■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第240章 トランプ次期政権の罠

(2024年12月26日)

不法移民と経済が最重要課題

1月に発足するトランプ米政権の経済政策が及ぼす衝撃は尋常でない。「一律10〜20%、中国に60%」の関税引き上げと、米国内の石油・天然ガスの大増産政策は、世界の経済と気候変動への取り組みを一変させる。米国第1主義に基づくトランプ政策は、1990年代から米国の主導で続いたグローバル経済にとどめを刺す。

ここで対外政策の武器として使う関税とエネルギー政策に焦点を当てつつ、トランプ経済政策の衝撃度を計ってみよう。
選挙の結果、米上下両院議席の過半数を共和党が制した「トリプルレッド」により、トランプは独裁的権限を手に入れた。最優先する重要課題とは何か。大統領選を前にした米世論調査で、重要課題の順位は1位・移民問題、2位インフレ、3位経済・雇用となった。

トランプ暗殺未遂事件直後の7月に発表された共和党の政策綱領。そこに盛られた「20の約束」は世論調査に沿ったトランプの選挙公約(アジェンダ47)を後押しした。1位が「国境封鎖、移民の侵入阻止」、2位「米国史上最大の不法移民の強制送還作戦を実行」。 3位「インフレを終わらせる」、次いで「米国を世界有数のエネルギー生産国にする」、「アウトソーシングをやめ、米国を製造大国に」、「労働者に大幅減税、チップに課税しない」と続く。不法移民と経済安保が優先重要課題に掲げられた。

関税男の次の一手

米投資会社CEOから起用されたスコット・ベッセント財務長官。関税引き上げや減税で指揮を執る。関税を歳入増と国内重要産業の保護手段にすることと併せ、外交政策の交渉手段としての活用を主張してきた。関税を外国の市場開放や同盟国に防衛費増額を求める“武器”として使う、という考えだ。米通商代表部(USTR)代表に就く元ジェミソン・グリアと共に関税主導通商政策の推進役だ。

自らをTariffman(関税男)と称し、「関税は愛と宗教の次に美しい言葉だ」と放言するトランプ。11月末、突然SNSに投稿して、就任後に中国からの輸入品に10%、自由貿易協定(USMCA)を結ぶメキシコとカナダにも25%の追加関税を課すと表明した。その理由として不法移民に加え合成麻薬「フェンタニル」の流入を挙げた。中国からの原料がメキシコで合成されて米国に入る。この関税でメキシコに進出している日系自動車メーカー4社の打撃は大きい。なかでも日産自動車は、メキシコを足場にSUV(多目的スポーツ車)を中心に対米輸出する最大手だけに、影響は深刻だ。実行されれば対米輸出が全体の8割を占めるメキシコの経済は壊滅的だ。

公約していた「中国に60%、全貿易相手国に10〜20%」の追加関税が課された場合の世界的な影響は計り知れない。中国が最大の影響を受ける一方、当の米国経済も輸入品の値上がりや素材・商品の供給不足から物価高騰や生産減など大きな打撃を受ける。外国政府が報復関税を課せば、その影響はさらに深まる。

日本の信頼、同盟関係を生かせ

米国が関税を約30%まで引き上げた1930年代はじめ。内需と貿易不振から勃発した経済恐慌が、再び世界を襲う危険はないのか。不況が深まる中国が、米側の関税引き上げで一層窮地に追いやられるのは疑いない。
1つ、はっきりしていることは、トランプ次期大統領の胸の内だ。その基本動機は、取引(deal)である。高次の理念を持つようには見えない。現実的な損得感情で動く直情型商売人タイプとみられる。言動の基底にあるのは「被害者感情」だ。演説で関税を課す動機について「(米国への)侵略が止まるまで」などと、「侵略」を何度も口にした。同盟国に対しても米国は軍事的に利用されている、という感情だ。

しかし、冷静にみると、日本側としては厳しい関税取引を交渉術で収めることは十分可能、と考えられる。米側は関税を現実的な外交手段と捉えている。そこから、貿易相手国に対し一律の数字で関税を課す、とは考えにくい。個別に「法外にふっかけておいて高くまとめる」狙いではないか。
日本には幸いトランプ政権1期目に深めた「信頼できる同盟国」の関係がある。この関係性を最大限に生かして2国間交渉に臨み、協力・共助の実例を示して駆け引きして実を引き出すのである。米国の脱中国の加速により、中国からの生産拠点の移動や投資増を一層引き起こし日本経済にプラス効果が生まれる。ピンチはチャンスともなる。

エネルギーとイーロン・マスクに備えよ

第2期トランプ政権に対し、もう1つ備えなければならないのはエネルギー政策と行政の大変化や急速な技術革新だ。米国第1を体現するために、世界に対する明確な「経済支配への意志」が読み取れる。
「掘れ、ベービー、さあ掘れ!(Dig, baby, dig!)」。選挙戦でのトランプの掛け声だ。日常の生活や業務、移動に電気は欠かせない。AI時代を迎えデータセンターの相次ぐ新設で、電力需要は急増していく見通しだ。一方、米国のエネルギー生産量は世界1位で、自給率は106%(22年)に上る。天然ガス生産は23年に10年前に比べ58%増、原油は同68%も増えた。世界で消費が急増するLNG(液化天然ガス)で輸出量世界一位にのし上がったエネルギー超大国だ。

ロシアが西側の経済制裁に屈しない最大の理由は、エネルギー大国で、石油と天然ガスの輸出で外貨を稼げるためだと分かった。トランプは、民主党政権が世界と進めた脱炭素を敵視し、シェールガス・オイルの大増産に踏み切る。これで米国の成長エンジンのエネルギーを確保し、余剰エネルギーを輸出に振り向けて国際的なイニシアティブを握る算段だ。

イーロン・マスクにも備える必要がある。暗殺未遂事件直後のマスクの支持表明の影響力が、世界的な人気歌手テイラー・スウィフトのハリス支持表明のそれを上回ったことが、後の世論調査で判明した。 EVのテスラ、宇宙開発のスペースX、ソーシャルメディアのX(旧ツィッター)で知られ、世界1位の資産家と報じられたマスク。2億7700万ドル(約420億円)に上る米国史上最大の政治献金の現ナマ効果が、トランプ勝利に威力を発揮した。その手柄を買われ、新設される政府効率化省(DOGE)のトップに任命される。「ディープステート」の黒幕ともされる官僚機構の大規模な効率化と規制解除をどう進めるか。この破天荒な創造的破壊者の動向にも対応する必要がある。
(敬称略)