NAGURICOM [殴り込む]/北沢栄
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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第34章 構造改革の前途に黄信号
 小泉内閣が目指す構造改革の目玉の一つ、特殊法人・公益法人改革への道のりが一段と険しくなってきた。景気の悪化、自民党内や官僚の抵抗増大という外的要因に加え、何より改革の実現に向けた手法を事実上、官僚任せにするという方法論上の基本問題を抱えているためだ。
 先進国中最も早く行革を成功させた英国の場合、外部の「第三者」が中心となって首相直属の諮問機関を率いて企画立案し、行革を推進した。ところが、日本では小泉純一郎首相が本部長として行革を率いる「特殊法人等改革推進本部」の事務局は各省庁から派遣された官僚で固められ、各省庁からヒアリングして事業や組織の見直しをしよう、という旧来型の手法をとる。これでは官僚による官僚寄りの手法となり、「廃止・民営化を前提にした徹底見直し」(小泉首相の指示)は容易に進まない。

腰がふらつく石原行革相

 7月末、石原伸晃行政改革担当相と会談した小泉首相は、廃止・民営化を前提とした特殊法人の改革作業を急がせるとともに、特殊法人向け来年度予算を2001年度予算(約5兆3000億円)から1兆円削減するよう指示した。これを受けた石原行革相は「きつい」と一言。
 いずれ廃止・民営化される運命なら、補助金など国費が来年度に二割弱減らされても「そんなに貰っていいのか」と思ってもいいはずだが、「きつい」とはあまりにも率直な吐露である。特殊法人などの存続を前提に事業見直し案をまとめた事務局の官僚と同じ側に立つからこそ、はからずもこの感想が漏れたのだ。
 石原行革相はテレビなどで日本道路公団の高速道路建設について、将来は国の直轄事業にすることも考えられる旨発言しているが、これにも道路建設事業の利権を公団から奪い取ろうという国(国土交通省)の意図が見え隠れする。民営化と逆行する「国の直轄事業化」については、本来よほど例外的なケースしか認めてはならないはず。行革相として、まことに腰がふらついている印象だ。

 小泉改革が公約通り成し遂げられるには、しっかりした方法論が欠かせないことは言うまでもない。海外を見渡すと、この方法論を具体化するカギが、行革先進国・英国のマーガレット・サッチャー首相が実施した先例にある。
 日英を比較すると、手法の違いがはっきりする。目標へのアプローチをどうするか、については各国に違いがあって当然だが、小泉内閣は発足時にアプローチ手法の議論を省略し、森内閣時にできた仕組み(行革推進事務局)をそのまま使ってスタートした。
 ここに、初めから失敗の大きなリスクが潜伏していた。英国の成功ケースを取り上げる前に、まずは日本政府の行革推進体制の現状をみてみよう。

官僚ばかりの推進体制

 歴代内閣が行った特殊法人改革は、数合わせの統合に終始した「形ばかりのまやかしの改革」に過ぎなかった。認可法人と公益法人に至っては、矢面に立たされた特殊法人の陰に隠れて改革の俎上にすら乗せられず、その法人数はむしろ増え続けた(現在、特殊法人の77に対し認可法人が86、公益法人が2万6千以上)。
 改革が進まなかったのは、特殊法人を天下り基地として利権の蜜を吸う所管省庁が、既得権益を守るため、自民党の族議員を引き入れて抵抗したからである。そうであるなら、特殊法人などの行革案を企画立案し、適切な手順と方法を見つける役割を当の官僚に期待するのは、そもそも誤りであることがわかる。
 ところが、今回この改革を担当するのが、官僚を各省庁からかき集めた内閣官房の行政改革推進事務局なのである。民間人も企業から財務分析に当たる金融マンなど、スタッフ計39人の4分の1近い9人が派遣されているが、主力はあくまで官僚が担う。
 そこでスタッフの大部分は、前任の省庁時代の意識と仕事のアナログ的進め方を背負って新作業に臨む。抜本改革の発想がそもそも自発的に出てくる風土でない。

 怪しげな公益法人の多くが入居している東京・虎ノ門地区。ここに行革推進事務局がある。事務局の設置は森内閣末期の今年1月6日。スタッフ数は特殊法人・認可法人部門が20人、公益法人部門が19人。
 昨年12月1日に閣議決定された「行政改革大綱」と先の国会で成立した「特殊法人等改革基本法」に基づき特殊法人などの抜本改革に取り組んできた、と事務局は8月に提出した事業見直し案の中で自らの取り組みを位置付ける。同じ文章の中に「ゼロベースから見直す」という小泉首相の文言もみえる。
 ところが、立派な改革姿勢のはずが、実態を伴っていない。首相の改革スケジュールの徹底見直しや前倒し指示が、及び腰ぶりを浮かび上がらせる。事務局は民営化や廃止ではなく、事業の存続を前提に「事業の見直し」を問うたのだ。当然のことながら各省庁とも「存続は必要」と反論してきた。
 行革推進事務局は単に次の二つの質問を軸に、各省庁に迫るべきだったのだ。

1. 民営化した場合の事業のあり方を示せ → 民間企業としてどのように事業を生かし、実施するか。
2. 民営化が不可能な場合、廃止に向けて事業整理するに際しての処理手順、留意事項について記せ。

 このように、「民営化か廃止」の二者択一を迫って議論を進めるのである(特殊法人よりも透明性、事業の自立性、民間の経営手法の取り入れで先を行く独立行政法人への移行は、原則的に考慮外とする)。
 だが、事務局が今頃になって事業見直し案を発表したのには、それなりの理由がある。事務局は前述したように、昨年12月に閣議決定された行革大綱に基づき特殊法人等改革に取り組んできた。そして、改革の日程として 1. 論点整理、2. 中間とりまとめ、3. 個別事業見直し、4. 組織形態見直し、5. 整理合理化計画策定、を既に打ち出していた。
 4月末に誕生した小泉内閣は、同事務局をそのまま使う。要員は増員されたが、「官僚の寄せ集め」という点では質的に変わらない。事務局のほうは行革大綱以来、既定路線を進んでいたが、改革の流れを早めたい小泉首相に号令をかけられ、改革手法とスケジュールの練り直しを余儀なくされたわけである。

民間人の活用を軽視

 行革を遂行する手法、手順を企画立案する推進機関が、事実上行革される側の官僚の寄せ集めであること。この重大な問題点を、さらに掘り下げてみよう。抜本改革を図るには民間人の第三者を活用するのが本筋だが、小泉・石原行革コンビはこれを軽視した。
「軽視」と書いたのは、私的な懇談会や評議会という形で民間人に参画させているに過ぎないからだ。構造改革のもう一つの柱となる郵政三事業の民営化に向け、小泉首相が6月に民営化論者を集めた私的懇談会「郵政三事業の在り方について考える懇談会」を、石原行革相も同月、行革推進事務局が取り組んでいる特殊法人・公益法人改革の作業を評価・審議してもらうため、6人のメンバーからなる私的諮問機関「改革断行評議会」を発足させている。しかし、これらはあくまでも行革の推進体制の核ではなく、外からのアドバイス役に過ぎない。そうではなく、行革推進体制の中心に、官僚でも族議員などでもない、改革意欲に燃える民間の第三者がいなければならないのだ。行革を官僚主導から全面的に民間主導に切り替えなければならないのである。

 サッチャー英首相の先駆例をみよう。日本の「独立行政法人」の見本となった英国のエージェンシー制度は、各省庁の現業部門を政策の企画立案部門から切り離した画期的な制度とされたが、この制度はサッチャー首相の効率性向上問題顧問のサー・ロビン・イブス(Sir Robin Ibbs)と首相府効率性向上室が首相の諮問を受けて立案したものだ。
 イブスがその長となった同効率性向上室は、1988年2月にイブス報告とも呼ばれる『政府の管理の改善、ネクスト・ステップス(Improving Managementin Government: The Next Steps)』と題する報告書を公表する。これがサッチャー内閣に採用され、その後議会の審議を経て行革の改革方針、エージェンシーの設立となって結晶してゆく。
 研究者の京都大教授・岡村周一氏によれば、この企画立案の立て役者であるイブスは、化学会社(インペリアル・ケミカル・インダストリーズ)の常務取締役の出身である(『イギリスにおける行政改革の理念と実像』ジュリスト、99年8月1・15日合併号所収)。サッチャー首相は、こういう民間の実務家を首相直属組織の行革推進の最重要ポストに抜てきしたのである。

公益法人改革案も「骨なし」

 行革推進を官僚任せにする弊害は、7月23日発表の公益法人改革の具体化方針にも表れた。方針は、国の事務・事業を代行する約千の行政委託型公益法人(全公益法人の約4%)だけを対象にした“限定改良版”に過ぎない。
 これも先の行革大綱に沿って行革推進事務局が認定などの「お墨付き」や検査、検定、資格付与を行う行政委託型法人に限って見直しを決めた結果だ。当然、抜本改革にほど遠い内容である。
 事務局は、問題意識の一つとして主務官庁が設立許可・指導監督権を握る「主務官庁制」に言及している。しかし、この制度を廃止して第三者機関が「公益性」を判断するようにしたり、設立許可制そのものをなくしてしまうような抜本対策を今後打ち出す、とは明言していない。あくまで検討課題の一つとして主務官庁制の改革が取り上げられているだけだ。そして、マスメディアの報道で主務官庁制見直しの必要をはっきり指摘したのは、筆者の知る限り日本経済新聞のみであった。

 つまりは、公益法人改革に至っては特殊法人改革の基本線「民営化・廃止を前提とした徹底見直し」に対応する「営利法人化(完全民営化)・廃止が前提」といった抜本改革方針は何一つ出ていないのである。
 事務局は2001年度中(来年3月末まで)に方向性を出す、などと悠長なことを言う。問題意識にはのぼっているが、さりとて急ぐに当たらない、といった気配なのだ。これも、行革の推進体制を官僚で固めているせいである。
 筆者はかねてから主務官庁制を廃止し、内閣府に独立第三者機関の日本版チャリティ委員会を設け、同委員会がNPOと同一の「公益性」の基準により非営利・公益事業の認定と指導監督を行う案を公益法人改革の柱に考えてきた。
 しかし、その後検討を進めるにつれ、いまでは「公益法人」自体が時代遅れの古い概念になった、との認識に傾いている。究極の公益法人改革とは、まず「公益法人」の概念を捨てて「NPO活動」の概念に置き換える。次いで「公益事業かどうか」を新たな法律に明記した定義・基準に照らして公益法人だけでなく、民法以外の特別法に基づいて設立された公益を目的とする学校法人とか宗教法人、社会福祉法人、医療法人、さらに従来のNPOなども含めて判断・認定し、税制優遇を行う制度改革ではないだろうか。
 だが、こういう抜本改革を考え、案出するには、重要ポストに官僚組織の外からの新鮮な血(民間人登用)が欠かせない。方法論を官僚任せでは、せっかくの高貴な改革目標も、たぐり寄せるのが難しい。改革を実現しようとすれば、「政」が当の推進本部の頭越しに、ことを進めるほかない。


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