■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第50章 「道路4公団の上下分離案」で得をするのは誰か


(2002年11月21日)

 政府の道路関係4公団民営化推進委員会の審議は、年末の最終報告期限を小泉首相の指示で11月中に前倒しされ、肝心の民営化の組織形態で保有・債務返済機構(公的機関)に道路資産を保有させ、新会社(特殊会社)に建設・管理させる「上下分離案」が決まった。これにより、目標に掲げた「上場を目指す民営化会社」(小泉首相)の実現は、絶望的となった。
 何が推進委員会に起こったか ― これまでの審議の重要局面を議事録を中心に検証した。

転回点8月23日

 民営化推進委の審議には、明らかなターニングポイントが認められる。集中審議2日目の8月23日(第13回)である。
 この日、国土交通省寄りとされる中村英夫委員(武蔵工大教授)が午前に提出した素案が夕方になって唐突に委員会の民営化案として採用される。一週間後、それは微調整を経て中間整理案として発表された。
 第48章(道路4公団まやかしの民営化案)で報じたように、当日、記者団も閉め出され、議事録もとられない「ティータイム」に今井敬委員長(新日本製鉄会長)が、この案をテーブルに持ち出し、中村案の根回しが行われる。  
 そして再開された委員会でウヤムヤなやりとりのあと、今井委員長が事実上、案がまとまったと宣言する。十分な審議を尽くさずに、民営化の組織形態を固めてしまったのである。  
 ここに民営化論議が以後まとまらず、深まらなくなった第一原因がある。議事録から当時の決定的場面を再現してみよう。

今井委員長 よろしいですか。  
 それでは、その次は、今回集中討議の最後なので、中村委員がご提出いただきました組織構成の案、これにはいろいろなことが盛り込まれておりますので、これについての論点として幾つか整理しておきたいと思うのですけれども、1つは、借金をきちんと返さなければいけないということで、右の上に保有機構と書いてありますけれども、これは保有機構でも、要するに清算会社と言ってしまうと、資産が入るか、入らないということですから、借入金の償還をきちんと実行するための機関と、こういうことなのですが、言葉としては。

猪瀬委員 保有・債務返済機構でもいいんですけれども、保有・債務返済機構。

田中委員長代理 一言入れたいと思う。

今井委員長 そういうことで、これをつくるということは大体意見が一致しまして、これに対して、中村委員は、区分経理というような、あるいは別組織でもいいよと言われていましたけれども、なるべくならば区分経理をやりながら、単一の組織の方が望ましいと、これは皆さんよろしいでしょうか。

 これで「決まり」とされたのだ。  
 ふつうなら、質疑が一斉に出されるところだが、朝から審議を重ねた疲れもあってか、目立った発言もなく、このまま意見集約が成った、とみなされる。  
 次回8月27日の委員会で大宅映子委員(評論家)は、このときを振り返って「・・・何となくわっと決まってしまったようなところがあって、はっきりわからなかったんです」と述懐している。  
 今井委員長の議事采配が、このようにノラリクラリとして、詰めるべき山場も先送りするところが論議を混迷させていることが、議事録の随所から読み取れる。
 たとえば、経営的に死に体同然の本四連絡橋公団の「切り離し債務処理」のケース。10月8日の委員会で事務局から提案され、委員長自ら賛成に傾き、委員からも賛成者が出て採決を求めたが、猪瀬直樹委員(作家)の反対にあって次回(10月10日)に結論を先延ばししている。
 そこで次回に決めたかというと、猪瀬委員から再びカウンターパンチを浴び、「もう少し全体の姿が進んでから決めましょう」と、またも決断を避けて次の議題に移っている(その後、11月前半までに記者にも知らせない秘密会を5回ほど開いてようやく「切り離し処理」を決めている)。

財務認識で天と地の開き

 このような議事進行のもと、中間報告誕生を引き金に、委員会が4対3の二つに割れたのは周知の通りだ。11月になったのに審議がなお足踏み状態を続けたのは、猪瀬委員をリーダーとする上下分離派がなぜ自らの中間整理案がベストなのか、を反対の3委員に説得できないでいたためだ。
 理由は、「国民負担」と「民営化」を巡る双方の見解の決定的な隔たりにある。
 民営化会社が道路資産を保有し、建設も原則自主的に行う上下一体案(JR型)と、中間報告の上下分離案を「国民負担」と「民営化」の観点から比較してみよう。  

 まず、上下分離派の主役である猪瀬委員の考え方を挙げる。「国民負担」のあり方について、たとえば9月6日の委員会でこう語っている。「それで私の説明にいきます。国民負担の最小化、これが一番大事です。つまり法人税を払っていけば最終的に、今税金を投入してもらって法人税を払っていけば、国民負担は同じではないかというのは、私は間違いだと思っています。とにかく税金を入れない」。  
 国民の耳には快い「税金投入なし」の主張である。ならば、税金投入せずに4公団の大借金を処理することは本当に可能なのか。―4公団の借金(債務未償還残高)は計35.5兆円に上る、と上下一体論者の川本裕子委員(経営コンサルタント)は試算している(8月22日提出資料)。
 猪瀬氏と川本氏の見解が大きく分かれるのは、実にこの巨額の債務の大部分を抱える日本道路公団の財務実態の判断にある。それが天と地ほどもかけ離れているのだ。  
 猪瀬氏は、なにも税金を投入しなくても道路公団の収益で「本四」を含む赤字3公団の債務と道路公団本体の債務を併せて解消できる、と考える。道路公団の一人勝ちは許さない、とも言う。道路公団が背負う形で「国民負担ゼロ」でやっていける、と再三主張しているのである。  
 これに対し、川本氏は4公団が10年後に株式会社となるために必要となる債務削減額は、固定資産税なし、新規建設なし、交通量増加、金利安定などの超楽観的ケースでさえ計8.1兆円に上る、とみる(8月22日提出資料)。道路公団の財務実態は民間会計手法を適用するとかなり悪いと判断したためだ(たとえば「有利子負債/営業キャッシュフロー」は10以下が民間会社で望ましいとされるのに、日本道路公団の場合26.4と、ダイエーの34.5、ハザマの32に次いで悪い)。
 つまり、道路公団の財務実態を「超優良」とみるか「超不良」とみるか、の差が国民負担のあり方を巡る考え方の途方もない隔たりともなるわけである。

「イノセ幻楽四重奏」

 猪瀬氏は、「国民負担」イコール「税金投入」と信じ切っているか、他の「国民負担」の観念を信じないふしがある。借金返済の長期先延ばしによる国民負担増とか、民営化会社の盛んな企業活動による法人税支払いのようなプラス効果はこれっぽっちも考えていないからだ。「国民負担」をごく狭く、しかも現時点でのみとらえ、「国民負担ゼロ」でやっていけるというのだ。  
 そこから、「機構」を導入して借金償還主義を掲げた国民負担の先送りスキームがもたらされた。猪瀬氏は委員会でこう明言している。―「なぜ保有機構かというと債務返済の一番早いケースがこれであるということになったと思います」(9月13日)。  
 結果、4公団の債務を一体として「機構」に流し込む拡大プール制と、最大50年かけて償還していくスキームとなる。  
 だが、この「50年償還主義」は、道路公団の現状と全く変わらない。いや、「機構」という官僚組織がもう一つ加わり不透明さを増すから、むしろ官僚焼け太りの改悪になる、と指摘する向きも少なくない(筆者は猪瀬氏の奇妙に思える「国民負担ゼロ」論の根拠について直接聞こうと取材を申し入れたが、本稿執筆時点で回答がなく、実現していない)。  

 「民営化」のあり方も、この借金償還主義の延長にある。つまり、民営化は二の次となり、新会社の置かれる経営の主体性なき立場は考慮されていない。新会社は、借金を「機構」に払い続ける資産なき会社としてあり続ける。およそ先が見通せず、魅力のない民営化スキームなのである。
 川本委員は委員会で率直に疑問を表明している。―「中間整理以降、私が一貫して疑問に思っておりますのは、ほかの組織案に比べて、保有・債務返済機構がなぜすぐれていると判断するのか、その根拠が何かということが知りたいということでございます。疑問点といたしましては、なぜその保有・債務返済機構自体がそもそも必要なのか、それから保有・債務返済機構と新会社には債務返済を促進し、民間経営に学ぶインセンティブがあるのか、その新会社は債務返済の先送りをさせないだけの独立性を保てるのか、あるいはインセンティブが働かない組織を設計することは、法人税の多寡以上に収支に大きく影響してくるのではないかということが懸念事項としてあります」「・・・現時点で民間株式会社をつくるのであれば、債務負担の軽減が不可避で国費投入を今した方が国民負担が長い年月で見たときに最小である可能性があると思っています。私はきちんとした民営会社をつくるのであれば、国費で債務を切り離すプランがベストかもしれないということは否定できないと思います」(9月24日)。
 しかし、この川本氏の問題提起に対しても、今井委員長は次のように言い放って幕を引こうとした。  
 「組織形態を決めないと話が進まないんです。時間があと2か月ちょっとしかございませんし、いつまでもいろいろな案を残しておくと、話が進まなくなると思います。  したがいまして、閣議決定の線に沿って、国費は今後投入しないということをはっきり言われているから、その案は言わないと言っているわけでございまして、(中略)我々のこの委員会の提案が国会等で却下された場合には、大いにまたやってください。しかし、我々のこの委員会の中で取り上げることはできないと思っております。  以上でございます」(9月24日)。

 こうしてみると、上下分離案の本当の受益者は一体誰なのか、という疑問が湧く。「国民負担の最小化」を狙ってつくり上げたスキームが、「機構」を加えた道路公団の拡大版ならば、受益者は明らかだ。得をするのは、国交省と自民党道路族、税金投入をせずに済み、無責任財投の責任も問われない財務省である。  




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