■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第46章 官の暴走装置になる恐れ

公務員制度改革2      
(2002年8月1日)

  前月号に続き公務員制度改革問題を取り上げよう。制度改革の原点は、言うまでもなく「国民に信頼される国民のための公務員」である。その信頼性がどんなに損なわれているか。つい最近も、BSE(いわゆる狂牛病)問題、中国・瀋陽の亡命者連行事件、防衛庁情報公開請求事件と立て続けの不祥事である。天下りへの不信感も根強い。
 読売新聞による5月下旬の官僚に関する世論調査では、実に74%の人が官僚を「信頼していない」と答え、官僚から受けるイメージとして最多の41%が「天下り」を挙げている。
 では、どういう制度に改革して公務員の士気と規律を高め、天下り問題を解決すればよいのか。―

大臣にも隠す

 制度のあり方に踏み込む前に、昨年末に閣議決定された公務員制度改革大綱が、そもそも審議・策定の手続きに重大な問題があることを指摘しておこう。内部告発文書『公務員制度放浪記』で明るみに出た経済産業省グループの「裏チーム」の存在が事実かどうか、国会は確認する必要がある。裏チームが事実上大綱をつくり上げたとすれば、それは特定の政治勢力と結託した「合作」である疑惑が浮かび上がる。
 ところが、公務員制度改革の担当大臣自身、裏チームの存在について全く知らされていなかったようだ。国会証言によれば、それを知ったのは大綱の閣議決定後、雑誌を通じてだという。事実なら、内閣官房行革推進事務局は最高責任者の大臣にも隠して、密かに裏チームと手を結び、公務員制度改革案を練り上げたことになる。
 石原伸晃・行革担当相は、ことし2月18日の衆院予算委員会で枝野幸男議員(民主党)の質問にこう答えている。

 《今、委員がご指摘されましたことも(月刊誌に)書いてありましたので、これも、まあ、どうかなとは思ったんですが、「おい、ほんとに裏チームはあるのか」と聞きましたところ、「そんなものはございません」と言われましたので、「そうか」と、「じゃあ、何でこんな記事が出てるんだ」と聞きましたところ、「大変申し訳ございません」と、「お前、謝る必要はないだろう、事実じゃないならば」と申し述べた記憶があります。》
 この通りだとすると、大臣に答えた行革事務局の当人はウソをついたことになる。

橋本元首相が陰のボス

 ところで『放浪記』には、内部者しか知らないような興味深い記述がある。
 一つは、経済産業省が中央人事行政機関に矛先を向け「その事前規制のために各省における機動的・弾力的な組織・人事管理が阻害され、その時々の行政課題に的確に対応できず、政府のパフォーマンスを低下させている」、「各省が自立し互いに競い合いながら、行政需要に即した機動的・弾力的な人事運用を主体的に行うことが重要である」などと訴え、このコンセプトに自民党と各有力省庁が飛びついたくだりだ。

 《(人事院の権限縮小に向けた従来の試みと違って)今回の経済産業省のやり方は周到であった。常に(裏チームとして)黒子に徹しながら、自民党や有力省庁のつぼを押さえた原案をつくり、橋本龍太郎氏をはじめとする自民党有力議員に丁寧に「振り付け」を行い、有力省庁を説いて回り、(中略)首尾よく人事院包囲網をつくり上げたのである》

 公務員制度改革大綱は、事実上各省ごとに人事管理権を分与する形になる。有力省庁が裁量権の拡大を歓迎しないはずはない。自民党側も「大臣」の権限が強化されるから、政と官の思惑が完全に一致したのである。
 それにしても、経済産業省の“陰謀”がどうして政府案となって、そのまま閣議を通ってしまったのか、という疑問は残る。石原行革担当相は、何をしていたのか。

 『放浪記』には、こう記してある。
 《石原大臣は公務員制度改革は党に任せる姿勢を徐々に強め、我々事務局の実質的なボスは、依然として橋本氏であるかのようであった。(注、橋本氏は森喜朗・前内閣時の行革担当相)》
 他方、小泉首相のほうは特殊法人改革に気を取られ、公務員制度改革については無関心だった。こうした「エアポケット」のような政治状況下で、大綱が政府決定されたのである。

縛られてきた人事行政

 大綱の問題点を明らかにするために、まず現行の公務員人事管理のチェック機能がどんなかをみてみよう。中立第三者機関として人事院が行う人事管理チェックは次のようなものだ。

・人事管理に関する各種基準設定、勧告(給与など)およびその遵守に関する監視 → 公務員の一党一派に偏らない中立公正性の確保と労働基本権制約の代償機能を果たす観点から行う。
・採用試験の企画立案および実施→情実任用を防ぎ、国民全体の奉仕者として中立公正に職務遂行できる公務員を確保するのが狙い。
・民間企業への再就職(天下り)の承認基準の設定と承認・不承認の決定 → 離職後二年以内に、離職前五年間に在職していた省庁と密接な関係にある民間企業に就職しようとする国家公務員が対象。
・給与の適正支給の管理→給与の等級ごとの定数を設定し(等級別定数制度)、各省庁は設定された定数の下で職員の昇格管理を行う → これにより、職責が変わらないのに高く給与格付けされる「わたり」を防ぎ、適正な給与待遇・水準を確保する狙い。
・職員の不利益処分に対する公正審査→職員の受けた不利益処分に対し不服がある場合、審査して各省の処分の承認、修正、取り消しを行う。

 他方、「総定員法」(行政機関の職員の定員に関する法律)によって常勤職員の定員総数の最高限度が定められているが、総務省行政管理局は各省庁の定員の変更要求などを審査する。
 こうしてみると、各省庁の人事裁量権は、かなり縛られている。各府省大臣は、その裁量で所属職員に対し人事権(採用、昇進、任免、懲戒など)を行使できる。しかし、大臣に任免権があるとはいえ、局長以上は閣議了承事項だし、審議官・部長以上は内閣官房の了解を得なければならない。熊澤英昭・農水次官がことし1月の退官後予定していた公益法人への天下りを断念したのも、「BSE事件の関係者は天下りまかりならぬ」と内閣官房からクギを刺されたからである。
 このような経緯から、各省庁がぜひとも人事管理権を自由化させ、自分たちの裁量権限を思い切り広げたいと考えたのも、不思議でない。

各省のタガが外される

 次に大綱の中身を現状と一々比較してみよう。大綱の内容は大きく6項目に分類できる。

1. 人事組織の管理体制

大綱の内容 現  状
・内閣の人事行政の企画立案機能・総合調整機能を強化。
・各府省大臣を「人事管理権者」として権限と責任を強化。
・労働基本権については、現行の制約を維持。
・各府省大臣は、法令に定める基準に従い、その裁量により所属職員に対する人事権を行使(ただし実態は各府省の人事部局が行う)。
・憲法で保障された労働基本権が制約されているため、人事院が代償機能発揮。

 大綱の問題は、各府省の裁量権が拡大すれば、不祥事にみられるように、各省のタガが外され利権を求めて暴走しだす危険がある。労働基本権を制約したまま人事院の権限を縮小し、使用者(各府省)の権限が強化されれば、労働関係が不安定化する可能性も高い。


2. 能力等級制をつくり、能力・業績重視の新人事制度を導入

大綱の内容 現  状
・職員を職務遂行能力に応じて等級に格付ける能力等級制度を導入。
・「基本給」、「職責手当」、「業績手当」からなる新給与制度を導入。
・ 「能力評価」と「業績評価」からなる新評価制度を導入。
・ 職務の複雑、困難、責任度に応じて等級に区分し基本給、手当を決める職務給制度。
・ 勤務実績などに対応した特別昇給制度、勤勉手当制度(ボーナス)。
・ 職員の勤務実績、適性、能力などを評定・記録する勤務評定制度があるが、実際は十分機能していない。

 「能力・業績重視」の評価、任用、給与にするには、民間と公務員の業務の違いを踏まえた納得のいくシステムを構築する必要がある。現実は、各府省の人事監督権が強まることで、「省益追求」の風潮がむしろ高まるのではないか。各府省がてんでんに省益を追う「一家主義的割拠性」(セクショナリズム)と縦割り行政の弊害が、これまで以上に押し出されてくる可能性のほうが大きい。


キャリア制度を温存

3. 採用試験制度の見直し

大綱の内容 現  状
・ I 種試験について試験内容を改善し、合格者数を採用定数の約四倍に増やす。
・ 採用試験制度の企画立案については内閣が行い、人事院は採用試験を実施。
・ I 種採用試験の概要
 第一次試験―教養試験(多枝選択式)、専門試験(多枝選択式)
 第二次試験―専門試験(記述式)、総合試験(記述式)、人物試験
・ 申込者数37,346人、合格者数1,308人、採用者数597人(2001年度)
・ 採用試験の種類、試験科目、受験資格、実施等に関わる基準の設定は、人事院が企画立案し実施。

 大綱の問題は、なにより I 種試験の存続でキャリア制が温存されることだ。新制度では、政治家の口利きや縁故採用が増える恐れがある。採用試験の企画が中立第三者機関の手を離れれば、政権党などの影響を受けやすくもなる。


4. 幹部候補職員を計画的に育成する仕組みの導入

大綱の内容 現  状
・ I 種採用職員及びI種採用職員以外の職員のうち人事管理権者(大臣)がその定める基準により選考する職員を、幹部候補職員として集中育成する仕組みを導入。
・ 実態として、各省の人事管理は採用試験(I、II種等)の区分に応じて行われている。
・ 幹部公務員の多くは I 種採用者。

  I 級採用者中心の人材育成なのだから、現行のキャリアの枠を事実上やや広げて機会を与えるに過ぎず、改革の名に到底値いしない。


5. 営利企業への再就職

大綱の内容 現  状
・ 人事管理権者(大臣)が職員の民間企業への再就職(天下り)の承認を行う仕組みを導入。
・ 人事院による天下り承認制。
・ 幹部公務員の過半数が50歳代前半で省庁の勧奨により退職し、特殊法人などの役員に再就職する人事慣行。

 二つ問題がある。大臣の名を借りて官僚が「承認」を乱発する危険が大きいことと、許認可や補助金、契約の権限を持つ大臣が職員の民間企業への天下りの是非を判断するのは、そもそも不適当なことだ。天下り自体をなくす抜本改革案を考えなければならない。


6. 退職公務員の行為規制

大綱の内容 現  状
・ 民間企業に再就職した公務員OBが、離職後一定期間、出身省の担当職員に職務上の行為(不作為を含む)を依頼する行為を規制する制度を導入。
・ 人事院の承認を得ずに、退職後二年間に退職前五年間に在職していた役所と密接な関係にある職務に就いた場合、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金。

 大綱のいう行為規制が実効性に乏しいことは前号で指摘した。なにより、日本の役所は天下りを受け入れてくれれば、本人が口利きなどしなくても、見返りの便宜を図ってくれるのである。




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