■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第212章 自給率100%のコメを活用する/食料安全保障に備えよ(上)
(2022年9月1日)
ロシアのウクライナ侵攻で、穀物大国ウクライナからの輸出激減を受け、世界的な食料危機への警戒が高まっている。台湾有事ともなれば、中国の食料政策の影響が日本を直撃する恐れが強い。食料自給率が4割弱の日本にとって、「食料安全保障」の確保が、最重要課題の1つに浮上してきた。
ウクライナ産農産物の輸出停滞で国際市場に最も打撃を与えるのが、小麦(世界5位のシェア約10%)とトウモロコシ(世界4位の同約14%)および世界輸出の半分近いヒマワリ油だ。 小麦はパンやパスタ、ラーメン、うどん、ケーキ、焼き菓子などの原材料に使われ、トウモロコシは食用、家畜飼料、バイオ燃料などに、ヒマワリ油は食用油をはじめマヨネーズ、サラダドレッシング、チョコレートなどに活用される。 小麦はエジプトを筆頭にアフリカやトルコ、レバノン、パキスタンなどが主な輸出先だ。2011年の「アラブの春」をもたらした北アフリカや中東の政情不安は、パンの高騰が一因になった。
日本への供給不足の影響は、食品の相次ぐ値上げとなって表れた。輸入小麦の政府売り渡し価格が引き上げられる10月には、食品加工に使うエネルギー費の高騰もあって値上げラッシュが起こりそうだ。家計の負担は増していく。
だが、供給不足を価格に転嫁できるうちはいい。世界の生産国の輸出ストップで、供給されなくなるリスクはないのか。小麦は、世界輸出の合わせて3割を占めるロシアとウクライナの輸出停滞に加え、世界3位の生産国インドが自国消費を優先して輸出を停止した影響が大きい。中国は世界最大級の小麦生産国だが、国内消費用に備える。
政府発表によると、日本の食料自給率は38%(カロリーベース、2021年)。大部分を海外からの輸入に頼り、主な輸入先は米国(23%)、カナダ(11%)、豪州(8%)。この3国で全体の4割強を占める。次いでブラジル(6%)、マレーシア(3%)、インドネシアと中国(各2%)が続く。
コメを多品種化し増産する
一方、国内の農水産業はマクロ的には年々、先細りしているかに見える。耕地面積は21年に434.9万ヘクタールと30年前に比べ2割近く減り、農業従事者は20年に122.5万人と、30年前の半分を下回った。コメ離れで国民1人当たりコメ消費量も減少を続ける。
食用魚介類の自給率も、1964年度の113%をピークに減少を辿り、2020年度は57%。消費の肉食増を背景に、衰退の色が濃い。
だが、迫り来る食料危機のピンチを大いなるチャンスに代える道がある。食料安全保障を確保するために、筆者は幾つかのシナリオを考える。まずは日本が100%自給でき、海外でも評価が高まるコメの活用だ。
日本のピンチの度合いは、中東やアフリカ、アジアの一部に比べると相対的に低い。その理由の第1は、コメを主食としているためだ。世界で影響を大きく受けた小麦とトウモロコシを日本は小麦は5割弱、トウモロコシ6割相当を米国から輸入している。 残りを小麦がカナダと豪州、トウモロコシがブラジル、南アフリカからの輸入だ。輸入相手先が同盟国・友好国に限られ、戦禍の火の粉から免れる。世界3大穀物のコメ、小麦、トウモロコシの中でコメは唯一、安定した生産増を保つ。米農務省が7月に発表した世界の穀物需給動向によれば、23年のコメの生産量は前年を0.2%上回る見込みだ。
加えて食料品の値上げが相次ぐ中、日本のコメ価は2年前に比べ1割ほど値下がりしている。コロナ禍で外食需要の減退が響いたためだが、主食のコメの安値は一般家計の負担を和らげ、物価上昇を抑えた。 消費者物価上昇率は米英で6月に40年ぶりの9%台に達したが、日本は2.4%。今や強みを持ったコメを日本の食料安全保障の基軸に据える。 主食用のコメだけでなく米粉など加工用コメ、飼料用コメを増やし、国内向け消費に充て余剰分を合わせ輸出するのがシナリオの肝となる。政府はコメの多品種化・増産を支援金や税制優遇のインセンティブで促すべきだ。
おにぎり、米粉、パックご飯がカギ
シナリオが有効に働くためには、コメの国内消費と輸出が増える必要がある。内外消費拡大が必須条件だが、幸いここにきてその条件が急速に整いつつある。特筆すべき現象は3つある。
1つは、コメの輸出の勢いだ。輸入小麦価格の高騰に円安も働いて、日本産ブランド米の海外での引き合いが急増してきた。日本のコメ輸出は21年に前年比15%増の2万2833トンと初めて2万トンを超えた。20年の前年比13%増に続く14年連続の増加だ。
日本米の最大輸出先の香港。寿司に続き、今ではおむすびが人気を集める。香港を拠点におむすびのグローバル展開を狙う38歳の西田宗生・百農社社長は、今年1月香港に旗艦店「OMUSUBI」を開業した(写真)。「国際都市・香港を通じておむすび文化を世界に発信したい」と意気込む。評判の最高品質の日本米を使用し、29種類のおむすびを並べる。その1つ「種なし紀州梅干し」は1個約400円。「おいしい、手軽」と、若者らの心をつかむ。
来日しておいしさに感動したドイツ人経営者の手で、ドイツでも初のおむすびチェーンが登場した。
2つ目の強みは、米粉だ。農水省によると、21年度の米粉用コメの需要量は前年度比14%増の4.1万トン、22年度はさらに5%増の4.3万トンに過去最大となる見通しだ。5年前の1.7倍。コロナ禍で家庭用需要がおいしさとヘルシーさで好調なのに加え、小麦アレルギーを起こさない「グルテンフリー」が喜ばれる。小麦アレルギーは内外で増えているだけに、注目度が上がる。
米ニューヨークに住む日本人主婦は、食べ比べて「アメリカの米粉パンはベトベト、ネットリ。日本のはモチモチ感なくおいしい。玄米入りパンや雑穀パンもいける」と語る。米粉の米国向け輸出は今年1〜5月に数量ベースで前年同期比207%伸びた。
3つ目の強みは、コメを加工した「パックご飯」だ。電子レンジや湯で温めればホカホカご飯が食べられる。コメを炊く必要がないのと1食分でも利用できる手軽さから、コロナ禍で需要が一挙に高まった。パックご飯の生産量は、21年に過去最大の23万4000トン超。輸出量も20年には1200トンを超え、過去最大に。
日本農業の生産性は、1990年から2010年までの「失われた20年」の停滞を経て、ようやく上向いてきた。18年の減反政策の廃止を機に、農家と食品業者が懸命に試みた新しい需要創出の成果が、ここにきて相次ぎ現れてきた。 政府は高騰する化学肥料の支援(肥料代上昇分の7割を補填)にとどまらず、コメの活用を軸に食料安全保障に力を注ぐべきだ。
〈写真〉香港におむすび店「OMUSUBI」開業 出所)香港経済新聞