■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第35章 イタリアの高速道路事業民営化はどのように成功したか
小泉内閣が目指す特殊法人改革の象徴ともいうべき高速道路の建設・管理事業の民営化には、数年前のイタリアに成功例がある。IRI(イタリア産業復興公社)が保有していた特殊会社・アウトストラーデ社の全株式を民間に売却し、完全民営化したことだ。アウトストラーデ社のホームページによれば、同社は現在、イタリアの高速道路網の総延長6440キロの約半分、3122キロを建設・管理している。
この完全民営化により、国の債務は軽減され、高速道路事業に市場競争原理が持ち込まれて、サービスの向上と経営効率化が実現した。民営化の政府方針が事実上決まった日本道路、首都高速道路、阪神高速道路、本州四国連絡橋の四公団の民営化に向けたスキームを考えるうえで、アウトストラーデ社の先例は示唆に富む。
まず政府保有株の売却の経緯からみよう。同社は、特別法に基づき1965年にIRIの全額出資により設立された持株会社(その後、増資されIRIの持ち株比率は86.57%に低下)だが、94年7月に国有企業の民営化に関する手続きが法律で定められる。これにより、民営化は公募または直接売却、もしくはその両方によって実施されることになった。
さらに95年11月に公共サービスを提供する国有企業の民営化基準が法律で定められ、97年5月にはイタリア閣僚委員会でIRIが保有する同社の株式売却が決定される。売却法は、「一般投資家への公募」「安定株主への直接売却」の2段階に分け、99年12月までにアウトストラーデ社の株式のうち57%が小口化されてイタリアの一般投資家や機関投資家に売却された。次いで2000年3月には、同社株式の残り30%がイタリアのアパレル大手、ベネトン社のオーナー企業(Edizione Finance SA 、同社の持ち株比率は2000年3月時点で18%)などの安定株主に売却される。これら株式売却益はすべて売り主のIRIが得た。つまり国の収入になることで財政赤字の削減に貢献したわけだ。
この動きと並行して、同社に道路の建設・管理の権限が与えられるコンセッション(特許)期間が、97年8月に20年延長されて終期を2038年までとする協定がANAS(イタリア道路庁)との間で調印されている。この間、アウトストラーデ社は借金償還のための通行料金徴収ができるわけだ。他方、従来の料金改定方法が不透明だとして、ANASとの協定でインフレ率予測値や見込まれる生産性向上率、サービスの質などを盛り込んだ料金改定率の算出方法も定式化されている。
民営化され経営が自由になった同社は、事業の多角化に乗り出し、規制緩和の追い風を受けて米英の道路事業に参画したほか、同様に完全民営化された子会社(6社)を通じて移動電話事業も展開しはじめた。コンセッション期間満了後のサバイバルを目指し、収益向上と収益源の多様化が狙いである。
透明性、競争性、自己決定力で経営改善
現在、イタリアのようなEU(欧州連合)加盟国では、一定額以上の公共工事に関しては欧州内の関係業者に対し広告・競争入札に付することが欧州委員会で決められている。結果、各加盟国はこの決まりに沿って国内法を制定しているため、公共工事の発注やコンセッションの付与について従来のように政府の裁量だけで決めることは事実上、不可能となった。アウトストラーデ社へのコンセッション期間の延長や高速道路事業への競争入札などは、いずれも欧州委員会の承認を経て行われている。民営化事業の「透明性」と「競争性」がしっかり確保されているわけである。日本の道路公団などの民営化に際しても、透明性と競争性の導入が重要なことはいうまでもない。
このように同社と子会社の民営化は、補助金負担減・株式売却の収入増により国の財政好転をもたらしたばかりでない。高速道路事業に市場原理が導入され、透明性と競争性と自己決定力を得て経営が大きく改善され、業績に弾みをつけた。
アウトストラーデ社が民営化の輝く成功例であることは、なにより2000年3月の民営化完了後の2000年度(2000年4月―2001年3月)決算で大幅な増収増益を達成した事実に示される。
それによれば、道路料金収入など営業収入が約2003億円(1リラ=0.0555円で換算)で前年度比4%増。これに対しサービスの向上、合理化などで営業利益が同29%増の約872億円、当期利益が同12%増の約351億円と、利益を大きく伸ばしている。
同社はもとより民営化前も健全経営で知られていた。日本の道路公団系のわけのわからない財務体質とは違い、民営化時の99年1月―6月時で約170億円の純利益を上げたことが公表されている。この良好な財務内容が市場に好感され、約5000億円の負債(99年6月末時点)を抱えていたにもかかわらず、計画通り全株式が売り払われ、IRIの持ち株はゼロとなって完全民営化が実現したのである。
この成功例からいえることは、同社の民営化がスムーズに運んだのは、財務内容が透明だったことと、健全経営だったためだ。逆にいえば、財務内容が不透明この上なく、事業の実態が見掛けよりも悪い場合は、民営化しようにも重い国民負担を課してしまうことになる。
そして、このケースに該当すること必至なのが、日本道路公団など4公団なのである。これまで4公団の財務内容が不透明で事業の実情がわかりにくかったのは、建設に要した借金の現状と返済状況を示すため、企業会計と異なる財務会計手法「償還準備金積立方式」を採用してきたからである。
財務内容の本当のところはどうなのか、ここに民営化作業の「基礎工事」ともいうべきポイントがあり、この公団特有の財務会計をどうみるか、で実態認識と民営化手法に当然違いが出てくる。
道路公団の不透明な財務内容
アウトストラーデ社の成功例を念頭に、日本の4公団民営化の取り組みに目を転じてみよう。
8月22日、石原伸晃・行政改革担当相の私的諮問機関「行革断行評議会」(猪瀬直樹氏らメンバー5人)が発表した4公団の分割・民営化案は、迅速な結論と斬新にみえるスキームとで注目を引いた。だが、このスキームの前提となる肝心の財務分析を、そもそも根本的に間違えているのではないか。
理由は、公団の会計にはもとより記載されていない「減価償却」と「除却」(電光掲示板やアスファルトなど、破損などで資産価値がなくなった場合の帳簿からの消去)をうのみにする形で無視し、これをはじめから計算に入れていないからである。問題は、公団方式では企業会計にある「減価償却」「除却」の勘定項目はなく、これに相当するものはすべて「償還準備金」に盛り込まれるところにある。
つまり、損益計算書(P/L)では企業会計だと仮に「減価償却費4500億円」「除却費2500億円」と計上されるものが、ひっくるめて「償還準備金繰入7000億円」と、ドンブリ勘定で表示される。
また貸借対照表(B/S)でも、民間企業方式では「減価償却」「除却」が行われてその分「自己資本」が減るはずなのに、「償還準備金」の中にこれらがいっしょくたに詰め込まれる。
結果、公団会計では「資産は実態より過大」に計上され、逆に「経費は実態より過小」に計上されることになる。同時に、大ドンブリとなる「償還準備金」は実態よりも異常に膨らむ。
日本道路公団が8月31日発表した2001年3月期決算によれば、債務累計約27兆円に対し、道路などの固定資産は約39兆円。一見すると余裕がありそうだが、「道路資産(約34兆円)」の勘定科目には民間企業会計で扱われる減価償却費と除却費が含まれているから、これを差し引けば道路資産は急減し、自己資本もそのぶん減る。当期利益(20億円)を出すどころか実際は、高速道路事業は黒字を計上しているものの、欠損(47億円)を出して赤字に転落した一般有料道路事業は債務超過に陥っている可能性が高い。本州四国連絡橋公団はむろん、首都高速、阪神高速の2道路公団も、同様の理由から実質債務超過となっている公算が大きい。
この実態不透明の公団会計を同評議会は額面通りに受け取り、「減価償却」と「除却」をまったく考慮しなかった。結果、本州四国連絡橋公団を除く3公団は黒字だとして「利益隠し」を行っている、と認定した(そこから4公団で生じる7000億円超のキャッシュフローを使って国民負担なき民営化が可能、という楽観的な結論が導かれている)。
だが、実際はその逆で、公団はむしろこの会計手法で事業の「失敗隠し」を行い、実態の悪さをカムフラージュしている、とみられるのである。
負債の対利益比、自己資本比率などからみる限り、その数字は赤字前年の国鉄(63年当時)よりも相当に悪い。基本的には借金が途方もなく巨額なせいである。このままでは「第2の国鉄」になる危険が切迫している。
ここに、借金の処理と国民負担の軽減、市場競争原理の導入を目指し、高速道路建設の即時中止と公団民営化を急がなければならない本当の理由がある。
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