■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第59 章 土壇場の公務員制度改革
― 官僚の裁量権拡大が狙い
(2003年7月14日)
政府の行政改革推進事務局は7月3日、公務員制度改革関連3法案の原案を自民党公務員制度改革委員会に提出した。本来なら国民の官僚不信の解消を図る行政制度改革のはずだが、法案の主旨は逆に、天下りや採用試験に関する権限を人事院から各省庁に移し、省庁ごとの行動を自由にするところにある。加えて、法案の審議・策定作業も、人事院や外部の学識経験者などを排して事実上「密室」で行われ、著しく透明性に欠ける。
仮に、法案が国会を通るようなら、「公務員制度改革」の美名のもとに、民間企業への天下りなどに、各府省横並びで大手を振って暴走しかねない。
法案提出を巡り綱引き続く
改革関連法案の国会提出を巡り推進勢力と抵抗する労働団体(「連合」)との綱引きが、6月に入ってにわかに白熱してきた。
連合は、法案が労働基本権を制約したまま、(その制約の代償機能を果たす)中立人事行政機関の人事院の権限を縮小しようとするのを問題視し、見直しを求めてきた。坂口力厚生労働相、福田康夫官房長官らもその主張に理解を示し、いったんは法案提出の見送りに傾く。ところが、6月半ばに石原伸晃行革担当相と野中広務自民党公務員制度改革委員長が、今通常国会に法案を提出することを改めて確認したことから、一挙に振り出しに戻った。
背景には、林良造経済産業省経済産業政策局長(7月11日退任)から橋本龍太郎元首相に同会合をセットして法案提出に動いてもらいたい、との働きかけがあった、とされる。そして経産省が法案提出を急ぐのは、法案づくりを推進した出向者の高原一郎内閣参事官(元通産省調査課長)を本省に戻して栄転させるためだ、ともいわれる。
だが、その直後の6月20日、開催中のILO理事会が「結社の自由委員会」の勧告を採択し、日本政府に「公務員への団体交渉権・団体協約締結権の保障、およびこれらの権利が正当に制限され得る公務員への適切な代償の手続きの保障」などを再び強く求めた。今年4月には、坂口厚労相がILOを訪問して政府と労働側との対話を踏まえた政府決定を約束しただけに、法案を了承する閣議決定を強行すれば、国際的な信義を裏切ることにもなる。法案提出の勢いに改めて足かせがはめられたわけである。
しかし、この法案の問題を「府省庁vs人事院」とか「政府vs連合」というふうに、単純な対立・抗争図に矮小化するのは適当でない。
問題は、実に、この行政基幹制度が確立することで、官僚がますます権限を強めて制御困難になるかどうか、言いかえれば、官の暴走の人事装置を与えてしまうかどうか、にあるのだ。
「改革大綱」が法案の基本
法案のどこが問題なのか。
これを明らかにするために、まずは法案の基本となった「公務員制度改革大綱」に、ついて述べよう。公務員制度改革は、2000年12月、森喜朗内閣(当時)がエリート公務員の相次ぐ不祥事を受け閣議決定した「行政改革大綱」で特殊・認可法人改革、公益法人改革と並ぶ「行革の柱」と位置づけられたことに始まる。内閣の機能を強化し、政治を権力を握りすぎた官僚から内閣の手に戻す狙いがあった。
政府は内閣官房行革推進事務局に公務員制度等改革推進室を設置し、各省庁からの出向者など総勢約50人(最大時)のスタッフを集め、制度改革に取り組むことになった。 そのほぼ1年がかりの結論が「公務員制度改革大綱」(2001年12月閣議決定)であった。国家公務員の一般行政職(消防士、教員、税務職員などを除く一般の行政職)を対象とする大綱は、主に次のような内容からなる(丸カッコ内は現状)。
- 「能力等級制」を設けて能力・業績評価制度を導入し、任用、給与、評価の新人事制度をつくる(現状は職務給制度)。
- 各大臣を「人事管理権者」として権限を強化する一方、労働基本権については、争議権を認めないなど現行の制約を維持する(現状も大臣が人事権者だが、実質は、各府省庁の人事部局が人事を行う。他方、労働側は憲法で保障された労働基本権を制約されるため、人事院が代償機能)。
- I 種採用試験を存続させ、キャリア制度を温存する。 I 種試験について試験内容を改善し、合格者数を採用定数の約4割に増やす。内閣が採用試験制度の企画立案を実施(2001年度でみると、合格者数は採用者数の2倍強。採用試験の基準設定は、人事院が企画立案し実施)。
- 大臣が職員の民間企業への再就職(天下り)の承認を行うようにする(現状は、幹部公務員の過半数が50歳代前半で省庁の勧奨により退職し、特殊法人や公益法人、新設の独立行政法人に天下る人事慣行。民間企業への天下りに対しては人事院による承認制)。
- 民間企業に再就職した官僚OBが、離職後一定期間、出身省の担当職員に職務上の行為(不作為を含む)を依頼する行為を規制する(行為規制)制度を導入(現状は、人事院の承認を得ずに、退職後2年間に退職前5年間に在職した役所と密接な関係にある職務に就いた場合、1年以下の懲役または3万円以下の罰金)。
- 幹部候補職員を計画的に脅威するため、 I 種採用職員と(その枠を広げて) I 種採用以外の職員から選考した職員を、幹部候補職員として集中育成する仕組みを導入(現状は、各省の人事管理・幹部養成は I 種、II 種など採用試験の区分に応じて行われ、幹部候補生のほとんどはI 種採用者)。
キャリア制と天下り装置も温存
しかし、この大綱の内容が批判を浴びたため、その後の法案作りの段階で行革推進事務局は若干の修正を施している。とはいえ、それは微調整の域を出ず、大綱と基本的に変わっていない。
そこで、法案の問題点は以下のように、大綱のとほぼ同称になる。
- 民間企業への天下りの大臣承認制を改めていない。在任期間が短く超多忙の大臣が、案件のいちいちを把握して判断するのは困難。大臣承認制により民間企業に対しても、天下りが事実上、野放しとなる。民間企業に再就職した公務員OBに対する「行革規制」については、役所は天下り受け入れの見返りに黙っていても便宜を図ってくれるなどから、実効性に乏しい。
- 天下りを生む仕組みとなっている早期勧奨退職慣行の廃止が、盛り込まれていない。
- セクショナリズム(各省庁割拠性・縦割り一家主義)の是正策も講じられていない。各省庁の人事管理権を強化することで、むしろその一家主義を助長する。
- I 種試験合格者は幹部への登用が約束されるキャリア制度が、温存されている。
- 能力等級制を導入するとしながら、能力・評価基準がまったく不明で、各省庁が恣意的に運用する危険がある。
- 大綱にあった組織目標の設定、行動規準の確立、上級幹部職員にふさわしい新人事制度の確立についても、具体的な中身が盛られていない。
- 採用試験や試験機関は「政令で定める」とし、各省庁が自由裁量で行う余地を残してある。
- 能力等級制の導入にもかかわらず労働基本権を制約。能力等級によって人事や給与が決定されるなら、勤務条件の変更になり、団体交渉事項になるが、依然、スト権などを制約。
―以上の通り、法案はどうみても、国民の官僚への信頼を取り戻す「改革」どころか府省庁の権限強化に向かい、むしろ改革に逆行する。政府が提出を目指す7月中にも、その成否が問われているわけである。
経産省が密室で立案
しかし、批判されているのは、法案の内容ばかりでない。改革大綱から法案に至る政府の審議・策定過程が不透明きわまりない点だ。
大綱を作成したのは内閣官房行政改革推進事務局とされているが、実際には出向者の高原参事官を中心に、経済産業省グループの「裏チーム」と大手電機メーカーからの人事管理専門の出向者、橋本龍太郎・自民党行革推進本部最高顧問(元首相)らが協力・結束してつくったとされる。いわば、経済産業省グループが省益中心の発想から生み出したものだが、審議会などに諮っていないため、その審議内容は一切公開されず、大綱の基幹部分は「密室」で決められている。
建前は行革推進事務局の公務員制度等改革推進室の春田謙室長(元運輸省大臣官房審議官)が改革案作りの指揮官だが、橋本龍太郎氏が運輸大臣当時(86年)、その秘書官を務めたことから、経産省グループを後押しした元ボスの意向に沿って動いたといわれる。
ということは、法案の立案がはじめから経産省グループの青写真を元に行われ、オープンな審議はその妨げになった、従って、情報公開されなかった、ということである。
この密室作業ぶりは、第45章で報じたように、大綱の閣議決定後に霞が関に出回った『公務員制度放浪記』と題する内部告発文書からも明らかになる。
筆者は、先の民間電機メーカーから出向した矢先、能力等級制の立案などで「裏チーム」への協力を依頼され、巻き込まれていくが、次第に後悔して内部事情を暴露するに至るのである。
「裏チーム」の存在が事実とすれば、政府内の特定省庁による陰謀にほかならない。そして、「裏チーム」が事実上大綱と法案をつくり上げたとすれば、それは特定の政治勢力と結託した「合作」である疑惑が浮かび上がる。立法機関である国会は、これを確認する必要がある。