■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第57章 「給付カット・保険料アップ・消費税引き上げ」を許すな
     / ベールに包まれる年金積立金の実態


公的年金改革2      
(2003年5月28日)

 この国の官僚は、マックス・ウェーバーのいう「精神なき専門家(Fachmensch ohne Geist)」の集まりなのだろうか―。
 年金問題を取材して得た率直な感想だ。年金積立金は老後に備えた国民の大切な資産なのに、たとえば年金財政について調べてみようと思っても、だれも正確な実態はつかめない。資料づくりに「国民に向いたサービス精神」がないため、公開資料は形ばかり整っているが、内容がわかりにくく出来ているせいだ。取材をしてみて、この国の情報公開の仕方は、どれもごく形式張って不親切に思える。その背景に、なお生きている伝統的官僚の次の心性があるのだろう。「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」。

 情報公開の話から本論に入ろう。役所の情報公開が不十分で、担当係さえ情報をつかみ切っていない実態は、次の数日前のエピソードが物語る。

情報管理も不十分

 われわれの公的年金の積立金は、ほんとうはいくらあるのか。この疑問をはっきりさせるために、筆者はまず、厚生労働省年金局のホームページを開いてみた。
 すると、〈資料1〉の画面が現れた。2000年度末の積立金をみると、136兆8804億円とある。この積立金の「年度末残高」はきちんと出された正確な数値に相違ない。
 だが、念のため、前年度末残高に2000年度の収入と支出の収支差を加えて検算してみた。合って当然、合わなければ・・・?
 ところが、前年度末残プラス収支差の合計より積立金の額が大きい。その差は何なのか。何かがこの表から漏れているはずだが、注記にはそれらしきものは書かれていない。
 約4時間後、このナゾがようやく解ける。「事務費」予算で使い残しの前年度分が加算されていたのだ。これを知るには、典拠となった社会保険庁の「事務年報 平成12年度」版を見なければならなかった。該当欄に「業務勘定から積立金の繰入」とある。この部分がホームページには脱け落ちていたのだ。
 なぜ、真相がわかるまでに四時間も費やしたのか。背景に、官僚の縦割り行政からくる縦割り知識の限界がある。つまり、ごく基本的な知識のはずなのに、担当分野外のためすぐに答えられる幹部がいなかったのだ。
 筆者は数字の食い違いを追究して、年金局の総務課、運用指導課、資金管理課、厚労省外局に当たる社会保険庁の年金保険課、経理課にことごとく電話をつないで質問してみた。が、ラチが明かない。回り巡って年金局数理課の課長補佐からついに確たる回答が届くまでに、時刻は午後八時を回っていたのである。

 このやりとりから、次の重要な疑いが生じる。巨大な国民の資産(年金)は、年金官僚によってきちんと管理され、年度末積立金の数字が示す資産が果たして実物として存在するのか、と。情報公開されている数字に関してでさえ、質問にはすぐには答えられなかったのだ。
 収支差のほかに、少なくとも国民には知ることのできない項目「事務費の使い残し」があることはわかった。積立金の実態把握に一歩近づいた形だが、年金積立金の全体像についてはもしかしたら、当の年金官僚も把握していないのではないか。

年金積立金のナゾ

  年金積立金にはナゾが多い。正確な実態を知らないと、叫ばれている「年金危機」に煽られて、国民は納得のいかないまま結局は、「国民負担増」の策略(給付カット、保険料アップ、消費税引き上げなど)に引っかかってしまう公算が大きくなる。現在の小泉政権のいわゆる構造改革路線は、改革の展望が開かれないまま、年金や雇用保険の給付引き下げ、医療の自己負担引き上げなど家計の負担増を招いている。
 このまま年金改革論議が進めば、従来同様、年金官僚主導の「国民負担増」で決着するのは必至だ。
 しかし、それでいいのか。保険料を強制徴収される国民側からすれば、この際、反撃する形でいくつかの選択肢を考えておくべきだろう。

 一つは、年金資金運用の失敗、積立金の流用、天下り先特殊・公益法人への補助金などのバラまき―といった無責任行政の責任をまずとらせる。そして、第三者機関を設置して資金運用させる抜本改革だ。
 二つめは、運用収益増と併せ、現在の年金給付を年金積立金からの繰入れで賄う(つまり取り崩していく)方策である。積立金の取り崩しは、既に70年代に二度にわたり国民年金勘定で実施されて経験済みだ。
 しかし、これらの改革のためには、繰り返すが、正確に年金積立金の実態を把握しておく必要があるのだ。
 ところが、積立金がどこから入ってどこに出るか、の把握は実は容易でない。大まかな仕組みは公表されているが、内容は複雑で多岐に変化している。たとえば(資料1)の年金局のホームページにある「国年特会」(国民年金特別会計のこと)。
 この一つをとっても「受入」にせよ「繰入」にせよ、国民年金特別会計には四つの勘定(「基礎年金勘定」、「国民年金勘定」、「福祉年金勘定」、「業務勘定」)がある。さらに、厚生保険特別会計にも四つの勘定(「健康勘定」、「年金勘定」、「業務勘定」、「児童手当勘定」)がある。
 この二つの年金特別会計は、一般会計や他の特別会計から資金を受け入れたり、別の特別会計に繰入れたりする一方、なんとこれらの勘定間を資金が行き来しているのである。

 こうした複雑な資金のフローが、その時々の一般会計や特別会計、あるいは年金特別会計勘定間の財政事情などからひんぱんに起こることが、実態の把握を非常に困難にする。だから、外部の者は会計の実態を知ろうと思えば、期末に積立金の残高を確認して、その間の資金フローの変化は調べて推し計るしかない。
 そもそも公的年金を管理する特別会計自体が、「官僚の裏帳簿」(故石井紘基代議士による)と呼ばれるほど、ほとんど公表されない。年末の国家予算案策定の際に、マスメディアは一般会計予算と「第二の予算」とされる財投予算だけしか報じないのも、財務省も特会を管理する各府省庁も、何も公表しないためだ。一般会計の4-5倍の予算規模に上る特別会計(現在計32会計)はいまなお、濃霧の中にかすんでいるのだ。
 こうしてみると、年金制度改革のためには、二つの年金特別会計の資金フローに関する情報公開が必要なばかりでない。全特別会計の経理内容も透明化して、資金の流れを見渡せるようにすべきなのだ。

大穴をあけた資金運用

  もう一つ、資金運用体制の問題を取り上げよう。
 これには二つの側面がある。第一に、特殊法人・年金資金運用基金が行っている資金運用の問題。第二に、運用の仕組みが変わった2001年度以前、旧大蔵省資金運用部に全額義務預託していた時代の「財投運用先(特殊法人、地方自治体、特別会計など)の不良債権化」の問題だ。
 前身の旧年金福祉事業団が資金運用部から別途に借り入れして民間機関に運用を委託して大損を出したのに続き、同基金は2001年度に自主運用で1兆円超の損失を計上した。2002年度も損失続きで、累積赤字は同年度末に5兆円を超える恐れが出てきた。
 つまり、市場環境が悪化しているとはいえ、赤字まみれの運用体制が一向に改まっていない、ということだ。自主運用が依然、裏目に出ている、ということでもある。

 これでは運用収益増により保険料収入の低下をカバーするシナリオは実現しない。旧資金運用部への預託金の償還(財投からの引き上げ)は2008年度までに完了するが、それまでの移行期に、年金局はポートフォリオ(運用資金配分表)を「安全」と「効率」を基準に徐々に変えていく構えだ。
 2003年度の運用資金全体の「移行ポートフォリオ」によれば、国内債券が83%、国内株式6%、外国株式4%、外国債券2%、短期資産5%の内訳。国債をはじめとする国内債券は前年より減ったとはいえ、なお8割強を占める。
 国債の歴史的な「実質ゼロ金利」を考えれば、緊急措置として利率の高い外国債券や収益力の高い外国株式の購入を増やすべきだ。昨年第3四半期(10月―12月)でみると、外国株式と外国債券がそれぞれ6.49%、2.51%(いずれも円ベース)高騰したのに、国内債券は1.1%のアップ、国内株式は8.4%も下落した。
 金融マーケットの変化に機敏に対応できる体制を早急に整えなければならない。米英のヘッジファンドなどの年金運用基金がリスクヘッジと収益増を目指して多用するデリバティブの積極採用もこの際、考えるべきだろう。米国の有名な公的年金基金、「カリフォルニア州職員退職年金基金」(CALPERS)の高度なリスクヘッジ技術を駆使した成功ケースも、見習わなければなるまい。資金運用は本来、「ロスチャイルドの世界」なのである。現行のバランス型の運用が明らかに変化への対応力を鈍らし、損失を広げているのだ。

年金官僚の天下りの実態

  ここから浮かび上がるのは、硬直組織の特殊法人に国民の大切な資産の運用を任せきってよいのか、という疑問だ。失敗だらけで責任も取らず、自らも実質債務超過に陥っている年金資金運用基金に、年金原資を委ねてしまうのは適当かどうか。
  さらに、同基金を監督指導する厚労省年金局も、年金積立金をきちんと管理し、実態を国民に正しく情報公開しているかどうか。年金積立金の流用で公務員宿舎などを整備してきた“実績”は、既に前月号で報じた。
 年金官僚の天下りと「渡り」の実態も、彼らの信頼性を疑わせる。保坂展人衆院議員(社民党)が、国会に提出した質問主意書に対し厚労省から今年1月、天下り状況についても答弁書が出された。それによると、年金局の課長相当職以上のOBが傘下の公益法人62法人に天下っている。その実態を(資料2)に示しておこう。
 グリーンピアとよく似た「サンピア」を全国25カ所で運営している財団法人「厚生年金事業振興団」。理事長(常勤)の厚生事務次官OB、常務理事(常勤)の2人と企画情報部長ら計7人が旧厚生省局長出身など厚生省幹部OBだ。退職金規程をみると、「退職日における本俸月額の100分の28に相当する額に、在職月数を乗じて得た額とする」とされているから、仮に最終月の役員報酬が110万円だとすると、任期4年で1478万円の退職金を手にできる。
 この「100分の28」という退職金算出式の乗率は、昨年4月から批判を受けて従来の「100分の36」から引き下げた特殊法人と同一に設定してある。
 所得税よりも重い国民の年金保険料負担。その将来のあり方の決定を、国民は年金官僚にそっくり委ねてしまっていいのか―ボールは国民の側に投げ返されている。




下記の資料は、それぞれクリックすると、新しいウィンドウが開いて拡大します。(350〜400Kあります)

(資料1)   厚生年金保険 収支状況の推移
出所)厚生労働省ホームページ


(資料2)公益法人への天下りの実態
2-1
 2-2 
 2-3
出所)厚生労働省


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