■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第49章 森も事業も財政も危機

国有林野事業特別会計
(2002年10月30日)

 この国の官制統治システムが金融に始まり財政に至るまで、すべての面で機能不全に陥り、「全身病」に至っている実態は、周知の通りである。重要なのは、この国に張り巡らされた「官の聖域」が市場経済をひどく歪めて圧迫し、社会の閉塞感と長期経済停滞を招いた事実だ。
 官の聖域は、郵貯、簡保のような国営事業をはじめ、特殊法人・認可法人→公益法人→傘下の子会社・関連会社へと連なる「官業の多重構造」の中に潜む。
 この官業の多重構造の中心部にあって、特定の事業や資金を経理しているのが、各府省庁が個別に設置している「特別会計」である。過日、テロルの凶刃に倒れた石井紘基代議士(民主党)は特別会計を「国の予算の黒幕であり、官僚の究極の裏帳簿」と筆者に語っている。今回は、ほとんど報道されることのない「特別会計」をケーススタディする。

 特別会計は各府省庁に全部で37ある。一般会計の4〜5倍の予算規模を持つ。
 2002年度予算でみると、一般会計が81兆2300億円に対し特別会計はその4.9倍の398兆3729億円(歳入ベース)に上っている(1億円未満四捨五入)。毎年12月末に報道される「国の予算」というと一般会計を指し、「第二の予算」として公共事業の原資となる財政投融資計画を取り上げるが、国の予算は本当は一般会計と特別会計から成る(このほかに国会審議の対象になる予算として公的金融九機関の政府関係機関予算や特殊法人・NHKの予算がある)。つまり、日本国の予算は約480兆円である(一般会計と特別会計間の出し入れを計算すると、一般会計予算の実質は35兆7200億円、特別会計予算は12.4倍の同443兆8801億円となる)。

国有林野事業特別会計

 特別会計の事業の実態とカネの流れを知るために、「国有林野事業特別会計」(農水省所管)を例に取り上げてみよう。
 春になると国民のあいだに流行する花粉症も秋田産ハタハタの激減も、森林の破壊が複合原因の一つだ。これに、この特別会計の動向は無関係でない。

 国(農水省)の直轄事業である国有林野事業は、98年10月に巨額の債務処理と経営改革のための法的措置(国有林野事業改革関連法)を余儀なくされている。民間用語でいえば、会社更生法の適用を受けたわけだ。
 政府はこのときの事業見直しで、約3.8兆円にも膨らんだ累積債務の74%に相当する約2.8兆円を同特別会計から一般会計に移し替え、事実上国民の税金で処理することを決めた。
 移し替えられた2.8兆円分は「返済不能」とみなされたのである。残り約1兆円の債務は「返済可能」として特別会計で50年かけて返済していくこととなったが、一般会計から利子補給(補給金)を受けて債務が拡大しない措置も決まった。つまり、この時点で、国の国有林野事業は事実上、破産宣告され、特別会計の独立採算制は放棄されたのだ。山積みされた債務は、一般会計がその大部分を肩代わりすることとなった。
 この意味するところは、重大だ。官業ゆえの大失敗である。民営化したところで独立採算制が難しい林野事業を長年、国営事業として行い、対応に失敗し続けて借金を重ね、大穴をあけて破綻したのである。
 だが、98年の失敗の認知は、遅すぎたほどだ。会計検査院は、すでに95年度の決算検査報告で、このままでは借入金依存の経営からの脱却は困難、と指摘していた。国営ゆえに対応が何事にも鈍く、失敗を悟ったときには同特会は火だるまの状態だったのだ。

 同特会は、過去に再三経営改善の手を打っている。75年以後、恒常的な赤字体質となり、78年には累積損失が発生した。経営悪化が続いたことから、遅ればせながら88年以後四次にわたって経営改善対策がとられた。
 これに先立ち、83年には、造林投資用に借りた借入金の利子(成木に至る期間30年)を法制局とも協議して原価に組み込み、「費用」にではなく「資産」に計上している。民間の電力会社やゼネコンが長期借入れの際、利子に適用するのと同じ手法をとって財務内容の改善を図ったわけだ。にもかかわらず、国有林野事業の経営はさらに悪化していく。
 収入の確保、要員の縮減、伐採や造林の民間委託、組織の簡素化などを進めようとしたが、効果はさっぱり上がらなかった。  この間、円高の進展に伴う外材の輸入の急増、木材価格の低迷などのマイナス効果が、逆風となったのである。
 結局、証明されたことは官業の「自助努力」のそらぞらしさである。自らリスクと責任を背負ってやっていないから、掛け声倒れになるのである。この四次に及んだ経営改善努力が失敗に終わったとき、国民が負うことになる負担は雪だるま式に膨れ上がったのだ。  
 だが、累積債務の7割以上を一般会計からの繰入れで穴埋めすることを決め、抜本対策に踏み出した98年以後も、同特会の経営はなおも悪化している。
 会計検査院によれば、国有林野事業で2000年度に549億円の損失金を計上している。結果、前年度繰越損失金を加えると、957億円の累積赤字となった。累積債務も98年10月時点の約1兆円から1.2兆円(2002年3月末現在)へと増えている。

森と財政の危機が同時進行

 林野庁がまとめた2000年度決算をみると、事業の二本柱の一つである林産物(丸太、立木、木材製品など)販売収入は、スギ、ヒノキなどの木材価格の低迷を背景に300億円と前年度比56億円も減少した。事業のもう一つの柱、林野の売却収入は土地需要が減退するなか、前年の麻布グリーン会館(158億円)のような高価格物件がなかったこともあって、230億円と前年度比111億円激減した。
 会計検査院の指摘では(『平成12年度決算検査報告』による)、立木の保育も2000年度は前年度比一割ダウンしているから、事業ばかりか肝心の森林保育機能も衰退したことになる。政府は「98年改革」で国有林野の管理経営を、木材生産機能重視から自然環境の「公益的機能」重視に転換したはずだ。日本の国土の二割を占める国有林は国民共有の財産だから、それは歓迎された政策転換であった。
 が、実態はみた通り、事業の危機とともに森林の危機も同時進行しているのである。
 林野庁は、改革の一環として国の業務は森林の保全管理に限定し、造林や丸太生産などの事業は全面的に民間に委託する方針に転換している。新方針に沿って、営利署・支局の組織再編も、人員減らしを含め99年3月から実施した。
 しかし、この効果もまるで表れない。林野庁がまとめた『平成13年度森林及び林業の動向に関する年次報告』によると、2000年度の民間委託の拡大にもかかわらず、伐採、人工造林、保育(下刈り)のすべての面で森林保全機能は前年度に比べ低下している。民間委託の効果が表れたのは、87%を民間に委託した「保育」だけだが、それでも保育の実績は全体としては後退した。運営の問題とともに、民間業者の高齢化や減少といった民間側の問題も、浮かび上がってきたのである。
 森と事業の危機と。― この2つの危機の進行は、早くも国有林野事業の再見直しを迫っている形だ。環境保全に重要な森林の保全のために、国民がどの程度まで税金の負担を認められるか、この事業を林野庁にこのまま任せておいてよいのか、が焦点となる。原生林の保護をはじめ環境省への移管、森林保全のための新財源の創出が重要テーマとなろう。

 「国有林野事業勘定」は、2002年度予算をみると、一般会計から795億円を繰入れるほか、民間金融機関などから1468億円長期借入れする。
 一般会計からの繰入れは、債務を増やさないための利子補給分267億円が含まれる。先の「98年改革」以来、独立採算制ではなく「一般会計からの繰入れ」を前提とした特別会計に変質しているのだ。国民の税金にオンブにダッコ、の国営事業といってよい。
 民間金融機関からの借入金は、80%が過去の国の財政投融資資金からの借入金の「借換え」だ。98年10月以降は新規借入れ分もすべて民間金融機関に頼っているため、2000年度以降の民間からの長期借入金は1000億円の大台を毎年超えているのである。同借入金1468億円のうち1181億円が借金の「借換え」のための借金だ。
 2002年の民間8行からの「借換え」のための借入金利水準(期間5年)は1.1%程度の低水準と林野庁側はいうが、長期金利が上昇すれば財務内容はさらに悪化する。
 一方、人件費は1002億円と、2002年度予算支出の32%を占める。人件費は人員縮減で徐々に低下傾向にあるが、収支の逆ざやを埋めるため、同特会が持つもう一つの「治山勘定」から、治山事業の人件費を「国有林野事業勘定」に139億円繰入れてやりくりする。「国有林野事業勘定」の歳入・歳出規模は3091億円。
 他方、「治山勘定」は一般会計から1589億円、地方公共団体の工事費の負担金収入35億円で、全国の治山事業費を賄う。歳入・歳出規模は1626億円。

独立採算制はムリ

 国有林野事業特別会計の歴史をひもとくと、環境変化をみればもはや「独立採算」を前提とした事業は成り立たない、という認識に行き着く。なぜなら、森林資源を保全するには木材生産事業自体を抑制しなければならないためだ。丸太や木材製品をつくり出そうとすれば森林は減る。林野を売り払えば、その分自然環境の破壊につながる。どの道、事業の収入を得ようとすれば「森がなくなる危機」を押し進めてしまうのだ。
 同特会の財務状況が急悪化したきっかけは、64年の木材輸入の完全自由化である。それまでは高度経済成長期の建築ブームに乗って国内需要の大幅増加が続き、木材価格も高騰して事業は拡大し続けた。経営に陰りが出た68年度には、国はなお事業の将来性を甘くみて特殊法人の森林開発公団(現・緑資源公団)に出資を開始、77年度までの間、総額454億円も出資している。
 しかし、その後の為替の変動相場制移行に伴う円高化と重なって安い外材輸入が急増し、経営は暗転する。国内の木材価格も、内外価格差と円高の影響もあって、長期低落をたどるという構図に一変する。
 同特会は、この構図のもとで76年度から財投資金を借入れるようになる。以後は慢性的な経営悪化である。
 この事業環境の構造は、今後も変わりそうにない。さらに、人件費が経費の三分の一近くを占めるが、国家公務員の職員に国際的に高コストの人件費を払い続ける形では、採算は一層おぼつかない。
 同事業が独立採算制の特別会計制度に移行したのは、戦後まもない47年であった。それ以前は一般会計で管理されている。「98年改革」は、もはや独立採算制はムリ、との認識の告知にほかならなかった。
 であれば、特別会計制度をやめて透明性の高い一般会計の管理下に移し、森林保全事業のあり方と国民負担について国民的論議に委ねるべきではなかろうか。




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