■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第239章 電力危機待ったなし(下)
(2024年11月26日)
トランプ政権返り咲きで揺らぎだす脱炭素
エネルギー危機に対処する上で、なぜ洋上風力と地熱発電の普及が最重要課題となるのか。この2つの発電方式が脱炭素・発電量・安全性の必須要素を備えているためだ。政府がエネルギー基本計画で願望的に頼る原発は、安全性への民意の信頼が得られない限り、現実的目標から外す必要がある。
ここで、エネルギー確保は海外調達に頼るゆえ、国際政治の影響から免れない現実に留意しなければならない。トランプ政権の返り咲きでまず世界的潮流だった「脱炭素」の推進が揺らぎだす。米国が国際的な温室効果ガス削減目標を定めた国連の「パリ協定」から早々と離脱する可能性が高い。だが、米国の多くの州やグローバル企業を含め世界的に「脱炭素」の方向性自体は変わりそうにない。つまり、国際社会は足並みは乱れるが、気候変動の現実の脅威を前に、脱炭素に向かわざるを得ない。再生可能エネルギーが、その重要な選択肢となる。
とりわけ成長著しい風力発電に世界の注目が集まる。IRENA(国際再生可能エネルギー機関)によると、再エネの中で最も急速に成長している分野だ。世界の風力発電設備容量は2023年末時点で前年比13%増の1000ギガワット(GW)を超えた。風力発電コストもここ数年に急低減し、化石燃料による発電と肩を並べるまでに競争力を付けた。IEA(国際エネルギー機関)は、2040年までに風力発電が世界の電力供給の35%を担うようになると予測する。主力電源の一翼になる、との読みだ。
洋上の失敗経験を生かせ
世界の風力発電を段トツにリードするのが中国だ。設備容量は281GW(2023年)。これに対し日本は、中国の50分の1以下の5.2GWと出遅れる。前年の4GW強から増加しているものの総発電量の1%程度に留まり、普及率はG7中最下位で世界の21位。
「国土が狭く、山地が多いため、風力発電に適した平坦な土地が限られる。人口密度が高く、地域住民の建設合意を得る困難もある」などと説明する(2024 エネルギー白書)。
だが、これは屁理屈に聞こえる。要は政治と行政の怠慢が遅れの大きな原因ではないか。
期待が高まる洋上風力はどうか。海域の利用を促した「再エネ海域利用法」も制定された。日本列島は海に囲まれている。EEZ(排他的経済水域)も世界6位の広さだ。陸地より風況がよい上、景観への影響はずっと小さい。この優位性を利用すべきだ。
IEAによると、全世界の洋上風力発電導入量は2040年に562GWと2018年の23GW比24倍に急増する見通し。将来性を見込んだ政府は、2040年までに洋上風力発電を30〜45GW程度まで拡大する方針だ。既に秋田県や千葉県、長崎県、北海道石狩湾などの海域でプロジェクトが進行している。
日本を含め世界の洋上風力発電方式は一般的に風力発電機を海底に固定した構造物に設置する着床式が多い。水深が深い海域で発電機を洋上に浮かせて発電する浮体式は、技術的に難しく、各国ともまだ実証運転段階にある。浮体式は浅瀬が少ない日本に向くとされる。日本では「フクシマ復興」の一環として福島県楢葉町沖で世界最大規模の風車を含む洋上実証試験を2016年から3年計画で進めたが、挫折して撤退した。今後の課題は、この貴重な失敗経験と実験データを生かし、浮体式大規模発電を世界に先駆け実現することだ。漁業者との合意を経てEEZの洋上でも浮体式発電を起こし、海底ケーブルで送電するシナリオの追求だ。
火山列島にふさわしい地熱発電
もう1つのキーポイントが地熱発電だ。火山活動が活発で至るところ温泉に恵まれる日本列島。世界3位の地熱資源量を有するが、地熱発電導入の国際シェアはわずか4%程度。
地熱発電は、地下2000メートル付近にある地熱貯留層からマグマに熱せられた熱水や蒸気を取り出し、その蒸気を用いてタービンを回し発電する。地熱層の探査、環境評価、地元自治体・事業者・住民との合意形成に始まり、井戸の掘削、発電所建設、蒸気の取り出し―と長いリードタイムに加え、高度な生産技術と安全管理が求められる。
先導役を務めるのが三菱マテリアルだ。今年3月、岩手県で「安比地熱発電所」の運転を開始した。現在、1万4900キロワット(kW)を発電する。成果著しいが、プロジェクトは最初の調査から運転開始に至るまで20年以上を費やしたという。
とくに現場を悩ませたのが豪雪との戦いだった、と関係者は指摘する。コストも桁外れだ。井戸を1本掘るのに数億円もかかる。掘り当てなければ、全ての費用がムダになる。資金がかかる熱資源の存在確認は、国立研究開発法人のNEDO(新エネルギー・産業技術開発機構)が2000年代はじめに行った。地熱発電の実現には政策支援が必須となる。
高リスクの開発には、国費と開発を容易にする規制緩和が欠かせない。開発の国際的な遅れは、多分に政権の本気度が足りないせいではないか。
日本の政策支援金は他国に比べ遜色がない、とされる。問題は日本の規制の壁だ。地熱開発を促進する法令を作っても、既存の法律の数々が立ちはだかる。自然公園法、森林法、温泉法、環境保護法、土地収用法などだ。温泉ホテルや民宿への開発説得もハードルになる。国立・国定公園の環境にも配慮が必要だ。
国産エネルギーを増やす
だが、幾多の難関を乗り越えて、国産エネルギーとなる地熱発電を活用できなければ、エネルギー安全保障は覚束ない。
今年度内に策定される経産省の第7次エネルギー基本計画。エネルギーの現状認識に関し経済同友会から注目すべき声が上がった。「今まさに『挑戦か衰退か』の岐路。強い危機感を覚える」。経済界は、日本のエネルギー事情の危うさを深刻に捉える。だが、政界の論議は、自民党の裏金問題に明け暮れた。鈍感さを浮き彫りにした。
ドイツの失敗が、重要な教訓を与える。23年4月、ドイツは脱原発を実現した。23年にドイツの電源構成は、再エネ電力が過去最高の59.7%に上った。しかしその裏で、ロシアからのエネルギー調達が途絶え、エネルギー価格の高騰がドイツ経済を直撃した。約9%(22年)にも上る物価高と輸出不振から実質GDPは24年に2年連続マイナスとなった。この苦境下のドイツに日本は23年、GDP世界3位の座を奪われた。エネルギーを視座に日本経済の抜本的立て直しが問われる。