■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第238章 電力危機待ったなし(上)
(2024年10月26日)
石破政権にエネルギーの難問
辛うじて成立した石破政権が、波乱万丈の大海原に出航した。立ちはだかる難問の1つが、自給率わずか13%程度のエネルギー問題だ。脱炭素とAI普及による電力需要増にどう対応するか。
焦点は政府の原発活用を含む電力の安定供給シナリオだ。
9月の自民党総裁選。脱原発を掲げてきた河野太郎デジタル相がAI社会に伴う電力需要増を理由に原発活用に転じた。「福島復興、住民と共に走り切る」と公言した小泉進次郎元環境相も、原発を新増設や建て替えを含めて容認。石破氏も党首選の途中で「原発ゼロに向け」から「利活用」へと翻意した。結果、自民党の有力議員は全て「原発活用」に舵を切った。
仮に原発が次々に稼働できれば、数字上は電力需要の急増も賄える。だが、原発の安全性・信頼性が稼働の大前提だから、少なくとも周辺住民の合意が必要だ。まして新増設や建て替えとなれば、国民的論議が必要となる。原発再稼働については福島第1原発事故後、各種世論調査で国民の半分以上が原発への不安・不信を訴えた重大案件だ。この先も、電力供給源として不確実要素に留まる。
転向派議員は揃って原発活用の留保条件を付けなかった。「住民の納得と合意を前提に」とか「説明責任を果たした上で」とか、「放射性廃棄物処分にメドを得て」、あるいは「核燃料サイクルは別問題」といった活用条件への言及は一切なかった。国民の多くに戸惑いと不信感を植え付けたのも、当然だった。原発活用が政府・自民党の意図通りに進まなければ、電力がいずれ供給不足に陥り、経済全般と国民生活を直撃する可能性が高まる。
化石燃料は全て海外依存
なぜ、電力供給が危ういのか。政策の流れを振り返ってみよう。内外価格差の是正を狙い1995年に始まった電力自由化。2011年3月の原発事故を機に13年4月、「電力システムに関する改革方針」が閣議決定される。「安定供給の確保」「電気料金の最大限抑制」「需要家の選択肢や事業機会の拡大」の3本柱が明記された。
この指針に沿い、政府は2016年4月に電気料金抑制を主眼に電力の小売全面自由化に踏み切る。電力の消費者が電力会社を自由に選べる仕組みだ。一方、エネルギー問題は基本的に3つのEから成る、と考えられてきた。この3つのEのどこに重点を置き、バランスを取るかが、エネルギー政策の要諦とされた。 3つのEとはEnergy Security(安全保障・安定供給)、Economy(経済性)、Environment(環境)だ。
政策上重要なのは、電気は基本的に「貯めることができない」ことだ(唯一の例外は揚水発電。上下2つの貯水池をつなげ、発電に余裕があるときに下から上に水を揚げ、必要な時にその水を落として発電する)。
発電された電気は、ほぼ光の速度で送電され、停電なしに生活や業務を毎日、安心してできるようにする。この「同時同量」と呼ばれる電気システムの円滑な運用が、政策と事業理念イメージの核心にある。
ここでまず問われるのは、発電エネルギーの安定確保だ。その7割強を占めるのが化石燃料だが、日本は石油、天然ガス、石炭のいずれも全面的に海外からの輸入に頼る。太陽光発電を急速に導入し全電源の22%程度を占めるに至ったが、日本の1次エネルギー自給率は、12.6%(2022年)と食料の4割弱を大きく下回る。1960年ピーク時の自給率60%近くの5分の1程度。G7中、最小の自給率だ。不安定この上なく、心もとない。
AI社会で電力需要急増へ
「エネルギー政策において我々は歴史的な間違いを犯した」。エネルギー危機が一挙に深刻化した22年3月、ドイツの政府高官はロシアに対し即時強力な経済制裁を求めたウクライナ代表に、苦しい胸の内を訴えた。ドイツはロシアへのエネルギー依存を深めていき、天然ガスをはじめ石油、石炭とも輸入シェアでロシアが1位。背景に、メルケル首相(当時)の貿易拡大を通じた相互依存が侵略抑止につながるとする考えと、プーチン・ロシア大統領への個人的信頼があったとされる。
ドイツだけでなく22年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、世界のエネルギー環境を一変。エネルギーの安定供給が、国の安全保障に直結するという認識が根付いた。
さらにAI活用に向けた電力の増え方が、新たな対応を促す。資源エネルギー庁によると、世界的に進むデータセンターの新設は世界に8000以上(うち米国33%、EU 16%、中国10%)。IEA(国際エネルギー機関)の予測では、世界のデータセンターの電力消費量は2026年に22年比2.2倍と、日本の年間総電力消費量相当の規模に拡大する。データセンターが電力ガズラー(大食い)となるのは、多数の高性能サーバーを収納させ、高速回線、冷却装置、監視カメラ、大容量電源を整備し、24時間フル稼働させるためだ。AI活用を目指すGAFAMやエヌビディアなど米巨大テックが、データセンター新設に血道を上げるのも、独占的な事業発展の道筋だからだ。
センターのため地域に超高圧変電所も要る。立地条件は限られ、特定地域に集積する。例えば千葉県印西市。「データセンター銀座」と呼ばれるほどグーグル、アマゾンなどが参入。市によると、18年頃から進出が増え、公表できる進出企業は11社に上る。
マイクロソフトは24年4月、AIとクラウド基盤の強化を目的に約4400億円を日本に投資すると発表した。同社の対日投資額としては最大規模。「生成AIの拡大需要に応える」とコメントしている。
グーグルは10月、データセンター用に原発から電力を調達する構想を明らかにした。日本がGX(グリーントランスフォーメーション)、DXで世界に遅れをとらないためには、大電力が必要なことは明らかだ。
では、不確実性の高い原子力を除いて、脱炭素電源の再生エネルギー発電普及への最適対応を考えてみよう。日本の再生エネルギーの国際的な現在地について、環境省資料が意外な事実を明らかにした。世界有数の導入量に達した太陽光発電が牽引する形で、日本が「2050年カーボン実績ゼロ」の国連目標に向け、G7中最も着実にCO2削減を進めているという事実だ。同省が昨年11月ドバイで開催のCOP28向けに、政府のGX実行会議に提出した資料にある。英国の進捗状況はほぼ順調だが、ドイツはやや遅れ、米国、フランス、イタリア、カナダは大きく遅れる。
日本の再生エネ導入に際し、政府は余地の大きい洋上風力と地熱に一層注力する必要がある。