■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第235章 日本経済曲がり角(中)/黒田金融緩和の“非”を認めよ

(2024年7月24日)

円安進行が成長を阻む

円安の再進行が、経済成長の好循環の芽をつむ可能性が強まってきた。1ドル=161円台に至った6月末以降の円安が、年末にかけて暗い影を落とす。円安修正ができるか否か、によって、スタグフレーション(不況下のインフレ)の危機に陥る。
6月は大幅賃上げなど所得増のプラス要因が現れ、好循環への期待が高まった。しかし、形勢は6月末に怪しくなる。再び為替市場で円売りが活発化し、円の一段の独歩安が加速したからだ。円安による輸入物価高が今後も国民生活を圧迫し、将来不安を強める公算が色濃くなった(その後、円買い為替介入やトランプ前米大統領のドル高是正発言を受け、1ドル= 155円台と円高に戻したものの、基本的な円安圧力は変わりそうにない)。

変調の引き金となったのが、円安の再進行だ。「円安は一体、どこまで進むのか」という底知れない円安不安が、物価高に脅える庶民の間に広がってきた。
円相場はほぼ3年半も下落傾向を辿り、2021年はじめ頃から米ドルに対し50円ほども安くなった。通貨価値は40%余り激減した。この円安のシンボルが、インバウンドの隆盛と日本人海外旅行の減少となって表れる。

だが、超円安の修正は一筋縄で行かない。2013年4月にアベノミクスの一環として始まった黒田金融緩和に円安の第1の原因がある。
アベノミクスは、為替面でグローバル輸出企業の収益増を狙い円安を誘導する金融政策であった。黒田バズーカ砲による株価急騰と物価アップで“緒戦の電撃成功”は目ざましかったものの、やがて成果はしぼみ出す。黒田総裁在任の23年4月までにデフレ脱却は果たせなかった。失敗の理由は、黒田金融緩和の手法に「カネが市中に出回らない」という重大な欠陥があったため、とみられるのだ。

市中に出回るカネ増えず

鳴り物入りだった異次元大規模金融政策に何が起こったのか。なぜリフレ派が主張するように金融のカネを増やす量的金融緩和が一向に効果を上げなかったのか。その結果、なぜ円安に歯止めが掛からなくなったのか―。
マネタリーベース(マネーの総量)が増えれば、カネが出回って景気がよくなり、デフレを脱却して年2%のインフレ目標達成が可能になる。この目標実現のため、国債を民間の銀行から大量に買い入れる。これが黒田金融緩和政策のシナリオだった。
ところが当初の勢いは失せ、やがて「2年後に2%達成」の公約はほぼ絶望的となる。

そこで黒田日銀は、14年10月「量的・質的緩和の拡大」と題する緩和策の強化を発表した。マネタリーベースをさらに増額し、その上で保有国債の残高を引き上げて国債購入を増やし、ETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)の購入も増やした。それでも効果上がらず、とみるや16年1月、さらに「金利」を加えた「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決める。
この異常手段をもってしても、2%目標を達成できなかった。その失敗の原因について、経済学者、野口悠紀雄氏の指摘が的を射ていると思われる。マネタリーベースが増えても、実際はその増えたカネは民間銀行の懐の中に留まって市中に出回らなかったのだ。

理由は、日銀が民間銀行から国債を買う時に紙幣を増刷せず、日銀に預けている銀行の当座預金を増やす方法を取ったからだ。銀行が日銀に預ける当座預金は国債を売った分、増額し続けた。 だが、市中に出回る通貨供給量「マネーストック」は大規模金融緩和を導入して以来、2020年頃に急増した以外は前年同月比で増えていない。20年頃のマネーストックの急増は、コロナ禍で銀行が盛んな緊急融資を行ったためにすぎなかった。

マネーは銀行の懐に滞留

本来、日銀が供給するマネーは銀行を介して民間市場に流れ、景気を押し上げる。だが、黒田緩和ではマネーが日銀の当座預金に滞留してしまったのだ。銀行が抱える国債は日銀に買われることで、マネタリーベースの増額は達成する。 一方、銀行は国債の代金で当座預金が積まれ、これに日銀が付けた0.1%の金利収益が確保できる。利ざやの低い民間向け新規融資などリスク性案件には及び腰となり、カネは出回らない。
しかも日銀に持っている銀行の当座預金は、支払いとか決済に使えないから厳密には「マネー」と言えない。マネタリーベースに統計上載せられるが、自在に活用できる本来のマネーではない。結局、日銀の当座預金が増えただけでマネーは動かず、マネーストックは変わらなかった。デフレ脱却の失敗を招いた。

黒田金融緩和は、経済成長と共に円安誘導が狙いであった。そのためには金利を下げる必要がある。日銀が国債を大量に買えば国債の価格は上がり、金利は下がる。金利が下がることによって円安が起こる。
国債の大量消化で国の借金は容易となり、円安で輸出大企業は潤った。こうしたカラクリで、為替相場は円安が起き、加速していったのである。歯止めなき円安が、黒田金融緩和が推進したアベノミクスの産物であることが分かる。

「金利ある普通の世界」へ出口戦略示せ

超円安の修正に経済政策の焦点が当てられるのは当然だろう。進む円安の大きな要因に、日本と米欧間の金利差がある。
現在、日本と米国の政策金利とで5%強の金利差がある。日銀は7月末の金融政策決定会合で「利上げ」を表明するとみられるが、米連邦準備制度理事会(FRB)は利下げに慎重だ。FRBが0.25%の利下げを実施するにしても、現在5.25〜5.5%レベルの米政策金利を5%程度にするのは、米大統領選後の12月とみる予測が大勢。 これに対し現在、日銀の政策金利はマイナス金利解除後も0〜0.1%に留まる。実質金利はマイナス圏にある。
これを仮に7月会合で、0.25%引き上げたとしても、日米の金利差は5%台で、年内に大きく縮小する可能性は低い。背景に米インフレが3%台から下がらない上、AI関連の技術革新を独り占めする米経済の活況がある。7月会合で、日銀の利上げへの慎重姿勢が国際市場にさらに印象付けられるようだと、利上げ表明後にむしろ円安加速の恐れさえある。

整えるべき次の舞台の風景が、浮上する。日銀がこれまでの異次元緩和の“非”(行き過ぎ)を認めて「金利ある普通の経済世界」への軌道修正(出口戦略)を示せるかどうか。これを示すことで、舵を切った日銀の金融対策の姿が見える化されると共に円安不安に歯止めをかける。
円安進行によって、ゼロ成長経済とコロナで弱体化した中小企業を苦境に落とし入れるのは明らかだ。日本経済立ち直りの機運を壊してはならない。