく目減りしているのだ。

保険料の未納者急増

 国民年金(基礎年金)の保険料を納めない人が急速に増えている。未加入者、未納者を合わせると厚生年金を含む被保険者全体の5%ほどに上る。国民年金だけをみると1カ月以上の未納者は現在、3割を超える。3年ごとに実施される国民年金被保険者実態調査によると、国民年金保険料を過去2年間全く納めていない未納者は95年度末当時、約172万人だったのが、98年度末時点では265万人に、1.5倍も増えている。
 国民年金の未加入者は95年10月当時の約158万人から98年10月時点では約99万人。未加入者は近年減っているが、未納者は増加の傾向にある。
 未納者が増えている理由の一つに、将来の保険料の引き上げとか給付減に対する不安があることは間違いない。というのも、所得面で納付者と未納者との間に大きな差は認められないうえ、未納者の大半は医師や自営業者の多くにみられるように、生命保険や個人年金に加入して相当額の保険料を支払っているためだ。
 一方、厚生年金の保険料の不納欠損額も93年度から、98年度を唯一の例外に毎年急増してきた。2001年度は前年度の約255億円から一気に2倍近い486億円に跳ね上がっている。
 明らかに不況の深刻化から事業主の滞納が急増したのだ。厚労省は各地の社会保険事務所を通じて事業主に対し納期内に保険料を納入させるため口座振替の推進などの行政指導を行っているが、増加の勢いは止まらない。

年金積立金で施設づくり

 このように、保険料収入のダウンと年金受給者増による給付費のアップから、公的年金制度の前途は厳しい。しかし、厚労省の年金管理と運用がきっちりなされているなら、年金制度への国民の不安はそれほど深刻にはならないだろう。管理と運用を安心して行政に任せられないところに、国民の新たな心配の種が加わる。
 例えば、年金特別会計の過去10年にわたる施設整備費(当初予算)の推移をみてみよう。減少傾向にはあるが、それでも2003年度予算で厚生保険特別会計が379億円、国民年金特別会計が35億円の予算を組んでいる。
 問題は、年金積立金を元手に、年金官僚の天下り先でもある各種福祉施設の建設・改修を絶え間なく行ってきたことだ。
  2001年度の厚生保険特別会計でみると、これらの工事の内容は、九州厚生年金病院の建替え工事、群馬厚生年金会館の本館改修工事、サンピア大阪の基幹設備改修工事のほか、健康保険医療施設の健康保険鳴門病院や北海道中央病院の建替え工事などである。
 国民年金特別会計の場合、京都エミナースの基幹設備改修工事などだ。
 厚生年金保険の福祉施設は、被保険者の健康、福祉の増進を目指して年金制度の一環として整備されてきた。問題は、さまざまな機能を求めつつこれらの福祉施設が時代と共に際限なく増え続け、歯止めが掛からないところにある。
 例えば、厚生年金病院。もとは終戦前後の急を要した産業障害者に対する整形外科療養の実施機関として温泉地を中心に昭和20年代に設置されたものだ。全国に10カ所設置されたが、昭和30年代に入ると勤労文化の向上を図るため、として、厚生年金会館の設置が始まる(現在、全国に21カ所)。
 さらに昭和30年代半ば以降は老人ホーム(現在、32カ所)、スポーツセンター(4カ所)、総合老人ホーム(休暇センター・17カ所)、健康福祉センター(サンピア・25カ所)、保養ホーム(4カ所)、終身利用老人ホーム(サンテール・1カ所)と次々に新規施設建設に乗り出した。

健康保険分野でも福祉施設

 一方、政府管掌健康保険の保険福祉施設も同様に、時代に合わせて増殖してゆく。
 終戦後「国民病」とされた結核対策の国家事業として、健康保険病院・診療所がまず設置される(現在、60カ所)。次いで健康保険保養所(22カ所)、保健福祉センター(13カ所)、健康管理センター(15カ所)、社会保険センター(48カ所)の順で、昭和60年代までに展開させている。平成に入ってからは介護老人保健施設(29カ所)、社会保険健康センター(50カ所)の設置が急ピッチで行われた。
 この間、傘下の特殊法人・旧年金福祉事業団が大規模年金保養基地(グリーンピア)を全国13カ所に設置したが、事業の失敗から多額の負債を抱え廃止に追い込まれたことは、第56章で紹介した。
 グリーンピア以外でも福祉施設事業の赤字は先の保養ホーム、健康保険保養所、保健福祉センターなど(2001年度)。
 他方、国民年金の福祉施設は、昭和40年代に健康保養センター(47カ所)、昭和50年代以降は国民年金会館(エミナース・2カ所)、健康センターおよび大型の総合健康センター(計10カ所)が設置された。うち赤字に陥っているのは国民年金会館(2001年度)。

 このようにして官は年金、健康保険、さらに(ここでは割愛したが)雇用保険などの保険料を財源に、次々に施設を建設・運営してきたのだ。大義名分は被保険者の「福祉・健康」である。
 結果、宿泊施設、会館、ホールなどを含めると、いまでは全国に実に約1800施設が展開する。その施設の役員には、厚生労働省や外局の社会保険庁、翼下の特殊法人・年金資金運用基金、雇用・能力開発機構などから続々と天下っていることは、言うまでもない。
 厚労官僚たちは、このように国民生活に最も密接な年金・健康保険・雇用保険の保険料を財源に、事業を企画し、ネットワークを築き上げてきた。その過程は、そのまま官の利権のネットワーク化でもあった。
 しかし、国民は長い間、自分たちの大切な資産が、官の事業にこのような形で使われているとは、情報公開されないために、ついぞ聞かされず、知らなかったのである。



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