■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第233章 本離れとスマホ依存が同時進行/文化の潮流変わる
(2024年5月26日)
スマホ漬けの若者たち
本離れが止まらない一方、スマホ漬けが加速する。情報や知識の流れが大きく変わる。どんな影響が出てくるのか―。経済産業省は3月、書店支援策に乗り出した。書店を「文化創造の重要拠点」と位置付け、「書店振興プロジェクトチーム」を立ち上げた。
本離れは、いよいよ深刻の度合いを増す。3月時点で全国の1741の市区町村のうち書店が1つもない自治体が、27%に上る(出版文化産業振興財団調べ)。沖縄、長野、奈良の3県では、書店ゼロが市町村の過半を占めた。全国の書店数は3月時点で1万918店と20年前に比べほぼ半減、10年前の1万5602店から3割も減少した(日本出版インフラセンター調べ)。
一方、文部科学省23年の調査によると、21歳の若者が紙の本を読むのは1ヵ月間で「ゼロ冊」と62%が回答した。電子書籍でもマンガ、雑誌を除く本でゼロ冊が78%。スマホでマンガや動画、雑誌は見るが、本はほとんどパスする若者像が浮かび上がる。
勢いを増す本離れに、書店や出版社、著作者らの危機感は高まる。直木賞作家の今村翔吾氏が4月、東京・神田神保町にシェア型書店「ほんまる」を開店した。シェア型書店とは、本屋の棚を「棚主」が借り、お気に入りの本や自著などを販売する新タイプの書店だ。小さな規模・低費用で独立した自分の棚を持ち、読者ともつながりやすいため、好評を呼び全国の都市で増え始めた。 今村氏は「出版業界の反撃の本丸」として、本の街・神保町に打って出た。
いつか読めない、書けない恐れ
本離れは、しかし、容易には収まりそうにない。デジタル資本主義の滔々とした流れの中で不可避ともいえる社会現象だからだ。本離れは、スマートフォンの普及の度合いと比例関係にある。総務省の聞き取り調査で、「スマホが普及してから売上げが急減した」との声が大阪市の書店店主から挙がる。
総務省の調査によると、スマホの所有率は21年時点で10〜20代で98%に上る。平日1日のメディアの平均利用時間を見ると、10〜20代では「ネット利用」が「テレビ視聴」を数倍上回る。10代のネット利用は3時間以上の 191.5分、20代で4時間以上の275分(30代は188.2分)。ネット利用の中でもスマホ利用が圧倒的に多い。若者のほとんどはスマホ漬けで、脳内はスマホ脳かそれに近い。
では、スマホはなぜ本離れを強烈に引き起こしたのか。本離れとスマホ依存は、われわれの頭脳にどういう影響をもたらすのか。スマホの普及は世界規模であるために、これは日本を超えた世界的な問題でもある。
この問題を考えるため、世界の若者を虜にする中国発の動画共有アプリ「TikTok」を取り上げてみよう。その「危険性」が、欧米で問題視された。EU(欧州連合)は4月、未成年者への中毒性リスクがあるとして一部機能の停止命令を検討していると発表した。米国では先に、中国の情報悪用を懸念、安全保障上の理由からTikTokの運営会社「バイトダンス」に対し、米国事業を360日以内に売却するよう求める法律が成立。これに対しバイトダンスは5月、新法が表現の自由を保障する米憲法に反するとして米政府を提訴した。
なぜ、中毒性リスクが高いのか。まず無料で誰もが動画や画像を投稿・掲載・閲覧ができる。指を上にスクロールさえすれば、次々に多種多様の新しい画面が現れ、見たいものを簡単にみつけられる。選んだり消したりする手間がかからない。スマホにクギ付けにさせる仕掛けだ。利用者は、興味に沿って指を動かし、面白いものに目を留める動作を繰り返す。これがつい毎日の習慣になってしまう。
しかも動画の視聴や友人の招待といった特定の「タスク」をこなすと、ポイントが得られ、このポイントを米アマゾンのクーポンやアプリ内のギフトカードなどに交換できる仕組みになっている。「ならばポイントをためよう」と未成年者がますます没入するリスクが高まる。
EUは24年2月、米デジタル・プラットフォーマー企業などに有害コンテンツを含む厳しい規制を課すデジタルサービス法(DSA)を全面施行した。TikTokの一部停止命令の検討を公表したのも、その流れから来た必然的な政策と言える。
考えない時間増える
TikTokが象徴的に示したのは、スマホの持つ恐ろしい魔性だろう。それは利便性を徹底追求した技術革新の結果、利用者に没頭させて「考えない時間」を大量につくり出したことではないか。なぜならスマホのプラットフォーマーや広告主ら利益関係者は、効率と収益を求めてスマホ利用者の注意を奪い、スマホから目をそらさせない工作に熱中する。スマホ漬けにしてしまえば、広告収入やアプリ使用料を増やせるからだ。プラットフォーマーらは、あの手この手と工夫を凝らして技術を更新し、利用者を引き付ける。
こうして世界のネット広告収入の5割弱をグーグルとメタ(旧フェイスブック)2社が占める。残りをアマゾンやマイクロソフト、TikTokなどIT大手が分け合う構図が出来上がった。
一方、利用者は関心のある情報や面白い画面をすぐに手軽に見ることができる。こうしてここ10年来、市民の日常生活をスマホなしではいられない状態に変えてしまったのである。つまり、利用者はスマホに気を取られて「考えない時間」が増えてしまったのだ。「本との出会い」が減ったのも必然であった。
経産省の書店への聞き取り調査で、こういう回答があった。「本を買いに客がブラリと来なくなった」。社会に「ブラブラ歩いて本と出会う」余裕がなくなっているのである。
となると、「本離れ・スマホ没入」という社会現象は、危険きわまりない。「考えない時間」が増える、ということは「考えない人」「余裕なき衝動性人間」が増えることを意味するからだ。
他方、スマホ上に飛び交うネット言論は、スマホの特性ゆえに人の注意を引く「極端言語」が支配しやすい。それも短い、扇動的な言葉になりやすい。政治や選挙に悪用されるのは必至だ。2020年の米大統領選挙で現れたQアノン事件はその典型例だろう。今年11月の米大統領選を前にQアノン的工作が活性化することは間違いない。
Qアノン事件では「Q」を名乗る正体不明の人物が、トランプ再選を狙い、SNSで情報を拡散した。信奉者をみるみる広げ、ついに米連邦議会襲撃事件を引き起こした。Qアノンの「ワンワード」の決め付け文句が、モヤモヤしていた人々の感情に火を点じた。
ネット言論は、民主主義の多様性・多議論性を封じる政治ツールともなり、民主主義の根幹を脅かす。