■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第47章 天下りを生む早期退職慣行

公務員制度改革3      
(2002年8月29日)

  天下りの問題を現行の国家公務員制度の面から掘り下げてみよう。
  「早期勧奨退職慣行」というのがある。幹部職員の大半が、50歳代前半で肩たたきにより退職していく慣行である。
  I 種採用のキャリア官僚は、50歳前後から所属省庁から再就職先(天下り先)をあっせんされ、間引きされるように退職していく。同期入省組で最後に残るのは事務次官1人となる。次官を頂点にピラミッド組織に維持するための長年の人事慣行である。
  この慣行は、何をもたらすか。一つは、大量の天下りだ。
  役所はこの慣行のせいで、早期退職する働き盛りの職員に天下り先の受け皿を常時つくっておかなければならなくなる。それも、高官には高官にふさわしい待遇を、中堅幹部にも安心して「第二の人生」を送れる待遇を、というふうに、安定して厚遇が保証された受け皿でなければ、となる。すると「受け皿」の容量と質を一定以上に保つ必要が生じる。
  こうして天下りの受け皿のメンテナンスと拡大再生産が早期退職慣行を維持するための必要不可欠の条件となる。
  慣行のもう一つの産物は、高額の退職金である。肩たたきして定年前の働き盛りに辞めていってもらうには、それなりの待遇が必要だ、という考え方が背景にある。退職手当制度を企画立案する総務省人事恩給局は、肩たたきで早期退職していく職員のために巧妙な仕掛けを考案した。退職金の特例的な割増手当だ。早めに辞めて再出発したほうが有利、と思わせるようにする制度である。
  だが、その割増手当も「国民の税金」によって賄われているのだ。

9500万円の退職金

  外務省が引き起こした前代未聞の一連の公費詐取・流用事件と外交の機能喪失。その責任を問われる形で辞任・退官した元事務次官三人の退職金がことし5月、明らかになる。川口順子外相が受給者を匿名で明かした退職金は、勤続年数、キャリアなどから推定すると、林貞行・前駐英大使が約9500万円、川島裕・元事務次官が約9100万円、柳井俊二・前駐米大使が約8900万円である。一月に退官したBSE(狂牛病)問題発生時の熊澤英昭・前農水省事務次官も、8900万円近い退職金が支給された。重大な不祥事、失政に関わった最高責任者なのに、この超高額の退職金なのである。
  一体、どういう根拠からこういう退職金がでてくるのか。―  
  表1は、国家公務員の退職手当支給率である。支給率は、(1) 勤続年数とともに一年ずつ上昇し、35年勤続まで上昇し続ける、(2) 勤続36年目(ストレートの大卒で入省した場合、58歳くらい)以後は上昇を停止し、横バイで推移する ― のが特徴だ(ただし自己都合や公務外の病気、ケガで退職する場合は別体系)。この支給率に退職時の最終月の月給(俸給月額)を掛けて退職金を算出する。たとえば最終月の月給が70万円だと仮定すると、勤続35年で支給率62.7を掛けて4389万円となる。
  ところが、早期勧奨退職慣行がうまく機能するように、総務省は勧奨退職する職員に割増支給する特例措置を設けている。
  建前は「60歳定年」なので、本人の60歳の誕生日の前日から起算して、たとえば50歳で「勧奨退職」する場合は20%の割増しを貰えるのである。定年までの残り年数に「2%」が掛けられる仕組みだから、残り10年として「20%割増し」になるのだ。この算出方式を数式にすると、次のようになる。

特例俸給月額 =(退職時の俸給月額)×{1+(0.02×定年までの残年数)}

定年までの残年数に1年につき「2%」を乗じた額を本人の最終俸給月額に加えて、退職金の算定ベースとするわけである。


50歳課長で約3400万円

  このようにして、勧奨退職を受ける職員は喜気としてではないにせよ、安心して役所を去るわけである。結果、I 種採用とII 種、III 種採用を合わせると毎年、約3000人もの一般行政職の国家公務員が勧奨退職していく。内閣官房と総務省によれば、各府省庁の課長級以上で再就職した職員(自己都合を含む)は、昨年8月までの1年間で616人に上る。
 公益法人に最多の224人、36%が天下ったほか、民間企業(79人、13%)、特殊法人(73人、12%)、認可法人(35人、6%)などに「第二の職」を見出している。天下り先は所管の法人、企業が大部分だ。今後はこれに所管の独立行政法人が加わる。
 この「割増退職手当」を得た幹部クラスは、どのくらい退職金を貰っているのか。
 月給が初の引き下げとなった人事院勧告(2002年8月)実施前の支給水準で試算すると、本府省の勧奨退職者の退職金は、よくあるケースで次のようになる。

・ 50歳で課長の場合 → 3390万円
・ 55歳、課長 → 3900万円
・ 53歳、審議官 → 5990万円
・ 55歳、局長 → 6690万円

 民間企業の退職金が銀行をはじめ軒並み大幅削減されているのに、別世界の話だ。
 退職金の算出のもとになるのは、むろん「俸給月額」(民間でいう基本給で諸手当は含まない)である。I 種採用の場合、本省の課長には40歳くらいで昇格し、職務給は課長職の間は10級―11級にランク付けされる。現行は「職務給」だから、等号級に従って月額が決められる。
 本省の審議官、局次長、局長、事務次官となると、「指定職」として別の給与体系に変わる。この2つの俸給表をベースに、一般行政職の退職金がはじかれるのである。

虫のよすぎる公務員制度改革大綱

  前号までに指摘したように、公務員制度改革大綱は、この早期勧奨退職慣行の見直しに一切触れていない。この慣行を前提に「改革」を行おうというのだから、天下り量産が改善されないのは必至だ。
  そればかりか、人事院の民間企業向け天下り承認審査の権限を取り上げ、事実上各府省にこの権限を移そうというのである。天下りの注入先を、法人の数が制限されてきた特殊法人・認可法人に代えて民間企業に振り替えようというのである。「虫がよすぎる」と言わざるを得ない。
  ところが、自ら主宰する閣議で大綱を決定しておきながら、小泉純一郎首相は7月下旬、突如、早期勧奨退職慣行と退職手当の見直しを指示する。公務員の退職金の原資が景気低迷で減少する税収なのだから、当然の措置ではあった。
 早期勧奨退職慣行こそが、先述したように、官の天下りを量産してきた仕組みである。83年3月の土光臨調の最終報告で問題の多い特殊法人・認可法人の新設を制限を提言したのを奇貨に、天下りの受け皿に公益法人を増産してきた。主務官庁が自らの裁量で許可する制度を利用したのである。そして、2001年度からは、発足したばかりの独立行政法人を天下りの受け皿に活用しはじめた。
  この天下り問題の根っこというべき早期退職慣行は、考えてみると、キャリア制度と不可分の関係にあることがわかる。
  理由は、キャリアを選別して次官を頭にして古くからのピラミッド型官僚組織をつくるために、この二つの慣行と制度は連係してきたからだ。早期退職慣行はキャリアを選別して絞り込んでいくことにほかならないが、他方、採用試験の入り口で選別するキャリア制度は、将来の幹部候補生を最初に絞ってしまうのである。こうして二つの慣行・制度は連結し、一体化している。
  ということは、早期退職慣行とキャリア制度は、セットにして考えるべきなのだ。これらは国民と公務員自身のために、一緒に葬られるべき過去の遺物であることを意味する。キャリア制は一種の身分制であり、この身分制のうえにI 種採用職員のさらなる選別のための早期勧奨退職慣行が存在しているからである。

身分制としてのキャリア制度

  I 種採用職員のキャリアパスをみてみよう。図1は、出世組の実例だが、これをみると33歳で課長補佐となり、特殊法人勤務を経て本省に戻り、39歳で企画官になる。41歳で室長、42歳で課長、このあとは50歳で審議官、51歳で局長、56歳で次官―とトントン拍子で昇進している。
これに対し II 種採用の場合はどうか。外局などをタライ回しにされた末、ようやく課長に昇格するが、既に57歳になっている。
 たった一度の採用時にI 種に合格するかII種かで、これほどの違いが生じ、人生設計も変わるのである。I 種の場合は、合格しただけで課長もしくは指定職(審議官、局長など)になれるが、I 種以外で採用されると、どんなに優秀でも局長まで行き着くのは、ごく稀なケース。本省課長止まりが一般的だ。
 こういうキャリアシステム(もっとも、システムといっても明文化された制度ではない)は、そもそも民主主義に反し「法の下の平等」などを定めた憲法にも抵触するのではないか。
 だが、他方でますます国際化し、複雑多岐化し、激変する21世紀にあって、志が高く有能で意欲的な幹部公務員を養成することは重要課題だ。これに異論をはさむ者はあるまい。
 問題は、国家公務員法改正のベースとなるはずの公務員制度改革大綱が、時代の流れにまるで逆行していることだ。各省庁のエゴ・セクショナリズムを刺激し、各省庁が民間企業向け天下りを量産し、人事管理権を手にすることで暴走しかねない仕組みを盛り込んでいることである。
 ひとつ、改革のために確実にいえることは、早期勧奨退職慣行とキャリア制度の同時廃止である。大綱は、この双方とも黙認し、温存している。その意味で、それは改革の名に値しない。
 次のような改革案が考えられる。キャリア制を生み出している現行試験制度について、I 種、II 種の区別を止め、一つに統合された新たな試験の考案と実施、各省庁別でなく内閣による公務員の一括採用、民間の経営手法の導入、退職に伴う就職あっせんを内閣で一元的に行う、年功序列型人事・評価制度を意欲・実績重視に改革、政・官の役割の明確化、局長級以上の政治的任用、などだ。
 閣議決定にもかかわらず、大綱の論理破綻ゆえに、公務員制度改革は否応なく振出しに戻される。

(表1)


(図1)
 
(出所:人事院)



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