■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第234章 日本経済曲がり角(上)/好循環かスタグフレーションか

(2024年6月26日)

賃上げ減税が消費を刺激 エネルギー、食糧を高騰させる円安

日本経済はこの6月、いよいよ曲がり角に差しかかった。好循環が始まるか、逆にスタグフレーション(不況下のインフレ)の泥沼に迷い込むか―6月から秋までの経済動向が、このいずれかの方向に押し出す、とみられる。
その1つは今春の大企業で5%台(経団連集計で5.58%)と33年ぶりの大幅賃上げの中小への浸透と、6月支給分から始まる所得税・住民税の1人計4万円の定額減税による。 これが冷え続ける消費を中心に経済を活性化する大きなプラス要因として働く。逆に、もう一方のマイナス要因が経済好循環の道に立ち塞がりかねない。 国民生活を圧迫する食費や光熱費の上昇を惹き起こしている円安の一段の進行だ。
4月末から5月はじめにかけ政府・日銀が実行した9.7兆円に上る円買い・ドル売りの為替介入。円の下落は1ドル=160円手前で一時的に収まった。 が、市場は日米の金利差と経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)をにらみ、円安圧力は今後も弱まらない。

今や日本経済復活の足を引っ張る最大のマイナス要因として、円安進行リスクが浮上した。 この不吉な見通しは、4月から5月にかけ2つの出来事によって国際金融市場にクローズアップされた。1つは植田日銀総裁による事実上円安を容認した失言。 もう1つは、米ドルばかりか英ポンドなど欧州通貨に対しても円が急落、独歩安となったことだ。
日経平均株価が4月からの経済市況の様変わりぶりを映す。日経平均は1−3月に、バブル時の史上最高値を更新し、初めて4万円台に乗せる。 ところが、4月に入って変調を来たす。4万円台割れでもみ合いを続けた後、5月30日には一時、前日比900円を超える下げ幅となり、3万8000円台を割る。

もうどうにも止まらない 円、売りを浴び最弱通貨に

ここで注目すべきは、通貨価値に対する投資家の視点だ。投資家はこぞって円を売り、外貨を買っているのである。 とりわけ目を引いたのは外国為替市場の英ポンドに対する円の急落だ。5月27日に1ポンド=200円の大台を突破し、16年ぶりの円安・ポンド水準となった。 これはイングランド銀行(BOE)が4月の英消費者物価上昇率2.3%をみてインフレ抑制のため政策金利(5.25%)の引き下げ開始を遅らせ、9月以降になりそうだ、との予測が市場に広がったためとされる。 マイナス金利政策の解除を3月に発表したばかりの日銀の金融政策との違いが際立った。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の調査資料によると、主要先進国通貨のうち今年の年初来、対ドルで最も売られている弱体化通貨は日本円。 ドルに対し10%程度下落した。次に売られたのがスイスフラン、スウェーデン・クローネ、ノルウェー・クローネの順。 反対に買われた通貨は、米ドル、英ポンド、ユーロ、デンマーク・クローネ、さらに4月以降のし上がった豪ドルの順だ。日本円は売られっぱなしの最弱通貨になってしまった。

通貨価値を計る上で重要なポイントは、全体の為替市場がゼロサムゲームであることだ。株式市場のようにドルと円、ユーロ、ポンドなどが、足並みを揃えて上下することはない。 全体でみれば、必ず価値を上げる通貨と下げる通貨とに2分される。円は下がるばかりで、貧困国に向かっている。政府と中央銀行の役割は本来、国民生活を豊かに導き、通貨価値を安定的に高めていくことにあるはずだ。
ところが政府・日銀は、13年以来アベノミクスで輸出増を促す円安を誘導してきた。アベノミクスの第一の矢は、大規模金融緩和。 これを日銀が異例の手段に訴えマイナス金利に至るまでに続けた結果、経済の弱体化とが重なり、円安が止まらなくなったのではないか。 超円安の反転・安定化が簡単でないことが分かる。政権の長年の看板政策アベノミクスの根本的見直しと修正が必要になるからだ。

これからが本当の正念場 6月から値上げの大波

プラスの成長方向へ舵を切るには、急を要するのが円安の是正・安定化だろう。対応策として3つ考えられる。 1つは、主要国で唯一マイナスに圏にある実質政策金利を引き上げること。2つめがGAFAMをはじめとする米IT大手のデジタル支配から悪化するデジタルサービス赤字(23年度5.6兆円)をはじめ貿易サービス収支の改善。 3つめが1月以来の新NISA利用による個人の外国株投資の急増に対抗して打ち出す日本向け投資の刺激策だ。止まらない個人(家計)の外貨に向かう資本逃避を抑え、外資を呼び込む「魅力ある投資先」を国内に作り出し拡大する必要がある。
対策が急がれるのは、6月から物価高の生活への影響が一段と強まるからだ。一連の物価上昇は主に原材料費を高騰させる円安に起因する。とりわけ輸入依存度の高い食料・エネルギー関連の値上がりが家計を苦しめる。

外食産業は人手不足から来る人件費、物流費の増加もあって値上げが相次ぐ。例えば餃子の王将は6月24日、全国734店舗で一斉に値上げする。 人件費の違いから価格を東日本と西日本で差別化し、東日本では「餃子の王将ラーメン」を現行の税込649円から748円へ15%引き上げる。
食品でも6月の値上げが軒並みだ。カルビーは「ポテトチップス」や「じゃがりこ」など68商品を1日以降、3〜10%引き上げた。 帝国データバンクによると、6月の飲食品値上げは家庭用を中心に614品目に上る。2024年の予定を含む値上げ品目数は10月までに8269品目にも上り、平均17%値上げされる。値上げ最大要因に急進行した円安を挙げる。
生活に欠かせない光熱費の6月値上げも顕著だ。大手電力10社と都市ガス大手4社は6月請求(5月使用分)の電気・ガス料金を政府補助金の半減を背景に、全社で値上げする。 標準的な家庭の電気料金は電力7社で14〜42%アップ。補助金が終了する7月はさらに引き上げられる。

一方、年金はどうなるか。4、5月分が振り込まれる6月半ばは物価や賃金上昇に連動して増額されるものの、年金給付抑制の仕組みにより実質目減りする。
6月の経済曲がり角を「好循環への道」へと踏み出すには、日銀の利上げ対応が当面の焦点となる。 通貨の強弱は市場が織り込む金利差動向に大きく左右される。仮に日銀の利上げ時期が市場予測より早まるようなら、円安進行に歯止めが掛かるのは必至。 逆に不透明感が強まり金利差持続が意識されて急速な円安がぶり返す事態ともなれば、財務省は円買い為替介入を再び余儀なくされるだろう。