NAGURICOM [殴り込む]/北沢栄
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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第22章 シンクタンクも「官」の手中
 来年夏の参院選をにらんで、自民、公明、保守の与党三党は、今国会に特殊法人の5年以内原則全廃を盛り込んだ「特殊法人整理基本法案」(仮称)を提出する方針だ。特殊法人への批判の高まりをかわそうとの狙いだが、仮に特殊法人を廃止したとしても公益法人を野放しにする限り、「官」の利権と天下り先は温存され、問題は解決しない。いやむしろ、これを機に官が78ある特殊法人の利権を2万6000以上もある公益法人のどれかに移し替えていくのは必至だ。そうなれば、公益法人は情報開示を法的に義務付けられていないため、補助金の流れや事業実態、天下り状況などはますます霧に覆われ、納税者の目から見えにくくなる。

中央官庁と直結のシンクタンク

 主務官庁が自らの判断で設立を許可し、監督権限も持つ公益法人を「官」が自分たちの都合のよいツールにしてきたことは、本連載で見てきた通りだ。が、シンクタンクと呼ばれる有力調査研究機関の多くも、実は「官」の手中にある。
シンクタンクの中には、(1)戦後まもなく中央省庁の改組直後に設立され、役所と一心同体で調査研究や広報活動に当たった(総理府所管財団法人「公正取引協会」、通産省所管財団法人「通商産業調査会」など)、(2)国や特殊法人から受け取る補助金・調査委託費をもとに民間シンクタンクに委託する調査研究機関(通産省所管財団法人「産業研究所」など)、(3)会長、理事長などの要職を官僚OBが独占し、天下った「官庁エコノミスト」が調査研究活動・事業を推進する(大蔵省、文部省共管社団法人「日本経済研究センター」、経済企画庁、通産省共管社団法人「日本リサーチ総合研究所」など)-のような中央官庁直結タイプが広くみられる。

 結果、経済分析や調査結果が、もらっている補助金とか天下りOBの有形無形の圧力や自己抑制からいつしか「政府寄り」に偏ってしまうことは避けられない。シンクタンクは本来、客観的であるために政治権力から独立していなければならないのだが、多くの実態は「結ばれている」のである。たとえば、読者のみなさんの職場や生活の場で実感する「景気」が、政府の「景気判断」と食い違うのも、エコノミストの多くが「官庁エコノミスト」で、シンクタンクが官庁支配下にあることと無関係でない。
 シンクタンクでもう一つの主流を成す金融機関系も、97年頃まで設立母体の金融機関が護送船団行政下にあったために大蔵省の影響を免れず、独立したシンクタンクとはいい難い状況にあったのだ。そのうえ、官庁に特設された「記者クラブ」を拠点に発表をこなすマスコミの報道も、全体に「政府寄り」になる傾向がある。こうして日本人は一般に、「官」によって多分に味付けされた日常情報とデータ分析、調査結果をマスコミを通じて日々受け取っていることになる。

通商産業調査会の率直な告白

 シンクタンクのうち、役所が自ら必要性を感じて生み出した一つに財団法人「通商産業調査会」がある。そのホームページは「ごあいさつ」の中で、次のように率直に設立のいきさつを述べている。「(設立より先の昭和24年5月25日には)「商工省」が改組され、産業の合理化と輸出振興を柱とする長期政策の確立をめざし「通商産業省」として発足したのであります。その際、同省の強いご意向に基づいて、新しい時代に即した通商産業施策立案の基礎となるべき資料の収集および調査研究を目的とした官民協同の機関の創立が要請され、これにこたえた関係主要産業団体の御協力により、当会が誕生したのであります」
 もう一つ、公正取引委員会と一体化して動く「公正取引協会」をみてみよう。橋口収会長は元公取委委員長、関根芳郎専務理事は元公取委審査部長と、トップは歴代公取委OBが占める。国から委託費を毎年数百万円受け取り、テーマに応じて学者などに調査委託している。主な収入源は、多くのシンクタンク同様、研究会や講演会、出版物などの情報提供が受けられる会員制の会費(会員は現在、約700社・団体。会費は維持会員の場合、年会費15万円、入会金7万5千円)。

 入会案内をみると、事業概要は、(1)内外の独占禁止法・公正取引に関する法令と競争政策に関する情報の収集、(2)競争法と競争政策についての調査研究、(3)関連出版物の刊行-とある。出版活動の一環として、ふつうなら大蔵省印刷局から定価で刊行する「独占禁止白書」を、新聞・出版物の再販制度に批判的な橋口会長が同協会で会員向けに発行している。
 同協会に「シンクタンク」という自意識はまるでない。そのはず、経済の民主化を目指して独禁法が成立し、公取委が新設された1948年の2年後、独禁法についての研究・啓蒙活動を目的に前身の「公正取引研究協会」がつくられたのが、そもそもの始まりだ。民間から自発的に生み出されたのではなく、公取委の説明によれば「行政と企業の架け橋」として公取委がつくったのである。
 つまり、本来なら省庁の企画立案部門が自らの業務に関連して調査研究を長期的に行うべきなのに、外部に公益法人をつくって事実上請け負わせ、そのトップに天下りしているという構図だ。政府が見えにくい形で、肥大化しているのである。しかも、省庁からの調査委託にとどまらず、役所とのパイプを背景に業界団体や企業に会費などの形で出資させ、学者への委託などで業容を拡大する。この典型例が、同協会である。

トンネル型シンクタンク

 だが、もっと複雑形の官庁系シンクタンクもある。財団法人「産業研究所」だ。複雑形をしているのは、特殊法人「日本自転車振興会」からの多額の補助金を使って民間シンクタンクに委託しているからである。
 99年度の調査研究テーマをみると、計92件のうち「産業政策の新展開に関する調査研究」が過半の50件。内訳は「産業構造改革」、「地域産業と中小企業の活性化」「エネルギー、環境問題への対応」などである。

 事業案内をみると、機械産業をはじめとする産業政策にかかわる諸問題についての調査研究が目的、とある。だが、同財団によれば、奇妙なことに99年度の事業費9億3247万円のうち通産省所管の日本自転車振興会から補助金として6億5498万円も受け取っている。さらに、その補助金の九割以上を調査研究を委託した民間シンクタンクなどに支出している。自らも約1000万円使って調査研究活動の一部を行っているが、調査研究テーマのほとんどは委託先の外部のシンクタンクが手掛け、報告は所管官庁の通産省に提出されている。
 委託先は、野村総合研究所、三菱総合研究所、日本総合研究所、日本リサーチセンター、日本経済研究所、東海総合研究所、政策科学研究所、三和総合研究所、社会経済生産性本部生産性研究所など、約70にも上る。99年度の事業実施テーマをみると、産業研究所が自ら調査研究したのは「21世紀経済産業システムとその政策的支援のあり方に関する調査研究」「日本型経済システムに関する調査研究」など、ごく一部。残りの約90テーマはことごとく委託されている。
 つまり、財団の事業の基本は、車券の売上金に応じて競輪施行者が日本自転車振興会に交付した金を補助金にもらい、その資金で民間シンクタンクなどに調査研究を委託して結果を通産省に報告する、というものだ。競輪事業で稼いだカネ(一種の公的資金)が自転車振興会経由で補助金として回されるのと、民間シンクタンクへのトンネル役を引き受けているのが特徴といえる。

通産省の巧みな仕掛け

 この資金の流れだと、国の補助金・委託費は肩代わりされるため少なくて済むことと併せ、複雑だから外部の目につきにくい。日本自転車振興会はこの補助事業を自転車競技法という法律に基づいて行い、通産省はこの法的仕掛けを巧みに利用している形だ。
 同振興会の補助を受けている古顔に、財団法人「日本自転車普及協会」、特殊法人「日本貿易振興会(JETRO)」、財団法人「国際経済交流財団」、同「機械システム振興協会」、同「日本情報処理開発協会」などが並ぶ。受け手の特殊法人、公益法人がこういう形で補助金をもらっている事実について、関係者以外はほとんど知らないであろう。
 しかし、多額の補助金を注ぎ込んで膨大な調査研究報告を手にしながら、通産省はその成果を政策に生かしているだろうか。所管の石油公団の事業破綻は政策の巨大な失敗を物語る。調査委託を含め政策の過程をもっと透明にしなければなるまい。

「産業研究所」は76年に設立され、一貫して通産省直属のトンネル型シンクタンクとして機能してきた。現在の所長(常勤)は通産省OBで中小企業庁長官、日本輸出入銀行理事長を経て就任、日本貿易振興会理事も兼ねる中田哲雄氏。非常勤の理事長は辻村江太郎・慶大名誉教授が務める。理事・監事10人中3人が通産省OBだ。うち理事2人は、元通産省事務次官の小長啓一氏(現・アラビア石油社長)と杉山弘氏(現・電源開発社長)。
 通産省はこのような公益法人を含め、その巨大な翼の下に数多くの関係団体を抱える。「通商産業調査会」のホームページによれば、その数は延べ165団体にも上る。産業界の有力団体をことごとく網羅している格好だ。  例えば、機械情報産業局関連だけでも、日本アミューズメントマシン工業会、音楽電子事業協会、日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会、情報処理振興事業協会、マルチメディアコンテンツ振興協会、日本システムハウス協会、日本情報システム・ユーザー協会、ソフトウェア情報センター、日本情報処理開発協会などの他57団体に及ぶ。
 だが、このリストの中に「産業研究所」の名が見当たらない。濃野滋・元通産事務次官が会長を務めるシンクタンクの「日本リサーチ総合研究所」も、リストに載っていない。
 シンクタンクは中立的でなければならないから、あえてリストに入れなかったのだろうか。いずれにせよ、通産省の影響範囲が想像以上に大きいことが読みとれる。この広汎な“持ち駒”を駆使して、通産省は補助金さえも合法的にひねり出し、翼下の団体にばらまくのである。

 先の日本自転車振興会は、99年度に競輪からあげた約260億5700万円もの大金を補助金として226団体に分配していた。調査研究とか技術開発が主な名目で、補助対象となった団体のほとんどは、「官」が天下る社団か財団の公益法人だ。
 特殊法人が仮に全廃されたとしても、無数の公益法人が温存される限り「官」は容易に失地回復ができる。


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